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 嗚呼、やっぱり落ち着く。案の定と言うべきか、そんな安堵を無意識に感じてし まった。  日暮れも近くなり、輝紫桜町はすっかり夜の佇まいになっていた。それだけでエ ロい気分になってしまう。  この街で十四年もHOEをやっていれば、反射的にそう言うゾーンに入ってしま う。結局のところ、俺はスケベなビッチなのだ。  この街に流れる着く前の俺は、何時か必ず、セックスとは無縁の人生を生きてや る。なんて思ってたものだが、残念だったね。これが仕上がりさ。  あの頃、あんなに嫌だったポルノデーモンと言う名前も、今では俺の立派なアイ デンティティとなっている。と言うよりも、その名を最大限に利用しなくては、あ のバカみたいなクソ負債も到底、返せなかったが。  平日ではあるが、今夜も輝紫桜町は車道も歩道も人で溢れていた。これをバイク で避けながら、徐行で移動するのが何時も面倒である。  歓楽街の真ん中辺りの場所まで、どうにか走らせていると、見慣れた顔が二人並 んでいた。後輩の春斗とキャッチの武ちゃんだった。  あの二人に接点はあっただろうかと、珍しい組み合わせに思えたが、今はそれよ りも、もっと珍しい物に二人は絡まれていた。――警察の鎮圧用オートマタ。  簡素な骨組みのボディにカメラとセンサーを積み、両腕に無数のワイヤー針式の スタンガンを内蔵している。頭部のないその姿から、長ったらしく味気ない型番よ りも“首無し”と言う名が有名だった。  下手に近づけば俺もあの、でくの坊に絡まれるだろうな。あれに搭載されてるA Iのアルゴリズムは、お粗末極まりないお馬鹿さんだ。あの二人から少し離れた所 にバイクを止めて、ヘルメットを取る。  “首無し”の“糸”を掴んで、システムに侵入してみる。あのでくの坊のプロテ クトも他のサイボーグや携帯端末なみに単純で容易い。俺の様な存在を想定してい ないのだから、そんな物なのだろう。  あの“首無し”の警戒レベルは今のところイエローだった。春斗と武ちゃんに対 してそれ程の脅威は感じていないらしいが、春斗の息巻く雰囲気だと、オレンジに 変わりそうな感じがする。  “首無し”の視点を覗き込むと、春斗の瞳孔にフォーカスしていた。春斗のド派 手な容姿から察すに、ドラッグの類いで疑っていると言ったところか。  お巡りさん特有のウザったい基準が、あのでくの坊にもインプットされているの だろう。お門違いだな。  春斗はこの街に来るまで、酒も煙草もやらない程の健全なヤツだった。ドラッグ の誘いも尊敬できる程、毅然と断り続けている。  今の春斗は煙草は飾り程度、酒に関しては、それなりに俺に付き合える程度。  そう、春斗の心は羨ましい程に――眩しくて強い。  一方の武ちゃんは、恐れを抑えながら、必死に春斗を庇ってくれている様子だっ たが、それが反って、でくの坊を勘繰らせている。  これ以上、高見の見物を決め込むのも意地悪になるか、“首無し”の警戒レベル もオレンジになっていた。  “首無し”のログを初期化して、強制的に再起動させた。その場でガクンとうな だれる“首無し”にたじろぐ二人を他所に、“首無し”の尻に向かって蹴りを入れ てやる。ついでに、輝紫桜町をうろついている理由も頂いておこう。 「はいはい、お疲れ。もう行っていいよ、“脳無し”さん」  再起動した“首無し”は、しばらくの硬直の後、踵を返して、輝紫桜町の入り口 の方向へ歩き出した。 「蓮夢さん……」 「ガラの悪さが滲んでるんじゃない? 春斗。てか、武ちゃんと知り合いなの?」  武ちゃんはそれまでしつこく絡んできた“首無し”が突然去って行った事に驚い てる様子だったが、春斗の方は普通だった。  春斗は今の俺がどう言う状況なのかは知っている。具体的で技術的な事柄は理解 していないが、俺が復職でハッカーをやっている事も含めて、今の俺の事を知って いる。 「いや、俺は悪くないですよ、あのアンドロイド共、街の奴等を片っ端から職質し てるんスよ」 「あれはアンドロイドじゃない。オートマタ、ほとんど思考してない、ただの人形 だよ」  明白な定義は置いておいて、俺はそう認識している。自律思考できるAIと目的 に特化して、限られた判断しかしないAIは別物である。  頭の中にAIを二機も入れてると、嫌と言う程、理解できた。 「うわ、オタクっぽい……」 「うるさい」  春斗にこう言う事を説明するだけ、無駄だったか。オタクの一言で片付けられて しまった。まあ、春斗のそう言う単純なところは嫌いじゃないけど。  煙草を咥えるが、例によって安物のライターは素直に着火してくれない。  すると、期待通り、武ちゃんがライターを用意して火を着けてくれる。いい加減 ちゃんとしたライターを買おうかな。 「何時もありがと武ちゃん。でも武ちゃんも気を付けなよ、こんな阿呆と付き合っ てたら、レベル落ちちゃうよ」 「何をおっしゃいますやら、武さんと俺は良好に進行中ですから」  オタクと言われた仕返しに春斗を阿呆呼ばわりしてやったが、春斗も負けじと応 戦してくる。進行中って何だよ。  春斗が何故、武ちゃん知っているのか。思い起こしてみると、こないだの酒の席 で春斗に武ちゃんの事を話したような記憶が微かにあった。  いや、待てよ。その話をした時に、春斗は武ちゃんの事を知ってるみたいな事を 言った様な気も。違うな、気になってた程度の認識だったような。  駄目だ、はっきり覚えていない。でも、妙に勝ち誇っている春斗に腹が立った。 「は? 武ちゃんは俺が最初に目を付けてるんだから、出しゃばるなよな」 「いやいや、俺の方が最初ですし」 「在り得ないね、そうでしょ? 武ちゃん」 「あぁ、いやぁ……」  俺も人の事は言えないが、春斗も結構な年上好きだった。とは言え、目の前で困 惑してる武ちゃんの雰囲気を察するに、春斗とは充分、知り合いの関係だと言う事 は間違いないが、大して進行していない事は伝わってきた。  だとすれば俺は今、何をムキになっているんだ。これは春斗のペースに巻き込ま れているパターンだな。 「ほらぁ、武さん困ってるじゃないですか。これだからポルノデーモンは」  ポルノデーモンは関係ないし。完全に春斗の悪ふざけが始まっいている。断ち切 ってもいいけど、このまま春斗に言われっぱなしも癪に障る。  どこかでオチを付けないと。 「大体、俺の方がコスパ良いですから。三時間ポッキリで」 「笑わせるなよ、お前は売りなんだろうけど、俺は武ちゃんを買って夜通しヤり倒 す計画があるんだ。ビッチは引っ込んでな!」  春斗とは付き合いが長いせいもあって、ノリを合わせるのは慣れているが。ホン ト、バカな会話をしているな。  この後、春斗が武ちゃんに話しかけるぞ。 「言ってくれるじゃないっスか、武さん言ってやってくれよ、俺の方が良いって」 「そんな事ないよね、武ちゃんは俺の方が良いよね? どっちか選んでよ」  ここがオチになるのかな。後は春斗と二人で武ちゃんのリアクションも楽しもう って寸法だ。  そう思ったが、流石は武ちゃん。俺達がふざけ始めているのに気付いたのか、そ の目はえらく冷め切っていた。  そして、初回割引キャンペーン実施中、とデザインされた持ち看板で、俺と春斗 を叩き始めた。  何とも間抜けなオチだが、俺も春斗も笑っていた。 「まったく、大人をからかうじゃないよ。とんでもない人達だな」  不意に気付く。武ちゃんは俺達よりも遥かに大人だったと言う事を。年上と言う 認識ではない、多くの意味で大人な人なのだと言う事を。  武ちゃんは自分のセクシュアリティよりも、既婚者として、築き上げた家族の為 に此処に、この地獄にいる人なのだ。  その純粋で一途な心に、俺は惹かれてしまったのだろうか。その心に触れてみた いと願っていた。  俺にとって、その手段はセックスしかなかった。春斗はどう思っているのだろう か。 「もう、武ちゃん良い人過ぎだよ。でもね、マジな話、武ちゃんがお望みなら、何 時でもお相手するぜ、俺も春斗もね」 「そうそう、天下の輝紫桜町。せめて楽しまないとさ」  なんだか、たまらない気持ちになる。茶化して、笑って、誤魔化す事しかできな かった。  春斗の言う、せめてと言葉にも共感する。確かに、後ろを振り返っても、前に進 んでも、期待できるものなんてありゃしない。せめて、上っ面の情と快楽で、しば し、心を満たすだけだ。  楽しいけど、繰り返すだけ。抜け出せないし変われない、地獄の様に。 「でも、少し物騒になってきたね」  頭上には飛行型ドローンに、向かいの歩道にも“首無し”が歩いている。この街 で、これだけ警察が介入してくるのは、本当に久し振りだった。 「やっぱり、林んとこが潰れたせいですかね? また縄張り争いになったら……」 「それはないと思うよ、この街の連中は、あんな地獄は二度とゴメンだって思って る筈だし」  春斗が珍しく不安げな表情で言った。また、と言うのは、今から七年前の事だろ う。あの頃は街の彼方此方で、銃撃戦が起きる戦争状態だった。  この街に住んでる連中にとって、心配の種は、やはりそこか。支配階級共の縄張 り争い。あの頃よりも、この街がもう少し賢くなっている事を願うばかりだ。  尤も今回の件に関しては、俺に原因があるので、誰よりも警戒している。煙草を 放り、溜息をつく。 「蓮夢さん、これから仕事ですか?」 「そうだけど、なんだよ?」 「いや、ヤバそうな顔してるなって思って。雅樹から聞きましたよ、NGなヤツば かりに当たってて、くらってるって。てか、アイツの言い方が気に入らないんです よねぇ。なんとなし、嬉しそうに言いやがって」 「私から見ても、疲れている様に見えますよ蓮夢さん。たまには休……」 「聞きたくないね、最近どいつもこいつ同じような事を俺に言う。こっちはやっと 借金を返し終えてプラスを作れるようになったんだ。休むにしたって、もう少し稼 がないと。分かってるよ……」  最近、夜の仕事が気乗りしない理由も分かってる。本当なら、CrackerI mpの仕事に集中したいのが本音だった。  夜も昼も働きづめで、しんどくなってるのは事実だし、嫌な事があれば、かなり 堪える様にもなってきてる。その原因もハッキリ分からないから余計に苛付く。  だとしても、金は必要だった。生活と言うのもあるが、CrackerImpの 仕事だって、それなりにコストがかかる。もうしばらく、ポルノデーモンも気張ら なくてはならなかった。  誰に心配されても、雅樹がほくそ笑んでようと関係ない。やらないとならないか ら、やってるんだ。 「そうだ、武ちゃん。ちょっと携帯貸してよ」  これ以上、あれこれ言われるのも面倒だったので、話題を変える事にした。前々 から武ちゃんに渡そうと思っていたヤツをダウンロードする事にした。  自作のソフトウェアは全て、脳内のストレージに入れている。これぐらいならハ ッキングして数秒で流し込める。  「武ちゃんも輝紫桜町の仲間だから、よかったらこのアプリ使ってよ」 「“ヘルアイズ”ッスね、これいいですよ、ちょっとした小遣い稼ぎになって」  武ちゃんの携帯で“ヘルアイズ”が起動する。ついでにこのまま、武ちゃんのア カウントも遠隔で登録する。武ちゃんはこの手の物に詳しくなさそうだ、忙しなく 登録画面に、勝手に入力されて行くのに無反応だった。その方がこっちも楽でいい けど。 「情報掲示板みたいなもんだよ。ただし、輝紫桜町に住んでるか働いてる人だけに 配ってるアプリなんだ」 「はあ……でもどんな事を投稿すればいいんですか?」 「何でもいいよ、仕事中に気になる事があれば何でも。例えばだけど、どっかのお 店で働いてる子がいて、客に暴力を受けたとするでしょ。店側がその客を特定する 為に、そこのオーダーってとこに、その出来事を投稿する。その情報を見た街の人 が、それらしい奴を見たら場所や特徴を投稿する」  アプリの画面をタップしながら武ちゃんに説明する。このアプリは俺も数時間お きに必ず見ているので、ついでに新しい情報にも目を通しておいた。 「そうやって沢山投稿された情報を、管理AIが吸い上げて、整合性のある情報を 繋ぎ合わせる、これでより詳細で精度の高い情報を自動形成する。それで、その客 を捕まえられたら、これでトラブルが一個解決って訳。貢献した情報提供者のアカ ウントにはポイントが入る」 「このポイント、一ポイント千円で、二十ポイントで換金可能なんです。だからち ょくちょく使ってれば、何時の間にか二万円ゲット! 地味に美味しい収入になる んスよ」  このアプリの一番の魅力を春斗が説明してくれた。そう、金が絡んでくる分、こ のアプリに集約される情報量は常に膨大である。  技術的な物は必要としない、この街に住む人間がシステムの中枢となり、少々の コストで、警察や行政でも及ばない程の強靭な監視システムを構築している。  輝紫桜町は無法地帯ではあるが、同時に自立もしている。 「武ちゃんは街の外を長く出歩くから、色々気になる事を投稿しまくれば、どんど んポイント貯めれる筈だよ。貯めたポイントは街の中の無料案内所でアプリを見せ れば換金してもらえる」 「その報酬はどこから?」 「“ヴィオ・カミーリア”輝紫桜町の性産業の九〇パーセント以上を仕切ってる組 織だよ」  七年前の大規模な縄張り争いにおいて、一番大きな組織が壊滅、撤退して、最終 的に覇権を手にしたのが“ヴィオ・カミーリア”だった。  それまで、この街の性産業は二分していたが、結果的に“ヴィオ・カミーリア” が全てを吸収する形になったのだ。  俺にとっは、それが最も望ましい結末だった。ただ一つだけ――とんでもないト ラブルを除いては。 「それって、ギャングじゃ……」 「何言ってるんスか、このソープ屋だって直営だし、俺もそこのウリ専ですよ」 「武ちゃん、この街で働くって事は大なり小なり、そう言うとこに片足を突っ込ん でるって事だよ。“ヴィオ・カミーリア”は信用できるって、俺が約束するよ。輝 紫桜町と折り合いをつける事を、何よりも大事にしてるとこだから」 「それじゃ、蓮夢さんも」 「俺は厄介者だから、この街で唯一、フリーのHOEをやってる」  お陰様で、自由奔放にこの街を歩かせてもらってる。あの頃から、名を轟かせて いたポルノデーモンは今は野放し状態だ。まぁ、何事においても自分でケツ持ちし ないとならないが。これに関しては一長一短である。  皮肉だけど、俺が落ち目と言われずにいられるのは、あんなに嫌だったあの頃の 経験が、かなり役に立っているからだった。 「ところでこのアプリ、実は蓮夢さんが作ったんですよ。これのお陰で、この街で 働いてる連中の安全や、トラブルの解決にかなり役立ってるんスから」  持ち上げ上手な春斗の言葉を聞いた武ちゃんは、アプリを二度見して、感心の声 をあげた。 「それは、蓮夢さんがAIプログラムを作ったって事ですか?」 「昔ね、プログラマーを目指してた時期があったから、その延長だよ。他にも輝紫 桜町限定のマッチングアプリとかも作ったんだぜ」  自分の携帯に入れてある、マッチングアプリを武ちゃんに見せてあげた。  確かにAIアルゴリズムを形成するのは、時間も手間もかかる。それでも、この 脳が一つあれば、世界有数のスーパーコンピューターと、腕のいい数百人のプログ ラマー並みの作業が可能だった。  売り込めば、あっという間に大金持ちになれるだろうに、それが出来ないのが非 合法サイボーグの辛いところだ。  プログラマーになりたいと言う目的は、味気なく果たされたが、相変わらず俺は この街のHOEでしかない。 「“ARCOBALENO”(アルコバレーノ)確か……イタリア語で、虹でした かね?」 「これイタリア語だったんだんスね。しかも虹だなんて、蓮夢さんもセンスがヤバ 過ぎ!」  どうでもいい事だが、春斗は知らないで、今まで使っていたのか。イタリア語の 虹を意味する言葉、アルコバレーノの響きに、春斗は満更でもない表情で笑顔を浮 かべていた。  虹色には特別で沢山の意味が込められている。俺も虹が大好きだ。 「このマッチングアプリも使い勝手が超良いんですよ。一般人用は配信サイトでダ ウンロードできて、俺達セックスワーカーは専用バージョンを使って、安全に上手 い具合にマッチングできるんです。蓮夢さんはやっぱりオタクです」 「うるさい」  このアプリの使い勝手が良いのにも、色々と仕掛けがある。まあ、春斗ごときに は分からないだろうけど、このマッチングアプリも、ヘルアイズのAIと連動させ てヴィオ・カミーリアのサーバーで管理していた。  整合性の高精度を追求したアルゴリズムはそのまま、人と人の相性の良し悪しに も流用できた。そして双方のアプリから、利用ユーザーの照らし合わせも出来る様 にしてある。  マッチングアプリには自分の特徴を曝すものだ、その情報と個人特定するアプリ の情報も重ね合わせる事で、更に大量の情報と精度を高める事が出来た。  もう一つ、このアプリは性別やセクシュアルの概念を排除してあるので、純粋な 相性でマッチング出来る様にもしている。  出来るだけ多くの、キッカケや縁が生まれる様にと、個人的な思いも込めて、そ うしてある。これぐらいの我儘は、クリエイターの特権だろう。  その上で、セックスワーカー用のアプリは自由に相手をブロックして、それとな く、マッチング出来ない様に調整している。それでもトラブルが起きたなら、ヘル アイズが容赦なくオーダーを更新して、その情報網が大いに効果を発揮すると言う 寸法だ。  そう言えば、久し振りに自分のアカウントにログインしたな。俺も始めの頃はこ のアプリ使う様にしていた。確実に五十万を稼ぐ為に。  しかし、その内に使わなくなった。ポルノデーモンの名は充分に一人歩きしてい たからだった。手間をかけなくても、街に佇めば、俺の魅力に引っ掛かる連中が沢 山いた。  そんなアプリを眺めていると、不意に、機械仕掛けの脳みそにしては珍しい、現 象が起きた。――閃きと呼ばれる現象。 「どうしたんスか?」 「いや、ちょっと良い事思い付いて……つうか、何だコレ? ブロックしてた連中 のブロックが外れてる。DM沢山来てるし、わぁ、ウザッ……」  思案顔に携帯を睨んでいると、春斗が聞いてきたが、こっちの脳は色々と入り込 んできた情報の処理を優先させていた。  セックスワーカー用のアプリはログインを数日してない場合、相手側には休業中 または療養中と表示されるようになっている。ウザい客が粘着しない様にする対策 だった。  ところが、俺のアカウントはそれが外れていた。そして、苦手な客にかけてたブ ロックも外れている。何か不都合でも起きたのだろうか。  管理は全てヴィオ・カミーリアに任せているが、作り手の俺にも責任がある。こ れはこれで、調べておかないと。 「ツイてなかったの、それのせいじゃないですか?」  果たしてそれだけだろうか。アプリだけでは毎晩、街を移動してる俺は捕まえら れない。かと言って、偶然出くわすにしては、クソな奴等ばかりに見事に当たるの はおかしい。  これはもう、充分にトラブルと言える状況だ。 「最近、全然使ってなかったのに何故だろう? いや、今はそんな事はいいや。仕 事、仕事!」  できるだけ早く対処すべきだが、それよりも閃いたアイディアを実行する為の準 備や、今夜の稼ぎを優先しないと。ちょっと、長話し過ぎたな。  やる事が多過ぎて、目が回りそうだ。 「蓮夢さん、無理しないで下さいよ。なんか手伝える事あれば、言って下さいね」 「ありがと武ちゃん、でも大丈夫だよ」 「長い付き合いだから分かりますけど、そうやって独りで抱え込むと、また動けな くなりますよ、蓮夢さん」  武ちゃんと春斗の言葉に胸が震えるけど、それを素直に受け入れられる程、俺は 出来た人間じゃない。  気遣う言葉、それ以上の物を心の何処かで求めてる俺には、言葉は言葉でしなか った。本当、最低だよね。  余程、強くて大きくて、心底凄いヤツだなって、思える様なのにでも言われない 限り、俺は素直になれないんだろうな。そんなヤツ会った事もないけど。  今日までクソな人生を生きてきて、確かな事は一つだけさ。――心を許せば、蹂 躙される。  自分の心は自分で守っていくしかない。時に守りきれなくて、壊れる事も何度も あったが、それも慣れっこだった。クスリで誤魔化して生きてれば、持ち直せる。  だから今は、立ち止まる訳にはいかない。何としても、助けなきゃいけない人達 がいるから。  俺が、なんとかしないと。

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