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12.― DOUBLE KILLER ―  蓮夢、すまない。独りにさせてしまって。だが――お前が唯一の希望だ。  ユーチェンと鵜飼も上手くやってくれていると信じている。俺もここでケリを着 けよう。  反動を微塵も見せず、偽銃の“Vz61”を片手で撃って来る。ドラムマガジン に少しばかり延長したバレルとハンドガード。おそらく安田のカスタムモデルだ。  それでも短小のフルオートだ。イワンの奴、適当に牽制して楽しんでいるだけに 違いない。――無駄弾を撃たせやがって。  奴の性格を考えるなら、銃でチマチマやったりはしない。必ず近づいて来る。そ の為の機会を伺う為の銃撃だ。残り十七発。  物陰からほぼ同時に身を乗り出し、撃ち合う。絶えず撃ち続けながら別の物陰へ 潜り込んだ。徐々に近づく。残り九発。――次が仕掛け時。 「あんなオカマのハッカー如きに何が出来る? 今頃、蜂の巣になってる頃だ」 「そうかよ、差別野郎……。生憎、俺の相棒はこっからが強いぞ。お前はせいぜい その腕とサイキックで一人一人仕留めるしか脳がないだろうが、アイツはな、全て を“引っ繰り返す”お前の思惑通りにはいかない!」  また同時に仕掛け合う。集中しろ。向けられた銃口に目掛けて二発。銃を弾いて やったが、サイボーグの腕はその程度の衝撃で手放しはしなかった。  銃口をイワンの額に向けるが、何かピリピリした気配に警戒心が増していく。  イワンの左腕が大きく振り上げられ、目には見えない空気に引火していく熱を感 じた――パイロキネシス。  前に出るべきじゃない。身体を丸めて反対方向へ飛び出した。竜巻の様にうねり を上げる炎が掠め、肌がヒリ付いた。残り七発、ケチっても仕方ない。  姿勢を立て直して、膝立ちで七発を撃ち尽くす。サイボーグの右腕を盾にしなが らゼロ距離に迫ったイワンから繰り出されるナイフをライフルで受け流すが、素早 く滑らかな軌道に対応しきれず左肩、右腕を切り付けられた。  ライフルを捨てて、こちらもナイフで応戦する。長くはやり合うは危険だ、ナイ フの腕前はイワンの方が格上。  逆手に持ったナイフが予測し辛い軌道で上下左右に振り回される。反撃どころか 捌くだけで手一杯になる。しかも左に持たれると間合いが取りにくくて厄介だ。  首筋を狙った一撃を受け止めて、素早くナイフを左手に持ち変え、右手で拳銃を 取り出してイワンに向けて発砲した。  二発、避けられてしまったがイワンがよろめく。――チャンスだ。  一気に押し出して、改めて眉間を狙うが、右腕を捕まれ狙いが外れる。一発は外 し、二発目が僅かにイワンの耳を掠める。体勢を立て直したイワンに左頬を切り付 けられ、距離が広がってしまう。その隙にイワンが二階通路まで飛び上がった。一 回の跳躍であの高さまで。人間離れした身体能力だ。  頬の血を拭い、ショットガンに持ちかえる。七発装填済み残り三発、イワンを見 上げた。あと十発か。あとは拳銃のみ。 「この施設を自爆させるつもりか。ま、ここで戦う余裕があるんだ、タイマーかけ てるって訳じゃなさそうだが……」  屋上にはまだ、忍者共がいる。施設内の人間の退避もあるだろうし。カウントダ ウンしている様子はないが、確証は欲しかった。 「高速戦車に積んだメインシステム。トリガーを握ってるのはそいつだな?」  イワンがフッと薄ら笑みを浮かべた。どうやら、この施設がどうなるかは蓮夢次 第ってところか。  蓮夢がハッキングでシステムを押さえれば、自爆はしない。 「勘が鋭いだけで何一つ対処出来ていない。いい加減気付いたらどうだ鉄志。お前 を取り巻くシステムが如何に取り残された環境なのかを。俺もお前も、優れた能力 を持っている。もっと高みに在っていい筈だ。その“超感覚”無駄にするな」  また“超感覚”の話か。特別だとか特殊だとか、勝手なラベルを貼られるのは気 分が悪いな。 「サイキックのサイボーグ野郎……。特別な力とやらを過信して溺れると、馬鹿げ た誇大妄想に取り憑かれるらしいな、イワン」 「誰かがやらなくてはならない。そして戦いは既に始まっている。今の内に知らし める必要があるのだ。我々が人類の上位である事を……」  利用される以前に、何度かイワンと話す事もあったが、その裏でこんな途方もな い事を考え続けていたとは。  蓮夢の奴、妙にイワンの意図に執着していたせいか、俺まで興味が沸いていた。 「でなきゃ“驚異”と見なされ抹殺されるとでも?」 「肉親でさえ、この力を怖れて俺を幽閉した。家ごと焼き払ってやったよ……。マ フィアも傭兵も、スペツナズも安っぽい暗殺と都合のいい捨て駒程度の価値しか見 出さない。組織と掟に縛られた“組合”では話にもならなかった……。この世界の パワーバランスを変えてみせる」  おそらく、蓮夢が知りたかったのはこの辺の話だろう。相手を知り、心に入り込 んで、停戦を持ちかけたのだろう。  あり得ない話だが、もしイワンがそれを受け入れたなら、俺は私情を殺し、黙る つもりだった。  しかし、イワンは蓮夢を拒むだけじゃなく蔑んだ。故に俺は、予定通りに事を進 めるだけだ。  怖れられ、利用され、そして孤独だったイワンは、力を取り込む事で自我を誇示 しようとしている。  手にした力と向き合い、利己的にせず、他人に価値を認めさせ様と探求する蓮夢 とはある種、真逆の存在に思えた。 「そんな理想の為に、ユーチェンやジャラを利用させない。それにこの国もな。お 前は力があれば何でも出来るって思ってるらしいが、手にした力に対して“向き合 ってない”そんなヤツの創る未来に、同調は出来ないな」  改めてイワンは俺達の敵だ。サイキック達を無理矢理巻き込んだ。この島国で傍 若無人に振る舞い、金も土地も好きにしてる。ユーチェンや公僕の鵜飼にとっても 間違いなく敵。  “力”に執着して覇道を行く。蓮夢の視点からしても退くべき敵だろう。因縁の 相手だったが、今はもう俺のではなく“俺達”の敵だ。 「鉄志、お前は何時も“誰か”の為ばかりだな。誰かがいないと自身を成立できな い様なお前の未来に価値があるのか?」  確かにそうかもしれない。仲間に囲まていたり、大切な者が側にいないと、俺自 身の価値は低いのかもな。 「少なくとも“希望”はあるさ……」  でも、それでいい。今はそう思っていた。  今も昔も変わらない、仲間の為に全身全霊で戦ってやる、必要な存在だから。俺 自身、孤独にならない為に。  蓮夢の言った“希望”に賭ける。 「さっさと本気を出せ、御自慢の右腕を見せてみろよ」  リスクは大きいが、早い内にイワンの手の内を知っておく必要がある。  鵜飼やユーチェンの様な立ち回りは俺には出来ない。さて、どう攻略しようか。  イワンはふんっと俺を睨み、銃を投げ捨て、シルバーのチタンフレームを外すと 足元へ放る。右腕に目一杯の力を込め始めた。  ぐいぐいと右肩が盛り上がっていき、腕も膨張していく、手は既に人のそれでは なく、厳つい三本アームに変わり果てていた。  体内からマイクロ・マグネティックを放出する為か、イワンの表情は苦悶を浮か べていた。  全長は二メートル、全体から鋭利な刃が突き出してきた。まさに黒い羽、機械の 翼と比喩できた。  突き出した刃が勢いよく一斉に展開される。刃が天井の照明に反射して眩く光を 放っていた。 「これが“力”だ! 鉄志!」  間近に見ると、度を越していると痛感した。蓮夢はサイボーグ技術を失った物や 欠けた物を補うテクノロジーと言っていたのに。――在り方が変わる。 「悪いな、俺はもっと凄いサイボーグを知ってるんでね」  圧倒されたが、虚勢を張るしかない。  久し振りに会った時、イワンは言った。あれはパワーだと。  あの漆黒の翼が、戦場でどれだけの兵士を血祭りに上げていたか、誰を頼らずと も生き残ってこれたのも納得できた。  力任せに振り上げて、鉄製の手摺を薙ぎ払った。金属の千切れ擦れる音が部屋中 に響き渡る。  ショットガンの銃口をイワンへ向ける。――集中しろ。 「決着をつけよう」 「お前の理想を粉砕してやる」  あの腕がどんなに強力で無敵であっても、生身を狙えばダメージは与えられる。  イワンは二階から飛び出した。一直線に向かってくる。飛び降りる様なフワッと した挙動はなく、急速に迫って来る。迎撃は無理だ。  三本アームの拳が地面に突き刺さる。寸前で避けたが、その風圧に転がされてし まう。人間離れのパワーと動き。この手の相手に予測を立てるには、俺はまだ経験 不足だった。  起き上がってショットガンを二発撃ち込む。鵜飼達の戦っている映像通り、黒い 翼が盾の様に展開してイワンの全身を守っていた。脚を狙うのも困難で、まるで隙 がなかった。  和磨から分けてもらったショットシェルはダブル・オー・バック。装甲破りには 少々頼りない。  ジリジリと距離を詰めるイワン。こっちも近付きながら二発。大した効果はなか った。今の内に残りの三発を装填する。ラスト六発。  翼の盾は鉄壁だけじゃなく、強化されたイワンの肉体も的確に衝撃を受け流して いた。――火力で勝てる程、単純じゃない。  どうする。鉄壁の防御、離れればパイロキネシスの餌食。近接戦闘になればイワ ンの方が有利。  三メートルを切ったところでイワンが仕掛けて来る。二メートルもある金属の塊 を軽々と振りかざした。風圧に押されながら後退りしつつ発砲する。二発間隔、こ の距離なら多少破片が飛び散り、翼を削る事が出来るらしいが、やはりこの程度で は時間の無駄だ。  やるしかないか。鵜飼もユーチェンもやらなかった事だ――集中しろ。  三本アームがグッと伸ばされ、ショットガンを掴んでくる。残り四発、もう必要 ない。手放して素早くグロックに持ち変えた。コンパクトに構えながら左側に身を 反らしてイワンの懐に潜り込んで撃ち込んでいく。  射角を数センチずらしながらダブルタップ。イワンは右肘を捻りアームで弾丸を 防いだ。イワンにほぼ密着した状態で押し込みながら更に撃ち続ける。そろそろ弾 が切れるぞ。――集中しろ。  斬り付けて来る右腕を全身で抑え込んで、イワンの眉間に向かって撃つが、流石 にこの距離だと狙い所はすぐにバレてしまうな。中々当たらない――集中しろ。  イワンの右腕を抑えるこっちの右腕や肩が傷付いていく。覚悟の上だ、耐えるし かない。――ゼロ距離でとことんやってやる。  ここまで仕掛けて来る奴は今までいなかっただろう。苛付いたイワンの表情が物 語っていた。予備のマガジンを手にしておく。  グロックのスライドがガキンと止まる。弾切れ、再装填。  イワンはこの隙を待っていた様に、反撃に転じた。左の拳がボディに一発、素早 く顔面に向かって振り下ろされる一発。クラッと来るが、次の動きは勘で分かって いた。  膝蹴りを脚で防いで、その間にマガジンを再装填しておく。イワンの襟を掴んで 脹脛を蹴り上げ、姿勢が崩れた一瞬で腰投げをする。イワンのガタイなら相当のウ エイトかと思ったが、拍子抜けする軽さ。人工物は軽量なのかもしれない。  イワンを投げ飛ばすと同時に、こちらも転がり込んで、のしかかり抑え込む。グ ロックを二発撃ち込んだ。――仕留めたか。  確認する間もなく仕留め損ねた事を思い知る。イワンの右腕が勢いよく地面を押 し上げ宙に舞う。鉄骨の様なイワンの右脚が鋭く胸にめり込んで叩き付けられた。  前後を潰された衝撃に息が詰まる。身体が悲鳴を上げるが、俺の意識はたった一 つ事しか考えていなかった。次はヤバい一撃が来る――避けろ。  酸素の行き届いていない身体を踏ん張らせて、両脚で身体を僅かにずらすと同時 に、イワンの右腕が目の前を掠めた。ずれてなければ直撃だ。  まだ身体を思う様に動かせない状態だが、今出来る事を必死に探っている。吐き 気が襲う程の集中力が、視界と脳を掻き回していた。どうでもいい、俺のやるべき 事は一つ、たった一つだけだ。――イワン・フランコを仕留める。  もうそれしか考えられなかった。でないと、何も出来ないし先に行けないんだ。  三本アームに胴体と右腕を掴まれ、軽々と持ち上げられてしまう。反射的に左腕 は逃がせたが、この状態で何が出来るかを考えなければ。  トラックのフロントに叩き付けられる。全身の骨が軋み、幾つかは折れるのを感 じ取った頃には放り投げられ、トラックの荷台に腰を打ち付けて転げ落ちる。一瞬 気を失うが、あまりの激痛に意識が繋ぎ留められた。声にも出せない、耐えるしか ない。しかし――手応えはあった。  込み上げて来る吐き気。どこの損傷か、少量の血を吐き出す。呼吸を整えろ、痛 みを噛み締めて少しづつ身体を動かせ。イワンを見据えろ。四つん這いに首を上げ てイワンを睨み付ける。 「鉄志、貴様……」    よろめきながら首からの出血を抑えるイワンの口からは血が溢れていた。左手に 握り締めたデザートイーグルがイワンの右胸と左頸部を貫いて残り五発。心臓と眉 間を狙ったが、かなりズレてしまった。二発で仕留め損ねたな。  半身を起こし上げ、グロックを一先ずレッグホルスターに収めた。疲労と痛みで 視界が自然と下に落ちる。よく見ると胴体から胸まで派手に裂かれていた。何時受 けた損傷かも分からなかった。  タクティカルベストとカーボン素材のシャツのお陰で、致命傷ではないが、かな り深い。リスクは覚悟の上だ、あの鉄壁とパイロキネシスに対処するにはゼロ距離 しか活路を見出せない。  トラックに凭れながら、なんとか立ち上がる左手のデザートイーグルを右に持ち 替えて、左手でナイフを逆手に握る。――次で仕留めてやる。 「知ってるか? イワン……。殺し屋の仕事ってのは、“見つけ出し、追い詰め、 実行する”実行あるのみだ……」 「来いよ……鉄志……」  歩く度に身体が軋む。イワンが右腕を構えるが、もう手の内は読めていた。じき パイロキネシスの射程距離。  全て見切ってやる。俺が超感覚なのかどうかなんて、どうでもいい。ただ蓮夢の 言葉を信じる――自分の感覚を信じるんだ。  身体に熱を感じ始めると同時にイワンに向かって一直線に駆ける。先の事は容易 く読める。  イワンのパイロキネシスは火柱。直径にして約一メートル半、高熱だが二秒もか からず走り抜けられる。イワンも突っ込んで来るだろう。その時には三本アームよ りも長い刃は、俺の頭部と数センチ、右に避ければアームに捕まる。左だ、イワン の外側に避ける形になるが、避ければイワンの右腕は完全に伸び切る。  肘を曲げて振り払いに転じる瞬間にナイフを刃と刃の間に引っ掛けこれを食い止 める。止められるのは一瞬だけ、すぐに力負けする。――イワンの勢いを殺すな。  視界が真っ赤に染め上がり、熱と痛みが全身を駆け上がる。たかが一瞬だ、突き 進め。  予想以上に分厚い炎の壁を突き破って視界が開けると、突進してきたイワンの豪 腕が目前に迫る。何もかもが鮮明に見える全てが――スローだった。  俺にとって当たり前の感覚。何度となく体験してきた血生臭い感覚。もっと集中 しろ、この感覚に向き合うんだ。  イワンの豪腕を数センチで左へ避ける。刃の一本、一本からマイクロサイズの磁 石の一粒一粒の蠢きでさえ、見えてしまいそうな感覚に陥る。  上腕、肘辺りの部分にナイフを突き立る。ガキッと音を立て引っ掛かった。ここ に力をかければ刃に触れる事はない。牽制の為に二発撃ち込む。残り三発。  抑え込む肘の先にあるイワンと目が合い。察知した。マイクロ・マグネティック は――変幻自在。  イワンの肘から鋭い刃が新たに現れ、目の前まで飛び出して来た。しかし、俺に は相変わらずスローに感じられた。ナイフを手放し半身を大きく反らす。イワンの 右腕は大きく振り払われ、懐ががら空きとなる。痛みに軋む身体を堪えて身体を起 こし銃を構えた。イワンの胸へ二発。胸骨を突き破る音と共に、正常な感覚に戻っ ていく。  しかし、それだけでは俺の気は収まらない。よろめくイワンの首を掴み、出せる 力で思いっきりぶん殴ってやった。  穴の空いた胸から、ジリジリと火花が弾けている。やはり人工の心臓か、あれだ けのパワーだ、心臓も替えていると思っていたが、全身のほとんどを機械化してい たらしい。  胸元から一層派手に血と火花も吹き出し、イワンは天井を仰ぎながら前のめりに 倒れる。――仕留めた。  安堵か満足感か、一気に力が抜けて、イワンの横で膝をつく。呼吸を整えながら ポケットからモルヒネを打ち、止血剤を飲み込む。  イワンの胸に装着されたナイフホルダーが不意に気になった。引き抜くと、刃渡 り三十少々の大き目なシースナイスだった。近接戦闘のプロフェッショナルに相応 しく、その辺じゃ手に入らない一級品のナイフだった。 「記念に貰っとくぜ、イワン・フランコ……」  鹵獲なんて趣味はないが、一つ決着を着けた証にして頂いておこう。  ずっとジレンマだった。俺ととイワンは“組合”で名の知れた二人だった。貴重 な人材同士での殺し合いを“組合”は望まない。裏切ってくれたお陰で口実が生ま れた。  みんな、借りは返したぜ。心で呟く。  呼吸も落ち着いてようやく、他の事を考える余裕が出てきた。HQは相変わらず 無反応だった。そろそろ復旧しててもいい頃だが。鵜飼とユーチェンも無線に出な い。  蓮夢が気がかりでならないが、先ずは最優先事項のジャラの救出を援護しなけれ ば。蓮夢もそれを望む筈だ。施設の中を突っ切って、鵜飼達と合流しなければ。  蓮夢の狙うメインシステム。それを管理している“ガーディアン”の指示役であ ろうイワンは死んだ。状況を判断して“ガーディアン”がトリガーを引くか、先に 蓮夢がシステムを手中に収めるか。  いずれにしても、早くジャラを救出して離れるべきだ。  デザートイーグルは残り一発。グロックは残り二十発、予備なし。例によってジ リ貧だ。  立ち上がり、施設の南側へ向かう。モルヒネが効いてきて、少しマシになってき た。しばらくは何とか動けそうだ。  カタカタと、頭の後ろから聞き慣れない音がした。在り得ない、間違いなく仕留 めた。振り向いてイワンの亡骸に銃口を向ける。何かは分からないが、漠然とした 違和感を覚えた。――イワンの右腕がなくなっている。  周囲を警戒する。一体、何が起きている。イワンの亡骸の二メートル程離れた場 所で三本アームがうねうねと蠢いていた。状況を理解し切れない。  マイクロ・マグネティックがイワンの身体から全て出て来て、自立してるとでも 言うのか。状況も理解できないまま、異常な変化が進行していった。  三本アームの爪が頭の様に、他は首と胴体、脚の様に変化していった。自分を殺 した相手を、道連れにでもする気か、イワンよ。――悪趣味な猟犬だ。  蓮夢がいればどんなシステムか、すぐに見抜けるのかも知れないが、俺が理解出 来ている事は一つだけだ。アレは破壊しないと危険だって事だ。  有効な対策を考える事も出来ないまま、磁力の猟犬はジグザクに走りながら向か って来た。――ふざけやがって。  何発撃ったか数える余裕もなく撃ったが、悉く弾かれてしまい。押し倒されてし まった。必死に抵抗しつつ、三本爪の噛み付きを辛うじて避け続ける。  冗談じゃないぞ、こんな事してる時間はない。早くユーチェン達に合流して伝え ないと。この施設が爆破されてしまう事を。そして蓮夢を。  しかし、このままだと爪から牙へ変貌した猟犬の餌食になってしまう。早くどか して、何とかしないと。  イワン・フランコ。何処までも俺の邪魔をしようと言うのか。お前を一回しか殺 せなかったのが口惜しいぞ。  咆哮もなく大口を開けて殺意を向けて来る。畜生が、こんな事している場合じゃ ないのに。やられてたまるかよ。  アームが大口を開ける様に開いていく。どうやって避ける。かなり際どいぞ。 「クソッタレがぁ!」

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