4.― KOGA LIU ― 今更ではあるが、役人の仕事って感じがしないな。 歪んだ脚立の上でバランスを保ちつつ、最後のビスをインパクトドライバーで固 定して、照明器具の交換作業を終える。庶務課のオフィスは窓から差し掛かる日の 光で、どうにか仕事してる状態だった。 朝からずっとこの作業をしてる。かれこれ七台は設置していた。業者を呼ぶより は安上がりなのは確かだ。 「終わりましたよ」 「あらぁ! やっぱり鵜飼くんは頼りになるわぁ」 こんな時は褒めるんだな、佐々木さんは。何時も若いくせにシャキッと、みたい な小言ばかりのくせに。脚立から降りてネクタイを締め直した。 「まぁ、仕事の内ですから……」 正直、こんな仕事は面倒臭い以外の何物でもないが、今は平穏を感じていた。こ こ最近は常に忍装束で動いていた様な気がする。こう言うのもたまには悪くない。 密輸船を爆破した夜から三日が経った。乗組員、数十名を逮捕して取り調べと後 始末の最中。ある程度予想できていた事だか、警察の動きは緩慢極まりない。 俺の方は輝紫桜町の再調査の方にシフトしていた。例のハッカーと“組合”の殺 し屋。そっち線から海楼商事に近づけないかと思っていた。 そんなタイミングで“飯豊テック”の菅原さんから連絡が入って、社長の飯豊雄 也が輝紫桜町でのいざこざに巻き込まれ、大怪我をしたと聞かされたのには、気が 滅入った。もう原田として働く事もないだろうけど、いずれ見舞いにでも行ってや らないとな。 やはり、輝紫桜町は油断できない。あの狡猾な街で、特定の人間を見つけて監視 するのは困難ではあるが、今のところ、俺に出来る事はそれぐらいしかなかった。 「鵜飼くん、ちょっと聞いてるの?」 「え? ああ、すみません……」 佐々木さんが眉を寄せて膨れていた。考え事をしながら、分電盤をいじっていた ので何も聞いてなかった。 「もう、今年の忘年会、よかったら鵜飼くんも参加したら? たまには他の部署の 人達とも交流した方がいいんじゃないの? それとも、彼女でもいるのかしら?」 質問責めだな。交換した照明と他の照明が煌々とオフィスを照らす。様子を見て から、省エネモードに切り替えると、控え目で程よい明るさに変わった。 忘年会か、毎年何かしらか理由を作って避けていた。自分が忍者だからとか、そ んな理由ではない。 「考えておきますね。あと彼女なんかいませんよ。独りが気楽なタイプなんで」 「あらぁ、その若さで勿体ない……」 「佐々木さん、年齢関係ないですよ。それに案外楽しいんですよ」 適当にあしらい、脚立を担いでオフィスを出る事にした。 群れるのが嫌いと言うよりは、群れている連中が嫌いなんだろう。意識や価値観 を同調させて、それ以外は排除する。全く下らない。 そう思うのは“里”で孤立していた事が大きい。ホモ兄貴のせいで“里”の同年 代は全員、敵に思えたものだ。 何故、ああなってしまったのか。思い出したくもないが。 今は何処で何をしてるのか、自由奔放なクソ兄貴め。弟も相変わらずマイペース なもんで、何を話してもフワフワしてる。何が甲賀三羽烏だ。 それでも、三人なら、望月偲佳や風火党の伊賀流なんか相手ではないのにな。 脚立はエレベーターに入らないので、階段を使うしかない。一階の物置へ向かう 階段へ差し掛かった時、思いもよらない者と鉢合わせした。――坂内彩子。 「鵜飼……」 「彩子、どうしてここに?」 中国からやって来たユーチェンを手引きして、ずっとサポートして来たベテラン の元刑事。 ネクタイを締めた紺のスーツとベストにパンツ。長めのモヒカンヘア。相変わら ず男勝りな容姿をしている。 「うっかりしてた。氷野市長は六連合の議会に行ってたんだっけ……」 東北の六エリアの各トップ連中で集まる定例議会で、氷野さんは数日ここを空け ている状態だった。しばらくここへは戻ってこない。 「代わりに、鷹野と話してた」 「話って何を? ユーチェンは?」 鋭い眼光、ユーチェンとはまた違う雰囲気で、こちらの警戒心を煽って来る。態 度や口調は柔らくても、常に俺から何かを探ろうとしていた。 大方、ユーチェンに俺達が裏切ると吹き込んだのも彩子だろう。実際、俺達はそ の方向で、物事を進めている。それを早い段階で見抜かれてしまった。 氷野さんに会えなければ、鷹野が代わりになる。どんな話をしたのか、それとも 探りを入れて――交渉でもしたのだろうか。 「ユーチェンは休養中よ」 「負傷してたのか?」 「大したものじゃないけど、無理やり休ませてる。最近、ちょっと張り詰めてたか ら……。私がここに来た事は、ユーチェンには話さないでよ」 あれだけの戦闘だったんだ。知らず知らずの内に結構な傷を受けている筈だ。 今思い出しても驚異的だ。――パイロキネシスを操れる戦闘型サイボーグ。 この先、どの様な局面で遭遇するかは分からないが、関わり続ける以上、必ず対 峙する事になるだろう。 望月を始め、忍者もどれぐらい数を揃えているのか。望月独りなんて事は在り得 ない。手下を引き連れているのは違いない。本来、忍者は集団行動だ。 「それで、鷹野と何の話を?」 「直接、聞けばいいでしょ」 言わないつもりか、苛立った気配の彩子を見て確信した。鷹野とどんな話をして いたのか、ここにユーチェンを連れてこなかった理由も含めて。 「待て」この場を去ろうとした彩子を引き留める。「どうしてユーチェンにそこま でする? 刑事のキャリアまで捨てて、何故だ?」 掴んだ腕を睨み、彩子は離せと視線を送ってくる。女とは思えない貫禄だ。 深く溜息をついた後、スーツの内ポケットから煙草の箱を取り出して振って見 せた。 「煙草吸える場所、ある?」 少しうんざりした様な表情をしている。鷹野と話していたと言うが、数分で済む 訳もないだろうから。無理もないか。 踊り場の端に脚立を置いて、二階へ案内する。二階に喫煙スペースがある。この 時間帯なら誰も利用していない。昼休憩まで少し時間があった。 「忍者って世の中にどれぐらいいるの? 話せよ、こっちの話が聞きたいなら、交 換だ」 喫煙スペースに入った途端の問いだった。二階のバルコニーと一体になっている 喫煙スペースには陽の光がきつく差し掛かっている。 先に俺に話させるつもりか。壁に凭れて腕を組んだ姿勢で、俺の口が開くの待っ ていた。話さないと先に進めない雰囲気が漂い始める。 「正確な数は分からない。分からない様にしてる。各流派の長が結託して全国の忍 者を管理している。国に仇なす者を滅す。故に国を守る者へ手を貸すのだ」 「その生き方、気に入ってる?」 彩子の質問の意図は、俺が忍者である理由を探ろうとしているのだろうか。何故 そんな事を知りたがるのだ。 それにしても、引っ掛かる言い方だ。気に入ってるかだと。そんな事考えた事も なく、敷かれたレールの上にいるだけの腑抜けた人生だとでも蔑めば満足なのか。 それとも、誇りを持っているとセオリーな答えを言えば、つまらない会話で終わ れるか。冗談じゃない。――そんな単純なものか。 「努力はしている。この身体に流れてる血は、俺だけのものじゃない。先人達が血 を流し、命朽ち果て様とも残したものが宿っている……」 腑抜けでもないし、盲目なプライドでもない。生まれた時から背負っている、言 うなれば――宿命である。 重荷に感じる事もあるし、何故俺がと不条理に思う事もある。人なら誰しも何か を抱えているものだ。その都度、消化していくしかない。 「俺の親の代ぐらいから、そう言う教えだ。この街に来るまで、俺はずっと修練を 積み重ねた。小さなコミュニティでな……。気に入るとか気に入らないのレベルの 話じゃなく受け入れるものだと思ってる」 「その努力……何時まで続けられ……」 「もういいだろ! これ以上話すつもりはない!」 手の内も、腹の内も人に見せるものじゃない。出来る事なら、感情だって見せた くもないのに。苛立つ俺を彩子はジッと見つめた後、静かに煙草を咥えた。 「道理で、石頭な訳だ……。猪突猛進なユーチェンといい、“曖昧”な私といいホ ント、儘ならないチームだな……」 煙草の煙は目の前で舞い、そのまま天井へ吸い上げられる。 「一体、何の話をしてるんだ?」 「ユーチェンの母親は日本人、名前は陽葵。私が愛した唯一の人……」 男勝りなヤツだと思っていたが、そっちの趣味までそうだとは。やれやれ、どう して自然な関係を結べないのか。兄貴といい、氷野さんといい、理解するのが難し い人が多過ぎる。 「そう言うの、嫌いなタイプか……。顔を見ればすぐ分かる。話は続けるぞ、嫌な ら耳でも塞いでろ」 多様性と心に言い聞かせている。彩子の話に集中して私情は押し殺さねば。少し 前まで、そう言う事とは無縁でいられたのにな。 「物心ついた頃から“なんとなく”落ち着かなかった。自分自身に……。十代にな ると、それがハッキリと嫌悪感に変わった。身体も声も感じ方も何もかもが、なの に周りはどんどん変わっていく……。あの頃は、男になりたいって本気で思ってた っけ。好きになる人も女ばかりだった。その感覚にも説明がつけられなくて、毎日 が苦痛だった。いっそ死んでしまいたいって思う事が日常に溢れてた」 浅い知識程度だが、“トランスジェンダー”と呼ばれているものだろうか。彩子 は身体は女性で心が男性と言う解釈でいいのだろうか。 俺には逆立ちしたって想像できない悩みであり、苦しみなのだろう。彩子の険し 表情が物語っている。 「私の家系はみんな警官だった。この国が崩壊する前から。そのコネもあって、私 の進む道も決まっていた。こんな時代にコネがある事は大きい。大学に入るのも崩 壊後なら尚更。でも生活は荒れていく一方だった。安易に男達とつるんで意気がっ て、レズビアンの集まりに入り浸って、身体を重ねる度に、自分はこの人達と違う んだって思い知らされる。嫌悪感が消える事も紛れる事もなかった……。そんな時 だった、陽葵に出会ったのは」 テーブル型の分煙機に寄りかかって備え付けの灰皿に灰を落とす。顔は俺と反対 に向いていた。 俺はテーブルの反対側に移動して外の景色を眺める事にした。 「つるんでた男共に酒で酔い潰されて、危うくってところを助けられたんだ。陽葵 は、か弱くて“お嬢様”って感じなのに、一体“どんな手”を使ったのか、四人の 男共をのして、車の中から助けてくれたっけ……」 「それは、ユーチェンの母親が」 「そう言う事だったんだろうね……」 ユーチェンのサイキックは母親譲りか。彩子の話し振りだと、その当時はサイキ ックである事は隠していた様だ。氷野さんは知り合いにサイキックがいたなんて言 っていたが、サイキックもまたマイノリティと言う点においては秘め事を抱えた人 達なのかもしれない。 「始めは女友達。普段は可愛くて守ってあげたくなる様な存在なのに、心の中の芯 はしっかりしてて、抜け目がなくて、ちょっとあざとくて。どこか不思議な雰囲気 に惹かれていく……。彼女のセクシュアルや気持ちも確認せずに、抑えきれずに彼 女を抱いた。若かったと言えば言い訳だけど、馬鹿だった。でも陽葵は私を受け入 れてくれた」 何だか聞いていて気恥ずかしくなってきた。他人の恋愛話を聞くなんて事は、俺 の人生には皆無だ。と思ったが、思い起こしてみると兄弟達からその手の話を聞く 機会は何度かあった。尤も兄貴の場合は相手が男だったとは知らず聞いて、後で酷 くショックを受けた思い出もある。 質問した手前、話を止めたりはしないが、苦手な話だな。それにしても、彩子は 何故ここまで詳細に話しているのか。 「それからは恋人同士、すっかり彼女に依存していた。ある時、彼女に女同士で嫌 じゃないかと聞いた事がある。陽葵は言った。“私にはアナタしか見えない”と」 不思議な言い回しに思えた。――アナタしか見えない。 盲目的な好意とは違う、別の意味が含まれている様に思えた。少なくとも陽葵は 彩子に対して偏見は持っていないだろうけど。 だとすれば、同性愛に対して嫌悪を持っている俺では知り得ない感情だ。 「その言葉でやっと私は、私のままでいいって思える様になった。私は周りと比べ て少し“変わっている”だけ、陽葵がいてくれるのなら。“分からないまま”でも いいと……。そう自分を解釈できた」 互いに背を向け合ったまま、しばらく沈黙が続いていた。 人の心とは、なんと複雑なものなのだろう。俺には彩子の話している事の半分も 理解できていないし、受け入れ難いものもある。 なのに直感で、彩子と陽葵との関係に美しい感情を抱いて、感じていた。 「そこまでの関係で、どうして別れたんだ?」 「陽葵はアーティストだった。絵やデザインの世界で既に活躍しててね。世界を相 手取って。足枷にはなりたくなかったし、彼女に付いて行く勇気もなかった。だか らお互い納得し合った上で別れた……。何時かまた、互いに胸を張って再会できる 様に頑張っていこうって」 そうして彩子は警察官に、陽葵は海外で家庭を持ち、ユーチェンが存在する。類 まれな才能を引き継いだ――九尾の黒狐か。 愛し合い救ってくれた人の忘れ形見の為に、己の人生を賭けて彩子は戦っている と言うのか。見上げた義侠心である。 「ユーチェンはその事を知らないんだよな?」 彩子からの返答はなく。吸い終えた煙草を灰皿に捨てていた。ユーチェンの彩子 に対する信頼感から考えれば、おそらく彩子は多くを語っていないと言うのは分か っていたが、俺が知りたいのは――何故そこまでして、だった。 「それからの私は……。この意味のない島国の警察“的”な組織で、違和感に苦し みながら、職務に務めるだけの日々だった。ユーチェンに会えた事は嬉しい。陽葵 がいなくなってから止まっていた時間が動き出し、心に空いていた穴が少しだけ埋 まった様な気さえする。でも……。同時に陽葵にはもう会えないのかと思うと、あ の時、別れないで引き留めてたらと、酷く恐ろしい考えが定期的に頭をかすめるん だ……。こんなの、話せる……訳がない……」 彩子が咽び泣いた。突然の事で思わず振り向いてしまう。今までユーチェンにも 何人にも話す事なく押し殺し続け、抑え込んで来た感情と過去が噴き出してしまっ たかの様だった。 女の涙ってのは無条件で苦手である。強張っている身体を動かして、彩子に何か してやるべきなのか。 しかし、彩子は自分自身で決着を着けていた。拳で口元を抑えて堪えていた。涙 を拭って深呼吸の後に対面する。 「ユーチェンとジャラを救う。陽葵が私を救ってくれた様にね。アンタと出会って しまったのは最悪だし、想定外だった。よりにもよって公僕なのだから……。それ でも、私達は藁にも縋る思いだった。これから私達に起きる事にも、覚悟はしてあ る。でも……」 半歩前へ出て、彩子が迫って来た。右肩を掴む細い指、それなりに強い握力だっ たが、女の握力だ。 それでいて、泣き腫らした瞳は雄々しく力強い。事情を知ってしまったせいなの か、そんな彩子に納得している自分がいた。 「これだけは覚えておけ、鵜飼。オレとお前じゃ背負ってるものの重さが違うって 事をな。こっちは愛した人を下らない奴等に奪われ、その人が最も愛していた子供 達を傷付けている。今この瞬間にもな……。ユーチェンは、オレが守る。その為な ら何だってやってやる。正義なんか関係ない。それが陽葵を愛したオレの役目だ」 「話してくれた事には礼を言うよ、彩……」 不覚にも圧倒された。言葉も詰まる。これが――本当の彩子なのか。 俺の器では受け止め切れない。彩子と陽葵の絆に、ユーチェンへの想いに。この 複雑でいて、積もり積もった感情に。厳正なる公僕の理屈が通用しようか。 通用する訳がない。癪だけど、正義と善意の区別なんて、屁理屈にしかならない じゃないか。氷野さん、鷹野よ。このままじゃ俺達は――つまらん道化だ。 「どうでもいい。でも、誰かに話さないと、爆発しそうだったから……」 掴んでいた右肩を解放して、摩られる。僭越ながら心中を察した。 きっと、坂内彩子の人生とは、これの連続なのだろう。話す事も打ち解ける事も 出来ず、自分の違和感に苛まれ続けるだけ。 そこから救い上げたのが、ユーチェンの母、陽葵だったのだ。それでも、不十分 なまま終わって、今の彩子が存在している。 不安定な心を引き摺りながら、忘れ形見達の未来に希望を示して、陽葵と己を救 おうとしているのだ。 「数日以内に、私達の情報源から“答え”が手に入る筈……。海楼商事の全ての情 報が暴かれる」 数日以内、あと数日で全てが分かると言うのか。彩子達の情報源とは一体何なの か。いや、何者なのか。 何度となく抱いた疑問の間に、彩子は喫煙スペースの扉を開けて去って行った。 手に入れた情報の中に、ジャラを始めとする攫われた人々の居場所が記されてい ればいいが。その先へ進む為の準備をしておけって訳か。世界中の犯罪組織が攫っ た人々が、売られる事なく、この日本へ集約されていると言う。一体どれぐらいの 人数か、その目的は何か、果たして忍者とサイキック二人で対処できる規模だろう か。化物みたいなサイボーグに風火党の忍者共。――身が引き締まる思いだ。 さっきまで青空だったというのに、曇り空に変わりかけている。考えねばならな い事が多過ぎて、頭の中まで曇ってくる。 「鵜飼、坂内刑事と話していたの?」 やや乱暴に開けて鷹野が入り込んで来たが、振り返らずに空を眺める。この様子 だと、すぐそこで彩子をすれ違いでもしたのだろう。彩子は鷹野にどこまで話した のかは知らないが、こちらからは余計な話はしないでおこう。 今、俺が鷹野に話さないとならない事は、一つだけだ。 「元刑事だろ。そっちは彩子と、どんな話を?」 「この件が終わったら、自首するそうよ。ユーチェン達は見逃してほしいと」 「そんな事だろうと思ったよ。彩子は本気だぞ、俺達の正義なんて物ともしない善 意、いやそれ以上の……」 余計な事は話さない様にと思った矢先に口が滑りかける。落ち着かないと。 ユーチェンとジャラの事もあるが、警察官としての良心の呵責もあるだろう。あ あ見えて、彩子はユーチェンと違ってアウトローって柄じゃない。 鷹野の傍まで行って、真っ直ぐ見据えた。鷹野は一瞬、俺から目を背けた。 「何よ?」 「鷹野、悪いが俺は彩子達の善意に付く。氷野さんにも分かってもらえる様に手を 尽くすよ。その時は、その、味方になってくれないか、鷹野……」 やる事は変わらない。ユーチェン達に協力して海楼商事の悪事を暴く。そして捕 らわれた人々も救う。――その後は俺が彩子達を守るんだ。 しかし、俺一人ではただ感傷と見なされるだろう。実際そうだが。せめて鷹野を 味方にして、上手い方法を見つけて欲しかった。悔しいが俺では役不足だった。 「珍しい事もあるのね……熱でもあるの?」 自分でも堅物だって自覚はある。氷野さんの元で忠実に戦い続けてきた。疑い様 もなく、俺達は正義だと思っている。それは今も揺るがない。 でも無理だ、今回ばかりは。鷹野の前で格好悪く、頭を掻いて見せるしかない。 「氷野市長が戻ってくるまでに、それなりの成果を挙げましょう。話はその後よ」 頼もしい微笑に頭を掻く手が止まらなかった。全く、格好がつかないな。 あと数日で事が動き出す。かと言って大人しく待つ訳にもいかない。この件には “組合”も関わっているからだ。この数日の間、気が抜けないな。奴等が何を企ん でいるかは分からないが、絶対に邪魔はさせない。 鷹の如く眼を見開き、障害は全てを排除してみせる。
コメントはまだありません