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7.― KOGA LIU ―  人目を避けてマスクを外した。黒煙に淀む空、硝煙にまじる微かな刺激臭。それ でも深く呼吸出来た事が心地好い。  これから、大規模な戦闘が迫る中“組合”の傭兵達の表情は明るかった。蓮夢の 得た情報を元に、鉄志が先陣を切って敵小隊を殲滅、更に追撃して見せる事で小さ な勝利を何倍にも大きく見せ、傭兵達の士気は一気に上がったのだ。  武装や戦力を物ともせず、情報と分析、断固たる意思で引っ繰り返した。 「鵜飼」  後ろからユーチェンの声が聞こえ、マスクを付けて振り返る。ユーチェンの方は 黒狐の面を外していた。 「蓮夢が戻ってきたそうよ」 「そうか……」  気に食わない男だが、輝紫桜町の男娼である事が不思議なくらいの根性の持ち主 だ。俺達の助けもない中、高速戦車一機を制圧するのだから。  それとも“地獄”と名高い輝紫桜町だからか。――曲者と厄介者が潜む街。  「どうしたの?」 「氷野さんと鷹野、俺でこの街をコントロール出来てると思ってたんだがな……そ の裏側でこんな軍隊がいて、それと戦う化物みたいな殺し屋と、世界を意のままに だって出来るサイボーグがいたのかって、ちょっと思ってただけだ」  ここ最近は認識の修正を強いられる事ばかりだった。単純な事なんて何処にもな いらしい。一見単純に思えても、次から次へ、蜘蛛の糸の様に見え難く八方に広が る事柄。ヤクザを倒して終わりの筈が、今は戦場で超人を相手に戦っている。 「なに言ってるんだか、サイキックと忍者だって大概でしょ?」  所詮、同じ穴の狢。或いは、それ以上の存在か。際どい局面もあったが、俺達は 向かうところ敵なしだ。  “里”では孤立してしまい、何時も単独行動ばかりだったが、本来忍者はチーム を組んで行動する。新鮮に感じた。実力が何倍にも膨れ上がって、独りでは不可能 な事が可能となって達成感を共有する。――心地良くもあり、煩わしさもある。 「四人でこれだけの事をやってのけた」  俺達が倒した大型オートマタと飛行型ドローンの瓦礫から降りる。中々ない経験 だった。空飛ぶドローンに“大蛇”を打ち込んで綱引きをするなんて。 「まだ、終わりじゃない。これからだ」 「分かってるよ……」  そそくさと向かうユーチェンの後ろに付いて行く。弾薬の補充を済ませた鉄志と 指揮官代理の和麿が立っていた。俺と大して変わらない歳で、小隊長を務め、今は 生き残った第二波の全体を預かる指揮官まで立派にこなしている。  その二人の間で、瓦礫に腰かけて項垂れている蓮夢がいた。 「吉岡は大丈夫?」 「戦線離脱ですが、的確な処置のお陰で無事です。本人も感謝してましたよ」 「そう……」  和麿は話しつつ補給品の水を手渡して来た。ありがたいな、後で頂こう。ユーチ ェンはその場でがぶ飲みを始め、鉄志も半分以上飲んでいた。蓮夢は足元に置いた まま、まだ飲んでいなかった。  聞いた話では、蓮夢と吉岡はエレクトロキネシスを使うサイキック兵と戦い、吉 岡は電撃で負傷した。  サイキックの能力は多種多様で、長所短所の差も激しいだけに初戦は際どく、油 断できない。かと言って、こんな混戦した場所では一対一の時の様な探りを入れて 見極める事も難しい。  蓮夢が生き残れたのは運が良かったところも大きいだろう。死なれては困るだけ に際どい。 「AEDなしで正確な蘇生術なんて、数回の訓練で出来るものじゃない。どこで覚 えたんだ?」 「別に、キメセクやって心臓止まるバカ客が多いだけさ。確か五回中、三回成功し たかな……」  鉄志はやれやれと聞き慣れた調子だったが、和麿は蓮夢から飛び出す尾籠な言葉 と状況を理解しようと、面食らった表情をしていた。 「言いたくないが、本当にロクでもないなお前……」 「なら言わなきゃいいだろ、意地悪……」  再開して早々、悪態から始めてしまった。憔悴した表情が引き締まり、こちらを 睨んで来る。鉄志は目を背けているが、ムカついているのが伝わってくる。  実際のところ、この二人の関係はどうなっているのか。もしそうなら、俺にとっ ては見るに堪えないものがあるな。 「まぁ、いいさ……。みんな揃ったね、とりあえず手持ちの情報は共有してもらっ てるから本題に入るよ。次のフェーズに移行しないと」  腰を上げ、座っていた瓦礫の上に立体端末を置く。背丈と同じぐらいの画面に作 戦区域のマップが表示されると、ポイントβからΩまでのエリアが拡大された。画 面の右端にはHQでオペレーターを務めている三人が表示された。  こういう時、見慣れた鷹野の顔を見れると、少しホッとする。同じ画面内の横に 映る秋澄が邪魔だったが。 「“組合”の部隊は第二波、第三波でポイントβを制圧している。敵部隊の陣形は 今のところ直線。数はこちらと同じぐらい。これから何が起きるのか、何をすべき か。よく聞いて行動して欲しい。秋さん、アヤ、鷹野もよく聞いて」  俺達の目的は二つ、ユーチェンの弟ジャラを確保救出する事と、不本意ではある が“組合”を勝たせる事だ。決まっている事はそれだけ。  時間がなかったせいもあるが、具体的な作戦は立てていなかった。まずは蓮夢が 現地の情報を掻き集め、その都度、鉄志が方針を定めて行動する。  ここまでの戦いで蓮夢が回収してきた情報が、やっと実を結ぶと言う訳だ。吉と 出るか凶と出るか。どちらにしても容易くはなさそうだが。 「まず、これから数十分以内に、敵のサイバー攻撃を受けて、味方HQはシステム ダウンする。残念だけど回避は出来ない……」  俺達のチームには指令本部は不要の存在だ。独立した遊撃隊として行動している し、蓮夢がいればHQ以上の情報も数多く、そして速やかに手に入る。  “組合”にとって厄介な話だ。 『何故分かるの?』 「敵側に腕利きのハッカーがいる。高速戦車をハッキングした時に気付いた。確実 に言える事は、スペックにおいては俺よりも格上だって事」 『ここに来て、HQが機能不全なんか起こせば、統制の取れない部隊から全滅して いくぞ』  一つの枠の中に納まる鷹野と秋澄は前のめり気味だった。  敵側にもハッカーがいるとは。蓮夢自ら性能面は自分以上と言わしめる程のハッ カーか。  その道には詳しくないだけに、これに関して蓮夢がどうしようもないと言うなら ば、そうないのだろうと受け入れざるを得ない。 「素早く対処してくれれば二十分以内で復旧出来る。これから鷹野の端末にHQの AIに集積されたバックアップデータと復旧用のソフトウェアをダウンロードさせ る。それを確認したら一旦オフラインにして」 『サイバー攻撃を受けたら、即座にシャットダウンして初期化と言う訳か。事前に 分かってる上に初動が早ければ、確かに脅威じゃない』  蓮夢はこうなる事を予期していたかの様に用意周到だった。秋澄に仕掛けされた 装置で、HQの情報を伺うだけじゃなく、バックアップまで行っていたとは。戦場 で立ち回り、ジャラをドローンで探し、諸々のタクスをこなしながら。 「秋さんと鷹野、そっち問題は任せるよ。そして現場の方、和磨達だ。何時HQが ダメになってもおかしくない。立場があるかもしれないけど、自分達を優先して行 動して欲しい」  今度は現場の方か。今のところ鉄志の思惑通り“組合”の傭兵達は適切な情報を 手にし、体勢を立て直せた。  想定外の連続に対処し切れていないHQに対し、現場で的確な指示を出した鉄志 と、有意義な情報を提供してくれる蓮夢の影響力は、傭兵達の信頼を勝ち取ってい るだろうが、当初の予定よりも踏み込んだ干渉に思えた。 「どうしろと?」 「俺達が敵の中枢を破壊してコントロール下におく。オートマタやドローン。そし て一部のサイキック兵はそれで戦闘不能になる。無理に進撃しなくていい、これが 成功すれば、戦闘なしで制圧できる。此処に留まって守り重視で時間稼ぎして欲し い」  蓮夢が一瞬、鉄志の方を見ると控え目に頷き、和麿に見せ付けた。  確かにそうしてくれるなら、こちらとしてもありがたい話だ。ジャラを探す上で ポイントβ以外が手薄になれば動き易い。 「高速戦車を優先して破壊するだけでは駄目なんですか? 例の親機を破壊すれば 結果的に一緒では?」 「その場合、ドローンとオートマタは暴走して戦い続ける様にプログラムされてい る。操られているサイキック兵士のシグナルにも、何か仕掛けられている可能性が 高い。収束どころか消耗戦が始まる。俺達がケリを着けるまで留まって欲しい」  ユーチェンから溜息が漏れた。あの薬品とヘッドギアのシステムは忍者の業と術 を、より実用性の高い兵器レベルにまで昇華させたものだ。  ここまで戦ってきたサイキック兵は、ほとんどマスクとヘッドギアを装着してい る。蓮夢の言う事が本当なら、高速戦車には手を出す事自体が危険だった。  強力で逃げ足も速く。人質を殺めるスイッチを握った司令塔か。全く隙のないシ ステムに思えた。  和麿からも深い溜息が漏れる。決断は難しいだろう。任務はあくまで武力制圧。  蓮夢の話やハッカーとしてのスキルが信用できる物でも、この任務の命運を一人 のハッカーに委ねるなんてのは、現実的じゃなかった。 「そうしたいのは山々ですし、犠牲は増やしたくない……。だが我々のボスは貴殿 方じゃない。そして日本でもアメリカでもない。もっと大きな存在だ、鉄志さんも 知っている筈だ。勝手が過ぎればどうなるか……」  和麿からやり様のないもどかしさとジレンマが滲み出る。同意を求められる鉄志 の方は何処か冷め、諦めにも似た雰囲気を感じた。  “組合”はただの犯罪組織ではない。遥か大昔から政治的、宗教的な側面を持っ て今日に至る秘密結社だ。  鉄志や和麿、他の傭兵達がどんな理由で“組合”に入ったのかは知らないが。逃 れられないのだと感じた。 「分かるよ、和磨。俺はそうやって仲間を失い続けた。踏み留まるべきなんじゃな いかと思っても、儘ならない事もある……。最後に決めるのはお前だ。でも俺達の 言葉も留めておいてくれ」  和麿にとっては鉄志の言葉は欲しかったものじゃないだろうし、鉄志も踏み込ん で話したい事を堪えている様にも見えた。  不忠と裏切りは御法度。何処の組織にでもありそうな物だが、それ以上何も言わ ない蓮夢と、二人の雰囲気からは相当危険で破滅的な行為なのだと伝わって来る。 「“組合”と敵の状況がどうあれ、私達の目的は変わらない。私達はどうすればい いの? 蓮夢……」  続きそうな沈黙を裂いてユーチェンが蓮夢に尋ねた。その通りだ、俺達のやるべ き事は変わらない。  “組合”がどう動こうが、それよりも先んじて行動できるんだ。今度は俺達の次 について話してもらわないと。  ユーチェンは勿論、俺だって何でもやってやるつもりだ。蓮夢が気に食わない奴 にしても――それぐらいの信用はしている。 「中枢を積んだ高速戦車の居場所は目星を付けてる。あとはジャラを見つけ出す事 にケリを着けないと。それから……」 「蓮夢。貴方……」  蓮夢の話を遮って、ユーチェンが自分の顔の辺りに触れていた。黒い服で目立っ ていないが、蓮夢の鼻と左目からボタボタと出血していた。  アクアセンタービルでも、蓮夢はハッキングの際に血を流していた。機械化され た脳の働きに対して、生身の部分にダメージが及んでいるのか。痛みを感じてる雰 囲気もなく、ハッと慌てて鼻と目を軽く押さえていた。 「鵜飼のデカチン想像してたら興奮してきちゃった……」  軽口を叩いている間にも出血は続き足元に滴っていた。怒る気にもなれない。 「蓮夢、お前……」 「違う! 大丈夫だって。“あの時”程じゃないから……。ちょっとバテてるだけ だから、キャパオーバーするとこうなるんだよ、まだ全然、大丈夫だから……」  傍に来た鉄志を拒み、必死に取り繕っていた。あの時と言うのは、アクアセンタ ービルの事だろうか。――まったく痛々しい奴だ。  気に入っていた藍染めの手拭いを蓮夢に押し付けてやった。多分、俺の気持ちは 鉄志と同じだ。――心配しか出来ない。  そして蓮夢の言う“大丈夫”を信じるしかない。悔しいが、このチームには蓮夢 が必要だ。 「ありがとう……」  鼻と目尻を拭う。少し収まってきた様だが、タラタラとまだ出血は止まっていな かった。  手拭いで顔を抑えながら数回の深呼吸、どうにか気を落ち着けようとしていた。 「何時HQがサイバー攻撃を受けてもおかしくない状況だ。ジャラを今の内に見付 ける必要がある。これが終われば、少しキャパは減る。だから大丈夫……」  突然、頭上から聞こえるプロペラ音が颯爽と蓮夢の手のひらに降り立った。ジャ ラを探し続けていたドローン“エイトアイズ”だ。 「やはり厳しいな、千人以上か入り乱れるフィールドで人一人見付けるのは……」 「そうでもないさ、大分絞り込んできたし、情報を元に仮説も立ててある」  改めて鼻と目尻の血を拭い取って、手拭いをポケットへ突っ込むと、蓮夢は手早 く“エイトアイズ”の具合を確認して、棒状のバッテリーを外した。 「アヤ、これから“エイトアイズ”を俺が直接操作する。出力を最大にしてポイン トΣとΩを一気に調べる」 『分かった、必ず見つけ出して……』  立体端末の画面がマップから別の画面に切り替わった。黒画面にはNO SIG NALと表示されている。 「仮説ってなんだ?」 「今は説明より行動。任せておきな」  腰に固定していた予備のバッテリーを取り出し“エイトアイズ”に装着させる。  “エイトアイズ”の電源が入り、立体端末画面に蓮夢の顔が映る。カメラの視点 をモニタリングするようだ。 「コツコツ金貯めて時間かけてさ、最初に作ったドローンなんだ。不格好だけど一 番高性能で頼れる……」  蓮夢はバイザーをかけ、手のひらに水平に置いた“エイトアイズ”がフワリと浮 き上がる。カメラが俺達の姿を映し出していた。  確かに高性能なドローンだ。下手な軍用ドローンよりも優れている。 「AI操縦時は、最大一八〇キロまでの速度制限にしている。でもコイツは本気出 せば、数秒で時速三〇〇キロで飛ばせる」  蓮夢の言葉が終わると同時に“エイトアイズ”は凄まじい速さで直進し、一気に 高度を上げて行った。三〇〇キロ、化物みたいなドローンだ。  立体端末のモニターに映る“エイトアイズ”の視点は目まぐるしく景色が変わっ ていった。 「凄い速さだ……。漫画喫茶の時とは大違いだ」 「こんな速さで本当にスキャン出来てるのか?」  俺も鉄志も呆気に取られるばかりだ。あっという間にポイントΣに到達した“エ イトアイズ”が高度を落とすと、数十人の人間とオートマタが移動していた。  その全てを一瞬で補足、識別し、素早くUターンすると今度は時計回りに飛びな がら補足対象を更にスキャンしていく。  モニターに補足された人間の顔や背格好が正確に表示されていった。 「“エイトアイズ”の高感度カメラと、デジタルブレインの処理能力なら、これぐ らい楽勝だよ」  “エイトアイズ”がスキャンしたデータが送信されていく。  再び加速して捜索にあたる。脳内のイメージだけでこれだけ精密に操縦出来るも のとは思えない。熟練したスキルに思えた。 「凄い……」 『データを受信した。解析に入る』  ユーチェンが代弁してくれた頃、彩子がデータを受け取る。大分手慣れている雰 囲気だが、その間にも蓮夢は次々に敵の部隊を見付けては“エイトアイズ”を接近 させてスキャンを重ねていく。 「頼むよアヤ。高速戦車の命令系統から暗号化されたログを解析した。第一波の作 戦開始時刻から数分で敵HQが立ちあがり各セクションへ命令が下ってる。その中 で一部の小隊を解体、再編成させている」 「再編成?」 「俺の憶測だけど、一部のサイキックをポイントΩに待機させて、オートマタを配 備したんじゃないかって思う」  全てが出来試合だ。“組合”に内通者がいたのだから。再編成もスムーズだった ろう。 「何の為にそんな事を?」 「イワン・フランコは“組合”だけじゃなく、この施設の持ち主、海楼商事の裏に いる本当の黒幕組織。ソイツ等すらも裏切るって腹さ。多分、特に優れたサイキッ ク兵と此処で得た物を独占するつもりだ。でも全ては持ち出せない」 「有りうる話だ。いずれ“組合”と黒幕組織の睨み合いが始まるのを見越して、死 を偽装して、また別の何処かで事業を再開する。繋がれた鎖を断ち切り“組合”も 手が出せない領域へ行こうと言うのか。イワン……」  鉄志はイワンに何かしらの因縁があるのだろうか。イワン・フランコの話になる と言葉尻に執着を感じた。  日本の“組合”が、同じ“組合”であっても立場が弱いところを察すると、鉄志 も駒使いされた事があるのだろう。 「風火党の忍者も一枚噛んでそうだな“組合”にマークされた時点で此処は沈みゆ く船だ。鼠共め……」  蓮夢の話は憶測の域にあるが、風火党の忍者が業を惜しまずに協力している事に も合点が行く内容だった。 「その選定の中にジャラもいるの?」 「ここまで“エイトアイズ”が調べ回っても見付らない。ユーチェンの様なサイキ ック第三世代としての才能がジャラにもあるとすれば価値はある。俺達、此処まで 何度もサイキック兵士と戦ってきたけど、二種類のサイキックを使う兵士、そして 十代から二十代ぐらいのサイキックを見ていない……」  蓮夢の言葉に全員が顔を見合わせた。言われてみれば確かにと、ハッとさせられ る。  着眼点の鋭さと洞察力。高い精度の推理力。――まさに切れ者だ。 「胸糞悪いよ、サイキック達の人生を手当たり次第奪って、更に価値まで勝手に決 めて、捨て駒と金づるに分けて……」 「許せない……」  握った拳をユーチェンは静かに震わせていた。  不条理に攫われ、戦いを強要される裏で優劣まで付けられて。あまりに業の深い 行いだ。 「ポイントΩの施設を調べる。必ずいる筈なんだ」  ポイントΩの施設がモニターに迫り来る。炎上しているヘリの残骸は“組合”の 物か。  低空飛行で突き進む“エイトアイズ”が再び人間の姿を捉えスキャンを始める。  隠れる気などは毛頭なく、蓮夢は遠慮なくスキャンしていた。モニターから重な った発砲音が聞こえ、カメラの映像が時折大きくブレた。 「おい、攻撃してきてるぞ!」 「この速さで狙えるものなら、当ててみろよ」  形振り構わない無茶な飛行は、ここさえ調べればと言う確信によるものか、それ とも焦燥によるものか。今の蓮夢には、誰の声も届かないだろう。  気付けば蓮夢に話しかけているのは俺だけか、みんながモニターに釘付けになっ ていた。速さだけじゃなく俊敏で小回りも利くアクロバティックなドローンの、無 駄一つない飛翔に魅せられいるかの様だ。  施設の一階から二階部分までは吹き抜けの工場の様な構造だった。モニターから ビープ音が響く。 「高速戦車、きっと親機だ。アレに直結してハッキング出来れば……」  顔認識だけじゃなく、親玉の高速戦車も探っていたのか。心臓部と言う事もあっ て、やはり最深部にいたか。  障害物の多い建物の中で三〇〇キロは出せないにしてもスムーズに移動しながら 手当たり次第スキャンしている。作業着や白衣、此処に来て生身の人間を見たのは 初めてかも知れない。  施設内の狭い廊下を飛び出して外に出る。円形状の空間の真上は青空。周囲は無 数のドアとガラス張りの部屋が並んだ異様な光景。 「筒状の部分は収容所になっているのか。一体何人が詰め込まれていたのか」 「サイキックだけじゃない、過剰インプラントで自立できないサイボーグも含まれ る筈だ。此処で、研究、開発、手術、訓練全て出来る様になってる……。海外なら 倍の規模の施設も容易に作れるだろうから、此処にある全ては、その手の連中にと って情報と言う宝の山さ」  間違いなく数十年の蓄積だった。これ程までの非人道的な鬼畜の所業を、この日 本で、それも目と鼻の先の様な距離で行われていたなんて。  まざまざと思い知った――この島国は機能していない。 「こんな施設が世界中に溢れたら、世の中が変わり果ててしまうぞ……」 「鵜飼、もう変わっちゃったんだよ。知らず知らずの内に。そして今、俺達は変革 の始まりに立ち合っている。サイキックは脅威として支配の対象とされ、サイボー グ技術は兵器転用されてしまった。AIの方針に従い、思考と良心を放棄した人達 で溢れ返る」  なんと腑抜けで滑稽であろうか。この時代に生きる忍者として、これ以上ない屈 辱に思えた。ある意味では、現実を見据えて行動する風火党の方が現実的なのかも 知れない。  俺達はこのままでいいのだろうか。現状維持の林山党が正解ではないのかも知れ ない。  筒状の空間は完全な無人状態だった。この場の捜索は無駄と判断してか“エイト アイズ”を上昇させ、屋上を見渡せる高さまで昇って行った。 「屋上にもヘリが待機してるな。混乱に乗じて戦線離脱する気か」 「そんな事させない、ジャラがいるなら尚更」  “組合”が仕掛けてから結構経ってる。これからポイントβで大規模戦闘が起き るなら、頃合いかも知れない。  ユーチェンの言う通り、急いだ方がいい。  輸送用の大型ヘリが三機、作業員がいそいそとドローンに見られている事にも気 付かず整備を進めていた。  そこに数人が歩み寄って来た。黒基調の服装、俺には馴染みのあるそれだった。 「コイツ等、忍者か……」  風火党。一体どれだけの組織と関係を深めているのか。覚悟はしていたが、やは り同胞との殺し合いは避けられそうにない。志も流派も違えど、同じ忍者だ。  この一件のあと、全国の“里”が、混乱する事は避けられない。  考えに耽っていると再び立体端末から、けたたましいビープ音が鳴り響く。 「アヤ!」 『今、解析してる』  何時見付かってもおかしくない、際どい距離感に“エイトアイズ”は大胆にも接 近していく。  よく見ると忍者共に紛れて、マスクとヘッドギアを装着した者が数名、周囲を警 戒していた。――サイキックだ。  蓮夢がその中の一人をズームして念入りにスキャンした。  若い。マスクで口元は隠れているが、まだ十代の子供だってすぐに分かる。高解 像でスキャンした顔から、特徴を次々に重ね合わせていく。全員がモニターに釘付 けになっていた。 「ジャラ……」 「合致率、九〇パーセント……。見付けた……」  バイザーを外した蓮夢は気が抜けた様に膝を着いた。さっき程ではないが、再び 目尻と鼻から出血していた。  限界から目を背け、加減せず捨て鉢で挑む姿勢は勇気がなければ出来ない事だ。  女々しいのに――大した根性だよ。  鉄志がそっと、蓮夢の肩に手を添えていた。その感触に蓮夢はホッと胸を撫で下 ろしている。今は何も言わないでおこう。  ユーチェンと目が合う、若さに似合わない硬い表情と光のない眼に、微かな光を 感じた。堕落した歓楽街を根城にする、一介のハッカーを示した希望か。  無線から彩子の声が聞こえ、ユーチェンと話しているが、俺の耳には入ってこな かった。立体端末で今までの映像ログを確認してみる。  “エイトアイズ”が屋上に出た辺り、ヘリの周辺にいる連中を静止、ズームで姿 形を確認していく。一体何人いるのか、数人の忍者に重なっていてハッキリ確認で きないが、その影にいる長身でスラっとした影。間違いなく――伊賀流、望月だ。  ジャラは見付かった。そして、俺がコイツ等を退かなくては救出できない。本当 の戦いはここからだ。  ふと視線に気付いて、蓮夢を見下ろす。鼻持ちならんしたり顔を、存分に見せ付 けていた。 「言ったろ、CrackerImpはしくじらないって……」

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