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10.― KOGA LIU ―  二人の事を気高い者と思っている。ここぞと言う所では。しかし、それ以外の部 分では、悪党でロクでなしだと、改めて思い知った。――何なんだ此処は。 「まさかラブホテルとはな……。お前らしいと言えばそうだが……」 「日本だけの文化だそうね。こう言う所に入るの初めて」 「結構オシャレだろ、この部屋は特に気に入ってるんだ。シャンデリアが壊れっぱ なしなのが残念だけど」  蓮夢の相棒である鉄志も流石に呆れた様子だった。ユーチェンは静かな好奇心を 見せてはいるが、内心乱れてるのが伝わってくる。  深みのある赤を貴重としたゴシック調の内装は本格的で、安っぽさはなかった。  このホテルの中で一番グレードの良い部屋と言うだけある。部屋の真ん中にはこ れ見よがし置かれたキングサイズのベット。俗物にも程がある。  気に入ってると言う事は、蓮夢はよくここを利用しているのか。此処で、と思う と寒気が走る。  ウンザリしていると、目の前に挑発的な笑みを浮かべた蓮夢の暗紫色の目が見つ めていた。 「あ、今想像してたろ? 鵜飼のエッチ……」 「なっ!?」  予想もしなかった言葉に声が漏れる。俺が何を想像すると言うのだ。  ふざけた事をぬかすなと反論する余地も残さず、蓮夢は手慣れた感じに冷蔵庫の 中から人数分の飲み物を取り出した。 「このホテルは“ヴィオ・カミーリア”って組織の直営で、防音もセキュリティも 街一番なんだ。俺が保証するよ」  高そうな瓶ジュースをユーチェンに、栓抜きと共に瓶ビールを鉄志に手渡した。  自身のビールの栓は歯を食い込ませてこじ開けていた。そう言うところは男っぽ い。よく分からないヤツだ。 「ああ……マスク外してもいいなら飲む? 皆で後ろ向いてた方がいい?」  忍装束で酒を飲むなんて、言語道断であるが、不本意ながら堪えてヤツのペース に合わせよう。手を組むと決めたんだ。氷野さんも了承してくれた。  マスクだって今更だ、心は抵抗しているが、マスクとフードを外してビールを受 け取る。 「若い割に渋い顔してるね」 「ほっとけ!」  差し出された栓抜きを受け取る。渋いって言葉は嫌いじゃなかった。下手にカッ コいいなんて、在り来たりの言葉よりも個性がある。  言葉選びの上手さは媚売りの男娼ならではの様だな。 「そろそろ話が聞きたいんだけど」 「あと二人ここに来る、そうしたら全て話すよ。そうだ、一回ちゃんと自己紹介で もしようよ。最初は誰がやる?」  蓮夢はベットに腰を掛け提案する。あと二人、何者だろうか。  癪だな、ビールがやたと美味い。否が応でも気が休まる。喉も乾いているせいな のか、二口目でほとんどを流し込んだ。  飲み干したビール瓶を足元に置いた鉄志が前に出る。 「俺は鉄志。傭兵上がりの殺し屋だ……。組織は“組合”と呼ばれている。世界中 の裏社会のほとんどが“組合”の仕切りで成り立っている。そう言うとこの駒の一 つだ。近代戦闘術は一通り習得している」 「スキルを話すのもいいかもね。俺は蓮夢。CrackerImpって名前で細々 とハッカーやってるケチな奴さ……。脳の一部を機械化してる。細かい話は割愛だ けど、世の中のほとんどのデバイスに侵入出来る。あと、輝紫桜町で一番イカした ビッチさ」  口裏でも合わせていたのだろうか、やたらとテンポ良く自己紹介し合う空気が作 られてしまった。阿吽の呼吸、この二人は俺が思っている以上に相棒として相性が 良いのかもしれない。或いはバランスのとれた協調性を保てているのか。  アクアセンタービルでの戦い振りでは、一介の殺し屋とは思えないスキルだった が、やはり軍歴があったか。  蓮夢のハッキングの仕組みも、脳が絡むならば、仕組みは解らずとも合点が行っ た。それにしても、これだけの能力と知恵を持っていながら、二言目には下ネタを 話し、自分の事をビッチなどと言う様は、混沌としてるとしか言えなかった。 「サイボーグだったの……」 「まぁ、色々あってね。一応“違法インプラント”なんで、内緒にしておいてくれ よな」  知識不足だが、脳をサイボーグ化する事は御法度なのだろうか。気にかかる事と 言えば、そんな事が出来る技術者が、蓮夢の近くに存在していたと言う事だ。  輝紫桜町にはイカれたヤツしかいないのか。 「お前等の名字は?」 「俺も蓮夢も“ノーネーム”だ。名前だけは使ってるがね」  やはり二人ともIDなしの“ノーネーム”だったか。まだまだ個別管理できる程 の余裕が行政にはないな。  考えに耽っていると、ユーチェンが一歩前へ出た。最後に自己紹介するのは俺で 決定か。   「私はリィ・ユーチェン。念動力と衝撃波を使えるサイキック。蓮夢に攫われた弟 の行方を追ってもらってた」  ユーチェンは惜しみ無く自分の能力の全容を明かした。  こうして思えば、元々はユーチェンと蓮夢の仕事だったのか。そこに港区解放に 動く俺達、行政機関。そしてヤクザ間のいざこざに関わる“組合”が絡んできた。  それだけ海楼商事の影響がこの街全体を手広く蝕んでいたとも言えるが。遅かれ 早かれ俺達も関わらざるを得なかったのか。 「九尾の狐を模している理由は?」 「同時に発動できる念動力は九つ。それにかけてるだけ……。中国も日本も、妖は 畏れられる存在。良い脅しになる」  鉄志の質問に対してユーチェンは半ば苛立った雰囲気を見せた。  本人は多く語らないが、明らかにその格好を気に入っているのは確かだ。何度か 共闘してる内に感じていた。普段と面を付けてる時で口調も少し異なっている。伊 達と酔狂の様なものだ。 「キツネちゃんかぁ……。バニーちゃんの格好ならやった事あるけどね」 「その情報いるか?」 「あ、また想像したろ? 鵜飼のスケベ……」 「言ってろ、変態野郎が」  これではコメディだ。男三人の下らないやり取りにユーチェンが噴き出して笑っ ていた。馬鹿々々しさにどんどん気が緩んで行く。  不意に“里”にいた頃が頭を過った。丁度、兄弟でこんな馬鹿なやり取りとして いたっけな。  対等と言えるかどうか分からないが、こういう遠慮のない関係は“里”を出てか らは皆無だった。 「鵜飼も話したら、今更でしょ?」  忍者が素性を話すなんてのも、言語道断だ。おかしな事になったものだ。残って いるビールを飲み干した。 「鵜飼猿也。甲賀流だ……」 「終わり?」 「他に言う事なんてない」  長い沈黙の後、はっとした様に蓮夢が指摘して来るが、名前と流派、この出立ち だけで充分だ。  鉄志に視線を移す。この中で忍者の事情に詳しいのは“組合”の人間だ。今だに “組合”は忍者を取り込もうと動いている。日本あっての忍者、易々と軍門に降る 訳にはいかないと強固な姿勢を貫いているが、唯一の不安要素は、外界への進出を 考える――風火党だった。  海楼商事が構える“例の施設”に、伊賀者の望月や、化物アームのサイボーグも いるのだろうか。  視線に気付いた鉄志がこちら見据えて、言葉を探っていた。 「市の意向で戦っている様だが、この状況をどう見てる」  鉄志の元へ行く、気を鎮めて言葉を選ばないとまた取っ組み合いになる。見た目 には冷静沈着を装っているが、獣の様な激情を内に秘めている男だ。 「正直、行政機関だけでは対応が困難だ。だから協力は惜しまない。でもな……」  鉄志の胸元に人差し指を触れる手前で止めて睨みを利かせた。キレさせると厄介 なヤツだが、公僕として言うべきは言わなくてはならない。 「お前達は一般人やそのコミュニティにおいて“害悪”だ。危険と判断すれば、俺 がお前等を裁く。心得ておけ」 「上等だよ……」 「俺はクライアントの要望に応える以外には興味ないよ。輝紫桜町の外の連中にも 興味ない、鵜飼が思う程、俺達悪党じゃないぜ。良い子でもないけどね」  女染みた手先で煙草を吸っている蓮夢が、間に入る様に言った。柑橘系の匂いが する変わった煙草だった。  正義では測れない、善意と悪意か。 「いいだろう、今はそう言う事にしておいてやる……」  この二人が、善意を抱く悪人なのか、悪行も物ともしない善人なのか。じっくり と見定めてやる。  協力は惜しまず共闘も望むところだ。――しかし、心は許さん。  沈黙の間に、デジタル音源の鈴の音が鳴り響く。チャイムの様だ、蓮夢の言って いた二人が到着したのだろう。 「着いたみたいだね。ユーチェン、悪いけどドア開けてもらえる」  怪訝そうな表情を浮かべながらも、ユーチェンは入り口に向かって行く。  鉄志が渡した灰皿に煙草を押し潰して、蓮夢は上着を脱いでいた。肩も背中も大 きく露出している。男が着る服じゃない。  廊下の方でユーチェンの驚いた声、聞き慣れた女性の声が漏れて来た。てっきり 面識のない者が二人来るのだと思っていたが。そう言う事か。 「悪い冗談だな、こんなとこ……」 「未成年を連れて来る所じゃないよね」 「鷹野、彩子まで……」  俺とユーチェンのサポーターである、鷹野と彩子。二人とも場所に対して不服そ うな顔をしている。  輝紫桜町のラブホテル。この件に関わるほぼ全員が揃った。カオスな集会だな。  三人と目を合わせる。会話はせずに、大凡の事を察していった。 「言ったろ、全員で全て共有するって。さてと……」  いよいよ問題に入るかと思ったが、この変態がそんな事もする訳もなく、ベッド の上で悩ましく身を捩らせてポーズをとって見せた。それは男とも女とも言えない 妖艶さと色気を放っている。無視したくても視線を釘付けた。 「まとめて遊んであげるよ。どんなプレイがお好み? 俺はネコでもタチなんでも ヤれるぜ……」  この場の全員が呆気に取られているが、内心では何を思っているのか。俺はこの 先が心配でならない――こんなヤツと組まないとならないなんて。 「お前、引退したんじゃないのか?」 「おっと、そうだった……。なんか、この部屋いるとスイッチ入りそうでさ、乱交 プレイとか好き?」  今のところ、悪ふざけばかりしている蓮夢にウンザリしているが、この場の誰よ りも情報を把握していて、それを総括出来ているのも蓮夢だけだった。下手な罵倒 は鉄志を逆上させるだけだし。実に質が悪いな、このコンビは。  鉄志が引退と言う言葉を使っていたが、蓮夢は男娼を辞めたと言う事だろうか。  なのに本質が色欲塗れとはな。呆れ果てる。 「筋金入りの変態だな……」 「何時も、そんな感じで相手してるの?」 「ちょっと! ユーチェン」  何を言い出すのかと思えば、ユーチェンの好奇心も露骨だな。彩子の取り繕う様 は、まるで親子みたいだ。  ユーチェンの言葉に蓮夢の目はそれまでの色目が失せ、真剣なものへ変わってい た。相変わらず口角は挑発的に上がっているが。 「いや、もっとエゲつない事言ってるよ」 「蓮夢、ふざけるのはそれぐらいで、本題に入れ」 「あいよ……」  急に場の空気が変わる気配を感じた。起き上がった蓮夢はベットの上に見慣れな いデバイスを置いた。  起動したデバイスから無数のレーザーが飛び散り、瞬く間に八〇インチ程のモニ ターを展開させた。最新型の立体端末らしい。最近のは、あそこまで小型化出来る 様になっていたとは。解像度も高く立体映像とは思えない程、鮮明だった。  蓮夢と立体端末は既に繋がっているのか、モニターの表示物が一人でに、幾つも 展開されていき、忙しないタスクを見せ付けていた。  一通り展開し終え、それらを最小化して隠すと、モニターには一枚の衛星写真ら しき画像が表示されている。――例の施設だ。  三階建て、長方形の建物が二つ。それをL字状に繋げる円柱上の建物。大きな滑 走路の先には、小さな街の様なものも映っている。  俺達の、と言うよりはユーチェンが探し求めていた場所。弟のジャラが収容され ている海楼商事の施設。 「ここエリアMとエリアYのほぼ境目。山岳地帯に海楼商事の軍事施設がある。こ の映像は先日“組合”が所有する衛生から撮影されたものをハッキングして手に入 れた。ウェブから得られるマップ情報には存在しない施設だ」  “組合”は衛星まで所有しているのか。海楼商事のデータにあった施設の画像は どれも粗目だったが、この画像が鮮明なのは、改めて撮影した物だからか。  当たり前の様にハッキングして奪う蓮夢にも驚かさせる。相手などお構いなしに 欲しい情報を掻き集めてくるんだな。  モニターの前に鉄志が立ち、蓮夢が横に譲る。これから鉄志が話す事柄に合わせ て幾つものファイルが展開されている。これも阿吽の呼吸だな。 「この施設で攫われたサイキック達やインプラント適合率の高いサイボーグ達に軍 事訓練を強制させていた。所謂“トランス・ヒューマン”を主軸とした次世代の戦 闘ユニットの育成。ある種の人間兵器とも言える……」 「そこまでは我々も把握してる。相手は軍隊だ。行政機関では太刀打ち出来そうに ない……」  鷹野がすかさず指摘する。海楼商事の情報では、強力な戦闘能力を持った傭兵に よる民間軍事会社の構築だけじゃなく、小隊規模での売買も計画されていた。対象 となる顧客は、犯罪組織の大物や軍事国家、独裁政権が野放しの地域等、金と権力 を有するクズばかりだった。――既に契約済みも数件確認されている。  何時の間に、こんな事になっていたのか、俺も鷹野も、そして氷野さんも、改め てこの国が無法状態なのだと思い知らされた。 「悪い状況って何なの?」  ユーチェンは蓮夢を見つめながら尋ねた。軍事施設なら、セキュリティシステム はアクアセンタービルの比ではない。更に戦闘訓練を受けた連中も犇めいている。  その施設からユーチェンの弟を見つけ出して救出。それだけでも、かなり困難な 任務だと言うのに、この上悪い状況とは何か。  スーツの袖を捲り、腕時計で時刻を確認した鉄志は、ユーチェンの視線が自分の 方へ向くの待っている。蓮夢がユーチェンの視線を促した。 「今、二十二時か……。今から三十四時間後、この施設に“組合”の傭兵が攻め込 む。目的は敵軍の制圧と奪取。サイキック達を“組合”の人材として取り込む」  鉄志と蓮夢以外の全員が息を呑み、互いに目を合わせて、状況の理解に努めてい た。俺自身、淡々と話した鉄志の言葉を理解し切れていない。  “組合”があの施設を襲う。人材と言う言葉は本来の意味を成していない。サイ キックと言う名の兵器を強奪する。  想像力も追い付かない。漠然とした不安と恐怖を覚えた。海楼商事のやっていた 事は極悪非道だが、その上に遥かな巨悪が存在する事に。 「ジャラも……。ジャラも“組合”が奪うと言うのか?」  途方もない事態に声を震わせ、彩子が呟く様に漏らした。 「そんな……」  力なく床へ膝を落とすユーチェンに、手を差し伸べる余力は誰も持っていなかっ た。何かを発しなければ、怒りでも、妙案でも、助言でも。絶望を誤魔化せる様な 何かを探すのに必死だった。  問題点が多過ぎて処理し切れず、全員が俯いている中で。ただ一人、蓮夢がユー チェンの元へ行き、屈んで肩に手を添えていた。  アクアセンタービルで見たハッカーがそこにいた。その眼に覚えがあった。  諦めていないんだ。蓮夢は――絶望していない。 「もう、止める事は出来ない……。だからこそ、俺達は協力し合わなければならな いんだ。チームになって、この場へ向かう必要がある」

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