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「他に良い案があれば、是非聞きたいね、その為に鉄志さんと組んだんだぜ」  蓮夢が上目遣いに見つめて来る。笑みを浮かべ、ほら、言ってごらんよ。と言わ んばかりに煽って来る。  少し腹も立つが、今のところ蓮夢のプランに任せっきりなのも事実だった。  煙草を手にして蓮夢の隣へ座る。 「お前の提案する案はスマートだが、全て受け身だ。“バレずにコッソリ”って手 段ばかりだ。ま、ハッカーならそれが正解かも知れないが。その前提を変えたアプ ローチと言うのも、一つの手だ」  煙草に火を着けて煙を吐く。それにつられる様に蓮夢もズボンのポケットからク シャクシャになった煙草を取り出し、一本火を着けた。 「その話振りだと、武器でも担いでカチ込めって聞こえるんだけど……」 「目的地へ向かう。目的を果たす。離脱する。三フェーズのシンプルな作戦。悪く ないじゃないか」 「武装した警備員はどんな時間帯でも五十人以上はいる。サイボーグ化された連中 も混ざってるって話だよ。二人じゃどうにもならないよ」  蓮夢に限らず、誰もがそう言うだろう、不可能と言う雰囲気を醸し出す。そんな 泣き言を言ったところで、命令が無効になる事なく、敵の数が減る訳でもない。  何時だって敵の数の方が多い。そう言う物だ。だから俺は――二発で仕留める。 「俺は基本的に二発で一人仕留める。五十人なら百発必要。グロックの弾倉は十九 発入っている。予備弾倉六本で全然足りる。それにプライマリーとセカンダリーを 用意すれば、更に余裕が生まれる。サイボーグにも対抗できる。そもそも、五十人 全員を倒すのが目的じゃない。障害の排除のみだ。俺はその一点に全力を注ぎ、お 前はその仮定における、効率化に努めればいいだろ?」  理想的なのは、蓮夢とツーマンセルで行動出来る事だが、それを今から蓮夢に仕 込むのは不可能だし効率が悪い。  とは言え、蓮夢にも多少、銃の心得はあるらしい。何時も腰に拳銃を突っ込んで いる事は知っている。  なら、何時もと変わらない。一つの目的に目がけて、常に全方向を補足して絵図 を描いて、段取りを決めて実行する。そこに人一人分をバックアップする余裕はま だ残っている。  それに期待していた。蓮夢なら素早く、その場の状況や情報を処理できると。 「単純化し過ぎじゃない?」 「複雑でも単純でも、リスクは付き物だ。それは大した事じゃない。似たような修 羅場は何度も経験済みだし。やってやれなくはない筈だ。野蛮で泥臭いか? 大い に結構。生き残った奴の勝ちだ。そして俺は勝てる」  こう言う時はハッキリと断言して見せるのが肝心である。説得力は二の次だ。  何をするにしても、出始めなんて全部手探りだし、正解なんてない。大切なのは この単純な骨組みに現実味のある肉付けをしっかり出来るかだ。  それでどんなに複雑になって行っても、その頃には大半の事は把握して共有出来 てる。そう言うものだ。  とは言え、緻密なタスクを正確にこなす蓮夢にとって、俺の理屈は散漫極まりな いものに思えるだろう。  呆れられた冷ややかな視線を受け止めてやろうと視線を蓮夢に移したが、その表 情を見て、逆にこっちが呆気にとられた。  何を言い出すのか、嫌な予感がする。 「はぁ……。凄いキュンと来ちゃった……。やっぱり鉄志さん素敵過ぎる……」  冗談やウケを狙っている様な雰囲気ではなかった。咥え煙草のまま、両手で胸を 押さえている。その仕草はわざとらしいものがあるが、恍惚とした表情に本気が感 じられた。えらく懐かれてしまったものだ。  正直なところ、蓮夢のそう言うところに関して、嫌悪感はそれほどなかった。勿 論、ゼロではないが。  異性に向ける様な感情を、同性にも向けられるその感覚は、まだまだ俺の理解を 超えている。  それでも、慕われているのなら、一先ずは良しとしておこう。最近はそう留めて いた。下手な事は口走らず、一度飲み込んで消化してから、自分なりに落とし所を 見つける様にしていた。  秋澄のカミングアウト以降、その手の事に常に緊張感を持つ様にしている。あい つもノルウェーの看護士に、またはその看護士が、こんな表情して見つめ合ってい たのだろうか。男同士で。  不意に考えが過った。仮に蓮夢が女だったとして、今のこの表情や言葉を、俺は どう受け取るのだろうかと。――分からない。  俺は大した反応もしないだろう、そもそも男や女どころか、人間自体に大した興 味もない。俺はそう言う人間だ。唯一、親しみや情を感じられるのは、時間と共に 積み重ねていく関係性のみだ。戦友や幼馴染の類いである。  俺と蓮夢には、そんな蓄積はない。 「そりゃ、どうも……」  そうは思っても、慕われている事は間違いないので、素直に言葉を受け取ってお く事にした。それでお互い悪い気にはならないだろうし。 「なんかさ、鉄志さんを見てると……。シオンを思い出すんだ。“ナバン”のボス をね。揺るぎない自信に満ち溢れてて、堂々と見せ付ける強い意思と圧倒的な力」  意外な方向に話が進んだな。蓮夢の口から直接“ナバン”の話が聞けるとは。あ のレストランで俺が“ナバン”と口にした瞬間の表情の強張り、明らかに思い出し たくもない忌々しさを滲ませていたから。  数十年前、アジア圏を席巻していた韓国発祥の強大なマフィア系犯罪組織。正式 な組織名よりも、各国の歓楽街を中心に性産業と人身売買を中心に活動していた事 から、夜に舞う毒虫、蛾(ナバン)の名称が有名だった。  無法状態の日本にある大歓楽街は、連中にとっては理想的な環境だったろう。  その組織のボスの愛人と呼ばれ、輝紫桜町に祭り上げられたのがポルノデーモン だった。 「まぁ、ボスの方がエロくてセクシーだけどね、でも鉄志さんも中々イケてるよ」  憂い目とは裏腹に、蓮夢の表情は複雑に歪んでいる。それは、思い出し懐かしむ 様でもあり、トラウマの様に襲い掛かる記憶を噛み締める様でもあった。  そんなゴチャゴチャとした感情を、湧き上がらせる原因である、ボスとやらに俺 が重なるものがあると言うのは、少々微妙な気分になる。 「その言い振りだと、慕っていた様だな」 「愛してたよ、でも愛される事はなかった。俺は組織の中の稼ぎ頭で、都合の良い 玩具に過ぎなかったから……。それでも、初めて俺の事を肯定してくれた人だった から、すっかり依存しちゃってね。こう言うの、愛憎って言うのかな? それとも 洗脳?」  煙草の煙を綺麗に一筋吐いて、蓮夢はどこか遠くを見据えていた。愛していたな んて、恥ずかし気もなくよく言えるな。  この歳まで生きてきて、狭い世界、同じタイプの人間とばかり接してきた俺にと って、この蓮夢と言う男の何もかもが、新鮮な存在である事は間違いなさそうだ。 「今も、いて欲しいって思うのか?」 「今はいいかな……。何だかんだ、自由がいい」  蓮夢はうーんと間を置いてから、今の状態の方が良いと答えた。 「なら、洗脳だ」 「かもね……」  俺はどういう訳か、妙な苛立ちを感じていた。煙草を携帯灰皿へ放る。  自由である今がいいと言いながらも、蓮夢は今でも心の何処かでシオンを慕って いる。肯定された。たったそれだけの事にしがみ付いているか様に。  赤の他人である俺がどうこう言う事ではないが、不健康な考え方に思えた。何よ りも、蓮夢自身がそれを分かった上で、それでも想いを断ち切らないと言うのであ れば尚更だ。  会話が途切れると、すぐにキーボードのタイプ音だけになる。横目に蓮夢を見る が、モニターに集中していた。  いやに続く沈黙。間が持たない雰囲気。しかし、蓮夢からは話を振られるのを待 っていると言う気配を見せていた。何故か俺が話を切り出す前提だった。 「“全性愛”って意味だったんだな、パンセクシュアル」  それを話して、何になるかは分からないが、沈黙を破りたく蓮夢に話した。タイ ピングの手が止まり、蓮夢と目が合う。 「ネットで調べた?」  浅い知識だけで話すべき事ではないのかも知れないが、本来ならもっと早く、蓮 夢がカミングアウトしたあの時点で、関心を持って聞くべき事だった。  秋澄に聞いても、教えてくれるどころか、説教までされる始末だ。それに関して は、俺にも悪いところもあるが、結局この一連の事柄は、自力で学ぶ事になった。 「そんなところだ……。正直驚いたよ、こんなにセクシュアルやジェンダーが細分 化されていたなんて。そう言うのに無縁な環境にいたとは言え……」 「何故、無縁と言い切れるの?」  言葉を遮り、蓮夢が訪ねる。暗紫色の左目が鋭く見透かしていた。 「言えない、気付けない、知った事じゃない。そう言う“空気”のせいにして、目 を向けずに生きて来ただけだろ?」  鋭い上に手厳しい言葉だった。  それでも、俺はこれをしっかり受け止めて、許しを得なくてはならない。ここ最 近、蓮夢とは仕事の上で良い関係性を築けているが、だからこそ今までの自分のし てきた事において、ケジメだけは着けて起きたいと思っていた。  「そうかもしれない。今更かも知れないが、お前には色々と詫びないとな。その事 をやっと理解できたよ」 「別に周りにどう思われようと、何を言われようと、これが俺だって、胸を張って 粋がってやるさ。でも、無傷ではいられないよ……」  煙草を吸いながら話す蓮夢の言葉から、数多くの偏見や差別を受け止めて来た積 年の感情を読み取れた。  その冷やかな目が語る感情のほとんどは――失望。  怒りや悲しみ、恐怖や不条理に散々曝され続けて、綯交ぜにされた果ての失望に 思えた。その中の一つに、俺がいる。 「分かっている。お前は頼りになるし、俺もそれに相応しい相棒でありたいと思っ ている。もし今後、無礼や無知と思える事があれば、指摘してくれ。この歳で言う のも情けないが、学びたいと思っているんだ。お互いのパフォーマンスを高める為 にも。お前の事を受け入れたい」  俺に残されてる手段は、偏見も雑念も捨てて、本音で向き合う事ぐらいしかなか った。その為に、できるだけ多くの事を蓮夢と話したいと思っていた。  情けないと思っている。人一人を理解するのに、ここまで知識も認識も、そして 意識も不足しているなんて、これでよくチームリーダーなんて呼ばれていたものだ と痛感している。  蓮夢は俺の言葉を受け止めてくれるだろうか。蓮夢の返答を待っていると、それ は予想もしていなかった態度になって迫ってきた。  まるで木を登る蛇の様に、滑らかにすり寄ってきて、目の前に迫ってきた蓮夢の 表情は、手慣れた男娼が客を誘惑するそれとは少し違うが、先程の恍惚とも明らか に違う色気と妖艶さに満ちていた。  急な事で反射的にのけ反り、蓮夢の顔から距離を取ったが、蓮夢の目から目を逸 らす事が出来なかった。  どうやったら、こんな表情ができるのか。何度となく思う事だが、同じ性別の生 き物とは思えない程、綺麗だった。 「俺を“どこまで”受け入れてくれるの?」  “どこまで”と言う問いに対して“そこまで”求めるのかと。無意識に思った。  受け入れるとは言ったが、あくまで仕事の関係性での話だ。薄々と言うか、やは りと言うか、蓮夢と俺とではこの部分においても認識にズレがあるな。  さて、どう答えればいいのか。こっちの気も知らずに、見つめて来る蓮夢の真っ 直ぐな視線を、これ以上見ていられなかったが、適当にはぐらかす様な言い方は避 けたかった。  あれこれと思考を巡らせていると、蓮夢はふっと鼻で笑い、スーツの胸ポケット にメモリーを突っ込み、姿勢を元に戻して再び作業に戻った。 「これは?」 「海楼商事とアクアセンタービルの事で現状、分かっている事と、今後の活動内容 に関するレポートだよ。“組合”のお偉いさんが催促する度に小分けに見せてやれ ばいい」 「ああ……。助かるよ」  気が利く、相棒としては申し分ない。こう言うところは本当にありがたいと思っ ている。視野も広く、常に先を読み効率を求める姿勢は尊敬できるが、私情と公私 混同の具合、感情の起伏が大きいのが玉に瑕だな。  こんな物をわざわざ用意していると言う事は、興味ないと言いながらも、俺の背 後にある“組合”と言う組織には一定の警戒を続けていると言う訳か。それも悪く ない心がけだ。  俺もまだ“組合”がこの件に関心を持っている意図が分からなかった。否、俺ど ころか日本の“組合”だって全て把握しているかも怪しかった。日本国内で起きて る、ちょっとした組織犯罪に過ぎない筈なのに、この執着のしようは、どう見ても 不自然だった。  その辺の事も、いよいよ探りを入れていかないとな。俺と蓮夢が不利益を得る事 は避けなくてならない。 「そう言えば、荒神会の事で、おもしろいネタを手に入れた」  “組合”の事を考えていたついでになるが、そこで仕入れた情報を蓮夢に話す事 にした。ちょっとした相談である。 「今更、連中の相手をしても、意味はないと思うけど」  確かに一理ある。今更、黒幕の駒の様な存在を調べても、大した事は得られない 可能性はある。  それでも、末端を責める事で大元の足元をすくえるなんて事は、裏社会ではザラ にあるものだった。これもまた、蓮夢がやらないアプローチだろう。 「数年前に引退した荒神会の元会長の居場所を突き止めた。その会長が引退してか ら、荒神会の密輸事業が活発化してる様だ。よくよく考えてみれば、おかしくない か? 落ち目であれ、輝紫桜町の老舗である林組の組長と、荒神会の幹部クラスが 盃って言うのは、そもそも重要な密輸事業を幹部に一任ってのもな」 「言われてみれば……。情報を盗む事ばかりに集中してて、その辺の事は気にして なかったなぁ」  タイピングする手を止めて、咥え煙草のまま空を見上げる。ノーマークだった要 素について興味を持ったようだ。 「今、誰が会長をやっているのかも、調べてみても何も引っ掛からない」 「海楼商事が荒神会を仕切っているから、ボス猿不在でも運営可能って訳か。林組 としても、始めから乗っ取るのが目的だったから、立場とか大して拘らない。その 会長さんってのは締め出された可能性もあるね」 「察しがいいな、俺もそう考えてる。細々と隠居生活をしてるらしい。接触して問 い詰めてみようかと思ってる」  元々、蓮夢には話さず事後報告でもしておこうかと思っていた事だったが、話し てみて正解だった様だ。  蓮夢が“餌撒き”の詳細を話さないのと同じで、この件は実りを得るかは何とも 言えないものだったからだ。 「何か手伝える事ある?」 「大丈夫だ、二人で動くと目立つ。この件は俺に任してもらえるか」 「なら、俺はその間に他の事の準備でもしとくよ。あと連絡は細目にね」 「分かってる、そっちも頼んだ」  蓮夢はいいとして、俺までつい表情に緩みが出てしまった。こそばゆい感じもす るが、相棒として、チームとして、しっかり連携が取れていると言う実感が心地良 かった。  思っていた以上に蓮夢が優秀なお陰もあるが、殺し屋とハッカーなんて組み合わ せが上手くいく訳ないと思っていただけに、意外な相性の良さには驚かされる。  こう言うのを俗に化学反応とでも言うのだろうか。 「なんだか、夜仕事するの面倒臭くなってきたなぁ……。ねぇ? どっか飲みにい かない? 色々話そうよ」  ただ一つだけ、相容れない所もあるが。 「悪いが、プライベートまで共有するつもりはない。そこは履き違えるな」  あくまでも、同じ目的も持った者同士、仕事の上での相棒だ。それ以上の感情を 持たれるのは、今のところ迷惑だし、“どこまで”と言われれば“そこまで”は受 け入れられないと言うのが正直な思いだ。  それをオブラートに包んで話せる器用さがないのは忍びないが。 「そう、つまんないの……」  意外にも、ごねたり皮肉を言う事もなく、蓮夢は引き下がった。夜の仕事か。 「なぁ?」  蓮夢に言いたい事があった。会う回数が増える毎にそれは強くなっていく。プラ イベートを共有しないと言った後で、こんな事を言うのはとんだ矛盾だと承知の上 で――売春を止めて欲しいと。  あの夜の揉め事だけの話ではない。明らかに今の蓮夢はハッカーと男娼と言う二 つの仕事に、釣り合いが取れていなかった。よく今まで両立出来ていたなと思う。  やるしかなかったと言う今までから解放されただけじゃなく、おそらく俺と組ん でいる事も原因になっている筈だ。  以前の様に、ボロボロになる事はなかったが、擦り減っている雰囲気は常に感じ ていた。 「いや、なんでもない……」  それを言えば、必ず揉める事になる。その言い合いにおいて、蓮夢に勝てる自信 はなかった。俺の言う事は身勝手で中途半端に過ぎない。  結局、今日も言えなかった。本当に情けない。どうすれば程よい距離感で話せる だろうか。それでも、これ以上蓮夢との距離を縮める事にもどこか躊躇があった。  黙り込む俺を尻目に、蓮夢は立ち上がり足元に煙草を捨てた。 「さてと、クソ甘い珈琲でも飲もうかな……」  軽い溜息交じりに背伸びをして、移動販売のバンがある広場へ向かう。ベンチに 置かれたままの補助端末のモニターは、相変わらず目まぐるしいスピードでコード を書き込み、滝の様に流れていく。  蓮夢が捨てた煙草の吸殻を拾い、携帯灰皿へ捨てておいてやる。こっちまで溜息 が漏れてしまった。俺と蓮夢の距離感か。  今後の課題の一つになるな、このままでいい訳がない。蓮夢のしたい様にと、干 渉はしない。それは落とし所なんかじゃない――ただの妥協だ。  さて、“複雑な相棒”の後ろ姿を見つめながら、どうするべきか。久しく使って いなかった思考回路、或いは俺の性ってヤツがフル稼働し始めていた。

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