6.― CRACKER IMP ― 左脳から小脳にかけて破裂してしまいそうな痛みと、背骨に焼けるような熱さと 不快感がある。とっくの昔にキャパオーバーを起こしていた。 病院を出て今までずっとフル稼働してる。システムを初期化してかなり身軽にな っている筈だが、それでも足りないと思ってしまう。何処までも、底なしに求めて しまう。――業の深さなど知った事じゃないけど。 心にも負荷を感じていた。恐怖と緊張で吐き気が収まらない。おかしくなってし まいそうだ。 どうにか心と思考を正気に繋ぎ止めてくれているのは、CrackerImpの 意地と、同じく命を賭けて戦う仲間の為だ。 鉄志の気持ちが痛い程理解できた。責任感と重圧、深い情を抱いて縋り付かない と、こんな地獄生きていけないよ。 当たり前の事だけど、戦う事が最優先でリサーチに時間を割けないのも、もどか しい。可能性の話から答えを割り出せないし、そんな余裕もなかった。 ポイントΣのスキャンは八十八パーセント完了している。なのにジャラが見付ら ないのは何故だ。ポイントΩの状況はどうなっている。調べないとならない事が多 過ぎる。 視界を埋め尽くす夥しいアプリケーションとタスクウィンドウ。バイザーでも補 強し切れない。順調に情報は回収出来ている筈なのに、釈然としない気分が続いて いた。 ドローンもオートマタも、ただの道具扱い。そしてサイキック兵士も。 なのに驚く程、見事な統制が取れている。その鍵は高速戦車の筈なんだ。必ず暴 いてやる。 今、これを最優先で調べるべきだと思うのは、勘だ。ハッカーを七年やって来た 俺の勘に過ぎない。――だからこそ、無視も出来なかった。 「自殺行為です……」 張りぼてビルの二階から、三十メートル先に潜んでいる高速戦車を双眼鏡で伺い ながら吉岡がボソリと呟いた。 「だよね……。二人で戦車を相手するなんて、狂ってる」 あのバカデカい主砲どころか、左右に付いた機銃の弾丸一発でも食らったら身体 が千切れてブッ飛びそうだ。 あちこちで戦闘が起きているのに、少し劣勢になっただけで退避し、今はあそこ で何もせず待機している。――それ相応の理由がある筈だ。 吉岡は寡黙で本当に真面目な人だった。若さや、こんな荒っぽい世界で生きてる にも拘わらず、謙虚で我慢強い。 タスクを脳裏に引っ込めて、バイザーのズームを使って高速戦車を見る。吉岡の 隣に置いてあるゴツい狙撃銃が攻略の決め手になればいいが。 「なら、どうして? 貴方達は一体何者なんですか?」 淡々と命令を忠実にこなす吉岡でも、流石にこの状況は納得出来ないって雰囲気 だった。 「俺は“組合”じゃないから、この際話すけど……。お前等ハメられたんだよ」 うつ伏せから身体を起こして胡坐をかく。テツならば同胞と言う事もあり、言葉 を選んで話すのだろうけど、俺には関係ない。 バイザーを額に上げて、通常の視界に戻しただけで、呼吸が随分楽になった様な 気がした。 「大体、察しが付いた。イワン・フランコは何がしたかったのか……。ここで鍛え た兵士達の明確に数値化した実力を世界中に知らしめる為だ。お前等はその実践デ ータを得る為のダシにされてる……。デモンストレーションだよ」 “組合”の傭兵の中でも、特に名の知れた兵士であり、多くの組織に高く評価さ れているヤツが“組合”を裏切ると言うリスクを冒して何がしたいのか。そうする 根拠とは何か。 作戦区域へ降りて、目まぐるしく戦闘と移動を繰り返しているが、その間も“エ イトアイズ”から来る小、中規模の戦闘模様やハッキングしてあるHQの情報網か ら、敵部隊の動きや配置が非効率過ぎる――まるで見せるのが目的かの様に。 この、演習用にしては広大で作り込まれている仮想街地そのものがデモンストレ ーションを想定してる気さえする。 「何の為に?」 「独占したいんだろ、裏で糸を引く黒幕の組織にも“組合”にも、ここで作り上げ た物を渡したくないのさ。人材だけじゃない、ここで構築された育生や戦術のシス テムも大きな利権だ。次世代戦闘ユニットの効率的な生産方法ってヤツさ。国を相 手取れる程の価値があるよ。未だ未知の領域が多いサイキックの育成、無限大の可 能性を秘めるサイボーグ技術。この先、世の中に溢れ返るであろう“トランス・ヒ ューマン”をコントロール出来る知恵と技術。何でもそうだろ? 先にやった者勝 ちで後は独占出来る様に手を回す。今まで“組合”の側と、対立する存在が世の中 を動かしてた。そこに新しい支配者が誕生する……」 何でも金になる、何でも利用できる、金にならなきゃ意味がない。輝紫桜町へ流 れ着く前から世の常と知っていた筈なのに。視野を広げて物事を考える様に努めて はいるけど、気付くのに時間が掛かってしまった。 “組合”を越えた存在に成れれば“組合”を恐れる必要はなくなる。その可能性 を“トランス・ヒューマン”を利用する事で得られるのだ。 イワン・フランコ。サイキックでありサイボーグ。この世の裏側で数多くの汚れ 仕事をこなし、成功を収めて来た実力者。当事者として、自分とどう向き合うのが 正解なのかを追求し続けた答えがこれなのだ。 仲間の為に戦うばかりで、傷付き壊れていったテツや、身の丈に合わない価値に 相応しくありたいと思いながらも、違法サイボーグであるが故に可能性を狭めてい た俺なんかじゃ、イワンの思想には到底及ばない。 「壮大過ぎる話ですね。そんな大きな流れを食い止めるのが貴方達の目的で?」 「でなけりゃ、こんなクソみたいなとこ来ないよ……。あの戦車に搭載されている 端末と通信デバイスに用があるんだ。そのライフルでやれる?」 「多少、近付けば装甲に穴を開けるぐらいは、タイヤはボール状で破壊は不可能で す。コックピット周辺を二ヵ所貫く。運が良ければ戦車は操縦不能になります。デ バイスの類いは後部に配置されてる筈なので、リスクは最小限かと……」 吉岡がライフルのマガジンを外し、別のマガジンを用意した。弾丸の種類が違う のだろうか、弾丸の先端は深紅で螺旋模様が刻まれていた。 強力なのは頼もしいが、中の端末やデバイスは傷付けないで欲しいところだ。 「俺の見立てだと、高速戦車が司令塔になっている。オートマタもドローンも、サ イキック兵士の通信デバイスも、片通で受信のみだった。双方向で通信できるのは 一部のサイボーグだけ。おそらく高速戦車が敵HQその物。きっと、親玉戦車と中 継拡散役の子分戦車だ」 「贅沢な使い方ですね」 「高速移動できる本丸さ、大火力と装甲で自衛能力も高いし、逃げ足も抜群。理に かなってるよ」 片通の一方的な情報でも充分に連携出来ているのは、情報を集約ではなくリアル タイムに共有出来る状況下にあるからじゃないかと仮定した。 それにはシステム自体が現場にいる事が条件だ。前線に身を置くと言うリスクを 低減できるのが高速戦車だった。従来の戦場と違い、ある地点を破壊すれば総崩れ になる事がない上に、標準的な小隊規模よりも、更に少数のユニットで小回りの利 く次世代部隊の対応力に素早く対応できる。 「あの戦車を沈黙させたその後は?」 「戦車内の端末にハッキングして、敵のシステムを把握する。あの戦車は子分だか ら、システムは奪えないけど、親玉を特定する事は出来る。今までの話はまだ仮定 のレベルだけど、証明できればこっちの対処法や戦略の効率も上がる。歩兵同士の 消耗戦を避けられるかもしれない。どうだい? やってみる価値あるだろ」 「価値は認めますが、それ以上に無謀です……。ま、何にしても自分は仕事をこな すだけですから」 仕方ないけど、信用されてない様だ。 吉岡にとっては、未来の行く末よりも今が最重要だ。俺みたいな素人の言いなり になりながら、どうやって生き残るか。その一点のみに集中していた。きっとその 考えは正解なのだろう。 テツの思考を単純で大雑把と思っていた事もあるが、間違いだった。 速やかな適応力と決断。考えるよりも行動しないと間に合わないんだ。理屈なん てあったもんじゃないのが戦場ってとこだ。 無駄が許されない反面、恐ろしく非効率で原始的な矛盾の塊だった。 「よろしく頼むよ、俺が囮になる」 これも戦場の空気がそうさせるのだろうか。どんなに危険でも、必要に迫られ無 茶を率先する。感覚が麻痺してる様だ。 今、俺の心は確かに身を守る事よりも――戦車を倒す事しか考えてなかった。 「“組合”の人間でもないのに、何故そこまでするんですか?」 腰を上げて先に行こうとするのを呼び止められる。 「俺は仕事もプライベートも、大して割り切らないタイプなんだ。だから何時も自 分の心に従う。それだけだよ……」 助けたら終いまでやれ。俺の心がそう言ってるだけ、全てはユーチェンとジャラ と、テツの為だ。 “組合”なんてオマケに過ぎないし、ハッカーの意地ってヤツの方が何倍も重要 だった。 事前入手した情報では、高速戦車に搭載されている対人レーダーの有効範囲は大 体、十五メートル程。二十メートル辺りで攻撃する。どれぐらい引き付ける事が出 来るか、それまでに接近した吉岡が、大口径で戦車に穴を開ける。 土埃が舞う簡素なコンクリート作りの建物に身体を押し付けて屈みながら進んで 上ったり下ったり。狙撃手ってのは以外によく動くポジションらしい。面倒臭い。 程よい距離の建物に入り込み、狙い易い場所を探していく。もう少し近づいてお くか。屈みながら、這いつくばりながら、全身砂まみれになって少しづつ戦車へ近 付いていく。汚いけど、輝紫桜町で這いつくばるよりはマシに思えた。 近くで見ると、とんでもない事してるなと痛感する。あんな鉄と威圧感の塊に向 かって意味のない攻撃をしようなんて。“SL9”の鋭い弾丸だって豆鉄砲だ。 撃てるだけ撃って身を守らないと。あんなバカデカいの一発でも食らったら一溜 りもない。建物の二階、窓際にバイポッドでライフルを固定する。 スコープ越しに覗く高速戦車の正面。視界を単色赤に切り替えて、映像から狙撃 用アプリを立ち上げる。射角と誤差の修正を入れて軸線が表示された。 あくまで囮だが、適当に撃ち過ぎても囮だとバレる。機銃近くに付いたセンサー を狙おう、あそこぐらいなら破壊出来そうだ。 「配置に着いたよ」 『こちらも何時でもいけます』 深呼吸を二回してから息を吐いて止める。――やるしかない。 鋭い発砲音、肩にグッと響く反動。弾はセンサーの中央に命中した。昔作った古 い狙撃アプリを一晩かけて修正した甲斐があった。クソ重たいアプリになってしま ったが。精密度は抜群に良くなり実用性が上がった。 高速戦車が動き出した。スコープを覗かない左で捉えた戦車をスコープ越しの映 像と同期させて、再び照準内に捉える。続けざまに三発撃ち込んだ。精度は落ちる が、なんとか命中させた。 横滑りする様に高速戦車が建物の目の前に迫る。少し粘り過ぎたか。上向きの機 銃が壁と天井を激しく抉ってきた。 のけ反る様に倒れ、飛び散る破片から身を守る。奥で身を潜めるか、一階へ降り るべきか。 考える間もなく、襲いかかる爆風に身体を飛ばされ、転がり込む。突き抜ける様 な耳鳴りが脳内をめった刺しにする。 もう身動き取れなかった。下に降りれば機銃で蜂の巣。ここにいても、着弾の側 にいればバラバラに吹き飛ばされるかもしれない。そう思った瞬間、二発目が撃ち 込まれた。 巻き上がる砂煙は熱を帯び、耳鳴りが思考を鈍らせる。死ぬかもしれない、漠然 と考えが過った。 下へ降りよう、蛭みたいに探り探り這いずりながら階段へ向かう。まともに目も 開けられない。バイザーを使う余裕もなかった。とにかく下へ降りて、裏口に飛び 出せれば逃げられる。 やっと辿り着いた階段を転げ落ちてしまう。痛みも忘れて起き上がると、正面の 高速戦車と目が合った様な気がした。――やられる。 ベコン、ベコンと、聞いた事もない激しい衝撃音が四回続いた。その僅か数秒で 高速戦車の先端が歪にひしゃげ、大穴が開く。 ふと後ろを見上げると、煙を上げ真っ赤になった銃口を戦車に向けている吉岡が 立っていた。マジかよ、ハンサム過ぎるよ、この坊主頭。 「ありがとう、恩に着るよ吉岡」 「大丈夫ですか?」 吉岡の手を借りて立ち上がる。今だ耳鳴りと眩暈が続いていた。 あの弾丸は余程強力なのか、バレルが少し歪んでいた。その場にライフルを捨て て、拳銃に持ち変えている。 助けに来てくれたのか、始めからこうするつもりだったのか。とにかく、高速戦 車は沈黙した。 全身の砂埃を払い、テツからもらった拳銃に持ち変える。まだ終わりじゃない。 「後ろに回り込もう」 「油断しないで下さい」 左右から回り込んで高速戦車の後側へ向かう。一人乗りの戦車なんて事はない筈 だ。緊張が高まる。 吉岡が後部ハッチに手を掛ける。中に人がいれば、俺が全員を撃つ。それとも引 き摺り出して拘束すればいいのか。そんな判断ですら悩んでしまう。鵜飼の言う通 りだ――俺は戦いの場において素人だ。 テツや鵜飼、ユーチェン。戦い慣れしている三人のに囲まれていては気付けなか ったかもしれない。 この不慣れがすぐに改善される事はない。せめて、今以上の覚悟を決めて望まな いと。 ハッチが開きかる。引き金は何時でも引ける。そう身構えていると、今度は額に 強い衝撃を受け、吉岡と二人吹っ飛ばされる。開けようとしたハッチが飛んできた らしい。 高速戦車の中から誰か出てくる。二メートルを越える身長に厚手のラバースーツ の様な素材で全身を覆っていた。 殺気だった目付きにマスクとヘッドギア。操られているサイキック兵士だ。パチ ン、パチンとサイキックの身体の周りを電気が弾けていた。 ハッキングすべきか。いや、ハッキング出来たとして、すぐに洗脳が解ける訳じ ゃない。――殺らなきゃ殺られる。 俺の決断よりも速く、立ち上がった吉岡が拳銃をサイキック兵に向けた。 サイキックが左手を吉岡に向けた瞬間、弾ける様な爆裂音と共に、吉岡を吹き飛 ばした。 「吉岡!」 バチバチと周囲の空気は歪み電気が駆け巡る異常な光景。 これは“エレクトロキネシス”か。 俄な知識程度だが、電子機器に干渉出来るサイキックが存在するのは知っていた が、これはまさに兵器のレベルだった。 起き上がり、サイキックに拳銃を向けようとしたが、間合いを詰められ首と拳銃 を持つ右腕を掴まれた。――不味い。 視界がノイズに埋め尽くされ思考諸共乱された。叫ぶ事も出来なくなる程の激痛 が全身を駆け巡ぐる。護身用スタンガンの比じゃなかった。 何秒経ったのか、途切れ途切れの意識。視界のノイズが薄れてくるが、前進の筋 肉が軋み、思うように動かせなかった。とりあえず、死なずに済んだらしい。目線 を上にすると、サイキック兵が両腕のデバイスを弄っていた。 身体を動かせなくても、頭は使える。考えろ、何とかしないと。 俺を殺すなんて、簡単な筈なのに電撃を止めた。ユーチェンの話では、サイキッ クの力には制限も存在する。サイコキネシスは同時に九つまで、ショックウェーブ を使うと、しばらくサイコキネシスが使えないそうだ。 あのエレクトロキネシスもエネルギーを使い果たすと、しばらく発動出来ないの かもしれない。だから俺はこの程度で済んだのかもしれない。 あの両腕のデバイスからもバチバチと電気が走っている。おそらく増幅器の類い だろう。また電撃を食らったら今度こそ本当に殺される。早く手を打たないと。 サイキック兵の右手が再び首を掴み、軽々と持ち上げられて戦車の残骸に押し付 けられる。回復した電撃で死ぬよりも絞め殺されてしまいそうだ。 何も出来ない。身体は動かず視界はノイズだらけ、そして息も出来ない。それで も唯一、動かせるところが残っている。――この脳だけは縛れない。 気が遠くなってきた。未だ正確な位置も照準も定まっていなかったけど、実行す るしかない。 頭の方から降り注ぐ軽い銃声。俺のドローンは――弾丸の雨を降らせるんだ。 弾切れで秋澄達にいるHQへ帰した“レインメーカー”を、急遽ここへ呼び戻し た。テツ達の元へ向かい手助けする予定だったけど。 “レインメーカー”を遠隔操作からオートに変えてサイキック兵を狙わせる。絞 め上げる手から解放されて、その場に蹲る。咽返って思う様に息が出来なかった。 視界のノイズが和らいでいき、数メートル先に落とした拳銃を見付ける。まだ立 ち上がれない。腕力だけで身体を引き摺るしかなかった。 同時に“レインメーカー”の視点も表示しようとしたが、サイキック兵から放た れた電撃が直撃して“レインメーカー”からのシグナルが消えた。 後ろから近づいてくる気配をハッキリ感じるが、俺に出来る事は這いつくばって 拳銃を拾う事だけだった。――こんな所で死ぬ訳にはいかないんだ。 右手を伸ばし、あと一息で拳銃に届く。力を振り絞って、バチバチと音を立てる サイキック兵の腕を身を反らして寸前でかわし引き金を引いた。たった数秒で、全 弾を撃ち尽くしてしまう。当てずっぽうだ、相手の姿なんて見ちゃいない。 サイキック兵は立っていたが絶命していた。胸から頭部、そして左目を撃ち抜か れて。最悪の気分だった。ドサリとサイキック兵は崩れ落ちる。 デジタルブレインの状態を確認しつつ、軋む筋肉の痛みに耐えて身体を起こし上 げた。機械仕掛けの身体に電撃は必要以上に恐怖を感じる一撃だ。視界に表示され たステータスを見る限りでは、神経のダメージぐらいだった。これは電撃によるも のじゃない。とりあえず大丈夫そうだ。 でも、まだ安心はできない。ふらつきながら吉岡の元へ行く。仰向けに倒れてい る姿勢を真っ直ぐにして、タクティカルベストと上着を外す。 「秋さん聞こえる? 俺の位置は分かるでしょ? 負傷者がいる。此処に助けを寄 越して……」 呼吸していない、心肺停止からまだ十分はいってない。可能性はある。顎を上げ て気道を確保してやり、胸骨圧迫。一分間に一〇〇回以上のテンポ。今の俺にはか なりキツイ動作だったけど、掌を沈めて筋肉と骨の奥にある心臓を感じ取る。 『了解した。なんとか手配してみる』 「急いで!」 人工呼吸を行い再び胸骨圧迫、三〇回目安。電撃を浴びた筋肉が軋み、自分の方 の酸素も切れかけて眩暈も起きてるが、繰り返し続けた。絶対に諦めない。俺なん かの為にこんな良い奴が死んじゃいけない。――戻って来い、まだだ、そうだろ。 土気色だった吉岡の肌が少し赤みがかってきた。僅かに表情に動きがある。 「吉岡! しっかりしろ! おい! 吉岡!」 小さく咽ながらも着実に呼吸を再開する吉岡。――よかった。 気休めにしかならないが、破った上着を戻して、タクティカルベストを被せる。 吉岡は話す余裕もなく、どうにか呼吸している状態だった。こっちもへたり込ん で呼吸を整える。とんでもない事が次から次へと、内心はヒステリになりそうだっ たが、無意味な事をする余裕もなかった。 ただ吉岡の目が俺に語りかけていた。――目的を果たして下さいと。 無心になって高速戦車のハッチに潜り込んだ。狭い空間の奥は血が飛び散ってい る。吉岡が仕留めた操縦士の成れの果てだった。 サイキック兵が座っていたであろうベンチの向かい側には、幅一メートル以上の ケースがベルトで固定されていた。 ベルトをナイフで切って、ケースを開けてみると、中は赤と青のランプが忙しな く光っているサーバーになっていた。――大当たりだ。 やはり高速戦車は親機と子機に分かれて作戦指示を送っていた。コイツから敵H Qの情報を頂こう。 サーバーに使われているパーツに既製品は見当たらない、特注品だった。操作デ バイスがないのは中継役だからだろう。オートマタを含める歩兵や飛行型ドローン から自動送信される情報を受け取り、親機に纏めて送信しているんだ。そのルート から侵入する。 ポケットからケーブルを取り出し、サーバーの入力ポートと左腕を接続する。左 肩に固定していた補助端末を開き、バックドアから情報の集約場へアクセスする。 セキュリティが甘い、侵入なんて想定していなかったんだろうな。 だとすれば――きっと“ヤツ”が待ち構えている。 視界に流れ込んでくる大量のコードを読み込み、補助端末のCIUにコードを入 力していく。欲しい情報に容易にアクセスする事が出来た。 あとは親玉の高速戦車を特定して居場所を突き止めるだけだ。即席で作成した偽 のデータを送信して、受信元を特定する。――見つけた。 気が緩みかけるた矢先、突如サーバーがシャットダウンされ、激しい頭痛に襲わ れ、身体が反り返る。頭の中でガラスを引っ掻くような不快音が響いていた。 再びノイズが視界を埋め尽くし、強制ダウンロードが始まる。デジタルブレイン のシステムを破壊しようとする、かなり凶悪なマルウェアのようだ。 おいでなすったな。必ず此処にいると思ったよ。――ガーディアン
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