2.― DOUBLE KILLER ― 間もなく夜が明ける。 いよいよ始まるか。こんな時、俺はどんな気分で任務へ赴いていたのか。今とな っては思い出せなかった。――また戦場に行くのか。 装備も作戦も、細かい段取りも出来る限りの事は全てやり切った。後は実行ある のみだ。気が急いているのは、武者震いなのか拭えない不安なのかも曖昧だった。 ガンケースを持って、三階にあるバルコニーへ出ると、冷たい空気が肌に染み込 んだ。それを深く吸い込みゆっくり吐き出した。空も大分明るくなってきたな。間 もなく五時、三時間後にはヘリに乗り込んで作戦区域へ向かう。 俺達は本隊が作戦実行中に飛び入りで参戦する手筈だ。HQがバタついているで だろうタイミングで、秋澄達が割り込みで席を手に入れる。外の“組合”が仕切る 作戦に加わるには、これしかない。その間に生じる犠牲が少なくあって欲しい。 手摺壁に近付くにつれ、先客の気配が漂って来る。姿が見えなかったので探して いたが、やはりここだったか。 煙たい柑橘系の匂い。蓮夢の煙草は癖のある匂いで分かり易かった。 視界に蓮夢を捉えると、一瞬足が止まる。手摺壁に凭れて膝を抱えて塞ぎ込んで いる様子だった。顔は見えず、指に絡めた煙草からか細く煙が流れていく。 「蓮夢……」 辟易とした気分の時に蓮夢に会えてホッとする反面、呼んでも反応しない重苦し い雰囲気が気になった。 塞ぎ込んでいる蓮夢の横に置いてあるメタルケースと、転がっている使い切りの 注射器に目が行く。――こんな時に。 「お前……」 「ダメだ……全然、トべないや……。ごめん、止めるって言ってたのに……」 膝を抱える腕に力が入り、みるみる小さくなっていく。僅かに震えている様にも 見えた。 止めると言ってすぐに止められる程、簡単な話じゃない事は理解しているが、完 全にバットトリップの状態だった。 「気持ち良くしてやるって、クソな父親に打たれたのが始まりだった。実際、頼ら ざるを得なかった。痛くて恐いだけのセックスを楽しむ余裕が出来たし、何よりも 気持ち良かったから……。何時の間にかセックスの為のクスリが、クスリの為のセ ックスになって。金の為もあるけど、それを口実にしてる自分がいた……」 分かってる。それしか身を守る方法がなかった事を。何時だって、その場凌ぎと 誤魔化しの繰り返し。止める事も出来ないまま。 戦友達も、輝紫桜町も、あの煉獄広場の若者達も。毒も薬も必要とせず健やか生 きて行ける程、この世界は綺麗じゃない。 「輝紫桜町に流れてからはもっと酷くなった。ヤク中じゃないHOEなんて退屈な んて言う街さ。“ナバン”にいれば何でも手に入った。何度死にかけても、忘れた くて、手当たり次第なんでもやってた……」 震える手で煙草を吸いながら、見上げる目は恐怖に満たされていた。吐き出す息 ですら、か弱く震えている。 「少しはマシになるかなって思ったけどダメだった。恐いよ……これから行くべき 所が、やらなきゃならない事が……」 昨日からずっと無理してる事も知っていた。常に頭を働かせ、相手の心を読み取 り、時に侵入する。自分の事を考える事も放棄して。 俺だって参っていた。ユーチェンと彩子、鵜飼と鷹野。立場と思惑、微妙なズレ がある。その摩擦を減らす様に尽力してたつもりだ。つまらない事を言って挑発し てくる鵜飼には本当に腹が立つ。俺も蓮夢も、それどころじゃないってのに。 手にしていたガンケースを置いて、蓮夢の隣に座り込む。最後のリキッドを電子 タバコにセットした。 叱咤も慰めも野暮だって気付いた。人が人に出来る事なんて、傍にいてやる事ぐ らいなんだ。――それすらも儘ならないが。せめて今は。 「そうだな、恐いな……。俺も何時もみたいに逃げ出したい気分だよ……」 深く溜息を吐いた後、そのまま吸い込んで煙で肺を満たした。蓮夢と違い、モク モクとした煙が宙に舞う。 「戦う価値はある。仲間の為に全力を尽くす覚悟だってあるさ。大丈夫、集中出来 てる……。でも、仲間を失って逃げる様に戦場を離れた俺に、今更何が出来るのだ ろうか。また仲間を失う羽目になるんじゃないのか……。俺はまた、選択を誤った のだろうか。こんなにビビってるのは初めてだ。何もかもが恐い……」 虚勢は張らない。示すべきは確固たる意思。その一点のみだ。今まで、そうやっ てチームを引っ張ってきた。 しかし、どんなに優れていても、ツキって奴がなければ、あっさり命を落として しまうのが戦場だ。こればかりは“トランス・ヒューマン”と言えども同じ筈だ。 また、あの不条理の掃き溜めで血反吐を吐き散らし、喪失感と恐怖に心が耐えら れる訳ない。考えるだけで嫌気が差す。 「テツ……」 「すまない。リーダーがこんな弱音を言うべきじゃない……。でも、お前ぐらいに しか話せないよ」 ふわりと煙を吐いて、横目に蓮夢を見た。今更、蓮夢に強がって見せても、どう せ見透かされる。話した方が楽だった。 不意に鵜飼の言う“贔屓”とは、これの事かと今になって気付いた。 俺にとって、蓮夢はチームのメンバーじゃない。――相棒なんだ。 だからと言って、これは改めようもないものだが。鵜飼め、今度ふざけた事を言 ったら、本当に一発撃ち抜いてやる。と思うだけに留めておく。 「みんな、浮き足立ってる……。無理もないけど。やるべき事は解っていても、ど うなるのか、不安に潰されそうになってる。特にユーチェンは……」 始めはヤクザやマフィアの人身売買と密輸のシンジケートを暴くだけと思ってい たのに。その正体は、謎の組織が隠れ蓑とする巨大企業が作り上げる“人間兵器” と軍隊だった。 それを奪う為に“組合”が戦争を仕掛けた。ユーチェンには忍びないと言う想い しかない。 誰も口には出さないが、万に一つの可能性に縋り付いている気分を押し殺して堪 えているのだ。――ただ一人、蓮夢を覗いて。 「結局、やる事をやるしかない。って訳か」 「映画のヒーローみたいに、簡単に持てないもんだね。勇気ってヤツは……」 「ああ、所詮こんなもんだよ……」 気の滅入る話にも関わらず、今の俺は随分とリラックス出来ていた。蓮夢に本音 を話したせいなのか、身軽に思えた。 考えてみれば、ほぼ毎日、海楼商事の悪事を暴こうと二人で行動しているのが当 たり前になっていた。その中に鵜飼とユーチェンが加わり、方々に目配りをしてい て、不意に気付いたのだった。 蓮夢と二人でいるのが、思ってた以上に気楽になっていたのだと。 やはり俺は、蓮夢に依存している。それに対して、どうするかに関しては、相変 わらず揺らいでいるが。 気を取り直し、ガンケースを開けて蓮夢に差し出した。 「コイツが勇気の足しになればいいけどな……」 再度、図書館に入ってから蓮夢はスナイピング用の射撃場に複数の端末を置いて 籠りっきりだった。 俺の方も、河原崎と秋澄でミーティングや、鵜飼達の様子を見たりとバタバタし ていて蓮夢に会えず、渡し損ねていた物だった。 「偽銃“グロック18C”マシンピストル。安田のカスタムモデルだ。俺のグロッ クと同様、一級品だ」 三点バーストの拳銃を使う蓮夢には、フルオート機能が付いている方がいいと思 い、安田に用意させた。 安田の拘りを蓮夢に話してもしょうがないが、俺の“グロック34”と同様のマ グウェルとバランス調整に加え、スパイク状のマズルブレーキを装着させている。 案の定、蓮夢は銃口のギザギザに興味を示していた。 「マガジンは俺と共有し合える。もう“アイツ”の銃は使うな。お前を撃った銃じ ゃなく、お前の未来の為にコイツを撃て。CrackerImpには、それがお似 合いだ」 ツーマンセルの訓練の段階で装備品を揃えたいと思っていたが、そんな時間もな かった。 “ナバン”のボス、シオンに対する蓮夢の複雑な感情は図り兼ねるものがある。 それを否定はしないが、自分の頭を吹き飛ばした拳銃を使うのは、やはり縁起の 良い物ではない。 何よりも、俺の相棒に――シオンの影は必要ない。 「ありがとう」 蓮夢がどんな反応をするのか、分からなかったが、少し明るくなった表情を見て 安堵する。色気のないプレゼントだが。 「お互い、それなりに実力は認め合っていても、信頼関係を結ぶには時間が少な過 ぎるな……」 「ユーチェンも鵜飼も真っ直ぐな心を持っている。俺達とは真逆かもね……」 グロックのロングマガジンを弄りながら、真逆の心と言う。蓮夢が言うのだから 間違いないだろう。境遇は違えど、俺も蓮夢も真っ直ぐとは言えない。 あの二人は俺が思っていた以上に若い。鵜飼は信念に固執し、ユーチェンは必死 さ故に視界が狭かった。 ここまで何とか上手く行っているのは、俺と蓮夢が譲歩していて、彩子と鷹野が フォローしているからだ。 歳の近い連中とチームを組んでいた時と、同じ感覚で接するのは難しいのかも知 れないな。 「要するに、ガキなんだろ」 「そうとも言える」 くすりと微笑を浮かべる。蓮夢の気も少しは晴れてきたなら、何よりだった。 大人の理屈を押し付ける様な事をしてもパフォーマンスが落ちるだ。この舵取り は中々難しい。鵜飼の挑発も腹立たしいだけに。 「まぁ、あの二人は大丈夫だ。自分の能力に対して絶対の自信を持っている」 「羨ましいよ、俺は中々そんな気分にはなれないから……」 そのお前が一番、恐ろしい力を秘めているんだがな。その特性を俺が把握し、蓮 夢自身がしっかりコントロール出来ているのが、このチームの強みだ。 「それでも、然るべきとこで運用されて始めて価値が発揮されるものだ。それは俺 達も同じ、だからこそお前の情報力が頼りだ。それがないと始まらん」 「ありったけの情報を掻き集めるよ」 何度もシミュレーションしてきた。何処まで通用するかは、やってみない事には 分からない、不確定要素が多いのも事実だ。故に情報量が物を言うだろう。 鵜飼とユーチェンの戦闘力。蓮夢の知恵と機転。俺の“感覚”など、どうだって いい。成すべきは、三人と戦況から的確な判断を、素早く下す為の集中力を持続さ せる事だ。 「頼んだぞ、相棒。お前も少し仮眠をとれ」 鵜飼達も休んでいる。二、三時間でも眠れば疲労は大分とれるし、集中力も高ま る。不眠症の俺が言えた事じゃないが。 「生憎、タスクは継続中なんだ。大丈夫」 首と胸の間に蓮夢の頭が寄り掛かって埋めてきた。 「お、おい……」 「いいだろ、誰も見てないんだから。やっぱり“オトコ”にこうされるの嫌?」 最近になって気付いた事がある。蓮夢との会話や言葉の中には、性別を連想させ るものが、全くと言っていい程ないと。便宜上、男や女と言う言葉を使う事はあっ ても、何処か他人事の様な軽さを感じる――意識していないのだ。 蓮夢の身体を受け止める為に壁に深く凭れた。少しづつ、蓮夢の体温が伝わって 来る。 「キスまでしといて、今更だろ、そんなの……」 今更、拒める筈がない。その体温が心に触れている様な感覚が心地良くて、せめ て今だけは何も考えないで、このままでいたいと願う。 あと数時間で、ヘリがやって来る。せめて、それまでは。 一世紀前の町の廃墟を越えて、深い山岳地帯へ入り込む。輸送ヘリの中は防音が しっかりしていて、割と静かだった。グレードの良いヘリを用意してもらえた。 思い出すな、この緊張と集中が交互に混ざり合い、吐き気を堪える感じ。今まさ に、戦場へ行こうとしている。 「作戦区域は四つのポイントで仕切られている。αは平野、βは仮想街区、Σは滑 走路、Ωが敵施設だ」 蓮夢が持つ立体端末で中央にマップを表示する。隣に座る鵜飼、向かいに座って いる蓮夢もユーチェンも一様に張り詰めた表情ながら、集中出来ていた。 縦長のマップはα、β、Σ、Ωで区切られている。 スタート地点であるαに“組合”のHQがセッティングされ、マークが付いてい た。 「本隊の第一波はΩに降下して作戦を実行中。第二波はβまで進行中。第三、第四 波は待機中だ。俺達はポイントβで降下して、作戦の進行状況を確認する。情報の 収集と捜索が優先だが、必要とあれば、味方の援護や救助も行う。質問は?」 約一個大隊相当の兵力を四分割にしての波状攻撃。詳細は得られなかったが、河 原崎からの情報なので、間違いないだろう。 イワン・フランコ率いる精鋭部隊と一部日本人傭兵が第一波にあたる。第二波以 降は全て日本人傭兵だ。 これ以上、増員する事なく終息させる事が望ましいが、こちらが優勢に動くとは 思えないのが現実だった。 「何故、今の時点で戦況が分からないんだ?」 「秋澄達がHQに合流して、情報共有するまでは不明だ」 「何故、仮想の街が作られているの?」 「戦闘訓練もあるが、進軍を遅らせる狙いもあるだろう。第一波は奇襲に成功した らしいが、地上から攻めるなら此処を通るしかない。敵には有利なバリケードにな っている」 地形の影響でポイントΩへの直接のアプローチは困難である。順に進んでいくし かなかった。ポイントβは鬼門だ。 それ故に情報収集はし易い。危険でも、ここから始めるべきだと提案したのは蓮 夢だった。 「秋さん達がHQで席取ったって。端末二台と“レインメーカー”のスタンバイま で約八分」 腕時計で時刻を確認する。予定通りだ、秋澄が上手くやってくれた。組合長の河 原崎の直令なら、流石に無視出来まい。 邪魔者扱いされるだろうが、正式に任務に参加する事になる。これでHQの情報 が手に入る。更に蓮夢がハッキングすれば全て筒抜けだ。 「偵察中の“エイトアイズ”からの情報は?」 「今、ポイントβとΣを往復してスキャンしてる。βで一部、戦闘状態。腕のデバ イスを確認して」 各自、右腕に張り付けたシート式のモニターに“エイトアイズ”のカメラ映像が 表示される。三、四階建てのビルが密集した仮想街地。建物は形だけで中身は空っ ぽ、窓ガラスもなく吹き抜けだ。 高い位置に留まり、動きのある物を全てマークしていた。補足、接近、スキャン を“エイトアイズ”は繰り返していく様になっている。その反復でジャラの顔を探 すのだ。彩子と鷹野が画像解析をすれば、更に効率は上がる。その情報は常に蓮夢 のデジタルブレインにも集約される。 マーキングの数は多いが、映像からは伺えなかった。見る限りではそれほど激し い戦闘が起きてる印象ではないが。 「この中にジャラが……」 「もう少し精度を高めないと。焦らないで、ユーチェン」 蓮夢がユーチェンの手を握る。今のところ、予定通りに進行していた。“エイト アイズ”も順調にスキャンを重ねていた。 あと数分でポイントβ上空に到達。控え目に深呼吸して仲間の様子を眺める。無 言の空間は重苦しいが、問題はなさそうだった。何か言葉でもかけるべきか。 頭の中で言葉とネタを漁っていると、クスクスと蓮夢が笑っていた。表情を見る 限り、随分と落ち着いているようだったが。 いや、今の蓮夢に緊張する余裕はない筈だ。デジタルブレインは俺の知る限りで も、常に四種のタスクをこなしている。 「なんか、笑っちゃうよね……。数日前まで輝紫桜町でHOEやってたのに、今は こんな格好して銃を担いで、ヘリコに乗ってるなんてさ……」 黒尽くめの戦闘服、頭にかけたバイザーと左肩にかけた補助端末は左腕の接続さ れたまま固定されている。得物は狙撃ライフルの“SL9”とPDWの“P90” を身に纏い。レッグホルスターに“グロック18C”を納めてる。 細っこいが、立派に傭兵の出で立ちだった。 この数日は蓮夢にとっては確かに目まぐるしかったろう。HOEを辞めるとダイ ナーで話してからは、敵の手に落ち、命懸けでハッキングを行い。破損した頭に穴 を空けて、ずっとフルスロットルだった。 そして今は戦場で戦おうと言うのだから。――タフなヤツだよ、お前は。 「確かに戦場にオカマはないよな、この期に及んで、腑抜けた事を言えるヤツもい たものだ」 そんな苦労を知らないのは仕方ないにしても、相変わらず噛み付いて来る鵜飼に は腹が立つ。 鵜飼を睨みかけるが、蓮夢と目が合う。考えろと、釘を刺された様な気がした。 今はまだ、口を噤もう。面倒だが贔屓はなしだ。 「口にするか、してないかの違いだけだろ? お前だって緊張してるくせに。大体 これを想定内って言えるヤツが何処にいるんだよ? 一番情報持ってなかった役人 の分際で偉そうにさ……」 「二人ともいい加減にしろ!」 鵜飼が言い返す前に先手を打つ。今はリーダーとメンバー。その意識を徹底しな ければ。割り切れと自分に言い聞かせる。 「これからチームとして協力し合うんだ。集中しろ! このチームにはお前等二人 とも必要不可欠だ」 今、何を話すべきか、それがハッキリ分かった。 「こうなったのは、必然だと俺は思っている。まさに運命だよ鵜飼。俺が“組合” で生き残ってきたのも、蓮夢がサイボーグになったのも、ユーチェンが九尾となっ て戦っていたのも、お前が手練れの甲賀流なのも、全てはこの日の為だ……。証明 しよう。俺達はこの悪意を引っ繰り返せるって事を……」 こんな時代の、こんな世界で誰もが不条理に苦しめられ、何かを奪われて行く。 俺達は、ここから逆襲する。蓮夢じゃないが抗ってみたくなった。 「言われずとも、甲賀流の誇りの為に戦うまでだ」 「CrackerImpの、しくじらない記録を更新してやるよ」 「必ず、助け出して見せる」 俺を含めた四人の高まりを感じる。今は、これでいい。 悟られぬ様に蓮夢に視線を送る。もし、お前と手を組まなかったら、俺は遅かれ 早かれ、死んだ心のまま戦場に送り込まれたかも知れない。考えただけで、何てつ まらない最後になった事だろうか。 涼太よ、やっと俺は、しっかり生きていけそうだ。――蓮夢のお陰でな。 『鉄志! 応答しろ!』 ヘッドセットから鼓膜を震わす秋澄の大声に、全員が不快を示す。久し振りに聞 いたな、秋澄の大声。HQの通信回線を使える様になったか。 「どうした秋澄」 『戦況が分かった。第一波は全滅だ。先陣を切っていたイワンとも通信が途絶えて いる。ポイントβの第二波も押されてる!』 鵜飼とユーチェンの表情が曇り出すが、これは想定内だった。理解を越えたもの ではあるが――本当に裏切る気なのか、イワン。 イワンが“組合”を裏切る内通者としたなら、奇襲を失敗させて敵側に合流した 後で本腰入れて攻撃に入る。そんなところだろう。 全滅してるとは思えないが、第一波が敗走してるのは確かだ。ポイントΣで踏ん 張ってもらうしかない。しかし、重要なのはそこじゃなかった。 「秋澄、第三波はどうなった?」 第三波を投入すれば“組合”は兵力の半分以上を使う。相手はほとんど消耗して いない状態で。 第三波投入のタイミングを見誤れば、一気に消耗戦に雪崩れ込む。そうなったら “組合”に勝ち目はない。 『とにかく引き返せ! ポイントβに無数の対空兵器がっ……』 一瞬で足元が穴だらけなり、上下に身体を振り回された。その後も次々に機体に 穴が開いていく。 秋澄の知らせが遅かったんじゃない。戦場とは“速い”ものだ。 不時着を伝えるパイロットの怒号と警報音。振り回される身体をすぼめて必死に 固定する。 そう、戦場なんてこんなものだ。とうとう始まったのだ。構えろ、任務を開始し なくては。
コメントはまだありません