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12.― KOGA LIU ―  “里”からこの街へ来て、張り合いのある任務も相手もなく淡々と時を過ごして きた。何処も大して変わらない、日本は狭い。  それが最近になって、サイキックだ伊賀流だ、サイボーグだと。そして、この殺 し屋。毎度、苦戦を強いられるが、やっと己の業を活かせられる時が訪れた様な気 がする。  世の中は広いと初めて思えたよ。嵐ってのは――前触れなくやって来るらしい。  正確かつ精密な射撃技術。必ず二連射してくるのも達が悪かった。鉢金で防げた のも紙一重だ。無感情で確実に、殺す事だけに集中している。  何よりも恐るべきは――勘の鋭さ。  こちらの動きどころか“大蛇”の軌道ですら、予知のレベルまで読んでいる。こ の間隔――伊賀流の望月と戦った時と似てる。  ポルノデーモン、いやハッカーのCrackerImp。不覚にも敵の手に落ち て、手酷くやられていたらしい。殺し屋は捕まったコイツを救出する為に、海楼商 事の本拠地である、このビルに乗り込んだらしい。  こんな騒ぎを起こされたとなれば、流石の大企業と言えども、裏稼業の隠蔽にシ フトせざるを得なくなる。こちらの計画にはない事だ、余計な事をしてくれる。  ビルの警備も異常なレベルだ。早急にコイツ等が手にしている全ての情報を奪い 取って――二人とも消してしまおう。  コイツ等を始末すれば、氷野市長への手土産になる。彩子やユーチェンの免罪符 を交渉する材料だ。  殺し屋を睨み付ける。瞬き一つせず、ひたすら睨み付けていた。殺気立ってるが 冷静な気配もあった。  銃を持った相手への対処は一つ“撃たれる前に倒せ“だ。先手を取って一気に距 離を詰める。殺し屋も怯む事なく向かって来た。  逆手持ちの刀で縦へ横へ振りかざしても寸前で避けられ反撃される。防弾仕様で ある両腕の籠手で何とか銃撃を弾いているが、殺し屋はこれまで以上に頭を狙って 来た。中々のプレッシャー。  攻防一体の均衡を崩すべく、刀と刃で手数を増やしていくが、殺し屋の勢いを止 められない。――輝紫桜町の時とは比べ物にならない程、手強かった。  一度でも戦えば、相手の動きを見切れるとでも言うのだろうか。凄まじいまでの 集中力。  押してダメなら引くしかない。連続で切りつけていく。切っ先を拳銃で受け止め る度、火花を散らした。タイミングを待ち構える。  大振りの一太刀を避ける為に殺し屋が大きく後退りした。このタイミングだ。  踵を返して三メートル程距離をとる。  追撃しようと向かって来た殺し屋に目掛けて“大蛇”を放つ。向かってくる勢い と“大蛇”の速さに対処など不可能だ。右目を巣串刺しにしてやる。  しかし、殺し屋は表情一つ変える事なく、両手で構えていた拳銃を左手に持ち変 えて目前に迫った刃を撃った。弾かれ勢いを殺された刃が地面へ落ちる。  手の内を読まれたか。だとしても尋常じゃない反射神経だ。  再び拳銃を両手に構えて、二発づつテンポよく発砲してくる。応戦するが、互い に決定打が決まらない。  忍者以外の生身の人間で、ここまで歯応えのあるヤツは初めてだった。この場に 相応しくない高揚感を覚える。  拳銃のスライドがストッパーにかかり弾切れの証を見逃さず、首筋に向けて切り かかるが、殺し屋も躊躇なく拳銃を手放し、胸にあるナイフに持ち変えた。  あと一歩だったのに。あと一歩、踏み込めば殺し屋の首を落とせたが、その一歩 を踏み込めば、俺の左目に殺し屋のナイフが突き刺さる。  仕切り直すべきだが、殺し屋の目は譲る気など微塵もなかった。こちらが一瞬で も弱気を見せようものなら突き刺して来る。  膠着が続きそうな気配だったが、意外な形で殺し屋との睨み合いが終わった。弱 々しく刀とナイフに手を添えて、ポルノデーモンが間に割って入った。殺し屋に集 中し過ぎていて、気配を感じられなかった。殺し屋も俺も、呆気にとられるまま得 物を下ろしてしまう。  一歩誤れば、自分も巻き込まれるかも知れないと言うのに。度胸があるのか、た だの馬鹿か。 「なぁ、忍者さん。俺達を手伝ってくれないかい?」 「蓮夢、お前何を……」  レン、ポルノデーモンの名前か。殴られた痕と、赤黒く淀んでいる左目が痛々し いが、近くで見ると綺麗な顔立ちをしていると不覚にも思う。中性的で男離れな違 和感があった。やはりこういう奴は苦手だ。  それにしても、自分に深手を負わせ、相棒と殺し合っている奴に協力を頼むなん て、コイツはイカれているのか。 「さっき言ったよな、海楼商事は俺が潰すと。なら、俺達の目的は一緒だ。手を貸 してくれ。このビルの二十九階に巨大なサーバールームがある。それにハッキング して海楼商事の全ての情報を手に入れる。裏も表も何もかも全て……。アンタだっ て欲しい筈だ、そうだろ?」  余計な事を口走ってしまったなと後悔する。目的が同じ、これまでコイツ等が何 かを嗅ぎ回っている事は把握していたが、たった二人でこのビルのシステムに挑ん でいたと言う事なのか。――滅茶苦茶だな。  殺し屋、テツと呼ばれていたな。テツを睨み牽制してレンの胸倉を掴んで締め上 げる。身体中傷だらけだった。  身体を駆け巡っているであろう痛みを必死に堪えて、俺の目を見据えていた。鼻 持ちならないな、歓楽街の男娼風情が――真っ直ぐと力強い眼差しを向けるのは。 「この俺が貴様の様なオカマに手を貸すとでも思うのか? 笑わせるな」  レンは冷笑、テツは睨みを一層利かせている。掴んだ胸倉を離してやった。  しかし、同時に天秤にもかけていた。海楼商事の全ての情報とアウトロー二人の 首。前者の方が魅力的な成果ではあるが、果たてしてコイツ等にそれだけの事が出 来るのだろうか。或いは、俺やユーチェンに同じ事ができるのだろうかと。 「同じ様な事をテツにも言われたよ……。でも、一度だって期待は裏切ってちゃい ない。頼む、連れて行ってくれ、海楼商事をどう潰すのか知らないけど、必ず役に 立ってみせる。アンタが何処の組織の奴でも関係ない。でも、俺達みたいな末端の 悪玉なんかが獲物じゃないんだろ? アンタからは、善玉の匂いがするよ……」  震える細い指先が僅かばかりマスク触れた。――何と妖艶な。  強い責任感と使命感に満ちた言葉が不思議な程、すうっと心の中に入り込んで来 る。チャラついてて尻軽な雰囲気とは真逆の気高さすら感じた。  見開いた真っ直ぐな瞳、健気で儚げな表情。――男がやるような顔じゃないな。  レンは意図的に俺の心に訴えかけていた。完全な嘘ではないにせよ、人心掌握に 近いプロセスを感じる。だとすれば、コイツは相当なやり手だ。  CrackerImpの実力がどれ程のものか、本人から発せられた言葉を、相 棒の殺し屋はどう受け止めているかで真意を図るしかなさそうだ。視線をテツに方 に向ける。――アンタはこのハッカーを信用してるのか。  睨んでいたテツは警戒を緩めて、俺の眼から意図を探っていた。  差し迫った状況の中、テツの判断は早い。頭を掻きむしり、うんざりとした溜息 の後に胸ポケットから煙草を取り出して火を着ける。レンに煙草の箱とライターを 渡して、机の上にライフルとショットガン、腰に付けていた大きめのバックパック を外して置いた。中には弾丸やマガジンなどが乱暴に詰め込まれていた。 「二十八階にある社長室か重役会議室にサーバーと直結した端末がある……」  咥え煙草のまま拳銃のマガジンを捨て、予備に装填してレッグホルスターへ。ラ イフルの予備マガジンをホルダーに補充して、余りのマガジンをガムテープで連ね て巻き付けて、ライフルに装填する。  この二人のやり取りは通気ダクト越しに見ていた。テツは撤退、レンは継続と意 見が分かれていた。  この様子だと、テツはやる気になったらしいな。 「そこに至るまでに現れる敵の排除が、俺とお前の任務になる。敵は武装したセミ プロ連中とサイボーグ。ドローンやオートマタもいる」  ショットガンへの再装填と胴体のホルダーへショットシェルを手際よく補充し終 える。手慣れてえるの領域を超えた早さだ。日常的に行ってる動作とも言える。  俺が手を貸して、三人で行動する事を前提に話を進めている。まだ了承も何もし ていないぞ。  しかし、上の階の構造や敵の具合も把握し尽くしている様子からすると、以前か ら入念に計画していた事だと言うのは伝わってくる。  たった二人でそれだけの勢力を相手に突入しようとしていた。逆に言えばそれさ え乗り越えられれば、情報が手に入ると確信しているらしい。  それだけ、この殺し屋とハッカーは互いを信頼しているって事なのか。 「何故、二十九階のサーバールームに直接行かない?」 「ハッキング時は籠城戦になるかもしれない。サーバールームで戦闘になって、サ ーバーを破壊されちゃ堪らないからね」  煙草を深く吸い込んだレンが煙と共に答える。籠城戦か。  レンが煙草を差し出して来るが、応じなかった。当然、俺はコイツ等の事を微塵 も信用していない。テツに関しては実力こそ認めてやるが、それでも無謀な作戦で ある事に変わりない。  あれこれ聞きたい事は山程あるが、限られた時間で確認すべきは一つだった。 「貴様等の目的は何だ?」 「人助けだよ、そっちはどうなんだよ」  海楼商事の悪事は手広い。その中から“人助け”と言う言葉が出るのなら、人身 売買に関する事と考えるべきか。  認め難いが、いよいよ互いの目的は同じと言わざるを得ない。  参ったな、こんな事になるなら、鷹野やユーチェンに連絡ぐらいしておけばよか った。独断でこのまま動くのはリスクが大きい。 「似た様な物だ……。アンタはどうなんだ? まさか“組合”が人助けだなんて言 わないよな?」  テツに近付いて目を合わせる。コイツ、背が高過ぎる。睨み合えば見下す様な目 になるので、益々鼻持ちならない。 「人助けだよ、コイツを助けている。悪いが殺し屋にも月並みの人情ぐらいはある んだ。早く決断しろ、ここで殺し合うのか、手を貸すのか。時間はないぞ」 「なぁ頼むよ、今やらないと全て闇の中に葬られる。助けられるものも、助けられ なくなる前に……」  コイツ等、口裏でも合わせてるのか。そう思えるぐらい絶妙に畳み掛けてかる。  ボロ雑巾の様な身体で、助けられるものも助けられないと言うレンの逼迫した言 葉が、また心の中に入り込んでくる。  忍者の中にも、上手く人を惹き付けるのが得意な業を持つ奴はいるが、この男の それは群を抜いている。輝紫桜町のポルノデーモン、一体何者なんだ。  どのような状況であれ、コイツの思惑通りになるのなら、何もかも拒絶してしま いたい。気に食わないホモ野郎が。  それでも、その先に氷野さんの理想が叶うのなら、ユーチェンの望みが叶うのな ら、甲賀流を背負う俺の――本懐を遂げられるのなら。  「クソッ……アウトロー共が……」  無頼な舌打ちと共に負け惜しみが溢れた。“正義”ってヤツは、こんなにも歯が ゆく難儀なものだったとは。  善意とは、こんなにも――心地好いものだとは。 「いいだろう、全て手に入ると言うのなら、この場のみ加勢してやる。裏切れば命 はないぞ。そしていずれは報いは受けてもらう」  テツの胸に指を指して、念を押す。“組合”の殺し屋は、末端の悪党なんて言葉 では片付けられない。いずれ必ず、決着は着ける。 「その時はその時さ。よろしくね、忍者さん」  俺の一撃で上がらない右腕を無理に上げて、握手を求めてくるが、応じるつもり はなかった。馴れ合いは御免だ。 「助けてくれだの、頼むだの。男のくせに情けない奴だ……。せいぜい足を引っ張 るなよ、俺はこの殺し屋ほど甘くない」 「目的の為に必要な事をするだけ。それとも、そのクソダサいプライドで助けも求 めずに、しくじるのがカッコいいとでも? ヤダヤダ……。そう言うヤツって大概 セックス下手なんだよな……」  汗の具合、顔色の悪さ。かなりの痛みを堪えているにも関わらず、この俺に口答 えをして、挑発までするとはな。  こんな状況でなければ、この場で半殺しにしてただろう。オカマが舐めた口を利 きやがって。 「お前等、集中しろ。忍者は先行、バックアップは引き受ける。蓮夢は俺の後ろに 付いてこい。この作戦で最も重要なのはハッカーだ。下らない差別はやめろ、俺と お前は盾となって障害を排除する。出来るか?」 「勝手に仕切るな、貴様に言われなくても、それが妥当な事ぐらい心得てる。援護 射撃は二時と十一時方向のみだ。いいな」  堅くて明確な物言い。軍歴でもあるのだろうか。当たり前の様にリーダー面して 偉そうに。  とりあえず、これでチームとなってアクアセンタービルを攻略する事になった。  これはとんだ博打だ。行き過ぎた独断は、成功すれば弁解の余地有り。しくじれ ば命もないし、その後は地獄絵図だろう。  果たしてどうなるか、テツの言葉を実践するみたいで不本意だが、集中するしか ない。気を引き締め、小さく呼吸を整えた。 「臨機応変だ。常に目を配れ」 「この地下二階は発電機やボイラー、動力系の部屋が多い。敵は地下一階から待ち 構えている筈だよ」  なるほど、ビルの運営に支障がない様、俺達を仕留めたい訳か。レンが古風な拳 銃を左手に持ち、テツはライフルを構えて俺達の様子を再度確認した。一先ず警戒 しながら歩き出し、その後ろをテツとレンが付いて来る――行動開始だ。  前方に神経を尖らせ、ボイラー室を出て、階段へ向かう。  一見物静かに思えるが、殺気だった気配を既に感じていた。階段を上れば、そこ から一気に戦闘が始まるだろう。  当然だが、敵の数が圧倒的。殲滅ではなく、突破だ。その意識は三人で共有し合 えている気がする。  階段を上りきり、緊張感が一気に高まった。曲がり角、テツに立ち止まる様、肩 を掴まれる。  左腕の裏にバンド留めされた携帯端末の画面を見せてきた。この曲がり角の先で 待ち構える敵の様子が映し出されいる。酷い有り様だ。テツが倒したであろう、死 体が転がり、壁は銃痕で穴だらけだった。  敵の数は十人は超えてそうだ。身体を隠す防弾盾が壁を作っている。  それが気掛かりなのか、テツの目に迷いが見える。否、考えているのか、攻撃の 段取りを。  幅も高さも五メートル以内の廊下に、数十人が密集している。テツはスタングレ ネードで強襲しようとしているが。装備を見る限り二つしかない貴重なグレネード だ。俺の煙幕も残り一つ、輝紫桜町でテツに奪われたせいだ。  温存しておくべきだ。テツがグレネードを使うぞと見せて来るが、その手を抑え て、助走の為に四歩ほど後ずさる。――やってみるか。  刀を抜いて一気に駆る。待てと言いたげなテツと唖然とするレンを尻目に曲がり 角を突っ切って、群がる敵へ突っ込む。  意表を突かれて定まらない銃撃など脅威じゃない。蛇行して壁を蹴って飛び上が り、防弾盾を跳び越す。敵のど真ん中へ錐揉みで着地する。刀から幾つかの手応え と防弾ベストの抵抗を感じる。  姿勢を低く保ったまま、視界に入る背中、首筋を切り裂き、防弾ベストの繋ぎ目 を突き刺す。少しづつ密度が下がり、残った敵の動きを細かく見れる様になった。  同士討ちを心配する余裕もなく出鱈目な発砲が始まる。それでどうなろうと、俺 の知った事じゃない。  刀を左手に逆手で持ち替えて、右手から“大蛇”の刃を出す。壁と天井を足場に 右へ左へ回り込んで切り裂き、防弾盾を蹴り飛ばしてよろめいた所を“大蛇”が頭 蓋を貫く。  盾持ちの首を締め上げて弾丸を弾かせ、間合いを詰めて一気に仕留めていく。刀 は切り裂き、刃は突き刺して足蹴りで骨を砕いた。  背を向けて逃げ出した最後の一人も“大蛇”からは逃れられない。この手から放 たれた“大蛇”が首に突き刺さると同時に、鎖を踏み付けて引っ張る。敵の身体は 宙に舞い頭が床に叩き付けられた。――なるほど、セミプロか。 「さっさと行くぞ……」  テツは独断専行に腹を立てているかと思ったが、肩に手を添え労ってくれた。む ず痒いが、この波長は心地良い。  しかし余韻も一息も付けそうになかった。早くも第二陣の気配を感じる。  さて、一か八かの大勝負だ。甲賀流が一肌脱ぐかと、無理にでも鼓舞しないと儘 ならない状況だ“組合”の殺し屋は既に覚悟を決めて集中していた。  気掛かりなのは輝紫桜町のハッカーだった。どんな目に遭っていたのか知らない が、見た目だけじゃなく、内面もズタズタに憔悴し切っている。  こんな奴を当てにして命を張る価値があるのか。今のところ皆無に等しい。

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