8.― DOUBLE KILLER ― 年を取ったんだな。バテた訳じゃないが、疲労の回復が遅い。流石に、二十代の 頃と同じと言う訳にはいかないか。――感覚は研ぎ澄まされているのにな。 土埃まみれの仮想街地を抜けてポイントΣへ辿り着いた。雲一つない快晴、空気 も澄んでいる。ポイントβでは気付けなかった。 チーム全体の動きは悪くないペースだが、敵の動きも変わってきてるのを肌で感 じる。次のフェーズへ移っただろう。――持てるだけ持って脱出か。 ポイントΣはβに比べるとエリアは狭かった。簡素な滑走路と格納庫が疎らに配 置されている。 後方からは戦闘の喧騒が聞こえるが、此処は驚くほど静かだった。 飛行型ドローンの巡回を格納庫の陰から伺い、そう遠くない距離にあるポイント Ωの施設を見据える。 鵜飼が偵察に行って七分経過。苛立った様子で反対側を警戒しているユーチェン の傍で、蓮夢は頭を押さえ、バイザーをしたまま壁に凭れていた。二人にも疲労が 滲み出ている。――尤も蓮夢はそれだけじゃないが。 「戻ったぞ」 物音も気配もなく、何時の間にか鵜飼が後ろに立っていた。スニーキングスキル なんてモノじゃ片付けられないレベルだった。流石は忍者と言ったところか。 鵜飼からは疲労の気は感じられない。羨ましい限りだ。 自然と円陣を組む。 「状況は?」 「ほとんどの格納庫は無人だ。兵器の類いもない、全て出払ってるよ」 「テツ、和磨達はポイントΣ寄りに、斜線状に陣形を組んで応戦してるって。増援 連中に上手く言ってくれたみたい」 やはり、もぬけの殻か。傭兵達が上手い具合に戦ってくれている様だ。とは言え 時間に余裕はない。仮想街地は地の利があっても、サイキック兵のポテンシャルは 未知数だ。その能力は予測不可能。一刻も早く無力化させないと。 「話の解るヤツで良かった。俺達は運がいい。HQは?」 「秋さん達と連絡が取れない。多分……」 「復旧は早い筈だ、手持ちの情報で動くしかないか」 「ここから先は、孤立無援だな……」 鵜飼の言う通り、ここからは全て自己判断のみでの行動になるが、必要な情報は 全て蓮夢が手に入れてた。もう、HQに頼る必要なかった。あっちの方は秋澄達が 上手くやってくれるだろう。 「急がないと、ジャラが連れ去られる」 ユーチェンの言う、そこが問題点だな。ここまで来てジャラを奪われる訳にはい かない。 マスクとヘッドギアをしていたのも気掛かりだ。姉であるユーチェンの姿を見て も、襲い掛かって来る可能性が高い。 そうなれば戦わざるを得ない――周りにいる忍者共も相手にしながら。 「“エイトアイズ”から移動ルートを算出したよ」 「これ以上の戦闘は無意味だ。最短でポイントΩに辿り着かないと」 「問題はこの距離だね。戦車の場所とジャラがいた場所が真逆だ……」 立体端末で施設の立体図を蓮夢が展開した。L字型の施設、西側の一階工場部に 高速戦車。南側屋上にヘリが待機している。 四人がかりで忍者共と戦い、ジャラを救い出すまでにかかる時間は、数分では済 まない筈だ。 その間に高速戦車に逃げられれば、ポイントβの戦闘は泥沼化する。 「ジャラを確保する事が最優先だが、ヘッドギアのシグナルも気がかりだな」 俺達が攻めれば攻める程、高速戦車は遠退いていくだろう。そして精度の高い指 令を送る。或いは決死命令を発動するかもしれない。それではここまで苦労も水泡 に帰す。 「ジャラのマスクやヘッドギアは無理矢理にでも外したい」 「それは問題ないと思う。出来る限り外した方がいい。ドローンやオートマタの暴 走コードは、親機である高速戦車が破壊されれば自動発令されるけど、意図的にも 発令出来る筈だ。サイキック兵のシグナルにも何か仕込まれている。何をしでかす か分かったもんじゃない。だからハッキングしてコントロールする……」 「で、どうなんだい? リーダー。押し付けるつもりはないが、アンタの選択は今 のところ間違いない。良い案があれば是非聞きたいところだが……」 三人が一斉に俺の方を見てきた。その目と雰囲気で分かる。鵜飼は特に意見がな さそうで、ユーチェンはジャラ優先以外は一切受け付けないと言う強い意思を見せ ている。 蓮夢は俺の考えている事を、既に読んでいた。勿論、デメリットやリスクも理解 した上で。 「二手に分かれよう」 チームリーダーとして、決断する。二人ではどうする事も出来なかったから四人 で組んだと言うのに。本末転倒に思えるが、これしか方法がない。 「ユーチェンのチームと、蓮夢のチームでツーマンセルで行く。選択肢はないだろ う、元々四人チームだ。危険だがやるしかない」 綺麗事は抜きに考えれば、どちらも重要であり、後回しには出来なかった。どち らも逃げられる前に押さえる必要がある。 「忍者共がいるジャラの所は、俺がいた方がいい。俺とユーチェン、元鞘だな」 「そう言う事になるな。敵に見付からず、ユーチェンをジャラの所まで導いてやっ てくれ。忍者ならやれるな?」 「当然だ、そっちは?」 最も戦闘力が高い二人が、組まざるを得ない。俺と蓮夢にとっては痛手だ。戦力 の半分以上を失う様なものだ。 だが、鵜飼なら確実に最短でジャラのいる屋上までユーチェンを連れて行ける筈 だ。それは望ましいし、成功率は高い。 俺と“組合”は最悪コラテラル・ダメージだ。蓮夢を巻き込む形になってしまっ たが。 「俺達には“エイトアイズ”がある。敵を避けながら戦車に辿り着けるさ。戦車が 逃げても“エイトアイズ”がしっかりマークして追跡可能だ。ユーチェンを頼んだ よ、鵜飼」 鵜飼は静かにしっかり頷いた。蓮夢のフォローがありがたい。 俺の役目は残りの弾丸を全て使って蓮夢を守る事。蓮夢のハッキングが全てを掌 握するまで守り抜く事だ。 ユーチェンが狐の面を上げ、蓮夢の元へ行く。差し出した両腕を、蓮夢は優しく 触れていく。 「蓮夢、貴方には感謝しても感謝し切れない。どうか無理をしないで、必ずまた会 えると約束して。鉄志にも感謝してる、蓮夢を守ってくれていた事。危険を顧みず 組織と掛け合ってくれた事にも」 「よせよ、これっきりみたいな雰囲気はさ……。ジャラを助けて、今夜は輝紫桜町 で派手に遊び散らすって決めてるんだからさ」 「こちらの不始末も含めて、手を貸してるのは蓮夢との契約の内だ。礼には及ばな い。集中しろユーチェン、この日を待ち望んでいたんだろ」 家族を失っても、僅かな可能性を信じて真っ直ぐ突き進んできたユーチェン。サ イキックと言う特別な才能を持っているにしても、誰にでも真似できない強さだと 思う。 そして、限りなく不可能な問題に、正面から向き合う、馬鹿が付く程のお人好し なハッカーに出会えた事が、ユーチェンにとって最大の幸運だ。 ユーチェンに触れてた手を離し、蓮夢は鵜飼の元へ行き腕の端末を弄り始めた。 「“レインメーカー”の残弾は百八十一発。三点バーストで約六〇回撃てる。鵜飼 が指差す対象を狙う様に再設定した。それと“インセクト”も、簡単な偵察ぐらい なら出来る。死ぬなよ、クソ忍者……」 「お前もな、変態ハッカー」 仲の悪い二人だが、蓮夢の器の大きさで辛うじて、仲間として成立できてる。本 心では互いに認め合ってると言うのもあるが、鵜飼の石頭には困ったものだ。 こっちは“レインメーカー”もなしか。気を引き締めて挑まないと。今後の段取 りを考えようとしてると、鵜飼が手を差し出してきた。 「アンタとは一度ハッキリ決着を着けたい。殺しは無しで、サシでやろうじゃない か……」 「望むところだ、返り討ちにしてる」 堅く手を結び約束してやった。生意気な若造忍者め。その憎まれ口で覚悟が決ま るなら、それも上等だ。 巡回していた飛行型ドローンも別のエリアに行っていた。二人が格納庫から一気 に駆け出していく。振り向く事はない。 思い出すな。仲間を危険なとこへ送り出す時のもどかしさと不甲斐なさ。何もし てやれないと言う無力感。――生きてまた会おう。 「さぁ、俺達も行こう」 内側に付けた腕時計で時間を確認する。こっちもやる事をやるか。 「ちょっと来い……」 「テツ、何? どうしたの?」 蓮夢が考えていた方向とは逆に連れて行く。壁沿いに進み、格納庫の小さな裏口 のドアを開け銃口を差し込む。この格納庫が無人なのは知っているが、念の為だ。 オイルやシンナーの刺激臭が鼻を刺す、くすみ切った天窓から入る光は弱くてか なり薄暗い。 向こう側に作業員が軽い休憩に使っている様な、即席のシンクとパイプ椅子があ った。蓮夢の腕を掴んでそこへ向う。 「座れ」 蓮夢を座らせてシンクから水を流す。メタルラックを漁ってみると、未開封の紙 コップが見つかった。 溢れる程なみなみと注いで、怪訝そうに見上げる蓮夢に渡した。 「十分休憩だ……」 「はぁ? 何言ってるの? そんな暇は……」 「十分、二十分の遅れぐらい俺が取り戻す! いいから目を閉じて、タスクよりも 俺と話す事だけに集中しろ、命令だ!」 これは俺が責任を取って然るべき事だ。――蓮夢への負担が多過ぎた。 前日から休む事無く蓮夢はデジタルブレインを酷使している。幾ら調子が良いに しても止めさせるべきだった。 しかし、そのタイミングも掴めないまま、ここまで来てしまった。厳しい状況と 周りのプレッシャーに対して折り合いがつけられなかった。何よりも俺自身、蓮夢 の能力に頼り切りだった。 もう今しかない。この僅かな時間、無理矢理にでも蓮夢を落ち着かせないと。 「優しいテツも好きだけど、乱暴で強引なのも有りかも。マジ犯されたい」 不服そうな表情を緩め、俺の意図を探って理解と共に、ヘラ付いた表情に緩ませ た。――普段の蓮夢の表情だ。 「減らず口ばかり……ほら、飲めよ。渡された水も飲まずに……」 和麿に渡された水にも口を付けず、直ぐにブリーフィングを始めた。あの時、全 員が一息入れられたが、蓮夢だけはフル稼働だった。 蓮夢のダメージは外側からは分かり難い。そして、休んでいる様で休めてない。 それを察していながら、俺は止められなかった。こぼれる程注いだ水を一気に飲 み干す姿に、己への不甲斐なさを感じる。 「マジで怒ってる?」 不安気な上目遣いを向ける。普段の調子に戻りつつあった。蓮夢は俺達より遥か に表情豊かだ。 もう一つの紙コップに水を注いで蓮夢に渡した。全部は飲まなかったが、それで も半分以上は飲み干した。 「心配してるだけだ。お前、これぐらい言わないと聞かないだろ……。敵側のハッ カーって言うのは“ガーディアン”の事か?」 胸ポケットからシガーケースを取り出す。煙草を吸い始めたのは二十六の頃、丁 度、こんな感じの戦場での息抜きの時分だ。 カーボン加工した特注品のケースは防弾効果もあり気に入っていた。また使う日 が来るとはな。 二本取り出し、先に蓮夢の方に火を着けてやる。 「気付いてたんだ」 「お前の顔を見ていればな、執着している。奴は何者なんだ?」 「“何者”って言い方をしてるって事は薄々勘付いてるんだろ?」 自分の煙草にも火を着ける。戻って来た時の蓮夢の表情は、吉岡の件で動揺しつ つも、何処か強張った雰囲気があった。 説明を省く為に“ガーディアン”をハッカーと表現したのだろうが、それを聞い て俺もピンと来たのだ。 これまでも、ただのAIと言うには閃きや執着に近い挙動もあったと言う“ガー ディアン”。 勘付くと言う言葉からは、蓮夢にもハッキリした確証はないのだろう。 「機械化された脳で自在にネットワークにアクセスできる人間……。神にでも悪魔 にでも成れる存在だ。そんな奴がお前以外にいると言うのか」 「いない方が寧ろ不自然と考える段階に来たのかもね。いずれそれが当たり前の時 代が来るかもよ……」 “トランス・ヒューマン”の時代がやって来る。知らず知らずの内に変革の時が 訪れていた。と言うヤツか。 今なら、そんな戯言も充分に受け入れられる。この戦場で展開されている全てが 証明していた。 「でも、今はまだ“その時”じゃない。だから必ず倒す」 倫理観如きでは、人間は留まる事はない。――歴史が物語っている。 機械化された脳も、制限なく思考できるAIも、存在してしまった以上、拡がっ ていく事を止める事は不可能なのだろう。 数年先まで混乱は続き、数十年後には今の俺達の理解を越えた世界になってしま うのかも知れない。 「やれるのか?」 「スペックで負けていても、それ以外で補うつもりさ。それに刺し違えてでも、俺 は目的を果たす……」 「俺は許可しないからな……。何もしてやれないけど、死ぬ事は許さないからな」 “まだその時じゃない”。それが何時かは分からないが、今は蓮夢だけで在って 欲しいと願う。――心で控える事を知る、蓮夢だけで。 「ありがとう、少し楽になったよ。さっきまで、立ち止まったら動けなくなりそう で、怖かった……」 残りの水を飲み干して腰を上げた。軽い背伸びと深呼吸。よかった、少しは解れ た様子だった。 緊張の糸ってヤツは、切れて欲しくない時に切れると厄介だった。自分のペース で自ら断ち切って、次に紡ぐのが望ましい。その為の息抜きだ。 「分かってる、それでいい。今お前が思ってる事や感じてる事が全て正しい。辛い だろうけど、その感覚は大切にしておけ」 「鵜飼の言う通りさ、俺は“此処”じゃ只の素人だよ……。理屈と論理が判断を鈍 らせる。みんな凄いね、決断も行動も速い……」 「考えもせず、行動せざるを得ない状況がどうかしてるんだ。狂ってるんだよ、戦 場って所が。そして、それを繰り返してばかりの醜い貪欲者で溢れ返ってるのが現 実なんだ……」 煙草を捨てて、視線を逸らす蓮夢の肩へ手を置き、視線を合わせる。蓮夢の気持 ちは手に取る様に理解出来る。――俺だって同じだった。 戦場では何事も速くないとならない。考えるよりも行動しないと間に合わないの は事実だ。 かと言って行動を誤れば、そのまま死に繋がる。仲間を巻き込み、後悔と罪悪感 を重ねる事になる。不条理だ。 「言っても仕方ないけど、不公平だよね……。生きる為に生まれて来たのに、どう して、苦しい事ばかりなのか……」 首を傾けて、肩に置いた手に蓮夢の顔が触れた。 ずっと目を背けてきた。何時からだろうか、蓮夢に触れてると気が休まる事を認 識したのは。 「そうだな。そのくせ、稀に希望も見えるから、放棄も出来ない。お前みたいな奴 がな……」 手を返して蓮夢の頬に触れる。目元の汚れを親指で拭ってやった。見つめられる と、気恥ずかしい。 こんな事する柄じゃないのにな。俺は何をやっているのか。 「壊れた心をぶら下げる死に損ないだった。残ってるのは罪悪感だけ……。お前が 俺に光をくれた。何も残っちゃいないが、何かを探して生きてみようって、今は思 えるようになった」 「テツ……」 「でも楽観はしない。今日、此処が俺やお前達の終着点かもしれない。だから今言 っておく。お前の相棒になれて本当に良かった。お前が俺に希望をくれたんだ。感 謝している。お前は凄い奴だよ、蓮夢」 期待なんて何一つない。現実は変わる事なく、俺は二発で仕留める殺し屋だ。 それでも、もう一度だけ人として生きてみようと思えるようなったのだ。不可能 じゃない筈だ。俺の目の前にいる奴は、地獄のどん底に堕ちながらも、希望を追い 求めて抗い、向き合い、そして強く美しく在る。 俺達はまるで違うけど、俺はそう生きたいとお前を通じて思っているんだ。 蓮夢のか細い両手が、柔らかく俺の頬に触れていく。 「どうして、アンタみたいな人が殺し屋なんかやってるんだろうね……」 まじまじと蓮夢の目を見ていると、吸い込まれそうな感覚に陥る。まるで蓮夢の 心が俺の中へ入って来るかの様な感覚。――だとしても構わない。 それとも、俺が蓮夢の心に入り込んでいるのだろうか。 「お前こそ、なんで地獄で独りぼっちなんだよ……」 「なんでだろうね……。人に与えてばっかりだ。損な性分だけど、テツがしっかり 生きてくれるなら、俺は嬉しい」 「蓮夢……」 こんな様を、鵜飼が見れば気色悪いと蔑むのだろうか。きっと、そうなるんだろ うな。 しかし――そんな単純な事じゃないんだ。 「十分過ぎたよ、お客さん」 両方の頬をパチンと叩かれ、頭の中の諸々が弾け飛んだ。蓮夢の両手が離れてい く。あと数分続いていたら、どうなっていたかと言う考えを振り払う。 「リフレッシュしたよ。悪いけど延長はなしだぜ」 「そうだな……そろそろ行くか。状況は?」 「予定のルートで問題なく行ける。ポイントΣは、ほぼ無人だよ。ユーチェン達も 順調に進んでる」 早いところ気持ちを切り替えないと。何時のにか、俺の方が雰囲気に流されてし まってた。それでも構わないって緩みもあるが、やはり蓮夢は人を惹き付ける才を 持っている。 集中しろ、こっからが大変なんだ。仲間達と、俺と蓮夢のこれからの為に最後ま で戦い抜く――馬鹿め、もっと集中しろ。 「よし、俺達もやるぞ」 「頼むよ、相棒さん」 裏口を開けると、陽の光が全身に降り注ぐ。右腕の端末から“エイトアイズ”の 映像を確認して、蓮夢とアイコンタクトする。 敵の気配はなさそうだ。駆け足でポイントΩへ向かう。十分の遅れは、すぐに取 り戻せるだろう。 この戦場を乗り越えよう。そして、俺なりの未来ってヤツを手に入れるんだ。こ こから仕切り直しだ。
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