12.― JIU WEI ― 頭上高く、轟音が通り過ぎて行く。古い新幹線を滑らす高架線のコンクリートか ら伝わる振動を、黒衣の金属部が敏感に感じ取った。 この数日間、本当に大変だった。鵜飼に殺されかけ、気が付いた時には、このオ ンボロ病院のベットの上だった。彩子さんに借りがある医者が経営している小さな 病院で、何かと都合がいいそうだ。 毒による激痛は収まっていたが、高熱が続き、二、三日使い物にならなかった。 気絶して間もなく彩子さんが駆け付けた時には、鵜飼は消えていたそうだ。気を 失っていた筈なのに、念動力は発動しまま、尾は動き周囲を警戒していたと言う。 半分成功、半分失敗と言ったところだ。やはり、あの忍者は強い。そして、呆れ る程の役人気質だ。まるで融通が利かない。 しかし、今の私には怒りも焦りもなかった。むしろ鵜飼には感謝したいぐらいだ った。ヤツがキッカケで、私は自分自身を知る事が出来た。鵜飼でなくては、サイ キックである私よりも強い存在でなければ、それは実現できなかった。 大丈夫、まだやれる。とは言え、久し振りに着た黒衣はかなり重かった。病み上 がりのせいもあるが、早く慣らして本調子に戻さないと。 大体の事は分かった。今しがた警察署から戻って来た彩子さんが、退院の手続き を終えてこの屋上へ来る。 昼過ぎには来れると言っていたが、もう日が暮れる時間だった。 早く、この力を見せたい。そしてマンションに帰ったら、CrackerImp に連絡を入れよう。 話してみる、私の事を。サイキックである事を話して、気持ちをハッキリ伝えて みよう。――貴方の手伝いをしたいと。 鵜飼と手を組めないのなら、鵜飼の動きを注視して、 CrackerImpか ら得た情報を餌にするのも悪くない。 あの忍者を敢えて泳がせて、事が荒立てば、私が動けばいい。大雑把に戦うのは 慣れている。日本に来て、浮き沈みが激しかったが、今は自分自身の可能性と力に 確信が持てた、ちゃんと地に足をつけて、必ずジャラを見付けてみせる。 「ユーチェン」 面を上げ、声のする方へ振り向く。しかし、その先にいる人の容姿は、見慣れた 姿とは大きくかけ離れ、私の思考を硬直させた。 「あ、やこ……さん?」 控え目なウェーブのかかった長い黒髪はすっかり消え去り、両サイドを五分刈り にして、真ん中に残した髪を右側へ倒した、まるでモヒカンの様な風貌の彩子さん がそこに立っていた。 「似合ってるでしょ? 元々、こう言う髪型が好きなの。年甲斐もなくとか言わな いでよ」 元々、彩子さんは精悍な顔立ちをしている。母と共に映っていた、大学時代の彩 子さんの短髪のイメージを持ったまま、初めて空港で会った時は、その長い黒髪が イメージとかけ離れていて、違和感すら覚えたぐらいだ。 年甲斐なんて、とんでもない。寧ろ、とても様になっていた。大胆で刺激的な雰 囲気。女性でもこの様な姿をしてもいいのか、まるで――男性の様な姿を。 私の国ではきっと許されない。 「退院してもいいけど、しばらくは安静に……って言っても、無理そうね」 「程々にします」 彩子さんは私の姿と、念動力で散らかした周囲を見渡していた。 狐の面と黒衣を身に纏った状態では説得力もないが、今は早く身体を慣らし、元 に戻りたいと逸る気持ちと、無茶はせず休みたいと言う気持ちで揺れていた。 「ユーチェン、貴方に話す事があるの」 「私も彩子さんに話たい事が」 「どっちから話す? 私のは悪い話よ」 悪い話と言う割には、彩子さんの表情は多少の冷やかさがある以外は、冷静な雰 囲気だった。 「私のは良い話です。多分……」 「なら、悪い方から話そうか」 壁に凭れて煙草に火を着ける姿は、普段よりも雄々しげで、その一つ一つの動作 や仕草が、どこか自然に思えた。 初めて会った日から、彩子さんの雰囲気はどんどん変わっていく。それとも、戻 っていってるのだろうか。――母が傍にいたあの頃に。 「今日、停職命令を出された。私はもう、刑事じゃない……」 「そんな、どうして?」 「色々、小難しい理由もあるけど、多くは荒神会絡みの捜査で独断専行が過ぎたの が理由ね。でも、それ以上に圧力も感じた。私はただの見せしめ……。誰かにとっ て都合の悪い事に首を挟むなと言う」 心の何処かで、そうならないかと危惧していたが、とうとう現実になってしまっ た。警察の具体的な仕組みや組織図が分からなくても、彩子さんがかなりの無茶を 繰り返しているのではないかと、どことなく感じていたからだ。 「しばらくは……いや、多分このまま、私が辞職届を出すのを待ち続けるんでしょ うね……。と言うわけで、今後は警察のコネや情報網は使えなくなる。で、無職に なった記念に髪型を好きにして、心機一転ってワケよ」 深い溜息と煙草の煙。それでも彩子さんの表情はあっさりしていた。さっぱりし た髪を軽く弄り、自分の置かれた状況以上に、今の自分に満たされている様な、そ んな顔をしていた。 「私のせいだ……」 叔父と組んでいた時は、こんな不安はなかった。当然だ、私は叔父のフィールド で何の気兼ねもなく、ただ暴れていただけに過ぎないのだから。 でも彩子さんは違った。無頼な叔父と違い、正義を行使する立場の人だ。彩子さ んと組んで真っ先に、その事をまざまざと見せ付けられた。規律を重んじて尊厳を 保つ姿勢。 それが少しづつ、その姿勢が崩れていった。それこそ叔父の様に臨機応変で、な りふり構わず、躊躇のない姿勢に似始めていった。 私のせいで彩子さんが無茶している様な気がして、忍びなさを感じた。 「上司に呼び出されて、上の連中に囲まれる中、停職命令が下される数分前、Cr ackerImpが接触してきた。パソコン越しに」 「CrackerImpが?」項垂れた視界を彩子さんに戻す。 「当たり前の様に警察署にハッキングしてコンタクトしてくるなんて、とんでもな いヤツね……。近い内、クビなる可能性があるから覚悟しておけと、それは間違い なく、この一連の事柄に関わる黒幕の圧力によるものと……」 CrackerImpが彩子さんに警告してから間もなく、それが現実に起きた 言う訳か。彩子さんが冷静になれたのも、そのワンクッションのお陰かもしれない な。 CrackerImp。堅実な情報収集力だけじゃなく、時には大胆なアプロー チも仕掛ける。腕の良いハッカーであると同時にリサーチャー。そんな風に紹介さ れた事を思い出す。 最近、彼からは連絡が来ていない。前回は焦りで彼を問い詰めてばかりだった。 「これから先、その黒幕が警察も港区も徹底的にコントロールし始める。駒である 荒神会が立て続けに襲撃された事で警戒を強めているそうよ。輝紫桜町で起きた荒 神会の幹部暗殺。私達が仕込んだ警察のガサ入れ。下手に目立てば、それだけ情報 が奥へ隠されて攻略が難しくなってくと。クライアントである貴方の安全を守る為 に、連絡を避けて単独行動で調査していたそうよ。充分に用心して、私に貴方を守 って欲しいと言っていた」 私達がまだ辿り着いていない領域で、CrackerImpは今も答えを求めて 行動している。 分かっていた筈だ、彼はそう言う人だと。会った事もないけど、ハッカーなんて アウトローな世界の住人であっっても、人情味があって直向きな人だと。 信頼している。なのに、私は。 「じゃあ、私がやっていた事は、CrackerImpの邪魔になっていた……」 「“私達”よ。ガサ入れを提案したのは私だし。何にしても、私達もCracke rImpも、領分を超えた先で行動している。本来なら、もっと密に連携し合える のが理想だけど、そうもいかない」 彩子さんが透かさず、私達と強調して過ちを共有した。それでも自分の不甲斐な さと軽率さに眩暈を覚える。私は彩子さんのキャリアを潰し、CrackerIm pの足を引っ張ってしまった。とんだ間抜けだ。 「これから、どうすれば」 「近い内に、手に入れた情報を渡してくれるそうよ。彼は彼で、ゴタゴタが続いて たらしいけど、体勢を立て直して調査しているそうだから。今後は細かい事でも情 報や進捗を報告するから、その上で判断して行動してほしいだって」 おそらく、察してくれているのだろう。CrackerImpは私がじっとして いられない心情である事を。 そんな私と黒幕に最も近い状況の中で、それ抱えた上で、彼は今後も調査を続け ると言うのか。私を責める事もなく。 「港区を中心に荒神会の動きを探ります。CrackerImpには、彼には迷惑 がかからない様、慎重に……」 もっと考えて行動しないと。叔父の言葉通り、知恵を付けないと。自分の力に奢 り高ぶって、力任せに物事を進めるのは――まだ先にとっておこう。 今は進まず、下がらず、立ち止まって状態で物事を見つめよう。だからCrac kerImpは私にではなく、彩子さんにコンタクトを取ったのだろう。これまで 以上に舵取りをしてもらう為に。 そして、この話が私に伝わって、私に慎重になれと釘を刺せる事も念頭に入れて ある。本当に賢い人だ。 「忍者の鵜飼がこれから何をするのか? それも注意すべきね。場合によっては彼 の調査を邪魔する事になりかねない。荒神会だけじゃなく奴の動向にも目を光らせ ないと」 そうか、そっちも不安要素になるのか。鵜飼が今後も荒神会にちょっかいを出せ ば、相手の警戒レベルが上がり、結果としてCrackerImpの調査が困難に なる。 鵜飼の動きは、仕掛けた発信器で把握してる。散々酷い目に遭わされたが、今後 も接触を続けざるを得ないようだ。 手を組めないにしても、もっと上手く会話して、警戒を解いてもらわないと。 彩子さんは吸い切った煙草を携帯灰皿に入れ、おもむろにショルダーホルスター から拳銃を取り出し、こちらに見せ付ける。女性の手には少し大きくてゴツいセミ オートの拳銃。普段持ち歩いていたのは、小口径のリボルバー銃だった筈だが。 「独逸の“USP45”の偽銃。私物よ。警察の支給品なんかより、ずっと使い勝 手がいいし、威力もある。警察官がこんな物持ってるなんて知れたら、大事ね」 古い型の銃器類を模造した、日本製の偽銃は私の国でも評判が良く、黒社会では 密輸品の定番だった。 生産力こそ弱いものの、品質も良く、安く仕入れて、更に売れば、倍の値でも良 く売れると、叔父が良く言っていたので知っていた。 彩子さんは本気だ。私やジャラの為、それ以上に自分自身と母の為に。危うい程 の決意の固さを示していた。 「ユーチェン、私は警察に、刑事でなくなる事に未練はない。漠然とした使命感や 正義感に感覚を鈍らせて生きてくよりも、ずっとマシだと思ってる。それにあの職 場は嫌いだった。女っぽければ見下し、男っぽければ蔑み。ホント面倒臭くて、窮 屈なところだったから。正直、今はスッキリしてる。先の不安がゼロとはいかない けど、今は貴方に協力する。これまで以上に」 「彩子さん……」 「それで? 貴方の良い知らせは?」 拳銃をホルスターにしまい、彩子さんが近づいてくる。 こんな話の後では、私の良い知らせは、彩子さんの話に匹敵する程のインパクト も重みもないかもしれないが。 「レベルアップしました」 「レベルアップ?」 安直な表現だけど、これが一番分かり易くて、適切だった。 狐の面を被り、彩子さんから数歩下がりつつ念動力で九本の尾を持ち上げた。と ても新鮮な気分だ。今までとまるで違う、鮮明な感覚に胸が踊る。 「そう言えば彩子さんに、この姿で立ち回る私をちゃんとお見せするのは、初めて かもしれませんね」 「ここでお面を付ける必要ってあるの?」 「集中できるんです」 彩子さんは私の格好を、単にコスプレの延長の様に思っている節があるが、それ は間違いである。 これは私の、サイキックとしての能力を最大限に活かす為の装備だ。同時に、威 風堂々と相手を畏れさせ萎縮させるための演出でもある。 「今までの私との違いは二つあります。私は、念動力で同時に九つの物体を操る事 が出来る。あの夜に何がキッカケになったのかは分かりません……。こんな変化は 今まで体験した事がなかったから」 突然、私の身体を襲った焼ける様な熱。脊髄から脳へ、脳から全身を駆け巡った 高熱は変化の兆しだった。 九本の尾をバラバラに動かしてから、ゆっくり一束に束ねて右へ一振り、左へ一 振り、扇の様に開かせ、滑らかに振り上げて、振り下ろす。 「それはまるで、後頭部から九本の腕が生えている様な感覚。五メートル程の細い けど強い、おぞましい腕。それが鋼鉄製の尾を掴んで振りかざし、薙ぎ払い、絡み 付く。私は人の革を被った化物、妖、物の怪。荒ぶる九尾の黒狐」 彩子さんに語りかけつつ、言葉のまま九本の尾を振り回す。振り回す尾に身体を 引っ張られても、京劇の役者の様に逆らわず、流しながら立ち回る。 真夜中の廃ビル。その最上階や屋上で叔父と共に手探りで覚えた動きだ。 「でも、そうじゃなかった。ハッキリと分かったんです。私が物の怪になるのでは なく、私の中にいる物の怪がこの念動力の正体だと」 「つまり、貴方の中にいる“何か”が念動力を使っていると?」 思った通り、彩子さんは不思議そうに私を見ていが、この感覚を人に伝えるのは 難しい。抽象的な例えを用いて話すのが精一杯だった。 「あくまで感覚的なものです。でもこれは大きな進歩なんです。私は“ソレ”に成 るのではなく、“ソレ”の手綱をしっかり握る事に集中すべきだったんです」 意識を変える事、向けるべき所へ向く事は本当に難しい。時間が蓄積されれば尚 更である。 余程のキッカケがない限り、変えようとも思わない。故に成長できるかは運次第 であり、時間もかかる。とても、もどかしいけど。 同じサイキックだった母から教わるべき事を教わる機会もなく、そして師と呼べ る人も持たない私が、この認識を持てたのは奇跡か、或いは鼻持ちならない石頭の 忍者のお陰か。 いずれにしても、私は今、かつてない程自然に、滑らかに念動力を操っている。 「私の念動力は今まで放し飼いしていた。制御もしないし開放もしない。ただ本能 に従うだけの単純なもの……」 自分でも嫌と言うほど感じていた。大振りで隙の多い自分の念動力に。現に鵜飼 には、その隙を悉く突かれていた。 力まずにセーブしながら念動力を使うべきか、もっと意識を集中させて高めるべ きなのか。それは的外れだった。 本当に大切なのは、私自身が――受け入れる事だったんだ。 「でもこれからは違う。もっと繊細なイメージを共有させて、本当の意味でこの力 を操り、そして……」 最後の仕上げに入る。九本の尾が周囲に散らばるガラクタや砕けたレンガを拾い 上げて目の前へ放る。 「解き放つ!」 この力のイメージは目だ。強く、激しく念じながら正面を睨む。集中力ではない もっと激しい感情を、強い意志を解き放つ様なイメージだ。 宙を舞うガラクタやレンガは粉々になりながら、暮れ紛れへ吹き飛んでいく。 一瞬の出来事に驚愕する彩子さんが口をを開こうとするが、指差してそれを止め た。この力はまだ探りを入れている最中だ。数えないと。 まるでスイッチが切れたかの様に、地面へ崩れ落ちる九本の尾。 ここから、一、二、三、四、五、六、七。よし、行けると思う瞬間に、再び念動 力を発動させて地面にへたる九本の尾を起き上げる。 「これが私の十本目の力、“ショックウェーブ”」 「衝撃波……」 鵜飼と戦ったあの夜。私の身体を突然襲った違和感。更に毒が駆け巡り、苦痛に 支配され、正気を保つのもままならない中、ただ、激情だけが込み上げていた。 何が引き金に、この力が目覚めたかなんて分からない。ただ不思議と、私は受け 入れていた――これが私と言うサイキックの終着点であると。 九つの念動力でも満たされない事は過去に何度かあった。鵜飼と言う強敵を前に もっと強い力を、或いは九つ以上の念動力が使えないかと思う事もあったが、今は もう、そんな欲求はなくなっていた。 これで鵜飼に勝てる言う訳でもなく、可能性や向上心の否定でもない。これこそ が私の完成形なのだと、心で理解していた。 「かなり強力です。その分、負担も大きく感じますが」 「貴方の才能。と、言うべきかは分からないけど、素晴らしい才能ね」 その才能のお陰で、私の人生は狂いっぱなしだが、彩子さんの言葉に悪意がない のは分かっている。 いい加減、受け入れなくてはならないのも分かっていた。私はこの、危険と悪意 が混ざり合うこの世界で、サイキックとして生き続けていかねばならないと。 「ありがとうございます。と、言っておきますね。でも、一つだけこの力には弱点 があります。この力を使うと七秒から八秒間、念動力が使えなくなります。隙も大 きい」 今日ここで、試しに衝撃波を放ったのは計五回。いずれも身体から何かが抜け落 ちる様な感覚と脱力感がある。 それが大体、七秒程で身体の中に戻って来る様な感覚だった。この五回で結構な 疲労感がある。しかし、これは体力が落ちているせいもあるので、トレーニングで 改善できそうだった。 「その、七、八秒をカバーする必要があるようね」 正面にある物は、大方蹴散らせるが、その後の対処が今後の課題だろう。多勢に 無勢が想定される戦闘では自滅のリスクもある。 強力だが、それ故に衝撃波は使い道が難しい側面もあった。 「それを、あの忍者に頼めたら理想的なんでしょうが……」 奴と手を組むのはほぼ不可能だが、あの身のこなしと、変幻自在に全方向へ飛ぶ 分銅鎖の刃は理想的なフォローになれる筈だ。 「忍者なんかいなくても、私がカバーすればいい事でしょ? あ、私の事を見くび ってるんでしょ? これでも剣道、柔道、合気道も段持ちだし、射撃だって署内で はトップなんだから」 「彩子さんを危険に曝す訳には……。母に怒られますよ」 「その言葉、そっくりそのまま返すよ。貴方とジャラにこそ、何かあったら私が陽 葵に合わす顔がないって散々言ってるでしょ。これからは、しっかりツーマンセル で行動する」 面越しに彩子さんの手は私の左頬を摩る。狐の面のお陰で私の表情が彩子さんに 見えないのは幸いだ。 髪型のせいでより際立っている。精悍な顔立ちと瞳。その目は真っ直ぐと私を見 詰めて離さない。 不思議な雰囲気の人。最近、読み耽っている本のせいだろうか。ジェンダーレス と言う言葉が頭を過った。 「お互い覚悟を決めましょう、ユーチェン。敵はかなり手強い。中途半端なモラル は足枷になる。私達はここから先、徹底的にアウトローになる」 「徹底的に、慎重で良心のあるアウトローとして。ですね」 彩子さんの手に自分の手を添えた。この場のこの瞬間だけは、私と相棒だけの世 界になっていた。頭上を過ぎ去る轟音さえ、他愛のないものだ。 もうじき日が暮れて、相も変わらず、闇がこの街を覆うのだろう。それは高層ビ ルの煌めきに、足元を照らす灯りに、大歓楽街のネオンに、人々の喧騒に紛れて決 して目には見えず、そして聞こえる事もない悪意。 私達の飽くなき挑戦に、救済の闘争に終わりはない。
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