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 腰に手を当てて、安田に尋ねる。そのまま、腰に当てた手を回した先に、何があ るか、安田には分かっている。  しばらくの沈黙の後、安田は深呼吸を一つして、眼鏡を外した。着ているよれた Tシャツで眼鏡を拭きながら、作業机の傍の椅子に腰かける。  眉をひそめ、軽い溜息と共にドローンを眺めている。安田は観念した様子だ。 「“組合”さんには勝てないな……。あの日、連絡をもらってソイツを飛ばす準備 をしました。夜中に戻って来た時には、三〇〇発撃ち尽くしてましたよ」 「このドローンの持ち主は? それともお前も仲間か?」 「持ち主は、CrackerImpと言うハッカーです」  意外な所から進展があった。俺の探していたハッカー、CrackerImpが “組合”御用達の、銃器店のオーナーと繋がりがあったのだ。  裏社会の繋がりは、歪な蜘蛛の巣に例える者が多い。何処かで必ず繋がりがある と。全くその通りだと実感している。だとしてしも、俺はかなりツイているな。 「このドローンは共同開発です。俺が関わったのそこだけ。CrackerImp 自身のアクセスがないと、一切、動かせない様になってます。盗品の運送ドローン に“P90”ベースの機銃と装甲、全体の出力も底上げしてます。」 「お前にしては珍しく協力的じゃないか」  最近のドローンはサイズの割に、数十キロの物資を軽々運べる。だとしても、反 動の激しい機銃を積んで尚且つ、役立つレベルの戦闘力を発揮するなら、相当な改 造が必要な事は、素人目にも分かる。  安田は儲け以上に、楽をする事を好む性分だ、それを曲げてでも、手間を惜しん でいない理由とはなんだろうか。 「コレを作るのにかかった費用は六十万少々ですが、CrackerImpはオー ト操縦や姿勢制御、射撃プログラムまで一手に総括、学習して対応できるAIプロ グラムを提供してくれました。このソフトウェアは、その手の一流企業に発注すれ ば、数百万から一千万以上は確実な物です。俺には得しかない仕事でしたよ」  細かい事は分からないが、高性能なドローンを作る為に必要な、要素や知識をC rackerImpは安田への報酬にしたと言う事だろう。  AIが蓄積したデータを流用すれば、ドローン産業の方へも進出できると、安田 は考えているのだろうな。結果的に、CrackerImpはドローンのスペアや メンテナンスに、事欠かなくもなるが。  金では手に入らない価値、“近道”で安田を買い叩いた様なものだ。かと言って 安田にも損はない。長い目で見れば、とても賢いやり方と言える。 「CrackerImpとは何者だ?」  煙草をその場に捨てて、安田に核心を聞く。安田は、ばつが悪そうに頭を掻き毟 っている。 「何て言うか……CrackerImpは、輝紫桜町にいます。その……」 「はっきり言え、知ってる事を全て、今更、躊躇するな」 「名前は蓮夢。“ノーネーム”の男娼です。輝紫桜町で一番と言われてるセックス ワーカーです……鉄志さんも“ポルノデーモン”って御存じでしょ?」  歯切れの悪い安田を催促すると。いよいよ情報が漏れ出してきた。確かに安田に とっては客と言え、仲間を売る様な忍びなさもあるのかも知れないが、まさに今こ そ、相手を選ぶ時だ。  それにしても、CrackerImpの正体は、あまりにも予想外な情報が大量 に流れ込んできた。  様々な理由で、戸籍やIDの類いを持たない人間の事を“ノーネーム”と呼ぶ。  大歓楽街と謳われる輝紫桜町は歓楽街と貧民街を抱えた、この国でも類を見ない 無法地帯と言われている。地獄と比喩する者も多い。故に、ノーネーム達にとって の、終着点にもなっていた。  そんな街の溢れるセックスワーカーの一人に、ハッカーが紛れ込んでいるとは。  それにしても、ポルノデーモンとは。本人はどう思っているのか知らないが、そ の男も随分な通り名を付けられているな。 「俺が知る訳ないだろ、売女野郎なんか……気持ち悪い」 「俺もそう言うイメージでしたがね、あの人は何て言うか、こっちの性癖をおかし くする様な魅力と言うか、色気と言うか……」  男に色気などあるのだろうか。まったく想像もつかないが、安田の見れば分かり ますよ。と、言わんばかりの雰囲気が鼻につく。  他人の趣味にとやかく言うつもりもないが、女っ気が皆無なのは、安田にはその 気でもあるのだろうか。 「なんでも、あの街に来て間もく“ナバン”って組織のボスに見込まれて、愛人に なる程ですからね、ある意味才能ですよ。ポルノ動画も何本もやってますし、ポル ノスターよりもヤバい、ポルノデーモンってね」  安田はタガが外れたのか、次々と話始めた。その感じから察するに、安田とCr ackerImpは、それなりに長い付き合いをしているように思えた。  俺も安田とはそれなりに長いが、こんな繋がりがあったとは。世の中とは、複雑 な割に狭いものだ。 「ナバン、聞いた事がある。アジア圏で人身売買から性産業まで、広く牛耳ってい るマフィアだ」  裏社会では中々に悪名名高い組織の一つだった。発祥は謎だか、韓国で頭角を表 し、韓国語で蛾を意味するナバンと言う名で、アジア全域の歓楽街では、その名を 知らぬ者はいないとされる程の、大きな勢力だった。  アジア圏の“組合”にとっても、大口のオーダーをする顧客でもあった。  そんな組織のボスがまさか、この国の歓楽街を根城にしていたとは。そして、そ このボスが焦れ込んでいたとなると、蓮夢とか言う男は確かに輝紫桜町では名の知 れた存在らしい。だとすれば、見つけるのは難しくはなさそうだ。  安田は椅子から立ち上がり部屋に戻って、作業を再開させる。黒いライフルバッ クに“M4A1”と“M4Super90”を入れ、ベルトで固定し、弾薬や予備 弾倉も詰め込んでいく。 「昔は輝紫桜町もナバンが仕切ってましたが、その時のボスが、輝紫桜町の権力争 いの延長で殺されたのを機に、輝紫桜町から撤退したって言ってました」  そう言えば、そんな事もあったな。七年ぐらい前だったような記憶がある。輝紫 桜町の門の前を、警察が厳重に検問をはり、外からでも頻繁に銃声が響いていた。  連日の様に銃撃戦が起き、街の連中が多く巻き込まれたと言う。  当時“組合”も輝紫桜町内の組織から、オーダーを受けていたが、沈黙し達観し ていたのはよく覚えているが、それ以上の関心はなかったので、気付けば収束して た様な感覚だ。  最近の輝紫桜町は比較的、落ち着いていたが、林組の一件以来、警察が介入が盛 んになっている。その監視体制の中で、CrackerImpを、或いはポルノデ ーモンを見つけ出さなくてはならない。難しくはないだろうが、余計なトラブルは 想定しておく必要はありそうだな。 「インプだのデーモンだの……地獄と比喩される輝紫桜町ならではだな。歓楽街の 男娼で、裏ではハッカーか、変わった奴だが、見つけるのは簡単そうだ」  安田が用意してくれたバックのジッパーを締め、バックを担いだ。自分でもどう かしてると思うが、胸が高鳴る。  使ってみたい、手に入れた銃器を存分に使いたい。いや、使える時が早く訪れな いかと、胸が高鳴るのだ。  戦場を離れて十年を過ぎた今でも、俺はやはり戦場にいる様な感覚を持ち続けて いる。それとも――戦場を求めているのだろうか。 「あの……鉄志さん、蓮夢さんをどうするんですか?」 「お前が知る必要はないだろ、俺は殺せとも言われてないが、生かせとも言われて ない……。そう、意外と気分次第だよ」

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