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9.― JIU WEI ―  秋風に運ばれる空気は、日増しに冷たくなっていく。マンションの吹き曝しな屋 上では肌寒いぐらいだった。日本に来た時はまだ、蒸し暑い日もあったのに。四季 の変わり目を感じる。  CrackerImpからの連絡は一週間以上なかった。彩子さんも忍者の行方 を追ってくれている。私に出来る事は今のところ、何もなかった。 「暇だな……」  そう思うぐらいの余裕は、何とか持てていた。焦りが消えた訳ではない。それで も、ジタバタしても仕方ない事はちゃんと理解していた。  今は待つしかないのだ、今の私に出来る事は、来るべき時に備えて意識を高めて おく。――サイキックの意識を。  空き缶を念動力で潰して丸めた球体を九つ、まず八つを動かす。滑らかにゆっく りと自分の周りを時計回りに。  九つ目に手を伸ばす感覚で、九つ目の球体が浮かび上がり、他の球体と合流させ る。そう、やはり手だ。私の感覚では、念動力は目に見えない九本の手だった。  まだ家族で暮らしていた頃、自分の力の参考になればと思い、世界中のサイキッ ク達が、力を使う際の感覚を纏めたレポート読んだ事がある。  ある者は、一つしか動かせないが、その物体の質感と質量を正しく把握していれ ば何でも動かす事が出来る。私と同じ重さを感じるが、手に平に収まるサイズの物 なら、単純な動きで数十個同時に動かせる者。  睨み付けた物体に“燃えろ”と念じ続けて、実際に炎を生み出せる者もいる。  強い感情を抱き、発声や呼吸方によって衝撃波を放つ者もいる。  その数々の感覚の中には共感できる部分もあるが、同じものはなかった。やはり 私はよりハッキリと“手と腕”を感じる。それは、人間の腕や手よりもか細くて長 い、おぞましい妖怪の手。そんなイメージだった。  九つの球体を限界まで自分の立っている場所から離す。この時も掴んである球体 を、腕を伸ばして遠くへ運ぶ感覚だった。そして伸ばせば伸ばす程、物体の重さを 感じる。五メートルぐらいで辛くなってくる。  九つの球体を傍へ戻し、今度は反時計回りに高速回転させる。タイミングと角度 をずらして、九本の腕が球体を荒々しく振り回す。  でも、ここまでは何時もと変わらない。こんな事は何年も前からやり続けている 事だった。足元に転がるもう一つの球体を見つめる。回転させてた九つの球体を静 止して浮かべておく。  何を期待しているのか。あと一つ、動かせないものだろうかと、何年経っても諦 めがつかない。何故、私には九つと言う決まりなのだろうか。  これは生まれ持ったもので、そう言う物なのだと、諦めてみたり。いや、意外に 出来るかもしれない。これを数年おきに繰り返している。  足元の球体を自分の手で掴む。何時もの気まぐれなんかじゃない。今は本当に望 んでいる。――もっと強くなりたい。  高があと一つ、物体を動かせたとして、あの忍者に勝てるとは限らないし、今後 の戦いでどこまで役に立つのかなんて分からないが、私は今、かつてない位に自分 の力を高めたいと願っていた。  しかし、そんな簡単な事じゃない。手にした球体を動かしたいと強く念じ続けて いると、無意識に浮かしている球体の一つが解かれてしまい、地面に転がり落ちて しまう。やはり限界なのか。  それでも、何故か諦めが着かなかった。それは、強くなりたいと言う焦りから来 るものなのか、でもどこか感覚的に、まだ何かできそうな、漠然とした予感の様な ものも感じてる。これは今までになかった、確かな感覚だ。  私は確かに――変化しつつある。  しかし、その変化を知るのは、今日ではないようだ。全ての球体を一ヶ所に集め て、念動力を解除した。手に持っていた球体もそこへ置く。  陽がが落ちるのも早くなってきたな。屋上から見える新旧様々な高層ビルは逆光 で真っ黒に染まっている。  母は自分自身の持つ力と、どう向き合っていたのだろうか。他のサイキック達は どのように、自分の能力の限界を見極めるのか、そもそも力を高める事が出来るの だろうか。  いや、多くの場合は、そんな事を考える必要もないのだろう。サイキックと言う だけで充分、強力だと言うのに、更に高めなくてならない状況など滅多にないだろ うから。  あまり考えたくはないが、弟のジャラはどんな能力を持っていたのだろう。ジャ ラもサイキックの兆候がある事は、母から聞いていたが、ジャラがどんな能力を持 っていたのかを知らない。  母も私も同じ、物体を操れる念動力だったが、完全に同じではなかった。例のレ ポートには遺伝する様に同じ能力を持つ以外にも、全く違う能力を持つ者が生まれ る事例も多く存在していると記されていた。  こうやって考えてみると、私には知らない事、分からない事がまだまだ沢山、存 在していて、その一つ一つを、これから解消していかなければならないと言う事を 考えるだけでも、果てしなく思え気が滅入った。  悔しいけど、今日も何も得られずに終わってしまうのか。そんな白けた気分に陥 っていると、携帯端末から通知のアラームが鳴る。彩子さんからのメールだった。  今夜は帰れそうにないと言う内容のメール。何時もの事だ。  もやもやした感情が心に重くのしかかる。それを上手く消化する術を、私は知ら ない。話せる相手もいない。せいぜい外を出歩いて時間を潰すぐらいしか思い付か なかった。  魔が差してしまった。私は一体、何を考えているのだろう。  気晴らしになればと思い、出掛けてはみたが結局、此処へ吸い寄せられてしまっ た。重々しい門前から溢れでるネオンの光。また輝紫桜町に来てしまった。  いざ来てみると、門の先に広がる俗っぽい煌びやかさと、前回の事もあって、少 し緊張するが、この街がどう言う所かは、もう分かってる。しっかり身構えていれ ば大丈夫。と自分に言い聞かせた。  門を潜り、輝紫桜町へ入る。そのまま、自然と右側の路地を見てしまう。ポルノ デーモンはいなかった。尤も、いたところで、何がどうとなるものでもないだろう けど。ただ、もう一度会えるなら、改めて非礼を謝りたいと言う思いはあった。  あの時は気が動転していたのもあったが、よくよく考えてみると、助けてくれた 相手にする様な態度ではなかった。  彩子さんの話では、今の輝紫桜町はヤクザ系の組織間でのいざこざが目立ち始め きて、警察も警戒態勢を取っているそうだ。以前と違い、警察の警備ドローンやオ ートマタが目に入る。  ロボットは配置しても、警察の人間はいない。余程、関わりたくないのか、それ とも、この街に下手な刺激を与える事の方がリスクがあるのか。噂通り、中々の無 法地帯振りだ。  まだ二十時を過ぎたぐらいなのに、歩道も車道も人で溢れている。行き交う人々 の顔は、アルコールとネオンの明かりで赤みがかっていた。飲み屋や風俗店のキャ ッチがうろうろと巡回して人々を捕まえ、店の制服を纏ったスタッフが人混みを避 けながら忙しなく走っている。  そして、その喧騒を横目で鋭く達観する連中がちらほらいる。街に来る者と、街 に住む者を明白に分けていた。  やっぱり、よく似ている。叔父と暮らしていたあの街と。私と叔父が住んでいた 古いマンションから、歩いて数分の場所に、こんな歓楽街があった。時々、そこで 食べる晩御飯が大好きだった。食べ終わる頃には、叔父は何時も酔っぱらっていた っけ。帰って後で介抱してやるのもワンセットで楽しい思い出となっている。  街に住む人々や、同年代とは上手く馴染めず、はぐれ者だった苦い思い出もある が、叔父と過ごした日々がそれを上回る。  漆黒の九尾の狐となって、街を駆け抜けた。弱い自分じゃない、畏れられる自分 になれる一時、ロクでもない連中を蹴散らす優越感。それで誰かが救われば、これ 以上ないぐらいの満足感だって得られた。  今思えば、井の中の蛙だ。上には上がいるし、強大で全貌も見えない悪意には成 す術がなく、他人の力を頼りに待つ事しかできない、ちっぽけな存在だ。  叔父と共に作り上げた九尾の姿に恥じない自分になりたい。でも、どうすれば。  蹴散らし、薙ぎ払い、荒ぶる事しかできない自分が嫌になる。  派手な表通りから、左にある小さな通りに曲がってみと、小さな飲食店が雑多に 密集していた。通りにガタガタになったテーブルを置いて、酒盛りをしている連中 がいる。  漂ってくる香辛料の香りは古今東西で、どこか懐かしさを感じる。こう言う雰囲 気も、よく似ているな。  飛び交っている言葉も様々で、日本語ではないものが沢山耳に入ってくる。この 街は移民も多いらしい。  周りから漂う、美味しそうな匂いのせいか、急に空腹感が襲い掛かって来る。そ う言えば、昼から何も食べていなかった。  テイクアウト出来る店はないだろうか。流石に、この雰囲気の中、女一人で食べ ようと言う気にはなれなかった。  そんな事を考えながら通りを歩き、空腹感を募らせていると、ふと、後ろの方か ら、やたらと野太く低いオートバイのエンジン音が迫って来た。  車やバイクが通る道にしては、この通りは狭い。しかし、そんな事などお構いな しに、黒いバイクが迫って来て、私の元を過ぎて行くと、今度は進路を塞ぐように 止まった。またトラブルになのだろうか。身体が強張る。  バイクに乗っている男はエンジンを止めた。フルフェイスのヘルメットは、シー ルドもスモークで表情は一切見えないが、私を見ている事だけは確かだった。  男はストラップを外してヘルメットを脱いだ。まさかとは思ったが、予感は的中 した。――ポルノデーモン。

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