5.― DOUBLE KILLER ― 耳を劈く轟音、巻き上がる硝煙に淀む空。緊張も恐怖も、血の気に混じり高揚と 綯い交ぜになる場所。 帰ってきた――俺は戦場に帰ってきたんだ。 建物と建物の間を潜り抜けて大通りへ辿り着く。もうすぐ最前線だ。 此処へ来る途中に合流した部隊から、残存する第二波部隊の状況を聞く事が出来 た。指揮官のいる部隊は早々に攻撃を受けて全滅していた。辛うじて指揮官代理が 留まって戦っているそうだ。左頬から額にかけて火傷痕がある男と特徴も聞けた。 周囲を見渡し二十メートル先で戦闘中の部隊を見付ける。きっとあれだ。遠目に 見ても、敵と入り乱れている混戦状態だった。間に合ってくれ、司令官代理が健在 でないと話が始まらない。全員でその場へ駆け出した。 チームは良くやってくれていた。多少肩に力が入っていて、躊躇いもあるが実力 を充分に発揮してくれている。特に蓮夢は此処へ来て誰よりも集中していた。厳密 には感情を出す余裕がない程にタスクをこなしている。 この場のあらゆる情報を吸収して分析、発信している。加えてジャラの捜索と戦 闘用アプリの展開し続けている。どれだけの負荷が蓮夢の神経を痛めつけているの か、それが気掛かりだった。 ライフルからショットガンに持ち変える。時間を掛けずに一気に蹴散らす。車を 盾に応戦する味方は三人。敵は六人、二発で仕留めるなら、装弾数七発にリロード 一回。敵はミドルサイボーグとスピード。他はオートマタだ。 先行してた鵜飼が敵と接触して、戦闘が始まった。そっちは三人に任せよう。 オートマタに一発、コイツを盾にしてサイボーグ二人に二発づつ、頭を吹き飛ば してやった。残り二発。 銃口を向けてきたサイボーグに一発、今の内に再装填する。二発づつ三回、残り 七発。サイボーグにトドメの一発。盾代わりオートマタに一発。残り二人。 味方をしゃがませて、その先の一人に撃ち込む。少し浅い手応え。 ナイフで斬り込んで来たスピードサイボーグと取っ組む。小柄でもパワーがあっ た。関節を捻り首根っこを掴む。ショットガンを手放し。レッグホルスターから拳 銃に持ち変えてプロテクターの隙間から三発撃ち込む。残り一人。 やはり浅かったか。敵のライフルから放たれる弾丸を見据える。射角は読めてい た。身体を捩りながら引き金を引き、サイボーグの胸元に大穴を開ける。 これで一難去ったか。ショットガンを再装填する、残り七発。呆気に取られ、こ ちらを見上げる“組合”の傭兵。左頬に爛れた火傷痕。コイツが指揮官代理。若い な、二十代後半ぐらいか。 「遊撃隊“DP”だ。話は聞いてるだろ? 貴様が指揮官代理と聞いてる。ここの 部隊以外をツーブロックまで後退。増援と合流させて反撃させろ。敵は前方ワンブ ロックまで迫っている。ここで牽制して時間を稼ぐ。俺達も一時協力する」 ここで踏ん張って敵を食い止める。秋澄の言った三、四十分は過ぎていた。第三 波の増援部隊は、すぐそこまで来ている筈だ。 ポイントβに敢えて敵を集中させて、ポイントΣとΩを手薄にする。この仮想街 地の密度なら、火力や破壊力のある派手な戦闘は出来ない。――必ず停滞する。 「話しは聞いているが、何故アンタの命令を受けなきゃいけない」 ご尤もな言葉への返答を言う間もなく、何処からともなく降下してきた衝撃で巻 き上がる粉塵。大型オートマタ二台に前後を挟まれた。 振り返り、右膝の間接部分にショットガンを撃ち込む。コイツにはありったけ撃 ち込んでやる。 右腕に装着されたガトリングには鵜飼の鎖が突き刺さり、発砲を妨害していた。 膝が砕ける頃には、ユーチェンの九尾がオートマタの胸を突き刺さし、念動力で 動力部を抉り取り。大型オートマタは崩れ落ちた。 もう一台とどう戦うか。――考える必要もなかった。 残ったオートマタは俺達を通り過ぎて、向かって来る敵兵士へ向けて弾丸をばら 蒔きなが向かって行った。その後ろで、してやったりと笑みを浮かべる蓮夢。 おそらく単独ハッキングで大型オートマタを狂わせたのだろう。 一息ついて視線を落とすと指揮官代理と目が合う。腑抜けた面は消えていた。話 が早くて良い。前線はこうでないと。 「各部隊へ告ぐ! ツーブロックまで後退! 味方と合流して立て直す。二個小隊 残留して食い止めるぞ!」 この場の傭兵達が再編成を始める。士気は高い様だ。あとは俺達次第か。 三人の表情を確認する。みんな集中出来ている。この勢いは止めない方が良さそ うだ。 「よし、まずは前方の敵を殲滅する。蓮夢はバックアップしつつ、常に有効なサイ バー攻撃を模索してくれ。鵜飼、先行して情報を集めろ。ユーチェン、好きなだけ 暴れろ、俺がフォローする。視界に入る敵を倒していくぞ。無線のチャンネルを部 隊のものと合わせておけ」 一点突破だ。――敵に目に物見せ付けてやる。 確信していた。容易い事でないが、このチームならやれると。そして“組合”の 傭兵達の士気を更に高めると。 頭上から吹き荒ぶ風圧と共に“レインメーカー”が降り立つ。一機は先程、弾切 れで離脱している。 秋澄が補充すれば戻って来るが、しばらくはコイツ一機。貴重な六〇〇発。 「“レインメーカー”はAI制御だよ。他のタスクを優先する」 蓮夢の優秀なAIが積んであるドローンだ。充分心強い。安田がいい様に振り回 されても手放したくないのが理解できた。 「頼む……。おい! スナイパーを一人貸してくれ!」 「吉岡! 付いてやれ」 指揮官代理が手早く対応してくれる。少し離れた所から、丸刈りの体格の良い男 が近付いてくる。背中には偽銃の“バレットM82”を背負っていた。 吉岡、二十代前半って感じだった。全体的に若い部隊だ。それとも、俺が歳を取 り過ぎたのか。三十代後半、もう老兵の域かもしれない。 吉岡に軽い敬礼をして、蓮夢の肩に手を置く。 「狙撃の腕は申し分ないが経験が浅い。同時にハッキングで敵の具合も探る作業も ある。全面的なサポートを頼みたい」 「了解」 「よろしくね、ハンサムさん」 見た目には傭兵だが、やはり中身は蓮夢だった。色目を直視できずに視線を逸ら す吉岡。色々大変だろうけど、よろしく頼むとしか言えない。 周りの目が他へ移ったタイミングで、蓮夢の傍へ行く。 「蓮夢、俺達のサポートは程々でいい。必要な事を調べる事を優先してくれ。頼り にしてるぞ」 「惚れ直したぜテツ。マジでカッコいいよ、アンタって人は……」 胸の奥のつかえが一つ消えた様な気がした。俺に出来る事、俺がやるべき事をし っかり果たせているだろうか。――今の所、大丈夫そうだ。 そろそろ行動しなくては、最後に指揮官代理の元へ向かう。 「協力に感謝する。詳細は話せないが、犠牲を減らしたいなら、HQよりも俺達を 信用しろ」 「敵の実力は、当初の想定を遥かに越えています。貴殿方は何か“事情”を知って いるんですね?」 「傭兵なら命令よりも“今”を見て判断しろ。命あっての物種だろ? 踏ん張りな 大将!」 察しが良く勘も鋭い。使い捨ての消耗品たる傭兵ならば持っていて損のない資質 だろう。 何時まで指揮権を持っていられるか分からないが、コイツになら任せておけそう だ。 「和磨(カズマ)です。貴殿は?」 「鉄志だ。お互いノーネームらしいな。増援と合流した残存部隊で敵を少しだけ押 し出す。その隙に再編成するといい。深追いは止めておけ」 「御武運を」 苗字やフルネームを言わず、名前だけなのはIDを持たない者の特徴だ。俺と似 た様な境遇の者。よりにもよって“組合”を選んだ愚か者か。まだ先のある眼を和 麿はしていた。――先がある事を願う。 和麿の肩をポンと叩き、チームの元へ行く。みんな準備は出来ている様だ。 「まずは前方の連中を蹴散らす。正面突破だ。行くぞ!!」 突撃開始だ。俺とユーチェンが先行する。 ユーチェンが飛び出して、蓮夢が奪った大型オートマタの胴体に九尾を突き刺し て念動力で真っ二つに引き千切る。敵の弾幕を、二つの鉄塊が盾となる。もっと近 づいて一気に押し切ってやる。 ふと気付くと、鵜飼がいなくなっていた。もう敵陣へ向かって潜り込んでいるの か。任せよう、忍者には忍者のやり方がある。――ヤツなら絶妙な一閃を放つ。 ユーチェンの足が止まった。全員がユーチェンの背中に集まる中、ユーチェンが 右側の鉄塊を乱暴に投げ付ける。敵の大型オートマタに直撃して衝撃が兵士達を襲 った。右側に戦力にダメージ。左を優先的に仕留めていくか。 身をずらして前方左側を確認する。サイボーグやサイキックと確認する余裕はな いが、見る限り二十八人か。弾倉は三〇発。――五十六発、一回の再装填。 ライフルの残りは九〇発。先が思いやられるが、やってやる。二発で仕留める。 ユーチェンの肩に手を置き進むよう促すが、進むどころかズリズリと後退してき た。まるで何かに押されている様に。 「前にいるサイキックをっ! 早く!」 約七メートル先、左右にミドルサイボーグ、中央のサイキックがユーチェンに向 かって両手をかざしている。同じ念動力らしいが、おそらく力は奴の方が上なのだ ろう。 蓮夢と吉岡にアイコンタクトを送り、援護射撃をさせる。 敵の攻撃が蓮夢の側に向いたと同時に一気に切り込んでいく。二、四、六発。や はり簡単には貫けない。しかし、サイキックの集中力を削げればいい。 念動力同士の拮抗が破れ、鉄塊をその場に捨て、ユーチェンもサイキックに向か って間合いを詰めた。サイボーグ共は俺が仕留める。 ほぼ〇距離。銃口の角度も、弾丸が貫ける箇所も丸見えだ。出鱈目な発砲を避け て、メカヘッドと首の付け根に銃口のを差し込んで弾丸二発を送り込む。もう一人 に視線を移したが、蓮夢が既に――砕いていた。 ユーチェンの九尾を防ぎ切れなかったサイキックも薙ぎ払われ宙を舞う。吉岡は 少し離れた物陰を陣取って狙撃の体勢に入っていた。 ユーチェンが尾を盾にして更に突き進んでいく。この距離だ。 「蓮夢! 行くぞ! “前”の敵だけを仕留めろ!」 敵陣のど真ん中を陣取って全方向を相手取る。傭兵の頃はやらなかった、殺し屋 になってから覚えた戦略だ。 囲まれるのは不利な様で有利に働く事もある。誤射を恐れる敵と、視界に入る敵 を撃つだけの者とでは、反応速度に大きな差が生まれる。実は俺達の方が今、有利 な位置関係だ。――集中さえしていれば。 これまで独りで戦ってきたユーチェンは経験でその事を理解していた。蓮夢も経 験は浅いが、その仕組みを理解した上で戦闘アプリを作り、実践している。規格外 の能力に高い思考力。この二人なら、俺の理屈が共有出来た。 俺達は強い。並の傭兵は勿論、次世代ユニットの兵士達よりも経験と即興の面に おいて上を行っていた。 蓮夢と背中合わせに仕留め続ける。五メートル前後の距離を維持して、九尾を振 り回すユーチェンを援護しながら。その間にも、敵のサイボーグは蓮夢のクラッキ ングに成す術なく砕かれていく。 吉岡の狙撃と“レインメーカー”の援護も着実に敵を減らしていく。 オートマタを盾に近付いてきたサイキックの両腕が突如、真っ赤に燃え上がり豪 腕を振るった。――パイロキネシス。 突然の灼熱に身体がのけ反り、蓮夢ごと倒れ込んでしまった。得物を拳銃に持ち 変えて、サイキックへ向ける。ユーチェンは交戦中で出遅れてしまった。 一体どうなっているんだ。サイキックの両腕は、真っ赤に燃え上がっているにも 拘らず、無傷だった。しかも、このサイキックはマスクとヘッドギアをしていなか った。――自分の意思で戦っているのか。 サイキックの炎が襲いかかるか否やの刹那。サイキックの胸を、鋭利な刃が突き 破り、強引に離されていく。鵜飼の奴、美味しい登場だな。 引き寄せたサイキックを刀で切り裂き、周囲に苦無を放ちながら合流した。 「派手にやってるな! 敵が一ブロック程、後退してるぞ! 高速戦車も一緒だ」 合流した鵜飼が勢い良く話す。強引に攻め込んだ甲斐があったな。これで時間が 稼げる。そろそろ第三波と合流出来ている筈だ。 「高速戦車が? 何故後退する?」 「俺が知る訳ないだろ!」 使い切った弾倉を捨て再装填する。 サイキック兵やサイボーグを物ともせず、大型オートマタを四機も潰せば後退は 妥当な判断だろう、思惑通りに事が運んでいる。しかし、この戦場において最も火 力と機動力に優れている兵器が消極的なのは違和感を覚えた。 蓮夢とバックトゥバックで撃ち続け、その周囲をユーチェンと鵜飼が斬り込んで 行く。仕留め損ねた分を“レインメーカー”とスナイパーの吉岡が片付ける。敵の 勢いが大分弱くなってきた。 フォースシールドを発動したサイキック兵に蓮夢と一斉射撃で押し切り。ユーチ ェンと鵜飼の一撃で仕留める。マスクとヘッドギア。――すまない。 周囲はオートマタの残骸と死体が転がり、十数人の兵士が撤退していた。離れた 物陰を“レインメーカー”が探っている。吉岡も合流してきたのなら、この場はク リアだ。オートマタを含めて五〇人以上はいた。それをたった四人で数分の内に。 やはり俺達は規格外のチームだ。――とんでもなく強力である。 しかし、強いだけではこの任務は成功しない。神妙な面持ちで全弾撃ち尽くした “P90”をその場に捨てる蓮夢を見てると伝わってくる。もっと、もっと情報が 欲しい、答えが欲しいと。 オートマタの残骸から、四十五口径弾の簡素なサブマシンガンと予備弾倉をマグ ポーチに詰め込む。見た事ない型だが、おそらくロシア辺りの正規品だろう。 今、蓮夢はどれだけのタスクをその頭の中で行っているのか。立ち上がって俺に 向けて来たその目は、決意と張り詰めた雰囲気で満たされていた。 「テツ、高速戦車を調べたい」 ここから先の予定にはない行為だ。事のついでではなく、その為だけに時間を使 いたいと言う意味だ。 高速戦車を調べると言う事は、最小限の破壊で済まして、隅々を調べる事。危険 とリスクが大きい行為だった。 「ふざけるな、そんな時間は……」 「お前に聞いてない。そっちの動きとタイムリミットに合わせる。敵の手札で調べ ていないのは、高速戦車だけだ……」 鵜飼を突っ撥ねて、蓮夢は俺の方を見る。こういう時、リーダーはキツいって感 じる。当然、決断しなくてはならない。一方に睨まれても平常を保ちながら。 数分おきに戦闘を繰り返してきた状況下で、蓮夢の話を充分に聞く余裕はなかっ た。今の蓮夢がどれだけの情報を手にして、どれだけの事を把握しているのか。生 身の脳しかない俺達には共有し切れていない。蓮夢の事だおそらく、数多くの推論 を作り、仲間に相談したい筈だ。しかし戦場では極力単純に、既定路線で行動しな いとならない。もしかして、は通用しない。――それでも。 目を閉じて三秒間の闇と深呼吸。決断した。 「詳しい話は後で聞く。吉岡と行け、回線開いておけよ」 蓮夢の思考は速過ぎる。それに慣れてない俺達が遅いとも言える。しかし、これ までに的外れに終わった事はない。提案も閃きも的確だった。これまでの蓮夢を信 じる価値はある。 組んで日の浅い二人には悪いが、俺は蓮夢の意向を推させてもらう。 「鉄志!」 「鵜飼、考えもなく蓮夢は動かない。信じてあげて……」 睨んで来る鵜飼を見据えてると、ユーチェンが援護してくれた。俺も鵜飼に向か って目で語る。――その価値は充分にあると。 鵜飼の苛立った目が蓮夢に向けられるが当然、譲る気など一切なく、受け止めて いた。根負けした鵜飼から舌打ちが飛ぶ。 「十時方向は歩兵が多い。一時方向に迂回しながら追え」 「ありがとう、鵜飼……」 鵜飼やユーチェンへの感謝も、俺へのアイコンタクトも忙しなく済ませて、蓮夢 はアシストドローンの“インセクト”を飛ばし、一時方向へ向けて駆けて行った。 「吉岡、頼むぞ」軽く頷いて、吉岡も蓮夢を追いかける。「和麿、前方の敵は追い 払った。少し前進して増援を迎い入れろ」 『了解。現在、味方が増援と合流して向かっています』 和麿の声色は、無線の雑音が混ざりつつも明るい調子だった。少し前まで全滅手 前の状況から持ち直せたのだから無理もない。 「追撃を済ませてここへ戻ってくる。弾薬を補充したい“M4”互換のマガジン五 つと、装甲破壊に適したショットシェルを頼む」 『了解』 ライフルの残りは四十八発、ショットシェルは三〇発。拳銃は六〇発。ジリ貧だ がまだやれる、大丈夫だ。――二発で仕留めろ。 「二ブロックから三ブロック先には飛行型ドローンや大型オートマタが待機してい た。おそらく新手の部隊だ」 「ならワンブロックまで追撃しよう。そこまで脅せば、相手も慎重になってくだろ う。これで“組合”の心配事は概ね解決だ」 サブミッションに過ぎないが。味方の犠牲を最小限にする為の基礎を作る事は出 来た。 蓮夢の持ち帰って来る情報に期待して、俺達も次のフェーズに移行しなくては。 「あとは蓮夢次第だな、心配か? 鉄志……」 わざとらしく、含んだ様な言い方をする。とは言え、蓮夢の意見を優先させた手 前だ。今回は甘んじて受け入れよう。 心配に決まっている。鵜飼の言い草になるが、蓮夢は素人だ。常人離れのスキル やツールで補強こそしているが、ロクな訓練も経験もないのは事実だった。それが たった二人で、戦車と制圧しようとしているだから。 蓮夢を信じている、そして俺の選択が誤りでない事を願っている。 「俺の相棒は、こう言う時強いんだ……。そんな事より、ユーチェンがサイキック と衝突すると押し負ける可能性が高そうだ。俺とお前でフォローした方がいい。や れるな? 鵜飼……」 「力が拮抗し合った時、網の目を潜られる様に押されてしまう。悔しいけど、私の 経験不足だ」 面を外したユーチェンはバツが悪そうに肩を窄めていた。サイキックを発動させ る感覚は、蓮夢のデジタルブレイン同様に理解を超えた感覚で想像もできない。そ の目には見えない力と力のせめぎ合い。 ユーチェンの話し振りだと、力加減とはまた違う感覚でアプローチしないと勝て ないらしいが、だとすれば同じサイキックの練習相手でもいないと、鍛える事は困 難だ。その点は組織化された環境に分があるな。 「心配するな、フォローしてやる。手裏剣にも苦無にも“例の毒”をコーティング してある。薬で麻痺していても、あの痛みは誤魔化せない」 「最悪……。間違っても私に向けないでよ」 鵜飼の刃物には、そんなエゲつない物がコーティングされているのか。ユーチェ ンの顔が嫌悪感に歪んでいた。この言い振りだと、鵜飼の奴、ユーチェン相手にそ れを使ったのか。 俺と蓮夢も、鵜飼とユーチェンも、敵対関係から始まり紙一重の差で今に至って いるのだと、改めて感じる。 目の前の二人にもしっかり集中しなくては。とは言え、どうしても蓮夢の事が気 になってしまうな。――もう、どうする事も出来ない。 昔には戻れそうにないな、何もかもが違う。俺も変わってしまったし、この歪で 超越した三人は、あの頃の戦友達とは違う。同じにしちゃいけない。 肩の力を抜こう。張り詰めても視野が狭まるだけだ。リーダーとしての務めは果 たす。同時に俺も俺の想いの為に全力を尽くそう。――アイツがそうしてる様に。 「さぁ、もう一踏ん張りだ。集中するぞ!」
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