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11.― DOUBLE KILLER ―  強烈な爆裂と共に分厚いドアに大穴が開く。サイボーグの装甲ですら貫くショッ トシェルだ、造作もない。  中の様子を伺う。ボイラールーム、照明は意図的に切られていて機械類のランプ ぐらいしか光りがなかった。――この部屋に蓮夢がいる。  “インセクト”が先行するが、この暗闇では思う様に索敵出来ない様子だ。行く しかないか。呼吸を整えてゆっくり部屋の中へ足を踏み入れる。悪くない状態だっ た。  心臓の鼓動が脳まで響き渡り、アドレナリンで溺れかかっている。全て当てられ る自信と、全て避けられる自信で満ちていた。戦場ではこれぐらいイカれている方 が丁度良い。――集中できていた。  何人、待ち伏せているのか。地下で待ち構えていた敵は、この部屋の連中でおそ らく最後だろう。あとは援軍が押し寄せて来る。  早く蓮夢を見つけ出して次の行動に移らないと、最後には数で押し負けて二人と もおしまいだ。  “インセクト”から送られてくる映像もかなり暗いが、狭い通路が多い印象だっ た。ショットガンを下げて、小回りの利く拳銃に持ち変える。暗闇にも目が慣れて きたところだ。  曲がり角に差し掛かったタイミングで早速現れた。ナイフ、いやドスか。荒神会 の“ヤクザもどき”といったところか。太刀筋も身のこなしも寸前でかわせた。数 手先の動きすら、容易に想像できる。何もかもがスローに感じた。  振り下ろすドスを左手で受け止めて、腹に一発撃ち込み、曲がり角を一気に押し 込むと、数発の銃弾がヤクザの背中に撃ち込まれる。盾になってもらうぞ。  虫の息、重いだけだ。盾代わりのヤクザを捨て、前方三人へ二発づつ、胸と頭へ 撃ち込んだ。距離は三メートル以内、外しようがない。  あと何人いるのか、蓮夢の近くにも敵がいるのだろうか。考える間もなく、追撃 の気配を察知する。  すぐ横にある作業用棚にフラッシュライトを光らせた拳銃を置き、ライフルに持 ち変える。反対側にしゃがみ込んで待ち構えた。  程なくしてライトに向かって発砲してきた間抜けな二人を仕留める。腹と頭部を 撃ち抜いた。――常に二発で仕留める。  棚から拳銃を取って、携帯端末を確認する。“インセクト”は既に、蓮夢がいる と思われる位置まで到達していた。  すぐそこだ、向かおうと思った矢先、誰かが走る音が耳に入ってくる。なりふり 構わず音の方へ走って追いかけた。  勝ち目がないと悟り、蓮夢を人質にでもする気なんだろう。おそらく、この部屋 に残っているのは、走ってるそいつだけだ。  ほとんど見えない状況だったが、足音で距離が縮まったのは分かった。射線上に いる。蓮夢に当たる可能性もあるので、胸よりやや上の高さで撃った。射角は変え ずに感覚を開けて撃ち続けると、相手の叫び声と共にドサリと転げ落ちる音、フラ ッシュライトを点け、のたうち回りながら撃つなと手を差し出すヤクザの頭に一発 撃ち込む。――クリア。  部屋の端の方まで来てしまったようだ。壁づたいに進むと分電盤と、照明の主電 源が目に入る。電源を入れるとバツッ、バツッと音を立てて灯りが点いていった。  念の為、周囲を警戒しながら蓮夢と“インセクト”のいる位置に向かう。 「蓮夢! 蓮夢!」  気が焦り、声に出る。分かっているんだ、こんな地下に連れ込まれて無傷な訳な いと。傭兵の頃、救出任務に着けば人質のほとんどは酷い目に遭っていた。  携帯の画面を見つつ、幾つかの汽缶と配管を避けて抜け出すと、少し開けたスペ ースに出た。その先で仰向けに倒れている人影を見つける。――蓮夢。  駆け寄る脚が止まり、息が詰まった。腕を後ろで縛られ背中には無数の裂傷、痣 は全身に至り、ほぼ裸に近い状態だった。それが何を意味しているのか、込み上げ てくるのは、怒りと嫌悪感だけだった。  浅い呼吸は確認できた。気を失っている状態。身体が固まって立ち尽くしている 自分に、憤りを覚える。何をやっているんだ、早く対処しろ。綯交ぜになった感情 の中から、すべき事に必要なものだけを拾い集めるの必死だった。  傍にあった机に目が行く。蓮夢のスカジャンや私物、痛めつけていたであろう道 具が乱雑に置かれている。スカジャンを手に取って蓮夢の下部に被せる。  助けに来たんだ、とにかく実行しろ。ショルダーナイフを使って拘束を解く。縄 で擦れた腕からも出血していた。  姿勢を軽く起こし、スカジャンで隠したまま下着とボトムスを履かせてやる。冷 え切った肌。こんな事が、こんな事が許される訳ない。この部屋にいた七人全員を もう一度殺してやりたかった。――二発で仕留めた事を悔やむ。  だが一番許せないのは、間に合わなかった自分自身だった。どうしようもない事 もあるとか、生きてさえいればなんて、そんな言い訳で納得できそうになかった。 「やだっ! 嫌だ……」  蓮夢が目を覚ました。パニックを起こしても、暴れる手は弱々しくて、触れても 何て事なかった。ただ痛むのは胸の奥底だけ。 「蓮夢、落ち着け! 俺だ、もう安全だ」  暴れる手を握り、身体を支えて呼び掛ける。乱れた呼吸を整えながら、淀んだ暗 紫色の左目が俺を見据える。 「テツ……」  ゆっくり起こし上げ、座らせる。裂傷の多い背中に触れるべきではないが、軽く 擦って落ち着かせた。  表情は項垂れていてよく見えないが、なんて言葉をかければいいのか、セオリー でチープな言葉しか思い浮かばない。 「ごめん、しくじっちゃった……」  へたり込んだまま、上目遣いに軽口を叩こうとしても、怯えた目から滲む忍びな さと恐怖で、身体はか弱く震えていた。  言葉よりも、何をすべきか。今、やっと理解した。 「蓮夢……」  両膝をついて、蓮夢を抱き寄せた。細く震える身体と両腕が必死に抱き返してく る。  俺は今、何を考え、何を思っているのだろうか。沸き上がってくる感情に何一つ 説明がつけられなかった。  ただ、蓮夢が生きている。それだけが、微かな体温が伝わって来る事が、心の奥 底の何かを救い上げてくれた様な感覚を覚える。 「来てくれるって、信じてた……」 「すまない……。もう、大丈夫だ」  今はそれしか言えなかった。もう少し、このままでいてやりたかったが、次の行 動に移らなくてはならない。  蓮夢を離して、ポーチの中から薬を取り出す。カプセルの錠剤を手渡し、箱から 簡易的な注射針が付いたチューブを取り出す。 「止血剤だ、モルヒネも打ってやる」  カプセルを飲み込み、身体を起こして腕を差し出してきた。手慣れた雰囲気。  静動脈へ針を通してゆっくり投与する。安堵の深呼吸。決して褒められる事じゃ ないが、クスリ好きの蓮夢なら正しく状況を把握出来る筈だ。 「動けそうか?」 「なんとか……」  肩を貸して立ち上がらせる。少しフラつきながらも、乱れた服装を整えてスカジ ャンの前を軽く閉じた。  机に散らばる私物を回収する。補助端末、コネクターコードのチェーンブレスレ ットを左手に巻き付けて、不吉な拳銃“M93R”を手にする。  こっちも装備品を一通り確認して“インセクト”を飛ばしておく。一方通行、脱 出口はエレベーターのみ。  道のりは長くはないが、手負いを連れた状態。敵は俺に警戒していて、待ち伏せ と言う戦法を選んでいるらしい。増援がここに攻めてこないのが証拠だった。オー トマタやサイボーグで再編成して、待ち構えてる可能性だってある。  残りの弾で突破できるか。絶望的でないにせよ不安要素は多い。 「逃げるぞ、時間を使い過ぎた」  拳銃を構え、部屋の出口へ向かおうとすると、蓮夢は机で身体を支えながら、俺 の腕を掴んで留まらせた。  憔悴仕切った目の奥から、どこか力強い意志を光らせている。この目は厄介な事 になると勘が囁いた。 「このまま……上まで行こう」  案の定、蓮夢は作戦の継続を訴えてきた。俺だってチラチラと、その考えが過っ ていた。それは事実であるが。 「蓮夢……無理だ。お前は装備もないし俺も消耗してる。残念だが、この任務は失 敗だ。出直さないと……」 「まだやれる、今しかないんだ。アイツ等言ってた、数日中にシステムを復旧出来 るって。むしろ日曜に決行してたら、失敗だったかもしれない。でも今なら……」  アクアセンタービルのセキュリティAI、通称“ガーディアン”。蓮夢がばら蒔 いたコンピューターウィルスは数千にも及ぶ。本来なら除去は不可能だったが、蓮 夢ですら手こずる“ガーディアン”なら、可能なのかもしれないと、素人目にも思 えた。 「任務よりも命が優先だ。生きてれば、また別の方法だって探せる」  俺だって悔しい。ここまで調べ上げ、入念に計画を進めてきた。あと少しってと ころまで辿り着いたのに。故に、勢い任せな無茶が通用するレベルの相手ではない 事も知っている。  何よりも、蓮夢はこう言う時、限界以上の無理をする性格だった。理性では死を 望まなくても、本能が自己犠牲を選んでしまう。  気高い精神かもれないが、今の俺には受け入れられない――蓮夢は死なせない。  蓮夢に肩を貸して歩かせる。 「テツ……」 「ほら、行くぞ」  不本意そうな表情をしてる蓮夢を引っ張り出した。下腹部を抑えながら脚を引き 摺っている。そのダメージは殴られたものではないと分かっていたから、余計に痛 々しく思えてしまう。  モルヒネがもう少し効いてくれば動けるだろうが、それを待つ余裕もなかった。  やはり駄目だ。蓮夢は戦える状態じゃないし、残弾も際どい。どう足掻いても今 から二人で上層階へ向かって、ハッキングして脱出するなんて不可能だ。  先の事を考えるのを一旦止めて切り替えないと。ボイラールームを出れば、また 戦闘になる。蓮夢を庇いながらだと勢いよくとはいかない。  気が急いて歩みが強引になっていく中。蓮夢の小さな呻き声は、後ろから襲いか かる衝撃と共に叫声に変わった。蓮夢の右肩を貫く鋭利な刃に――戦慄が走る。 「蓮夢!」  ガチガチした鎖の擦れる音と共に、一瞬で蓮夢を引き剥がされてしまった。地面 を滑り転がった先には真っ黒な影が立っている。輝紫桜町で俺を襲った忍者だ。  手早く蓮夢を跪かせて刃を引き抜く。苦痛の声もお構いなしに首筋に刀を押し当 てた。 「武器を捨てろ。“組合”の犬畜生……」 「クソ忍者……。ここまで潜り込んで来るとは」  こんな事をしている場合じゃないだろ。あの忍者は、この状況を理解しているの か。此処はアクアセンタービルだぞ。  そもそも、どうやってここまで入って来たのか。よく見ると天井の通気ダクトが 外れかかっていた。並の人間なら、やらない手段だな。  ここに来ているとは思ったが、最悪のタイミングで邪魔する辺りは、俺を囮にビ ルに侵入して。囮としての価値がなくなれば、お払い箱と言う訳だ。  鬱陶しい――殺してやりたい。 「“組合”程の組織の人間が、輝紫桜町の男娼如きと組んで、何を引っ掻き回して いる?」  わざわざ蓮夢を蔑む様な物言い。つくづく気に食わないクソ忍者だ。バイザーと マスクで見えなくても、鼻持ちならないツラが読み取れた。  俺の事を把握しているのも気に入らない。海楼商事と、輝紫桜町の林組や荒神会 の線を洗っていけば“組合”の名は出てくるかもしれないが。  奴の目的は一体何なんだ。海楼商事と敵対しているのは間違いなさそうだが。海 楼商事を嗅ぎ回っているのはお互い様だとして、俺達に先を越されて困る事でもあ ったのだろうか。――どこの組織に属してる。 「手にしている情報を全て渡してもらおうか。これより先は、この俺が海楼商事を 潰す。お前等は此処までだ……」  蓮夢の首筋から僅かに血が滴っている。この状況では手の出し様がなかった。  右肩を抑えたまま硬直する蓮夢が気にかかる。痛みを堪えながらも、何処か落ち 着いた雰囲気を感じた。 「ふざけやがって……」  降伏はしないし、武器も捨てない。過去の経験と直感で蓮夢が何かを狙っている のを感じ取ったからだ。  集中しろ、蓮夢が必ず突破口を作る筈だ。それを見逃すな。  突破口が現れた。忍者のバイザーからライトが消え、忍者がビクりと慌てた素振 りをしている。  その隙をついて、蓮夢は忍者の刀を持つ左腕を掴み、刀を首から離した。 「テツ撃って! コイツ見えてない!」  蓮夢が発するより、少し早いタイミングで忍者の眉間に二発撃ち込んだ。膝を曲 げたまま、力なく忍者が崩れる。警戒しつつ蓮夢に駆け寄った。 「蓮夢! 大丈夫か!」  俺の手を借りる事なく、蓮夢は立ち上がって歩み寄る。細身とは言え肩を貫通する 程の威力、末恐ろしい馬鹿力だ。  また振出しに戻った。蓮夢を机に寄りかからせ、傷口を確認する。傷を縫合する 術がなかった。ボスミンとワセリン、大判の絆創膏。心許ないが、これ以上は処置 できない。 「バイザーにハッキングしたのか?」  無線連動できるデバイスなら、大概ハッキング出来る。蓮夢を敵に回すと、思い もよらない所から攻撃されるのだ。手練れの忍者も、傭兵上がりの殺し屋でも、予 想も出来ない様なトリッキーな手段で。 「忍者って、本当にいたんだね……」  感慨深く、それでいて間の抜けた言葉だった。何時もの調子が戻って来たならい いが。蓮夢の目からは既に怯えは失せていた。思考し続けている鋭い眼。  まだ諦めていない、そんな目をしていた。――どうしたものか。 「行こう、テツ」  蓮夢は俺の肩を借りずに自分の足で歩き出す。足取りは重々しく顔色も良くない が、俺を尻目に出口へ向かって行く。  行くって、どこへ行く気だと、蓮夢に尋ねようとしたその時、後ろから物音が聞 こえた。在り得ない――仕留め損ねるなんて。  忍者は割れたバイザーと金属のプレートの様な物を外して、その場へ捨てる。鉢 金とは古風な防具だな。 「おのれぇ……」  額から僅かに血を流し、縦傷の入った右目は怒りに燃えていた。厄介な奴を怒ら せてしまった様だが、個人的には殺し足りないと思っていた所だった。  どうやら、この忍者は二発では仕留められる様な安い相手ではないらしい。忍者 は優秀な集団であると“組合”が欲しがるのも理解できる。 「ねぇ、テツ……」 「蓮夢……下がっていろ」  時間がないと言うのに、このままだと敵の方から攻めて来るかもしれない。とん だ邪魔者だ。――次は仕損じない。  邪魔な上に、俺の相棒まで傷付けた。何を仕込んでいるのか知らないが、ありっ たけの弾丸をブチ込んでやるぞ。クソ忍者め。

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