9.― JIU WEI ― 鉄志と蓮夢は到着しただろうか。鵜飼は段取り通り、配置に就いただろうか。彩 子さん達は今頃どうしてるだろうか。――ジャラは何処だ。 頭の中で考えを彼方此方に散らしている。でないと、ジャラと敵への殺意だけで 満たされてしまいそうだったから。――ジャラは何処だ。 落ち着け、必要以上の殺生は不要だ。私は外道じゃない。 目前にある四台の大型ヘリ。脱出する準備に夢中で、どいつもこいつも、私に気 付いてなかった。鵜飼と蓮夢のドローンのお陰で、ここまで敵をスルーしてスムー ズに辿り着いた。まずはヘリを破壊する。――ジャラは何処だ。 機材を運び込もうする三人の忍者が、ようやく私に気付く。黒狐の面とガルーシ ャの黒衣に目を奪われていた。最初は誰でも、そう言うものだ。 腰のワイヤーを引き、九尾を解き放つ。鋼鉄の尾が地面に落ちてガラガラと音を 立てる。その音でヘリのパイロットも私に気付いた。――ジャラは何処だ。 パイロットの首を念動力で掴んでガラスに何度も叩き付ける。徐々にひび割れて いき、ガラスを突き破って引き摺り出して叩き付ける。 やっと異変を理解した三人の忍者が囲うように襲いかかって来た。懐に入り込ま れないように身を捻り、九本の尾を繰り出して応戦する。身のこなしと速さは流石 忍者と言えるが――鵜飼程ではなかった。 隙を見出だし、九尾の念動力を解除して忍者共を拘束する。念動力を三に分けて 首や胴体を掴んだ。 悶える姿などお構い無しに三台のヘリに向かって投げ付ける。一人はコックピッ トに突き刺さった。これで二台飛行不能だ。 人の気配が増え始めてきた。間髪入れずに三台目の破壊に取りかかる。飛びかか って、コックピット部を集中的に九尾で突き刺し、プロペラをねじ曲げる。これで 飛べない筈だ。 作業着姿の連中が拳銃で撃ってくる。尾を重ねてガードしながら、念動力の射程 範囲に入った者から、叩き潰していく。 かつてないぐらい凶暴に暴れまわっていた。ジャラが見つかるまで、収まりそう になかった。――ジャラは何処だ。 怒りに視界が狭まっていくその中心に、薄墨色の鋭い眼が迫って来た。一度見た 忘れられない目だった。――伊賀流、望月偲佳。 鋼鉄製のトンファーが腹部を二発打つ。息が詰まるが、間髪入れず繰り出された 上段蹴りを、身を反らしてかわした。 望月を囲い覆う様に九尾を振り回すが、寸前で避けられる。まるで予知でもされ ているのかと疑う程の、無駄一つない完璧な動きだった。 一旦退こう、確実に反撃させる。尾を二本、地面へ突き刺して身体を押し出す。 案の定、望月が追撃して来る。一瞬で間合いを詰めて素早いトンファーと足技の 連撃。これを止めるには無茶をするしかない。 振り下ろされる二本のトンファーを肩に受ける。間に尾を挟んだが、骨が砕けて しまいそうな衝撃と激痛。でも動きは止めた。 九尾から念動力を解除して望月を掴む。手加減はしない、気を失わない程度に締 め上げる。 「また会ったな……九尾の黒狐……」 マスク越しにもニヤけ面でいるのが分かる。これで望月に勝ったなんて思っちゃ いない。望月は否、望月達は何一つ追い詰められていない。 「ジャラは何処だ! ジャラを返せっ!!」 呻き声も出せない程の力で望月を締め上げた。恐ろしい女だ、苦しんでいるのは 確かなのに、その眼は真っ直ぐ私から逸らさない。 数秒が限界、緩めてやった途端、不敵に笑い出す。――殺してやりたい 「なるほど……弟の為に修羅に堕ちた姉か……。取り戻してどうする? もう戻れ ないぞ。お前もジャラも闇の中だ、永遠に追われ戦い続ける」 戻りたいなんて微塵も思わない。未来なんて二の次だ――ジャラは何処だ。 「お前にジャラは倒せない……」 フッと背後から突如現れた気配。咄嗟に念動力を解除して、九尾二本に切り替え て防御に回すが、強烈な蹴りに尾ごと巻き込まれて倒されてしまう。 半身を起こして、九尾全てを使って敵の猛攻を受け止める。相手を見る余裕もな い。望月の様な隙も容赦もない連撃。堪らずバックステップするが、敵も素早く苦 無を放つ。三本。 二本は尾で弾けたが一本は右手を貫いた。直撃なら顔に穴が開いていた。 苦無を引き抜く。痛みで右手の震えが止まらないが、九尾を展開して望月と奇襲 して来た敵を見据える。大きく呼吸して酸素と気化した薬品を取り込んでいた。 望月に似た忍装束を纏い、鋼鉄のトンファーを手にしている。 何時も、お前の頭にあるつむじを見下ろしていたのに、この五年で、私の背を越 えていたんだね。――ジャラ。 「優秀な子だ、サイキックの才能だけじゃなく、我らの業をどんどん吸収していっ た。覚悟と心の弱ささえ除けば、手練れの忍者にも成れるのに……」 鼓動が激しく脈打ち、眩暈が視界を霞める。鍛錬が成せるしっかりとした身体つ き、マスク越しに伝わる精悍な顔立ち、鋭くも光の失せた目付き。 何もかもが違う、ジャラではないジャラに混乱していた。そのくせ、殺気だけは 無機質に向けて来る。――落ち着け、まだだ。 「ジャラをどうする気だ、お前等もサイキックと混ざって傭兵にでもなる気か」 「こんな下働きの為に我等は時間と使ったのではない。イワンの時間稼ぎのお陰で 我等も充分な対効果を得た。既に半数以上は回収してある」 風火党の目的もやはり、優秀なサイキック達を忍者に仕立て上げ、駒にするのが 目的だったようだ。 サイキックを人として見ていない。金目の物の様に言う望月に戦慄を覚えた。 既に戦線離脱したサイキック達がいるのか。ジャラが残っていたのは不幸中の幸 いとか言えない。圧倒的にこちらの負けだ。――全てイワンの思惑通りか。 「お前が甲賀流や下らん連中と組もうが所詮、はぐれ者に過ぎない。時代の流れに は逆らえないぞ」 確かに悪足掻きだ。私達は何時だって大きな何かの上で踊らされてきた。そんな 事は百も承知だ。 「知った事か! ジャラを返せ!」 感情と念動力が連動する。九尾が広がっていく。抗い続ける事しか出来ない。こ こまで来て、絶対に屈する訳にはいかないんだ。 「ジャラには特別目を掛けていた。私のお気に入りでね。肉親だろうと、返す訳に はいかないな。代わりにどうだ? 黒狐。仲間になるって言うのは。弟と共に、我 等の為にその力を使え……」 弟の頭を、気安く撫でるな。ジャラは何一つ反応を示さずに、人形の様な目で私 を見据えていた。――今にも襲い掛かって来そうだ。 まだ“好機”は訪れていなかった。このまま弟と戦わなくてはならないのか。 嫌だ、何とかならないのか、ジャラと戦いたくない。何故、こんな事をしなけれ ばならないのか。 「ジャラ! 私よ、 ユーチェン! 思い出して! ジャラ!」 呼び掛ける声も虚しく、ジャラが真っ直ぐ向かって来た。速い、まさに忍者の様 だった。 更に姿勢を落とし、懐に入り込もうとする前方に九尾を展開させて防御に徹しよ うとしたが、ジャラの持つトンファーが触れると同時に凄まじい衝撃が走り、尾を 吹き飛ばされてしまった。 私とは威力も控え目で範囲も狭く思えたが間違いない。――衝撃波。 ジャラは衝撃波を使うサイキックだったのか。私達は姉弟だから似ている。 戦いたくない。想いとは裏腹にジャラの容赦ない猛攻に九尾を繰り出すしかなか った。あらゆる角度から九尾を突き出していくが、俊敏な身のこなしと連続で放つ 衝撃波に押されていく。 とにかく、マスクとヘッドギアを外す事に専念しなくては。どうやってジャラの 動きを止める。隙のない動きと衝撃波による強力な一撃。九尾を解いて念動力をジ ャラに向ける余裕がなかった。 九尾で全身を包み、ジャラに突っ込んだ。一か八かの賭けに出る。 両腕から放たれる衝撃波に九尾が弾き飛ばされ、上半身が圧迫される。息が詰ま るが――ジャラに接近できた。 マスクとヘッドギアを掴めた。無理矢理にでも剥がしてやる。 しっかり固定されて、簡単には外せない。更に抵抗するジャラの腕力は大人と変 わらない程強く、ガッシリしていた。女の私では押し負けてしまいそうだ。 念動力で拘束しようとしたが、ジャラもサイキックを重ねてきた。互いのサイキ ックが“拮抗”する。 手をかざし合う隙間は十センチもない。その小さな間に凄まじいエネルギーが渦 巻いている様に錯覚する感覚。そしてその競り合いにジャラは相当慣れている。ど んどん後ろに押されていく。 もう、残された手段は衝撃波のみ。しかし、私の衝撃波は広範囲な上に強力過ぎ る。加減できない力をジャラに向ける訳にはいかない。どうする、完全に押し負け ている。 一瞬過った諦めに“拮抗”が破られ、身体を圧迫される。握り締める様な感覚が 私の念動力に似ていた。やはり、私達は姉弟なんだと実感した。 宙を浮いた身体は地面に叩き付けられ、跳ね上がったところに衝撃波を打ち込ま れる。腹を潰され、黒狐の面が砕けた。 このままじゃ殺される。途切れ途切れの意識と激痛。崩れた落ちた自分の膝、ぼ やける視界、口元から滴る血。 髪を乱暴に引っ張られ、視界が上に行くと、目の前に望月がいた。髪を掴んでい るのはジャラなのか。胸の奥が裂けてしまいそうな程、痛い。 「いい加減、出てきたらどうだ! 鵜飼猿也!」 割れた面を剥がされ、望月が鵜飼を挑発する。その声は確実に鵜飼の耳に入って いるだろう。 でもまだだ。今の内に反撃の手段を考えておかないと。 望月の小太刀が首筋を伝い、浅く切られていく。 「囮役を買って出たが、所詮こんなものだ。お前に勝ち目はない。仲間になれ黒狐 よ。鵜飼が何を狙っていようと、お前は死ぬぞ。リィ・ユーチェン……」 望月の言う通り、私が囮役になった。鵜飼と二人で決めていた“好機”が訪れる まで。なんとしてでも、耐えなくては。 「お前等の仲間にはならない……ジャラは、私の弟だ……お前なんかに絶対渡さな い。必ず連れ帰る……」 ジャラの腕は弱くなるどころか益々強くなり髪を引っ張り上げる。認めたくない が――今は敵なんだ。 「弱い者から消えていく。存在する事も許されない。それが世の常だ……。お前は ジャラの姉に相応しくない」 音もなく、気が付けば望月の手下共に囲まれていた。マスクを付けたサイキック 兵五人と、忍装束の七人。これで全員だろうか。 目を閉じて、呼吸を整える。まだ身体は動かせる。でも長く戦うのは難しいかも しれない。 ジャラの衝撃波は、確実に内臓を傷付けていた。鵜飼と二人で決めていた段取り 通りにやれるが、どれだけもつか。 思っていたよりも呼吸を落ち着ける事が出来なかった。痛みに耐える事で精一杯 だ。――それでも。 「それでも……ジャラは私の……唯一の、希望だ!」 ありったけの感情を望月と忍者達に向けて解き放つ。前方広範囲の衝撃波に全員 が巻き込まれる。しばらく念動力は使えない。 左肩に固定していたナイフを鞘から引き抜き、逆手に持ってジャラの右脚を突き 刺した。――ごめんなさい、ジャラ。 掴まれた髪は自由になったが、まだ念動力が戻ってこない。ジャラは痛みも気に せず立ち上がろうとするが、脚が言う事聞かずのたうち回っていた。 ナイフを構えてサイキック達を牽制する。ジャラ同様、無機質な殺気が立ち込め る。望月達も持ち直している。まだ念動力が使えない。 最初に仕掛けて来た奴から殺す。覚悟を決めて身構えていると、やっと待ちに待 った“好機”が来襲する。 “レインメーカー”蓮夢から譲り受けた強襲型ドローンは、時計回りに三連発で 弾丸を放っていく。 流石の望月も意表を突かれたのか、忍者共と散会して破壊されたヘリの物陰へ隠 れると、今度は残っていた最後のヘリが爆発して忍者共を吹き飛ばす。 私が囮になっている間に、鵜飼が仕掛けた火薬だろう。これで四機のヘリ全てが 使い物にならなくなった。 サイキックの中にフォースシールドがいてサイキック兵を弾幕から守る中、ジャ ラが襲いかかってきた。脚を刺したせいで動きは鈍くなっているが、振り下ろすト ンファーからは風圧を感じる程に強力だ。 トンファーの一撃に衝撃波が混ざり始める。念動力も使えず避けるだけで手一杯 だった。 胸倉を掴まれ逃げ場を失う。衝撃波をくらうと目を背けそうになった瞬間、間に 割り込んで来た黒い影がジャラの腕を鋭く蹴り上げる。――やっと来たか、鵜飼。 ジャラの連撃を寸前で全てかわし、忍者刀の柄で腹、胸、背中と乱打して、よろ めく間も与えず、後ろへ回り込んで投げ飛ばした。容赦ないな。 “レインメーカー”がサイキックと忍者共を牽制して足止めしている。念動力も 戻って来た。地面に垂らした九尾を起こす。 「鵜飼、痛み止めと強壮剤を。早く!」 「反動の大きい秘薬だ。後がキツいぞ」 「構わない……」 二つの和紙に包まれた丸薬を、全て口の中に放り込んだ。痛みを誤魔化して、少 しでも長く戦うにはコレしかなかった。甲賀の秘薬、どれ程の物か。 「これで奴等の脱出手段を断って、隠れてた連中も出尽くした。無茶な事を考えや がって」 屋上に辿り着くまでの間、鵜飼は常に忍者の気配を察知していた。明らかに罠で あり、誘い込まれていると。 私が囮役になって、鵜飼には隠密行動に回ってもらった。望月の目を出来るだけ 引き付ける為――潜んでいる忍者を炙り出すまで。 無傷とはいかなかったが、計画通りだ。あとは更なるリスクを二人で背負い、仕 上げに取りかかる。 「お前は一人でやれるのか?」 「必ず助ける、その為に 戦って来たんだ。みんなを信じてる。鵜飼の事も……」 鵜飼は鼻で笑うと、身体を密着させてぐるりと方向転換する。背中合わせになっ て、私の目の前にはジャラ。鵜飼は望月を見据えている。 “レインメーカー”が全弾撃ち尽くし、彼方へ飛び去って行く。もう戻って来る 事はないだろう。それより先に決着を着けなくては。 「さっさと行けよユーチェン。ここは任せておけ。必ず“三人”でここから脱出す るぞ……」 “三人”で。その言葉が驚く程の勇気を私に与えてくれた。秘薬も効いてきたの か、痛みが和らぎ力が沸いてくる様に思えた。 必ず三人で、そして蓮夢と鉄志の元へ、彩子さんの元へ。ジャラ、必ず救い出し てあげる。 身構えるジャラに向かって一直線に突っ込んで行く。迎え撃つジャラは脚を引き 摺りながらも回し蹴りを繰り出してきた。九尾で受け止めて弾き返す。 二、三転したジャラを、すかさず九尾四本を巻き付けて捕らえ、残りの四本を地 面突き刺して飛び上がった。 暴れるジャラに飛び上がってもブレていく。それでも飛び続けた、出来だけ遠く へ、奴等から突き放して邪魔の入らない場所でマスクとヘッドギアを外してやらな いと。 「ジャラ! 目を覚まして! もう戦わなくていいの! 思い出して!」 その見開いた目は何を見て、何を思っているのジャラ。どうして、この声が届か ない。必死になってひたすらに我武者羅になって求め続けて来た五年だった。お前 を五年間、独りにさせてしまった報いなのか。 拘束していた尾が解けてしまい、ジャラの衝撃波を受けてしまう。 直撃はせず浅かったが、これ以上は限界だった。円柱状の居住エリアまで離れる 事は出来たが、一歩でも下がれば筒の底へ真っ逆さまだ。 忍者の様に速く、隙のない身にこなし。これではマスクもヘッドギアも外す隙は なさそうだ。完全に動きを封じるしかない。 鵜飼からもらった、もう一つの切り札。いや、これは使いたくない。何か他の手 を考えないと――身体が動く内に。 脚を引き摺りながら迫って来るジャラ。一先ず、落とされる前に自ら落ちていこ う。筒の中へ飛び降りて出鱈目に九尾を引っ掛けて落下を止める。緩やかならせん 状の手摺と通路、ガラス張りの小さな部屋、落書きや紐に吊るした洗濯物。牢獄と 言うには生活感があった。 尾で身体を引き上げて通路へ降り立つ。身を隠して体勢を整えねば。頭上を見上 げると、狐を追い詰める狩人の様な、容赦ない殺意を向けるジャラが見下ろしてい る。――必ず追って来るだろう。 必ず生きていると信じて探し求めて来た。邪魔者を薙ぎ払いながら。決して安易 な道ではない事も、何度となく覚悟して五年も堪えて来たのに。 思い描いていた再会、夢にまで見た再会には程遠いどころか、想像すらした事も ない様な、悪意に満ちた再会。 ジャラを救いたいなら、ジャラを倒すしかない。サイキックを倒せるサイキック に成れと言うのか。
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