17.― CRACKER IMP ― 目覚めと共に頭痛が始まるのか、頭痛で目が覚めるのか、慣れてしまった今では 分からなかった。重い瞼を開けないままでも、眼球に表示される大量のコードが脳 に情報を伝えて認識させる。 ナノマシンは三〇パーセントが消失。現状のダメージからシミュレートすると半 日で七〇から八〇パーセントの消失は避けられない。 左腕のダメージはナノマシンでは賄えない。また金が飛んでく。そして龍岡の小 言を言われるのが更に憂鬱だな。 一先ず、外傷は酷いが致命傷はない。デジタルブレインと脊髄、脳神経のダメー ジも、際どいけどアクアセンタービルの時程ではない。大丈夫そうだ。 ログデータを確認をする。敵のメインシステムは完全掌握されていた。完全な開 放状態。高速戦車内のHQサーバーを経由して施設内の情報も根こそぎ奪いとって 破壊した。 意識が朦朧としていた時のタスクだったが、AI達が上手くフォローしてくれた ようだ。手に入れたデータは後日“組合”と行政機関にもくれてやる。一応、個人 運営のハッカーとしては、自衛のネタは必要だ。この件は全員平等に共有する。勿 論、条件付きで。 他にも確認したい事が山程あったが、辛くなってきたので一度止めておく。 「蓮夢……蓮夢……」 名前を呼ぶ声。外の情報に全然気が回らなかった。一人でぶっ倒れてるだけだと 思ったのに。――来てくれたんだ。 瞼が開こうとするが、少し抵抗があった。血が固まっているのか。拭おうと右手 を動かすが、先に別の親指が目元を拭ってくれる。少しだけ力が強くて痛かった。 その荒っぽい手が右手を握ってきた。握り合う感触がより意識を鮮明にさせてい く。少しだけ心臓が高鳴ってきた。 「テツ……」 「酷いザマだな、大丈夫か?」 心配させてばかりだな。俺だって出来る事なら、もう少しスマートにやりたいけ ど、どうしようもなかった。しかたないだろと反論しようかと思ったが、テツのな りを見て、その気が失せてしまった。 「そっちだって、ボロボロじゃないか」 左肩の派手な刺し傷に、顔や首、両腕と小さな切り傷が無数に刻まれている上に 火傷もしている。 イワン・フランコ。見た目通りの強敵だったらしいな。 「ちょっと苦戦したがな、キッチリ仕留めてやったよ」 誇らしく満足気な笑みを浮かべていた。自信に満ち溢れ、頼り甲斐があって、格 好良くて。 今はもう、それだけじゃないけど、最初に惹かれたテツの雰囲気だった。 「俺も、引っ繰り返してやったぜ」 「分かってる。ジャラも救出も成功したし、ユーチェンも鵜飼も無事だ。全てお前 のお陰だよ」 ずっと胸につかえていたものが、吐息と共に抜けていった。 人攫いに遭って数年経つ人間の消息を見付けられるか、生存してるかさえも怪し い依頼。クライアントのユーチェンの思いに応えられるか、常に不安だった。 ユーチェンに比べれば、大した長さではないけど、この数ヶ月の不安と苦労から やっと解放された。――最も望ましい形で。 「俺独りじゃ、いや、俺とユーチェンだけでも、ここまで出来なかった……。テツ が傍にいてくれたから、みんなのお陰だよ、俺は……」 ふっと、テツの額が俺の額に触れ、右腕だけで強く抱き締められる。戸惑いと心 地好さに鼓動の高鳴りが増していった。 額から伝わってくる熱。テツの心をこんなにも近くに感じていた。 「蓮夢、無事でよかった……。本当によかった……」 お互い左肩や左腕を負傷していて、まともに動かせない。片腕でなんとかバラン スを保ちながら抱き返した。 壊れないよう、気を付けてデジタルブレインを使ってきたのに、今にも頭がショ ートしてしまいそうだ。 終わったんだ。長かった戦いが、やっと終わったんだ。 遠くに見える陽炎がかったポイントβの仮想街地は、彼方此方から黒煙がか細く 登っている。その隙間を避ける様に“組合”のヘリコが無数に飛び交っていた。 その様子を高速戦車の残骸を背凭れにして眺めている。テツがジープに詰め込ん できた医療品と応急処置のお陰で、幾らかマシな気分になってきた。もらった煙草 も崩れ気味だったけど、やたらと美味い。 テツも呆然と遠くを眺めている。気が抜けて、疲れが出てきたのかも知れない。 「“ガーディアン”は十代そこそこの子供だった……」 落ち着いてきたせいなのか、少し前の事を思い起こす。無我夢中で考える余地も なかったし、話せる相手もいなかった。 今になって、胸の内を誰かに明かしたくなった。 「そんな奴が、どうして?」 「分からないけど、自分から進んで脳にインプラントするなんて考えられない。必 ず誰かが干渉してる。インプラント適合率が高いだけで、分別なくサイボーグ化す るなんて、絶対に許されない……」 憤る思いを煙草の煙に乗せた。テツも煙草の煙を空に放って耽っている。 憶測も含まれているけど、やりたいと言ってやれる程、脳のインプラントは容易 い事ではない。何よりも、子供が自分の意志でこんな事に加担するとは思えなかっ た。 龍岡の言う通り、きっと組織ぐるみだ。此処で戦っていたサイボーグ達も含めて 本当に本人達の意思が含まれているのだろうか。――グロテスクに思えた。 サイボーグ技術は“失った物を補う”テクノロジー。そう龍岡から教わった。俺 もそうあるべきだと思ってる。同時に、可能性を模索したくなる欲求も理解できる けど。 良い様に焚き付けて、利用する術は幾らでもありそうだ。これじゃ搾取と変わら ないじゃないか。 “ガーディアン”はもう、まともに機能しないだろう。徹底的に破壊した事に後 悔はない。やらなければ俺がやられていたんだ。 それでも、本当に攻撃すべき相手は、アイツじゃなかった筈だと思うと、やり場 のない憤りを感じるんだ。 煙草に火を着けたテツから煙と共に溜息が漏れた。 「イワンのパイロキネシスは、家族ですら受け入れられなかったそうだ。虐待を受 けて、その反抗で家族を殺した。居場所を求めてマフィアや傭兵、軍を転々と流れ て経歴を汚していった。最後に“組合”に入った頃には、自ら居場所を作ろうと考 え出した。自分の能力に価値を見出だそうとして、暴走した馬鹿な奴さ……」 テツから話されたイワン・フランコの過去。俺では聞き出せなかった話だった。 テツはイワンの事を力に溺れた者と思っているが、俺にはイワンの執着に共感を 覚えていた。俺と同じだ――可能性の模索。 「居場所なんかより、其処にいる事をただ受け入れて欲しいだけなのに……」 でなければ、孤独を選ぶ。それが俺とイワンの違いなのかもしれない。 皮肉だな、孤独を嫌って力を魅せ付けても、決して埋まる事がなく。スケールば かりが大きくなっていくなんて。 「どっちせよ、イワンであれ“ガーディアン”であれ、他人を虐げた上での理想や 存在価値を証明をしようと言うのなら、覇道だ、同調はできない。お前を見てきた から、余計に許せない奴等だよ」 沢山の人間の人生を奪ってきた。報いは受けるべきだ。それが連中自ら選んだ道 の結果なのだから。 望まない才能、望まない力。誰もが“意味”を求める。それがなければ自分で探 すしかない。そして、それぞれの答えに辿り着く。 だとすれば、強力な力であればある程、周りに及ぼす影響も強い。厄介な話だ。 俺は身の丈に合わないと控えながら生きてきた。しかし、誰もがその選択をする とは限らないし、そんな選択肢すら選べない事だって。 「別に、俺はそんな御大層なもんでもないけどね……。でもまぁ、今回ばかりは今 の自分で良かったって思えたかな」 でなけりゃ、あんな化け物ハッカーを止める事は出来なかった。何もかも都合の 良い様にコントロールされて最悪“組合”の傭兵達も全滅していたかも知れない。 意識と感覚で脳内のデバイスを操作してネットワークを高速で泳ぎ回る。幾何学 的でいて本能的なプロセス。 今はまだ、明確な対抗手段がないだけに“俺達”の存在は驚異だ。 今回、俺に収穫があるとすれば、スペックは決め手にならないと言う事だ。駆け 引きと知恵比べ。それならこの先も似た様な奴を相手にする時でも、勝機は充分に あった。 誇らしいよ、頭の中のAI達もハッカーとして経験を積んできた自分にも。こん な気分は初めてだった。 達成感ではない――勝利と言う充実感。 「そうか、それは何よりだ。やっぱりお前は、凄い奴だよ蓮夢。辛い現実を前にも 逃げないで自分に向き合いって答えを探してる。しかも良心に誇れる選択を模索し て行動する。見ろよ、お前がこの戦場を引っ繰り返した」 誇らしげに話してるテツを見てると、何だか嬉しくもあり、照れも出てきた。上 っ面の褒め言葉ばかり浴びてきた俺にとって、本心から来る肯定の言葉は何時もむ ず痒い。 煙草を捨てて、立ち上がると少し目眩がした。 「そうだね。確かに輝紫桜町のチンピラ美人にしては上等かもね。うん、俺は凄い かも……」 テツに目を合わせると、自然と笑みが溢れた。テツが笑みを浮かべているのを見 るのが好きだった。普段は無表情とまでいかなくても、硬い表情をしている。俺と の会話で、何かの拍子に笑い合える瞬間が心地良かった。 こんな風に、自然に接する事が出来る人は初めてだった。今まで好きなった人達 には、何処か片意地張ったり、本当の自分を隠そうと何時も必死だったけど、テツ は違うんだ。――それが嬉しい。 「でも、いい加減聞き飽きたなぁ。毎回“凄い”なんて言葉ばかりでさ。他に何か ないの?」 「他って例えば?」 「たまにはさ、分かり易く“御褒美”って感じのが欲しいよ……」 ちょっとした煽りに食い付かれて、何となく口走ってしまった。別に欲しい物あ るかと考えれば、特に何もない。 とりあえず、やっとギャラも手に入る。またメンテナンスでほとんど飛んでしま うだろうけど。今回ぐらいは何か贅沢したい気分だな。 「褒美か……」 煙草を足元に捨てたテツは、吸殻から立ち上る一筋の煙を見つめながら神妙な面 持ちで考えていた。そんなに真剣に考える様な事でもないのに。 変に会話が途切れて開いた間、テツから何か発するのを待つしかなさそうだ。高 速戦車の残骸に背中を付けて楽にする。 「そうだな、なら“俺”をお前にやるってのどうだ?」 「え……」 思いも寄らない言葉にテツの顔を見上げた。俺に向き合ったテツのぎこちない表 情。――これって、本気のヤツ。 口説かれる事なんて、輝紫桜町のHOEだったからほぼ毎日だ。安っぽいヤツか らの手の込んだヤツまで、薄っぺらい心と言葉を沢山受け取ってきた。だからこそ テツがそんな事できる奴じゃない事はすぐに分かる。 「ちょっとキザったらしい言い方かな……。やっぱり褒美とは違うか。とにかくお 前が望むなら、俺はお前の物になってもいいって事だよ。この仕事のにケリが着い たら、改めて答えてくれって言ったのお前だろ? だから、これが答えだよ……」 ダイナーで答えを先延ばしにしたのは、諦め切れなかったのと、諦める為の時間 が欲しかったからだ。勿論、予想はしてた。時間を延ばしたところで、想いが強ま るだけなんじゃないかと。実際そうなってしまった。 テツや俺の気持ち以上に、組織の殺し屋と歓楽街のハッカーと言う現実の厳しさ を受け入れるしかないのかって思いかけていた。 頭を掻き毟りながら、テツは必死に堪えていた。俺も何か話さないと、でも焦り が募ってきて考えがまとまらない。 「言っておくが、上手くいくなんて保証は出来ないからな。俺は“組合”の殺し屋 だ。それに、何て言うか、同性とそうなって、ちゃんと受け入れられるかだって自 信なんかない。まともに人と付き合った事だってないんだ俺は……。お前を傷付け てしまうかもしれない……」 「テツ……」 駄目だ、言葉が出ない。それどころか徐々にテツを見る事が出来なくなって俯い ていく。 唇が小さく震えて、視界も潤んできた。様々な感情が綯い交ぜになっていく。 俺が示すべき感情は、示したい感情は一つだけ。なのに、どうしていいか分から ずに、何も出来ずに俯いている。――心が、溢れてしまいそうだ。 「でも、もうそんな屁理屈なんか、どうだっていい。ただ、俺の望みは、お前と共 に生きていきたいってのが本心なんだ。このまま俺の相棒であって欲しい、先が読 めない割にリスクばかり感じるけど、それでもいいなら。お前の望む俺でいさせて くれないか、蓮夢……」 小さな衝撃。お互いアチコチ怪我しててそれだけでも痛みが走る。テツもビクリ と反応した。右腕しか使えないけどテツに抱き付いた。 情けないけど、言葉が出せない俺にはこれしか出来なかった。 テツの胸に顔を埋めて強く抱き締める。抵抗されるどころか右手で頭を撫でられ た。熱い、マジでショートしそう。 「嘘みたい……ギャグとかじゃないよね?」 「ジョークでこんな事言える様な性分じゃないよ、俺は……。知ってるだろ?」 確かに、先の事なんて全く読めない。捻くれ者だから、この瞬間を後悔する可能 性だって考え始めてしまう――でも。 俺はテツの傍にいていいんだ。これからも支え合って、対等な相棒として、明日 を待ち望んで生きていってもいいんだ。 こんな疑いたくなる様な嬉しい事って、他にはないよ。 「嬉しい……」 「まぁ、その、何て言うか……。改めて、よろしく頼むよ……」 抱き締める力を弱めてテツを見上げる。ホント、お互い良い歳の筈なのに照れま くってる。――もっと触れてもいいのかな。 戸惑っているテツの目を見ていると判断に迷うけど、唇が今にも触れてしまいそ うな程、近づいていく。止められない。 キスしたい。我儘に高まる欲求。しかし、抑え難い衝動は、高速戦車の裏側で鳴 り響いた長押しのクラクションであっさりと弾け飛んでしまった。一瞬でテツと離 れてしまう。 「よう! 無事かい? お二人さん!」 鵜飼の声はかつて聞いた事のない程、明るく弾んでいた。――クソ馬鹿忍者め。 位置的に鵜飼達には見られてはないだろうけど。テツと鵜飼達に背を向けて胸を 抑える。落ち着け、今はまだ、これでいいんだ。焦る必要なんかないんだ。 「鵜飼、ご苦労だったな。それにユーチェンも。二人とも負傷してる様だが大丈夫 か?」 テツも慌てたのか、いやに声を張っていた。振り向いて鵜飼達が乗る二台のジー プへ近寄る。二人ともボロボロだった。 ユーチェンは狐の面もなく痣だらけで、鵜飼も適当な布で巻き上げた左腕から血 が滴り、焦げた匂いがする。テツもそうだが三人ともどんな戦いをしていたのか。 「鉄志だって、蓮夢も大丈夫なの? その腕……」 「大丈夫な訳ないだろ、滅茶苦茶痛いよ! さっきまで泣いてたし。そんな事より も、ジャラは?」 何時もの調子を取り戻さないと。惚けてる場合じゃないんだ。今はチームの一員 で何よりもユーチェンの弟くんの事が重要だ。 「ガスのせいで昏睡しているけど、命に別状はない」 もう一台のジープの荷台で固定されて眠っているジャラと、同じく荷台に乗って 介抱するアヤと鷹野とも目を合わせる。言葉は交わさなかったが、二人とも疲労と 安堵に包まれた表情をしていた。アヤが俺を見て小さく頷いた。感謝として受け取 っておこう。 「凄いよユーチェン、頑張ったね」 肩に手を添えると、ユーチェンが手が重ねて来る。何時も何処か張り詰めた雰囲 気を放っていたユーチェンのだったけど。今は穏やかに年相応な笑みを浮かべてい た。ギャラに見合わない程、大変な仕事になってしまったけど、引き受けて良かっ たと思えた。 「秋澄に病院を手配させる。いや、奴なら既に準備してる筈だ、大丈夫」 少し歩いてユーチェンは全員を見据えた。静かにゆっくりと深く一礼をする。 「みんな……本当にありがとう。ずっと、闇の中で希望に見せかけた絶望に縋って いた……。こんな日がやって来るなんて……」 ボロボロ流れ落ちる涙。やれやれ可愛い顔が台無しだ。傍に寄り、涙を拭ってや った。 でも、ユーチェンの言う通りだ。必ず見付け出して助けるのは、目的と言うより も希望に近いものだった。不可能や手遅れと言う言葉を何度も拒んで“こんな日” 意外の結末を考えない様にしてきた。 その心労は俺なんかより、ユーチェンの方が何倍も強かった筈だ。 「辛かったねユーチェン……。でも、もう心配ないよ。それに今の俺達はチームで あり仲間だ。礼には及ばないよ、そうだろ?」 視線を鵜飼に移す。着痩せするタイプなのか、忍装束やアーマーが着込んでない と、鵜飼はやたらガタイが良かった。 これで背丈が俺より高ければ合格なのにな。 「まぁ、成り行きの連続だったけどな。確かにチームじゃなきゃ、ここまでやれな かったろう。完璧ではないが、俺達の勝ちだよな?」 「そうだな……俺達の勝利だ……」 鵜飼が求める同意に、テツは遠くを見据えながら答えた。 ジャラを救出する事においては、成功と言えるが、他の事は山積みの問題だ。 他のサイキック達やサイボーグ達はきっと“組合”に吸収される。今までよりは マシかもしれないが、自由には程遠い。 それに、これだけ大騒ぎになった。黒幕の組織も黙っちゃいないだろう。矛先は “組合”に向くのだろうけど、今までと同じとは行かない筈だ。 全て解決したとは言えそうにないな。 「ホント良いチームだよね、俺達。最強の四人だよ。もっと、なんかやれそうじゃ ない?」 漠然とだが、このまま解散していいのか、少し心配に思えてきた。それぞれが難 しい立場なのは分かってるけど、まだ終われない様な、そんな気がした。 「馬鹿言え、これっきりだ。元々お前みたいなのは嫌いなんだよ」 「俺は好きだよ、お前の事。戸惑いの心を抱きながら、直向きに頑張ってる若い忍 者くん……」 緩く口角を上げて鵜飼に微笑む。今のところコイツは半々と言ったところだ。根 は良い奴だ。蔑む言動には――何かが潜んでいる。 つまらない戯言だとスルー出来るぐらいのタフさは持ってるつもりだよ。 軽い舌打ちをしてそっぽを向かれる。その鵜飼の肩をテツがポンと叩いて、軽く 労った。 「よし! 任務完了だ。俺達も引き上げよう。みんな手当てが必要だ」 みんな、ボロボロだ。今更だけどこの腕どうやって修復するのか。早く龍岡の所 に行かないと。 ユーチェンと鵜飼はアヤ達が乗るジープに乗り込む。眠るジャラの頭を撫でるユ ーチェンの肩に手を添えるアヤ。鷹野の小言か何かを聞いていて、ゲンナリしてる 鵜飼。――悪くないな。 テツも左肩を押さえながら、もう一台のジープに向かう。大分日も暮れてきた。 「テツ……」 呼び止めに振り向いたテツ。鵜飼達の気がこちらを見ていないのを一応、確認し ておく。 どうしても表情が緩んじゃうよ。テツが俺のものだなんて。 「ありがとう」 「俺の方こそ……」 ジープに乗り込むと、早々に走り出した。荒っぽい運転が傷に障る。 流石に俺もテツも疲れ切って、無言になってしまう。流れる風景を呆然と眺めて いると、投降した兵士達を収容する数台のトラックが見えた。 衛生兵達が集まり、敵味方問わず介抱してる姿。 精魂尽き果て、項垂れている集団。――まだ終わりじゃないんだ。 勝利の余韻、仕事をやり遂げた達成感。愛おしい相棒との未来。噛み締めていた いものは沢山あるけど、俺の脳は今、疲労感に包まれつつも他の事を考えるタスク に突入しかけていた。 頭痛が始る。一度思考し始めると止める事は出来ない。込み上げて来る問題や疑 問に対して、次から次へと情報を引っ張り出して、答えを探し求める。 俺達は勝った。金とか権力の、欲望なんて陳腐なものを遥かに超越した、圧倒的 な悪意に俺達は勝利したんだ。これはきっと――始まりだ。
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