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13.― KOGA LIU ―  プロペラとジェットの風圧が頭を押し潰してくる。ドローンの胴体から伸びる無 数の爪がコンテナに突き刺さり、軽々と持ち上げて垂直に上昇していった。  この船が密輸をしたと言う証拠は既に押さえているが、物的証拠が一つもないの は具合が悪い。  あのサイボーグの男、積み上げたコンテナの前を陣取っている。こちらへ仕掛け てくる気配がない。――密輸品を守る気らしい。  厳ついサイボーグを相手に戦った経験は何度かある。しかし、ここまで人間離れ した容姿のサイボーグと戦うのは初めてだ。あの一太刀、中々の一撃だった。  外側だけじゃない。内側にも随分な改造を施しているのが伝わってきた。そして 何よりも、奴自身が戦闘慣れしている。相当な手練れだ。 「このままじゃ全て持って行かれる。爆弾、使うべきか?」  ユーチェンの焦燥がこちらにまで伝染してくる。既に二機目のドローンがコンテ ナを掴んでいた。  さて、どうする。やらねばならない事は多いが、今回は何時も違って、二人体制 だ。それを最大限に活かさなくては。里では孤立して、集団行動を怠ってきた俺に は少しばかり荷が重い。 「今使っても意味がない。まずはあのサイボーグを退けるか、隙を見てコンテナを 破壊する」  ユーチェンが船首に仕掛けた爆弾は奥の手であり、今以上の危機に見舞われた時 に使うべきである。  建物一つ破壊できる程の爆弾だ。船底に仕掛けさせなかったのは、船を沈めない 為だ。だとしても船に相当なダメージ与える事は間違いない。俺達だって危険だ。  先ずは目の前のものを的確に片付けていくしかない。 「コンテナを?」 「コンテナをバラしてしまえばドローンは回収できない。証拠を残す」  苦し紛れかもしれないが、幾つかの密輸品を回収不能にして、この場に在れば警 察が上手くやってくれる筈だ。  警察が来るギリギリまでヤツを引き付けて粘るしかない。 「どう戦う? 奴はパイロキネシスを使うサイキックだ」  実を言うと、ヤツが火柱を上げたところは見ていた。ユーチェンには悪いが、敵 の案配を探ってから仕掛けたかったからだ。  仲間ならすぐにと言うのが筋だし、人情かもしれないが、忍者は闇雲な戦いは仕 掛けない。相手を分析した上で、確実で最も効果的な一手を仕掛ける。  勿論、見殺しにするつもりはないが、冷徹な行動は必要悪だ。 「確か、炎を生み出せるというアレか。サイキックが戦闘型サイボーグとはな。ヤ ツの背中と肩にある装置。破壊した時に冷気を感じた。おそらくアーマーを動かす 為の冷却装置だろう。あと二ヶ所破壊できれば、動きを止められるかもしれない」 「あの僅かな間で、よくそれだけ分かるな……」 「よく観察する事だ。お前の様な強敵を相手にする時は、それが物を言う……。力 だけじゃどうにもならない、集中しろ」  忍者の業や知識は、使い処が限定的なものがほとんどだ。故に応用力と観察眼を 以て、その効果を最大限に引き出す事が重要である。時代に順応していく為にも。  今の強みは二人がかりで臨める事と、あのサイボーグが唯一反応を示した背中と 肩に突起する装置の破壊だ。あのアーマーは間違いなく、全身の筋肉に掛かる衝撃 や負荷を和らげる為の――外部筋肉の役割を果たしている。  細かい仕組みは知らないが、そう言う馬力のある装置は放熱が必要な物ばかりで あるのは知っている。そして放熱できなくなった場合は、強制停止するものだ。  俺とユーチェンでそれに賭けてみる。ドローンが二基目のコンテナを掴んで飛び 立ってしまった。 「挟み込もう。隙を見つけてコンテナもバラす」 「上等だよ」  ユーチェンは左へ、俺は右へ移動する。小太刀は鞘に納め、サイボーグを見据え る。俺の得物ではヤツを貫く事は出来ないだろう、“大蛇”の刃を握る右手に力が 入る。  サイボーグはユーチェンにも警戒こそしているが、ほぼ俺の方を向いていた。頭 部全てを覆う無機質なマスクからでも、殺気立った視線を感じる。  身体のどの部分を見ても生身を露出している個所は見受けられない。打撃でいく しかない。衝撃までは完全に吸収できない。冷却装置を破壊しつつ叩き伏せる。  サイボーグが身構えた。こちらも“大蛇”を放てる構えに入る。サイボーグから は戦いを楽しんでいる様な余裕がある。俺も高揚していた。甲賀流として、手練れ と一戦交えるのは――嫌いじゃない。  緊張の糸を切ったのは、黒狐のユーチェンだった。サイボーグとの距離を一気に 詰める。  こちらもサイボーグの頭部めがけて刃を放った。首を傾け最小限の動きで避けら れる。すぐに鎖を引き戻し、再び放った。  ユーチェンの繰り出した九尾は、サイボーグのアームに掴まれてしまい。引きず ってこちらに投げ飛ばされる。迫ってくるユーチェンを咄嗟に飛び越えたせいで手 元が狂い“大蛇”の刃は再び避けられてしまった。  横振りに切り替えて、鎖は蛇の様にうねって軌道を変えていく。刃がサイボーグ の首筋に深く当たるものの、軽い火花が散った程度だった。やはり斬るのは難しそ うだ。  ユーチェンが起き上がり、仕切り直しに入る。今度はサイボーグが仕掛けて来る 筈だ。 「姿勢を低めに……。俺が正面で戦う、背後に回り込め」 「分かってる」  小声で確認し合って、向かってくるサイボーグを迎え討つ。ユーチェンは時間差 で少し遅れてから姿勢を下げてサイボーグへ向かう。  苦無を投げて牽制した。サイボーグの右腕が鳥の翼の様に折り畳まれ、盾になっ て苦無を弾く。――これで先手は俺のものだ。  勢い任せの剛腕が振り上げられるが、それを避けて小太刀の峰で乱撃する。肉厚 な峰打ちの方が打撃に適していた。  サイボーグから放たれる一太刀は凄まじく、重くて速いが、その太刀筋を予測す る事はできる。このサイボーグはおそらく傭兵の類いだろう。兵士相手ならそれで もいいが、剣術に心得のある者には単調な動きだった。  気掛かりなのはパイロキネシスだ。どれ程の威力があって、何時使って来るか。  ユーチェンの念動力だって掴まれれば危ういが、灼熱の炎と言うのも厄介な能力 だ。サイボーグの右腕を小太刀で受け止め、拮抗が始まった瞬間をすかさずユーチ ェンの九尾がサイボーグを追撃した。二人がかりの絶え間ない攻めにサイボーグが 押され始める。――必ず背後を奪えるチャンスがやって来る。  ドローンが三基目、四基目のコンテナを回収し始める。吹き荒れる風圧。  ユーチェンが大振りに九尾を振り回し、サイボーグと打ち合う。あれぐらい大き く振り回さないと、あの剛腕には対抗できない。  “大蛇”に持ち替えてユーチェンのフォローに入る。九尾の隙間を突いてサイボ ーグを鋭く刺す。最初に取り決めた二人の戦法だ。本当なら俺の放った刃で倒せて いる筈だが、サイボーグは貫けない。  弾かれた刃の軌道を修正して徐々に横振りに変えていく。ユーチェンの姿勢が獣 の様に低くなり、更に激しく躍動した。  ようやく調子が乗ってきたな。二人がかりの絶え間ない攻撃にサイボーグが距離 を取り始める。――ここがチャンスだ。  ユーチェンが低姿勢のまま、更に向かって行く。サイボーグの視界が黒狐に完全 に向いてる隙に鎖を大きく回し、サイボーグの首筋を目掛けて放った。  全身装甲のサイボーグに刃物は刺さらないのなら、巻き付ける。鎖が首に三重に 巻き付いた途端に早くも抵抗を感じた。やはり常人以上の力だ。  ユーチェンが滑り込む様にサイボーグの背後に回り込み、四本の尾で両腕を拘束 する。両手をかざしてアーマーの背後に潜む冷却装置を念動力で握り潰した。青白 い火花に混じるサイボーグの呻き声。  やったか。と気が緩みそうになるが、サイボーグのパワーに衰えがなかった。何 かを企んでいると、その意図を推測する間もなくサイボーグの右腕がカタカタカタ と音を立て、ものの数秒で細く変形した。ユーチェンの巻き付いた尾からあっさり と右腕を引き抜いたのだ。想定外の動きにユーチェンもたじろぐ。  サイボーグの右腕は人間のそれと同じ形状になり、指も五本あった。その手がユ ーチェンの首を掴む。鎖で縛り上げた首を引き寄せようとしても、サイボーグも踏 ん張って抵抗してきた。  ユーチェンは既に念動力を解除している。苦しがっているのは明白だ。何とかし ないと。全体重をかけてサイボーグを引き寄せようとしたが、ユーチェンを引きず ってサイボーグ自ら向かって来た。  首に絡めた鎖を外して、反射的に鎖を引き寄せる。不味い、これは隙になる。姿 勢を立て直し“大蛇”の刃を構えると、放り投げられたユーチェンが足元に転がり 込んで来た。  感情が動きをちぐはぐにさせる。今は迫り来るサイボーグを相手する事に集中し なくてはならないのに、俺の身体は、ユーチェンを助けて起こし上げる動作を行っ ていた。――難しいな。そう思う己が憎らしい。  背中から火花を散らすサイボーグは目前のところで左手をかざし始める。ユーチ ェンをこちらへ放り投げて来た理由が分かった――まとめて焼き払うつもりだ。  熱いと気付くのにも数秒かかる程の急激な温度の上昇。これがパイロキネシス。  成す術がない。ユーチェンを庇い、姿勢を下げてしまった今の状態では足元から 噴き上がる炎から逃れられない。  苦痛や死の覚悟も儘ならない中、視界が暗く染まり、後ろからユーチェンが抱き 付いてきた。凄まじい熱を感じながらも何かの引っ張られる衝撃と共にユーチェン に放り投げ出されて、直撃を免れた。金属でできた九尾が、ガラガラと音を立てて 地面に叩き付けられる。  ユーチェンの九尾が、俺とユーチェン自身を包んで火柱からガードした様だ。更 に一本の尾を離れた場所に突き刺して、火柱から引っ張り上げた。咄嗟に念動力を 使って九本の尾を的確に使いこなすとは。畏れ入る。  サイボーグがアーマーを破り捨てた。一先ず目的の一つは達成できたか。体格の 具合からして予想はしていたが、やはり外国人の様だ。白い肌に屈強な肉体には戦 いの年季が無数に刻まれつつ、幾何学的な模様の黒い金属片が筋肉に沿って無数に 埋め込まれている。あれも怪力のカラクリだろう。  ユーチェンが重々しく起き上がる。肩で息をしながら身体を窄めていた。痛みに 耐えているのか。  腰を落とし、半身を垂直にしたまま鼻で大きく呼吸を一つして、両腕を背中に回 して一気に下へ突き落す。全身からメキッと言う痛々しい音が響き小さく呻いてい た。詳しくはないが、気功の類いだろう。忍者は経を唱え、暗示でダメージを中和 する。それに近いものだ。 「大丈夫か?」 「ちょっと、厳しいかも……」  確かに厳しい相手だ。何度かあの剛腕を受け流したが、その度に身体にヒビが入 る様だった。  力も速さも、そして戦闘における駆け引きも、全てが数段上の相手だ。パイロキ ネシスと言う切り札も、どうやら連発は出来ず再発動に時間がかかる可能性が高そ うだが、タイミングがハッキリと分からなければ迂闊には近付けない。  さっきの火柱のせいで、俺自身も恐怖を植え付けられてしまった。慎重にならざ るを得ない。  念動力や衝撃波どころじゃない。改めてサイキックは侮れない相手と知る。あの 高熱は、まともに食らえば一瞬で消し炭だ。 「今度、回収に来たドローンとコンテナもろとも、衝撃波で破壊する」  この状況でも、目的を果たす事だけに集中している。サイボーグを抑え込み、船 に証拠を残す。  どこまでも真っ直ぐで、自分を顧みない。背負っているものの重みが俺とは桁違 いだと痛感した。  しかし、ユーチェンからは肝心な部分が抜けてる。――撤退する事だ。 「やれるか?」 「あのサイボーグ、少しの間、任せてもいい?」 「時間稼ぎぐらいなら一人でもやれる。と、言いたいとこだが紙一重だな……。奴 を何とかして、船首に仕掛けた爆弾を使うぞ。その隙でここから撤退だ」  危ういユーチェンの代わりに、その後のプランを提案する。ユーチェンの行動に 注視して、ここから撤退する際に爆弾を起動させよう。確実にここから逃げ切るに はそれしかない。  サイボーグの右腕が再び変形を始めた。カチカチと小さな金属がぶつかり合う様 な音を立てて、一回り大きくなった。  五本の指は鬼の様な爪となり、肘からは鋭いブレードが突き出していた。立ち回 り方を変えてくるか。破壊力はさっき程ではないが、隙はなさそうだ。 「なんなら、今すぐ使ってもらっても構わないぞ」 「好機を待て、それに本当は使いたくないんだ。俺は忍びたい質なんでね」  ユーチェンと目を合わせる。落ち着いている様子だった。  これで明日のニュースは、これで持ち切りになるな。忍ぶのも儘ならん世だ。 「やれやれ……」  外から入り込んで来る轟音。身構えるサイボーグ。チャンスは一度きり。  ユーチェンが積み上げたコンテナに近づけば、サイボーグは俺達の狙いに感付く だろう。そこを足止めする。 「ドローンが来た。行くぞ黒狐!」  二人同時にサイボーグに向かって行く。ユーチェンが先行して、大きく九尾を横 振りする。屈んで避けるサイボーグに滑り込んで足を絡めて膝を付かせた。  顔面を蹴り上げて小太刀で斬り付ける。サイボーグの振り払う右腕を避けつつ距 離をとってから“大蛇”を放った。  サイボーグはユーチェンの尾を弾きつつ、大蛇の刃を左手で受け止め握り締めて いた。あのマスクには、動体検知のセンサーでも付いているのだろうか。身体能力 の高さに加えて感覚までも常人の数段上をいっている。  鎖を引き寄せられ、サイボーグの爪が襲い掛かって来るが、引き寄せられたのは わざとだ。小太刀の峰で爪を受け流し、サイボーグの膝を踏み台に飛び蹴りを二発 浴びせて後ろへ回り込んで、背負い投げた。ユーチェンがコンテナとドローンへ向 かう。  サイボーグの前へ立ちはだかり、鎖を八の字に振って迫る。――行かせない。  刃がサイボーグの右腕を斬り付ける度に火花が飛ぶ。必ずタイミングを見極めて 間合いを詰めて来るだろう。そこが狙いだ。  刃の軌道を見切ったサイボーグがハンマーの様な右拳で刃を打ち上げ、そのまま 獰猛な金属の爪を胸元向かって突き出して来た。  逆手の持った小太刀と左腕で受け止め、鎖を一気に引き寄せる。弾かれ地面に落 ちた刃が息を吹き返した様に手元に戻って来る。――そこにサイボーグがいる。  刃が背中に刺さる鈍い音と、サイボーグの苦悶の声。  ユーチェンは尾を使って積み上げたコンテナの上へ登っていく。もう少し食い止 めねば。  しかし、傷を負ってもサイボーグの勢いは止まらなかった。右手で小太刀を握り 締め、あっさりとへし折られてしまう。反撃を予期して後退り、サイボーグの爪を 避ける事は出来たが、肘から伸びたブレードの追撃からは逃げきれず、胸元を切り 裂かれてしまった。じわりと熱が伝わってくる。  傷は浅いが胸板から血が滲み、不快な痛みが込み上げてきた。――鎖帷子ごと切 り裂かれるとは。  サイボーグは背中に刺さった刃を引き抜き、ブレードで鎖を断ち切った。ウィン チから鎖を外して袖から全て出す。得物は全て使い切ってしまった。悔しいが十八 番の“大蛇”がない俺では、このサイボーグは倒せそうにない。  追撃は尚も続く。左手をかざして再びパイロキネシスで火柱を巻き上げる。炎が 噴き出すタイミングは大体で分かっていたので避ける事は出来たが、サイボーグが 炎を突き破って突進してきた。不味いぞ。  辛うじて振り回す右腕の攻撃を避けきれたが、その勢いを殺さずに放たれたサイ ボーグの回し蹴りが胴体に直撃する。とんでもないパワーに数メートルも吹き飛ば された。全身にヒビでも入ったんじゃないかと思う程の激痛が、時間差で襲い掛か ってくる。やはりこのサイボーグ――そもそもが強い。  なんとか呼吸を整えようと試みるが、身体を埋めて痛みを堪えるのがやっとだっ た。ユーチェンは、今どうなっているのか。頭と目玉だけでも動かして、コンテナ の方を見る。  コンテナを掴んだドローンは必死に飛び立とうしているが、ユーチェンの念動力 に捕まって上昇できないでいた。しかし、ユーチェンの身体も少しづつ引きずられ ていて、どうにか踏ん張っている様だった。流石に九つの念動力を以てしても、大 型ドローンとコンテナ一基ではキャパオーバーらしい。  身体は焦げ臭く、車に撥ね飛ばされた様な全身の痛み、左肩のプロテクターも剥 がされ切り裂かれていた。何時の間に、クソッタレのサイボーグめ。  サイボーグが一っ飛びでユーチェンのいるコンテナまで飛び上がった。何という 跳躍力。今更ながら――人間を超えていると思い知る。  ユーチェンを助けに行かないと、柄にもなく声を張り上げ、軋む身体を無理矢理 に立たせた。残っている武器は苦無と三方手裏剣だけか。  ドローンの風圧に身体が少し流される。堪えてコンテナを見上げると、ドローン を念動力で掴んでいるユーチェンは無防備にも関わらず、サイボーグは立ち止まっ て、ユーチェンの様子を伺っていた。それとも、警戒していると言うべきか。  必死にドローンを抑え込んでいるが、ユーチェンの視線もサイボーグに向いてい る。互いに探り合いをしている様だ。  サイボーグは衝撃波を警戒しているか。そしてユーチェンも何時でも放てるぞと サイボーグを牽制、いや、挑発している様にさえ見えた。  しかし、拮抗はいずれ破れる。サイボーグは待っているのだ。再びパイロキネシ スが使えるようになるのを。  ユーチェンもそれに気づかない訳ない。一体、どうするつもりだ。コンテナの傍 へ駆け寄る。 「来るなっ!」  怒声にも似たユーチェンの声に動きを止められる。サイボーグとユーチェンの間 にうねる緊張と集中力。確かに味方と言えども、入り込むべき時ではないのかも知 れない。  二人の距離を見る限りでは、ユーチェンの衝撃波の効果は薄そうだ。そしてサイ ボーグのパイロキネシスもこの距離で届くかは不明だが、今まではかなりの近距離 だったのを考えれば、今の位置からはユーチェンには届かない。  それとも、あの距離でもユーチェンの足元から火柱を発動させる事が出来るのだ ろうか。その可能性は高い、サイボーグの雰囲気には余裕があった。今は、その時 を待っているだけか。  それに対して、ユーチェンの狙いは何か。不利に思えるが、何か考えがあってや っている事だ。俺の協力を拒んでまで。見守るしかない。  最初に動きを見せたのはユーチェンだった。かざしていた両手をグッと握った瞬 間、ドローンのプロペラが二機、グシャリと潰れて火を噴いた。掴んでいたコンテ ナもボコン、ボコンと次々にへこんで歪になっていく。  予想を越える展開。流石のサイボーグも、その意外性に目を奪われていた。歪み きったドローンとコンテナがサイボーグの方に向かって行く。  避けきるにはユーチェンの方へ駆け寄るしかない。これがユーチェンの狙いだっ たのだ。――衝撃波の射程範囲に誘い込む。  ユーチェンが向かって来るサイボーグから逃げる様にコンテナからトッと飛び降 りると同時に、最大級の衝撃波を放った。ドローンとコンテナがサイボーグごと吹 き飛んでいった。  金属の軋むけたたましい騒音、小規模の爆発音に耳が痺れていく。下のコンテナ に着地してへたり込むユーチェンの元へ向かった。  それぞれの能力を上辺だけ分かっていても、いざ戦うなら大き過ぎる力に細心の 注意を払うべきだ。ならば手の内を見せない様に立ち回る必要がある。  そんな探り合いの戦いの中で、ユーチェンは一芝居打ってサイボーグを術中に落 とし込んだ。念動力を九つ使い切り、更に力負けしていて、衝撃波頼みの体を見せ 付けて、サイボーグのパイロキネシスが自分に向くように仕向けた。  畏れ入ったよ、リィ・ユーチェン。業も精神も、この港で初めて対峙した頃とは 別人の様に成長している。

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