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11.― CRACKER IMP ―  此処が俺達の終着点、ポイントΩ。鵜飼達、上手くいっているだろうか。  敵本拠地の工場地帯は“エイトアイズ”から見た映像よりもずっと大きく感じら れた。反対側の屋上にいるユーチェン達の様子は“レインメーカー”にアクセスす れば知る事が出来るけど、今はそれをする余裕がなかった。  改めて思うが、テツの戦い方は正確無比で――滅茶苦茶だ。  辛うじて、しがみ付く様に付いていくので精一杯だった。戦闘用アプリをテツの 動きに合わせて再調整しておいて良かったが、それでもテツは速過ぎた。 「反転しろ!」  背中合わせにテツは後ろ側から迫るオートマタの頭部に二発づつ撃ち込む。前方 を任された俺もライフルをスコープを使わず斜め構えで当てていく。射撃アプリの 助けがなければ、こうはいかないだろう。  今回ばかりは、自分が違法サイボーグである事を心底ありがたく思えた。  施設の中に入った途端、待ち構えていたかの様にオートマタの集団が襲いかかっ てきた。おそらく“ガーディアン”の差し金だろう。  体内の無線デバイスから脊髄を通って、何となくだか――ヤツを感じている。  アクアセンタービル同様、ヤツにとってもう後がない状況だ。前回と同様、必ず 仕掛けてくる。何か手を考えておかないと。 「蓮夢、確認しろ」  捕捉した敵をひたすら撃ち続けていたが、不意に気付くと視界に敵の姿はなかっ た。無我夢中、と言うより敵を撃つ事ばかりに気を取られていた。真上を飛ぶ“エ イトアイズ”に周辺をスキャンさせる。動く物も、無線発信する物もなかった。 「エリア内に反応はない。クリアだよ」 「残りの弾は?」  重くて鬱陶しいぐらい、パンパンに詰めてたマガジンポーチも、みんなスカスカ になってしまった。  半端に二発残っている、ライフルのマガジンをポーチにしまい、最後のマガジン を装填した。  こんなに撃ちまくったのに、未だに決着が着かない。あと何回、引き金を引けば 終わるのだろうか。 「これで最後、グロックも今付いてるのが最後。そっちは?」 「ライフルはこれで終わりだ。ショットガンは残り十四発、グロック四十発」  テツは“組合”の傭兵達から弾薬を補充したにも関わらず、ライフルもショット ガンもほぼ装填分のみ。拳銃もあと一回分。心許ない。  本人は撃ち尽くしたら敵のを奪って使うと、サラッと言ってのける。頼もしい限 りだが、これ以上戦闘が長引かないで欲しい。 「その腰のは?」  今になって気付いたが、テツはもう一丁拳銃を所持していた。グロックよりもゴ ツくて威力がありそうな雰囲気。グリップは木製でローズウッドの深みある色合い は、この場に似つかわしくない品格を漂わせていた。 「これは七発しかない“とっておき”だ……」  ライフルを構えて、テツが前進していくのを間隔を空けて付いて行く。  戦闘が終わると、不気味な程静まり返る。高い天井からの照明は疎らに点灯して いて、全体的に薄暗かった。遠くから入り込んでくる音は反響して、何の音かも分 からない。  ベルトコンベアも、立派な高炉も稼働停止して数日は経っているような気配だっ た。その時点で奇襲になっていなかった事が見てとれる。何時どのように“組合” が此処へ来るのか、かなり前から知っていたのだろう。  第一波が降下した時、施設で身を潜めていた次世代戦闘ユニットと、黒幕のイワ ン・フランコとその配下が合流して、短時間で部隊を殲滅させた。  ポイントΣの手薄振りに、オートマタしかいないこの施設。既に回収すべき物や 人材を、イワン達は粗方済ませてしまったのかも知れない。  残念だけど、勝負という面においては、イワンや忍者の望月達の勝利かもしれな いな。いや、そもそも勝利なんて言えるものがこの戦場にあるのだろうか。目的を 果たすと言う点においては、俺達を含め概ね果たす事が出来てる状態じゃないか。  イワン達は欲しい物を全て持ち去った。  ジャラを見つけて助けだし、敵のコントロールシステムを奪えば、俺達の任務も 成功だし、残された兵士達も降伏して“組合”が取り込んだなら、それも成功と言 える。  なのに、終わる事も出来ずに今もなお、戦いが続いている。その数分、数十分で 命を落とす者だっているのに――あと一息が、遠くてもどかしい。  真っ黒なタールの塊に、心が淀んで沈んで行く様な気分。過去何度なく味わった きた感覚。絶望に希望を疑いたくなる。  テツに聞きたかった。一体何を信じて引き金を引けばいいのか。デジタルブレイ ンが的確に思考すべき事柄を処理する中で、置き去りになりかけている心をどうや って引き上げればいいのか。 「見ろ、高速戦車だ」  横開きのシャッターが半開きになり、その隙間から、親玉にあたる高速戦車が覗 いていた。――おざなりにしてでも、今は集中しないと。  ここも格納庫になっていた。立体駐車場の様に二段になってトラックやキャタピ ラの付いた古い戦車、ジープやバイクも格納されている。その中央の一段目に高速 戦車が静かに格納されていた。  今まで見てきた高速戦車と大分外見が違っていた。真っ黒な装甲に右側の主砲は 短く、真ん中から左側は上向きのガトリングにポッドが装着されていた。対空装備 だろうか。後部には司令塔らしく、大型のパラボラアンテナも付いている。  あの戦車の中に積まれているであろう、サーバーに直結して全システムを掌握す る事が出来れば、この戦いを終わらせる事が出来る。  “エイトアイズ”を高速戦車の真上までゆっくり飛ばし、スキャンを始める。 「“エイトアイズ”を追跡モードに切り替えた。もう人が乗ってるみたい……」  “エイトアイズ”のカメラがサーモグラフィに切り替わると、三人分の熱量を検 知した。  壁づたいに移動して、駐めてあるジープの物陰に入り込んだ。高速戦車を覗き込 み様子を伺うテツの横顔を見ていた。 「回り込んで乗り込むぞ」  肩をポンと叩かれる。先に行けと言う合図だった。  姿勢を下げて、向こうの大型トラックまで移動していく。後ろから素早く付いて くるテツと目を合う。ここからテツはトラックの前方、俺は後方から回り込む。 「蓮夢」  後方へ回り込む前にテツが腕を掴んで呼び止めた。 「これが終わったら、輝紫桜町でしこたま飲もう。また“あの店”に行くのもいい し、お前のオススメがあれば、そこでもいい。話したい事が山程あるんだろ? 全 部聞いてやる。俺もお前に話したい事があるから……」  気が滅入っているのが顔に出てしまっていたのか、テツは俺が今、欲しかった言 葉をかけてくれた。やっぱり、テツは凄いな――生粋の大将肌だ。  気休めなのかも知れないけど、嬉しかった。  でも、そんな保証は何処にもなかった。先の事はあまり考えたくないな。  テツは何処までいっても“組合”の人間で、そこが居場所なんだと思い知らされ た。変われないし、変わらないだろう。  初めて会った時に比べれば、随分マシになったけど、変わらない以上は今後も心 を磨り減らしていく。  テツが頑なに拒んできた理由を今は理解していた。  嗚呼、俺はまた、掃き溜めの様な輝紫桜町で独りぼっちになるのか。機械仕掛け の身体をしょい込んで、一時凌ぎの心を貪って――もう、独りは嫌だな。  よそう。今は先の事は考えるべきじゃない。早いところ今に決着を着けないと。  ユーチェンやジャラの為にも、そして不本意だがテツの居場所の為にも。この件 が終わったら、鵜飼は敵になって俺を捕らえようとするだろうか。余計な考えが過 るぐらいの余裕は鬱陶しかった。  薄い笑みを見せるのが精一杯だった。トラックの後方から高速戦車の裏側へ回り 込んだ。テツも前方から周囲を警戒しながら戦車へ近付いていく。 「なるほど……傭兵達の動きが急に良くなったのは、貴様等の手引きと情報による ものか……」  頭上から聞こえる声の方を視界が飛び付いた。二階通路に誰かいる。  赤いベレー帽、アッシュブロンドの髪に、冷たさを感じる鋭い眼。筋骨隆々な上 半身は遠目に見ても古傷とインプラントの手術痕だらけだった。  無光沢な漆黒の右腕を銀色のチタンフレームが覆っているが、内部も相当なイン プラントを施している事は間違いない。アイツが――イワン・フランコ。 「イワン・フランコ……。次世代戦闘ユニットを独占して“組合”を裏切るか」  テツの声は平静を装っているが、僅かに震えている様にも思えた。テツは今まで イワンの事を話したがらなかったが、随分な遺恨を抱いていると伝わってきた。 「アンタもサイキックなんだろ? 自分達を兵器化する事に、一体何の意味がある んだよ」  テツに割り込んで悪いけど、同じサイボーグとして、サイキックのクライアント さんの為。俺はコイツから聞く必要がある。  俺達“トランス・ヒューマン”はこれからどうあるべきなのか。何に怖れ、何に 身構えないとならないのか。  イワンが冷徹な悪党だって事は間違いだろうけど、誰よりも“今”を理解してい る人間だと言う事は明白だった。――この狂った世界を。 「歓楽街の、惨めな男娼如きが、一端の口を利く……」  嫌な奴。だからと言う訳じゃないが、無線デバイスに探りを入れる。ポイントΩ に到着して傍受済みのものばかりしか引っ掛からない。サイボーグの無線デバイス なら、この距離でも簡単に受信できるのに。経験からすると。 「テツ。アイツ、無線デバイスがないから、俺のハッキングは使えない……」  小声でテツに伝えておく。ブチのめしてやりたい奴に限ってこれだ。テツは視線 をイワンから外す事なく、僅かに頷いた。 「既に分断は始まっている。マジョリティのコントロールがサイキックと超感覚を 手懐け始めているが、いずれ排除の対象となっていくだろう。必ず衝突する、もう 避けては通れない」  サイキックである事を申請すると、援助や優遇を得られると言った施策は何処の 国でもやっている事だった。  他人事であれば美味しい話に過ぎないが、やはり裏があるらしい。国家間の連帯 か、それとも考える事が同じなのか。今までは様子見だったと言う事か。 「それで今の内に軍隊を作ったとでも? “組合”に見切りを付けたのは、アンタ がマイノリティだから意見が通らなかった。だからゼロから始めるしかなかったっ て言うのか?」 「国も軍も“組合”ですら超越した者達を理解できなかった。考える事と言えば目 先のつまらん便利遣いに、お決まりの実験材料。挙句の果てには“バケモノ”と無 意味に怖れる。我々自らで指標を制定しなければならない……」  矛盾しているが、イワンの言い分は未来への投資であり、大儀の為の必要悪と犠 牲とでも考えているのだろう。  何時だって権力や実力の有る連中は、それらしく正当化するのが上手い。 「ご立派だな、イワン・フランコ。大したもんだよ……」  嫌味ったらしい三回の拍手。テツの血の気が増してきているのが隣でひしひしと 伝わって来る。まるで――イワンと戦える事を喜んでいるかの様だった。 「でもな、俺がお前に借りを返すって事において、そんな理想はクソ食らえなんだ よ……」 「アンタは大方、目的を果たした筈だ。ここで得た、多くのものを手中に収めたん だろ? だったら今すぐ戦闘を止めさせろ。アンタも離脱したい連中も見逃しても いい……。お互い無駄な血を流すのは、これぐらいにしないか?」  テツの前に立って、イワンへ提案する。因縁らしきものを持った二人を取り繕う 様な形では効果は薄いだろうけど、言わずにはいられない。  ここから先は、無駄以外の何者でもない。終わらせるべきだ。 「戦闘ならじきに終わる。お前達“組合”の駒共が全滅すればいい。間もなく総攻 撃の指令が下り、前線のサイキック達が戦略無視の玉砕戦を実行するだろう。制御 を失ったサイキックは手に負えないぞ」  予想される最悪を悉くやってくれる。戦闘を意図的に膠着状態にしたツケとも言 えるが、いよいよ後がなくなってきたな。  どうする。鵜飼の話だとサイボーグ化した腕とパイロキネシスをイワンは使う。  簡単に倒せる様な相手じゃない。更に高速戦車にハッキングすれば今度は“ガー ディアン”が待ち構えてる。  胸騒ぎがする。望まない展開が脳裏を過り、既に心が拒否反応を示していた。 「蓮夢……」  神妙な面持ちの中に滲み出る焦燥感。嫌だ、テツがこれから言うであろう事を既 に拒んでいた。――嫌だよ、そんな事言わないで。  突如、高速戦車からジェットエンジンの様な甲高い轟音が施設内に鳴り響き、耳 を激しく劈く。――嫌だ、独りにはなりたくない。 「わざわざ奴が出て来たのは、確実に高速戦車を行かせる為だ。だから……」 「分かってるよ、高速戦車は任せて。必ず食い止めて見せる。テツも、自分の感覚 を信じて……」  嗚呼、馬鹿だな。覚悟なんて、まるで出来ちゃいないのに、テツから来る言葉を 聞きたくなくて、自ら望まない事をする。  もう、それしか選択肢が残ってない。そんな事は、百も承知だけど。 「此処は戦場だ。貧弱で女々しい、出来損ないの男の理想論が通用する所じゃない ぞ。さっさとあの掃き溜めの歓楽街へ戻って。媚でも売ってろ“ガルボイ”のクズ が!!」  テツは間髪入れず、イワンに向かって二発の銃弾を放ったと同時に、高速戦車が 急加速して走り出した。  互いに逆方向に戦車を避ける。戦車はシャッターの一部を突き破り、施設の外へ 向かって走って行った。  放たれた二発の銃弾はイワンの右腕が当然の様に弾いていた。 「俺がお前をブチ殺して、蓮夢がシステムを奪い取る。お前は勝ったつもりだろう が、タダじゃ済まさないぞ。イワン・フランコ」 「せいぜい楽しませてもらおうか、鉄志……」  テツは独りで大丈夫なのかと、心配するだけ野暮かもしれないが、殺気立ったテ ツの眼は既に集中を極め、一点を睨んでいた。  イワン・フランコを、二発で仕留める。その一点のにみに集中していた。  肩がけでぶら下げていた小さなサブマシンガンを片手に、イワンが二階から飛び 降りてきた。  奴もテツに集中していた。俺も行くなら、今しかない。 「間もなく此処は跡形もなく消え去る……。死体も残らずに粉々になるだろう、お 前等に救いはない。俺の誘いを拒んだ事を後悔しろ」 「行け! 蓮夢! あのクソ野郎を仕留めて、必ずお前の元へ行く。必ず生き残っ て、また会おう!」  テツの言葉に自然と身体が動いていた。どうするか、どう動くべきか、既に考え は纏まっている。  高速戦車は“エイトアイズ”が追跡していて何処を移動しているかは把握してい る。  容赦ない乱射音と、規則正しい二連射を背にバイクが置いてある方へ走った。  カーキ色のパワーのありそうなオフロードバイク。左腕に差しっぱなしのコード と直結して、電子ロックを解除してキックした。ドゥカティとは違う慣れないエン ジン音。  何時もと同じ調子で走らせると、左右にブレて振り回された。レーシングバイク とはやや勝手が違う。  問題はどうやって高速戦車を止めるか。テツも鵜飼もユーチェンもいない。手伝 ってくれる吉岡もいない。  とうとう、独りになってしまった。やらなくてはならない事を、理解出来ていて も、それと同じぐらいの恐怖心が込み上げて来る。  クソッタレが、どうしようもないじゃないか。みんなが命を賭けて戦っているん だぞ。俺がやらなきゃダメなんだ――俺にしか出来ないんだ。  施設を飛び出すと陽の光が全身を刺す。充分に追い付ける距離だった。  考えろ、アレをたった独りで止める方法を。思考し続けろ。俺に出来る事はそれ しかないんだ。

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