3.― DOUBLE KILLER ― 「付き合うって、どういう意味だ?」 気付くと、外は雨になっていた。窓ガラスを濡らす雫が流れていく。 歪なアスファルトにできた水溜まりは、ネオンの灯りを吸い込み、方々へ光を散 らしていた。 蓮夢からの突然の提案。いや、遂に来るものが来てしまったと、思うべきか。 何時も俺の心を掻き乱してくれる。よりにもよって“組合”が見てるかもしれな いって時にだ。 かと言って無下にも出来ない。話ぐらいは聞いてやらないと。 「今のところ、俺達って仕事の時だけじゃん。そうじゃなくて一緒にいる時間増や してこうよ。この件の後もさ、プライベートを共有して過ごさないかって意味」 「一緒に過ごして何をするんだ? セックスでもしろと?」 何時だったかの提案と大して変わらないじゃないか。自分を慰み者であるかの様 に安っぽく演出して。 蓮夢のそう言う本気か冗談か、あやふやにしてくる雰囲気は好きじゃなかった。 「うわ……テツって大胆……。もうヤッちゃうの?」 あからさまに幻滅の眼差しを向けてきた。不本意極まりない。 「お前が何時も誘って来るんじゃないか」 「そう言う冗談のじゃなくて、本気のヤツ。お互い良い気晴らしなると思うよ。こ の前みたいに飯とか酒飲んだり、どっか遊びに行ったり、家でダラダラ過ごしても いいし」 「なら付き合うなんて言葉を使わずに、友人と言う形でいいじゃないか」 勢いのままに会話が続くが、“組合”の人間が外部の人間と、どれだけの関係を 築けるのだろうかと、ふと思った。“組合”が蓮夢を認識していなかったなら、プ ライベートの付き合いだと言っても良いものなのだろうか。 「やだよ、友達なんて……毒にも薬にもならない。若い内はそれもいいけど、俺は テツともっと深い仲でいたい。セクシュアルなんて流動的だって言われてるし。意 外に有になるかもよ。ま、テツのセクシュアルがなんなのか知らないし、興味もな いけど、気持ちは尊重する。無理強いはしない。プラトニックでも構わない」 だが、そうもいかない。現実“組合”は蓮夢を認識していて利用したい思ってい る。そして、厄介な事に蓮夢は友人以上の関係を望んでいた。 それにしてもプラトニックとは意外な言葉が出てきたものだ。二言目にはセック ス絡みの話をしたがる蓮夢なのに。 それだけ本気だと言うのか。だとすれば、益々厄介な話だぞ。 「自由な関係でいようよ。仕事の相棒でも友達でも、恋人でも。自由にさ」 その自由というものが俺にはないって、何故コイツは理解しない。そして関わり 続ければ、自分自身の自由だって奪われてしまうのに。 不味いな、どうやって拒めば蓮夢は納得する。気持ちばかり焦っていく。かと言 って傷付ける訳にもいかない。俺達は少なくとも、今は相棒として連携していかな くてはならないのに。 それでも、言うべき事はハッキリと言うべきなのか。 「ったく、底無しのカオスだな。お前ってヤツは……。大体、俺は……」 「好きだよ、テツ……」 迂闊にも一番目を合わせたくない瞬間に、蓮夢と目を合わせてしまった。 蓮夢の目は、淀んだ左目であっても憂いと恍惚が入り交じっている。望まない方 向にズルズルと流されて行く様だった。――どうしてなんだ、蓮夢。 「分かってる、そう言うの迷惑だったり、戸惑うだろうって事も。ゲイの後輩がよ く言うんだ、ノン気なんて眼中に入れるだけ時間の無駄ってね。でも俺、そんなの 分かんないし……。始めの頃はさ、冗談とか言って下ネタ話して適当にはぐらかし てれば、それでよかったのにさ、次第にそれも出来なくなっていって……」 言われてみれば始めの頃、蓮夢は客の話やプレイの内容とかしょっちゅう話して いたな。下ネタの内容もドぎついものが多かった。 「会う度に、話す度に、テツに惹かれていく。気のせいだと言い聞かせて、この仕 事が終わって、互いの世界に戻れば、きっと何事もなくなるって堪える様としてた けど……。なんか、もう独りで気を張って生きてくの、疲れちゃった……」 蓮夢のそんな雰囲気を全く知らなかったと言えば嘘になる。疎ましい、そう思っ ていたのが、何時の間にか薄れていき、そう言うものだと思える様になっていたの も事実だった。 派手に見せていても、時折冷めた目で遠くを見ている時もある。蓮夢のそんな二 面性は、俺の目を留めて引き離さなかった。 「俺だって不安だよ、これからどうやって生きてけばいいのか……。ずっと身体を 売って生きてきた、それしか能のない奴だから。それを否定したくてハッカーだっ てやってるけど満たされない。本当に欲しいものはそこにはないから。したい事と か、成りたいものなんて何もないよ」 蓮夢の仕事に向き合う姿勢に情熱が存在する事は確かだ。しかし、その原動力に なっていたものは男娼である自分を乗り越えたいとする――意地。 利益も見返りも求めずに、有らん限りを尽くす理由がそれだったとは。 人の事を言える程、出来た人間でもないが、蓮夢の自己肯定と評価の低さには困 ったものだ。殻に閉ざされ、他者の評価を見ようとしない。 「でも今は、鉄志の傍にいたいんだ。不安な時に傍で俺の事を見ていてくれて、受 け入れてくれたなら、嬉しい……。そして俺も鉄志を苦しみから解放したい。心が 壊れているなら、治す手伝いがしたい。俺が今、望むのはそれだけだよ……」 鼻持ちならないな。ここまで心地好くも甘美な言葉が他にあるだろうか。 そう、俺は滅多な事じゃ他人に気を許す事のない人間だ。長い時間の蓄積で着実 に、確かな信頼関係の成立でのみ安息を得る。 ハッキリと分かった。“複雑な相棒”の蓮夢は、時間の蓄積を超えて、今は亡き 幼馴染みや戦友達と変わらない所に立って、俺の中に存在していると。 かけがえのない、大切な相棒だ。――それなら、尚更じゃないか。 静まり返った店内には、僅かな雨音ぐらいしか聞こえなかった。蓮夢の手がテー ブルに置いた俺の手にまで伸びて来る。手を引っ込めて腕を組んで見せた。 「お前からいずれ、そう言う話が出るんじゃないかって、考えた事がある。お前の 目が俺に向けている感情の変化ぐらいは分かってた」 “ナバン”仕込みの心に入り込む術であろうと、蓮夢の本心であろうと、決して 受け入れる訳にはいかない。今度はこっちが話す番だ。 「お前の事は好きだよ。人として、相棒として。でも、それ以上の感情は抱いてな い。抱けないよ……。お前はこう言うと嫌かもしれないが、俺は男に恋愛感情なん か沸かない。女にだってそんな感情抱いた事ない。そしてこれからもな。何故だか 分かるか?」 蓮夢の表情は冷静だった。真っ直ぐ俺の事を見つめていた。拒まれた事に心を動 揺させる事なく、言葉の真意を探っている様だった。 逆に言えば、蓮夢にとってこれぐらいは想定内とで言ったところなのかもしれな い。勢い任せで提案した事ではなく、本気であると。 「“組合”の殺し屋だから?」 流石だなと感心してしまった。やはり蓮夢は冷静そのものだった。しかし、この 場では厄介でしかない。 「そうだ、殺人が生業の人間が、そんな感情を持つべきじゃない。それに俺の傍に いるって事は“組合”に関わる事と同じだ。プライベートなんてものはない。お前 にそんなリスクも負わせたくないってのが正直なところだ」 「でも……」 「お前、何時だったか俺に言ってたよな。自分の事を“どこまで受け入れてくれる のか”って。俺なりに人の見方や受け取り方を改めてきたつもりだ。でも、やっぱ り男を相手にする事はできない。これ以上は受け入れられないよ。すまないが、で きない相談だ……」 蓮夢が何かを言おうとしたが、有無を言わさず畳みかけた。これ以上、この話を したくはない。蓮夢、どうか納得して欲しい。 蓮夢を通じて人を見る目の様なものは大分変わったと思う。俺達の関係の為に自 らを曝してくれた秋澄にも感謝してる。 それでも、やはり俺には無理だ。同性と精神も肉体も委ね合える関係なんて。そ んな気は一欠片だって沸いてこないし、そんな感情は俺には必要ない。 スーツの胸ポケットから煙草を取り出して、火を着ける。蓮夢が灰皿を差し出し て来たが、目は合わせない。 必要なのは任務を、目的の為に協調し合える関係だけだ。その為に必要な情や絆 を育てる事には価値を見出せるが、それ以上は求めていなかった。人を好きになり 愛する経験なんて、俺の人生には皆無だ。そして、そんなものがまかり通らない世 界に沈んでしまった。 俺はきっと、人を愛せない種類の人間だ。理屈を理解していても、自分自身に湧 き上がる感情なんかない。 「そっか……」 軽い溜息、項垂れる前髪。テーブルの真ん中辺りから重くのしかかって来る沈黙 の中、目のやり場も定まらず煙草の煙ばかりが天井へ舞い上がっていた。 蓮夢も二本目の煙草に手を出す。背もたれに深く沈んで、すうと一筋煙を吐いて いる。 しんどいな。完全な拒否を相手に言い渡すのは。そうならない様に何時も気を遣 って、出来る限りを尽くして来たが、どうにもならない事もある。 忍びなく思っていると、不意に蓮夢と視線が合ってしまった。一体何を思ってい るのか、と言うよりも何か考えている目をしている。真っ直ぐ俺の目を見ていた。 この目をしている時の蓮夢は何度か見た事があった。――ハッカーの眼だ。 深い溜息をして、半分ぐらいまで吸った煙草を灰皿に押し潰した。 「嫌だ、却下する!」 「はぁ?」思わず声が裏返りそうになる。 「納得できないよ。こっちは絞り出すように本心を話したのに。さっきからテツは 全て環境とか仕事とかのせいにして本心を話さない。同性とか異性とかだって、わ ざわざ付け足す様にして言ってさ。どうして“俺”の事を見てくれないの……」 やはり蓮夢が大人しく引き下がる訳もないか。言葉尻を捕らえる様に。 いや、悉く見抜かれている。蓮夢に性別の話をしても通用はしないしフェアじゃ ないのは百も承知だ。かと言って今更心無い言葉を並べて蓮夢を傷付ける様な真似 をする気にはなれない。――その距離感にいるのは分かっいている。 つまり何もかも中途半端だって事だ。沸々と苛立ってくる、自分自身にも蓮夢に も、そして環境にも。 「環境や仕事を含めて俺自身だ。どうにもならないだろ」 「だから無理だって言うの? 上手くやっていける方法も探さずに」 「探す必要があるのか? 俺は組織の要望通りの情報を手に入れたいだけだ。後は お前への義理を通して手伝うだけ、そう義理だ。それ以上は望んじゃいないって言 ってるだろ。あの日、助けてくれた事には礼を言う。でも、それ以上の助けはいら ないし、求めていない」 果たして、そうだろうか。不意に余計な事を考えてしまう。今は蓮夢とハッキリ とした線引きをして、距離を保つ事が大切なのに。 蓮夢の言う通りだ、思考とは厄介なもので、一度考え出してしまうと、止められ なくなる。 「でも……」 「いい加減にしろ蓮夢! 俺とお前は、そもそも生きてる世界が違うんだ。何もか も、今こうして一緒にいる事自体が異常なんだ。諦めろ、俺はお前を受け入れられ ないって言ってるだろ!」 語気を強めた事で、蓮夢は一瞬ビクリとたじろいだが、その眼は変わらずハッカ ーのままだった。――まだ探りを入れられている。 僅かに下唇を噛みながら、真っ直ぐ見つめて来る蓮夢を睨み返している。俺だっ て反発する仲間を何度なく黙らせてきた経験がある。簡単に流せると思うなよ。 「“組合”で何かあったの?」 一番突かれたくない所を突かれてしまう。組織に対して不満があると言う事を曝 し過ぎていた様だ。本音を話すのはリスクが大きい。 「って言うか、あったんだろ。今日のテツおかしいよ。心が揺れ動いてる」 間を置かずに詰めてくた。早いところ何か言い返さないと。全く面倒な奴だ。 「そう思いたいだけだろ? 大体、心って何だ? 見えもしない物を根拠みたいに 言うな。俺の言ってる事は全て本心だ、頼むからこれ以上下らない事で俺を困らせ ないでくれ……。無理なんだよ……」 蓮夢の表情が歯がゆく、切なげに歪んでいった。組んで間もなかった頃からしば しば聞いていた言葉だったので、余り気にしていなかったが、心なんて物を分かっ た様に判断材料にされる訳にはいかない。勘の鋭さは認めるが、心の見える人間な どいるものか。 意外なところが蓮夢のターニングポイントだったようだ。勢いを失って肩を窄め ていた。目を閉じて小さく深呼吸している。 「いいよ、分かった。これ以上は何も言わない。気持ちも切り替える」 互いに熱が冷めていくのを感じる。同時にどっと疲れが押し寄せて来た。 「すまない……」 「でも、納得してないし、テツの事、諦め切れない。だから、もう一度だけ、チャ ンスをもらえない? いずれまたテツに提案する。その時は今とは違う、ちゃんし た理由で答えて」 一体何のチャンスだと言うのか、諦めの悪さに呆れてしまう。理解できない、ど うして俺にそこまで執着するのだろうか。蓮夢なら他に幾らでもいそうなのにと思 う。 性別に拘らず、性的指向も全て内包する――パンセクシュアルか。 その理屈を、蓮夢は俺に要求してきてる。容易い事じゃない。 「先延ばしをしてどうする? 答えてなんて変わらないぞ」 「そうかもしれない。でも、テツも一度真剣に考えて欲しいんだよ。本気で俺の事 を“そう言う目で”見れるかどうか。俺、毎日ずっとテツの事ばかり考えてた。テ ツにも時間かけて欲しい……。今すぐ決めないで、それでダメなら諦めるから」 ここで徹底的に拒むのがおそらく正解なのだろうが、今後の事を考えると得策で はない。しばらくは一緒に仕事をする関係だ。 これ以上言い合っても、平行線を辿るだけになりそうだった。 「勝手なヤツだ……」根元まで吸い終えた煙草を灰皿へ放る。 「我儘なのは分かってる。でもHOEとか、ポルノデーモンじゃない。これからは 蓮夢として、人の事を好きになれるんだ。だから大切にしたい」 蓮夢の過去を知ってしまっている今では重く感じる言葉だった。たった独りで敵 う事も抗う事も儘ならない不条理に虐げられ、搾取されてきた過去。 それを出されると、何も言えなかった。尊重したいし、本当なら応援もしてやり たい。 くそ、結局俺が折れるのか、損な役回りだ。そして世話の焼ける奴だ。 「それに、テツは俺の中で間違いなくイケてるよ。“組合”の危険な殺し屋であっ ても、良い人だよ」 「ったくお前ってヤツは……。分かった。だが俺の本心だろうが何だろうが、俺に その気はないと言う事はよく覚えておけよ、蓮夢」 「こっちだって本気だって事を覚えとけよテツ。性別なんかで、人の心を区別され てたまるかよ。そう言うの一番どうでもいい……俺は、間違ってない……」 ふくれっ面で腕を組みながら、外の景色を見ている。 蓮夢、間違っちゃいないさ。最善かどうかなんて分からないし、俺に決定権があ る訳でもないが、素晴らしい感覚だと思っている。世の中、皆がそうあるべきだと すら思えるよ。 それでも、俺はお前を受け入れられないんだ。俺の感覚は凝り固まっていて身動 きが取れない上に、お前を“組合”の道具にさせる訳にはいかない。 お前が必死に生きて勝ち取った自由を、俺に奪わせないでくれ。 「仕切り直してもいいか?」 「どうぞ」 予定外の話の連続で、仕事の話がすっかり後回しになってしまった。立体端末を 取り出し、テーブルに置いてコーヒーを飲んだ。不味いけど、ロスのダイナーを思 い出す味だった。 「アクアセンタービルの突入経路だ。段取りもまとめてあるから、頭に叩き込んで おけ」 「了解」 テーブルに浮かび上がるミニチュアサイズのアクアセンタービルは、忙しなく拡 大縮小を繰り返し、開かれた別窓の情報は、凄まじいスピードでスクロールしてい く。立体端末は既に蓮夢と“接続”している様だ。蓮夢の両目の奥が真っ赤に発光 していた。文字通り、頭に叩き込んでいた。 「今日はこれのミーティングをする予定だったのにな……。何か提案があれば早め に連絡してくれ」 「ありがと、それで何時やる?」 すっかり何時もの蓮夢に戻っていた。本当に切り替えたらしい。随分とあっさり したものだ。さっきまでロマンス系の映画に出てる、女優みたいな表情をしていた くせに。 かく言う俺の方は頭が切り替わっていなかった。蓮夢の本心を知った状態で、今 までと同じ様に振舞えるのか、早くも心配になっていた。 「日曜の夜だ」 「もっと早くてもいいんだよ」 いや、それもこれも含めて対応しなくては。ここに至るまで、蓮夢は出来る限り の事をしてくれた。ここから先は俺の領域、戦場である。 蓮夢をフォローしてアクアセンタービルの中枢を制圧する。 「いや、日曜だ。お前のリサーチ通りなら日曜の夜が一番、人の出入りが少ない」 「いよいよか……。言っておくけど、仕事は仕事だからね。そこはしっかり割り切 って集中してくれよな」 「当たり前だ、舐めるな。お前こそ俺に付いてこいよ」 生意気な蓮夢に言い返すと、蓮夢は笑みを浮かべてこちらを見つめている。どう いう訳か、そんな蓮夢を見ていると、こっちまで気が緩んでいった。 どうしてこうも心地が良いのか。コイツと話していると、挑発されたり、振り回 されたりするのに、次第に張り詰めている神経が解れていく。不思議と頭も冴えて 来るのだ。 「ねぇ、テツ……」 ちゃっかり愛称なんかで呼ぶ様になって。恋人じゃあるまいし、本当に困ったも のだな。頬杖をつき笑みを浮かべている。 「やっぱり、俺達、いいコンビだよ」 「その点に関しては、認めるよ……」 残っていたコーヒーを飲み干した。外の雨は弱まる気配がない。この様子だと一 晩中降ってそうだ。 そう、いいコンビだ俺達は。幼馴染や戦友達とは違う相性の良さが、蓮夢と俺の 中には成立していた。――それに依存しそうになる自分がいる。 煮え切らない形だが、当面は“組合”の動向に探りを入れながら、蓮夢との相棒 関係は継続と言ったところか。 「ぶっちゃけさ、“オトコ”同士のセックスとか、同性のカップルって、そんなに 変かな? 相手が何だろうとさ、愛し合いか慰め合い。または火遊び。その程度の ものじゃない? 何の違いがあるの?」 「それでも、変だと思う。嫌悪感もあった……。でも今は、何故そう思う様になっ たのか、分からなくなったよ。分からない事だらけだ……」 頭を掻き毟って背もたれに身体を沈めた。人の心とは、こんなにも複雑なものだ ったとは、この歳になって知る事になるとはな。そんなもの知らなくていい世界に いる筈なのに。――“そう言う目”か。 雨のせいで外に出るも億劫だった。不味いコーヒーでもおかわりして、相棒と無 駄話をするのも悪くないな。
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