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15.― KOGA LIU ―  なんと、末恐ろしい二人であろうか。  殺し屋の鉄志。情報のみでも腕が立つ事は分かっていたが、これ程とは。射撃の 精度や見事な立ち回り、何より恐ろしいのは、これだけの大勢を殺めても顔色も呼 吸も全く乱さずに規則的に実行し続ける集中力だった。  何故、心乱さずにこれだけの事を淡々と行える。俺ですらいい加減、心がキツく なってきて乱れてるのに。  実力とは違う部分に圧倒され、己の未熟さ、経験不足を痛感させられた。  そして蓮夢。コイツは俺の理解を超えていた。ハッカーの具体的なテクニックな んて知らないし、どんな仕組みのサイボーグなのかなんて分かる訳もない。  ただ確かな事は、今、この高層ビルの全てのシステムは、文字通りヤツの思いの ままになっていると言う事だ。  どんなシステムでも、一度ハッキングすれば、頭でイメージした通り自在に操っ ていた。  そんな恐るべきポテンシャルを秘めたサイボーグが、輝紫桜町の男娼だと言うの だから、益々謎めいている。  女々しい仕草に下劣な物言い、そのくせやたらと頭が切れる。いけ好かない男だ ったが、この修羅場をやり遂げ目的を果たして見せた。  負傷した蓮夢を連れて下る非常階段は歩みが遅くなるが、もうじき一階に辿り着 く。銃声と叫び声は大分遠くなってきたが、依然として止む気配はなかった。  蓮夢の話では、ビル中の監視カメラを見ながらシャッターの開閉で誘導し人間と オートマタを戦わせているらしい。オートマタが殺す事はないと言うが、エゲつな い事をしているな。  蓮夢に肩を貸して一段一段、階段を下りる鉄志の前を先行しながら下る。  「蓮夢、しっかりしろ。もう少しだ」 「大丈夫……」  このやり取りも、もう五回目ぐらいだ。蓮夢は一言返すので精一杯。鉄志の呼び 掛けは蓮夢が気を失わない為。  息遣いで分かる。蓮夢は肋骨を数本やられている。俺の放った刃の一撃も深手に なっていた。肩から腕を伝って血が滴っている。こうなるのなら放つべきじゃなか ったと後悔する。  ハッキング中の目や鼻から流れ出た血は、何処を損傷したものかは分からないが 異常な状態である事は明白だった。――蓮夢は既に限界を超えている。  ここでモタモタしていても仕方ない。俺も肩を貸してやった。 「まったく、勢い任せにとんでもない事をしちまったよ……」 「災難だったな。だが遅かれ早かれ、こうなっていた」  確かに何度なく俺達は交差していた。鉄志に関しては接触せず、情報だけに留め ていたのは“組合”を警戒しての事だった。  収穫はかなり大きい。しかし、厄介な事になった。  このビルを無事に出られとして、明日からどうなるのか。世界の裏側に潜む巨大 な“組合”が、俺を通じて街の小さな行政を認識する。  今更だが、氷野市長と鷹野になんて話せばいいか。独断専行にも程がある。責め 立てられるのは目に見えていた。  だが、今日のこれを逃していれば、今度こそ致命的な後手に回る事は間違いなか った。鷹野を味方にして結果論で押し切れればいいが。 「お前達はどうするつもりだ?」 「逆に聞きたいな、俺達をどうする気だ鵜飼? お前等、行政機関は海楼商事の裏 にいるフィクサーを含めて、どこまでやる気だ?」  鉄志は既に腹を決めているらしい。公僕の俺や行政機関と関わりを持つ事に。そ れとも、それぐらい大した事ではないとでも見せ付けているのか。  このままだと、犯罪者として生贄に出来そうなのは蓮夢ぐらいか。しかし、鉄志 がそれを許すとも思えないが。 「答える訳にはいかないな」  マニュアルに沿った様な受け答えに留める。鉄志の方も始めから期待してない。  港区を牛耳る犯罪組織が消えれば、正直俺達はこの件を終わりにしてもいい。  そうか、それも氷野さんとの交渉材料になりそうだな。 「俺はこのデータを組織に渡せば任務完了だ。蓮夢はその先へ行こうとしている」 「先と言うのは……」 「俺は付き合ってやるつもりだ“組合”抜きで個人的に、蓮夢の相棒だから。こい つの受け売りになるが、同じ方向を向いてるんだ。だから横を見れば、お前がいて 俺達がいる……。お前次第だ鵜飼。俺は何時でも“二発で仕留める”それだけだ」  やはり蓮夢を狙うと、もれなく鉄志が立ちはだかると言う図式だ。相棒と言って るが、本当にそれだけの関係なのか。随分と絆を通わせているが。  鉄志の雰囲気から想像し難いがこの男と――気色悪い関係なのだろうか。 「脅しのつもりか?」  鉄志はそれ以上は答えなかった。聞こえるのは階段を下る三人分の足音と乱れた 呼吸音だけ。  鉄志の言うその先と言うのは、人身売買で囚われた人々の事か、それとも海楼商 事の上に立つ本物の黒幕との決着か。いずれにしても、組織抜きで個人的な行動に 出ようしてる。  氷野さんは人々の救出も視野には入れている。俺自身、ユーチェンの為にも手を 貸したいと思っている。  確かに向いてる方向は同じだ。――俺次第か。  犯罪組織と行政機関、そしてアウトロー達。どう考えても組める筈がない。容易 い事じゃないだろ。 「送信した……」  あと数段で一階と言うところで、蓮夢が口を開いた。 「鵜飼いの携帯、容量が足りなくてデータ渡せない……。テツとクライアントには 送れた……。暗号化されたデータの解析には時間はかかるけど、俺じゃなくても解 読できるよ……」  蓮夢の全体重が俺と鉄志にかかる。大して重くもないが、脱力した人間はかなり ズシリとくる。  ヨレヨレになっていても。脳内は忙しなく作業を行っていたらしい。  自分のすべき事を、全てこなしてから気絶したようだ。  やっと一階に辿り着く。鉄志は一度、蓮夢を下ろして様子を見ている。 「自分に失望して、未来と向き合わないから、何時も誰かの為に必死になる……」  独り言か、俺に向けたのか。鉄志は気を失った蓮夢の脈を見てる。  益々謎だった。地獄も比喩される輝紫桜町で売春なんかをやってる男が、何故人 助けの為にハッカーをしているのか。何故こうも気高くあれるのか。俺にとっては 嫌いな人種であり、犯罪者の肩書きを持つ者なのに。――尊敬せざるを得ない。  いずれにしても、早いところ脱出すべきだ。詳しくはないが、蓮夢が気絶したの ならビルのコントロールも無効になるかもしれない。 「早いところ脱出するぞ。裏口まであと少しだ」  この扉を開けて二階へ続く階段を越えた反対側に裏口にへ続く廊下がある。そこ から外に出られるそうだ。  二人で蓮夢を担いで扉を開ける。視界一杯に、だだっ広いロビーが映る。  あともう少し、一瞬気が緩んでしまった。そのせいで数メートル先にいるデカブ ツと目が合っても、考える事が出来なかった。  鉄志に非常階段の出口まで押し戻される。間髪入れず凄まじい弾幕が襲い掛かっ てきた。絶え間ない発砲音とけたたましいモータ音――チェーンガンだ。  大型のオートマタが何故、ロビーに配置されているんだ。どこから湧いて出てき たのか。蓮夢が健在なら何とかなったのだろうか。上の階の連中の誘導に集中し過 ぎて、此処が疎かになっていたのか。  大口径の弾丸は壁の一部を貫通して粉砕する。しゃがみ込んで縮まるしか防ぎ様 がない。  この弾幕と距離では間合いを詰める事も出来ないし、あんなデカい金属の塊を切 り付けたところで倒せるものじゃない。  鉄志の得物は拳銃のみ。太刀打ちできる状況じゃない。どうする。 「間もなく弾切れだ! 打って出るぞ!」  本気で言ってるのか。確かに隙は生じるが、それで何が出きるんだ。ヤケを起こ してるんじゃないだろうな。 「無謀だ! 勝てるわけないだろ!」 「なら俺が引き付ける! 蓮夢を連れていってくれ!」  馬鹿な、囮になって死ぬ気か。確かに蓮夢の利用価値は大きい。生かすべきだ。  この場を乗り切れたとして、追っ手を振り切るのは不可能だ――降伏して機会を 伺った方がいい。その場で殺される可能性もあるが、他に選択肢はない。  チェーンガンがカラカラと音を立てて、全弾を撃ち尽くした。  外の様子を伺う。数人の人間とオートマタが警戒しながら近付いてくる。デカブ ツのオートマタも予備のドラムマガジンを再装填していた。 「奴等、外からの増援か。蓮夢のコントロールを受けていない……」 「鉄志、降参した様に見せかけて、機を伺おう」  鉄志は俺の提案に否定も肯定もしてこないが、闘争心に満ちた鋭い目は変わって いなかった。年齢の割に血の気が多い質だ。  蓮夢を抱えた状態では、かなり厳しいが、やるしかない。――覚悟を決めろ。  互いに意を決してロビーに出た。全ての銃口がこちらを睨み、怒声に曝される。  両手を上げて降参して見せようとした、その瞬間。ロビーから三階にかけての巨 大なガラス張りを黒い塊が突き破って吹っ飛んで来た。――オートマタの残骸。  無惨な鉄塊が大理石の床に叩き付けられ、破片を撒き散らす様に全員が釘付けに なった。  何が起きんだ、理解が追い付かない。その中、鉄志だけは敵の位置のみを見据え ている。俺の方は飛び込んで来た残骸から今だに目が離せなかった。砕けたガラス 張りから再び黒い物体が飛び込んで来る。  飛び込んで来たその姿に関しては、えらく見覚えがあった。なんて事だ。 「ユー……」  余りに突然の事で、うっかり名前を呼びそうになってしまった。鉄志が横目にこ ちらを睨んでいた。――ユーチェン。  オートマタが一斉に踵を返し、ユーチェンに向かっていく。この場で今、最も驚 異的な存在は間違いなく、九尾の黒狐だった。  ユーチェンは相当気が立っているらしい、向かって来るオートマタに対して、躊 躇なく襲い掛かって行った。  鉄志も間髪入れず、拳銃を取り出し次々に敵に弾丸を撃ち込んでいく。少し出遅 れたが、俺も応戦した。この機を逃すな。  大破したオートマタの残骸を盾にしながら、オートマタ共の銃撃を防ぐと同時に ハンマーの様に振り回す。人間サイズのオートマタは、その一振で粉々になった。  大型オートマタの残骸を二つに千切り、増援部隊に向かって放り投げる。敵も呆 気ないぐらい派手に吹き飛ばされていった。 「あの狐の化け物、お前の仲間か?」 「あ、ああ。そんな所だ……」   何故、ユーチェンがアクアセンタービルにいるのか。しかし、今はそんな疑問が どうでもよくなる程、ありがたいと思えた。  大型オートマタのチェーンガンがユーチェンに向けられる。ユーチェンはかき集 めた残骸を盾に弾幕から身を守る。しかし長くは持たないだろう。  大型オートマタに接近して“大蛇”で頭を突き刺し、そのまま鎖を目一杯伸ばし てチェーンガンが装着された右腕に巻き付けて縛り上げた。これでしばらく撃てな い。 「鉄志、蓮夢を連れてさっさと逃げろ……。此処は俺達が引き受ける!」  鎖を足で踏みつけて、オートマタを抑え付ける。  大して長い時間ではない。しかし、俺と鉄志の目は、多くを語り合った様な感じ がした。俺達はもう、これきりなんて事はあり得ないのだ。  非常階段の入口で気を失った蓮夢を両肩に担いで、鉄志は脱出の準備を進める。  左腕に固定していた携帯端末を外すと、俺の胸元に押し込んできた。海楼商事の データが入った端末だ。 「俺と蓮夢を邪魔したお前に、これを渡したくない。それが本音だが、蓮夢は筋を 通す奴だ、それに免じてくれてやる」 「お前はどうする?」 「また、蓮夢からもらうさ……」  これで、大きく前進した。ユーチェンにとっても、氷野さんにとっても。いずれ は敵になるやもしれない二人。俺が忠義を尽くす正義では図れない二人。  オートマタの抵抗が強まる間もなくユーチェンが間合いを詰めて、尾を四本オー トマタに突き刺し、更に念動力で胸の動力部を凶暴に抜き出した。火花を散らしギ シギシと音を立てオートマタが停止した。  片手をさらりと振って、鉄の塊になったオートマタが浮き上がり、背後に移動し て盾になる。  ユーチェンが目の前に迫ってきた。いやに圧を感じる。狐の面越しにしっかり睨 み付けられていた。 「一人で抜け駆けか? これだから忍者と役人は胡散臭いんだ……」 「黒狐、説明は後だ。そこの入口まで盾になってくれ」  オートマタの残骸と、八本の尾が盾になって敵の攻撃を弾いている。この防御力 は本当に助かる。このまま裏口まで行って、一先ず二人を逃がして。俺とユーチェ ンも脱出だ。  冷静な鉄志であっても、流石にユーチェンの奇抜な容姿には戸惑いを隠し切れて いなかった。あのパワフルで獰猛な戦い振りも、初めて見る者は圧倒される。   「そいつ等は?」  今のところ敵の攻撃は防げているが、こんな状況で悠長に話している場合でない だろ。少し前の俺と同じでユーチェンはあからさまな警戒心と敵意を向けていた。  当然、鉄志もその雰囲気を受け止めてヒリ付いている。  「お前、サイキックか。九尾の狐とは随分と凝った趣味だな」 「褒め言葉、そう言う事にしておいてやる……」  鉄志からはそれなりの威圧感を感じるが、ユーチェンも物怖じする事なく言い返 した。  間に入ってフォローしてやるべきか。正直なところ、今の俺にそんな余裕はなか ったし、そう言うのはそもそも苦手だった。  裏口に通じる出入り口の防火ドアをユーチェンは尾で貫き、引き剥がした。それ も盾代わりにするらしい。 「そのジャケット……」  ユーチェンの声色が変わった。蓮夢のジャケットに反応したらしいが、これ以上 は限界だった。次の行動に移らなければ。 「黒狐、集中しろ! 俺達も残りを蹴散らして脱出するぞ! さっさと行けよ!」 「後で会おう……」  蓮夢を担いで鉄志は裏口目指して走って行った。次に会う時、どうなるか。後で 会おうなどと、意味深な事を言う。――再会は避けられそうにない。  それにしても、ユーチェンの雰囲気は急に変わってしまった。さっきまでの殺気 立った気配が消え、今は動揺していた。一体何が。 「ユーチェン、海楼商事の裏稼業に関する全ての情報が手に入ったぞ。その中に必 ず攫われた人達の居場所に関する情報もある。これで悪党共は終わりだ、港区も解 放される。俺達はやったんだ!」  厳密には蓮夢のハッキングが最も貢献しているが。俺や鉄志、そしてこの場にユ ーチェンが来なければ成功しなかった事は間違いない。  だからこそ、最後の仕上げだ。あの二人を含めて、全員無事にこの場を去る。  ユーチェンは言葉を噛み締めた後、オートマタの残骸を敵が留まっているインフ ォメーションカウンターへ向かって弾丸の様に投げ飛ばした。轟音と共に爆発に近 いぐらいの派手な火花が噴き上がった。  「彩子さん、広場に車出せますか? 鵜飼と合流しました……。此処にはもう、用 はない。出るぞ鵜飼。私の傍から離れるな」  尾に貫かれた防火ドアと八本の尾が前後左右、疎らに散った敵共の銃撃から身を 守ってくれる。  会う度に、共に戦う度に、ユーチェンからは――成長を感じた。  尾と尾の隙間から、残りの苦無や手裏剣を放って仕留め、入口まで辿り着く。や っと、アクアセンタービルの外へ出れた。開けた広場のど真ん中、数十メートル先 に車を乗り上げた彩子が待っていた。――応戦している。  彩子がサブマシンで応戦している先には、数台の十トントラックが止まり、大き く開閉されたウィングサイドパネルから、オートマタが溢れて来る。ロビーにいた 増援はこいつ等だったのか。  広場もアクアセンタービル内も残骸と死体で阿鼻叫喚の様相を呈している。夜が 明ける頃には大事になっているな。 「これ全部、お前がやったのか?」 「忍者やサイボーグと戦うよりは、楽な相手だった」  そう言えば、エレベーターの中で蓮夢がオートマタがビルの外に配置されている と言っていたが。――そう言う事か。  同じ方向を向いている。相入れる事のない立場と事情を持ちながらも、四人のそ れぞれの行動が実を結んだ。  偶然、必然、因果、縁。捉え方は何でもいいが、実感に心が打ち震える。 「二人とも無事なの!」  車のフロントを滑り、ユーチェンが前に出て尾で防御する。 「私は大丈夫です。それより鵜飼が……」  否定はしない、実際ボロ雑巾だからな。スタミナも切れてる。飛び込む様に後部 座席に入り込んだ。  ユーチェンは彩子を守りながら、運転席へ誘導して、自らも後部座席に飛び込ん だ。九尾の黒衣で席はギチギチに詰まった。  急発車する車は段差を飛び上がって、車内が派手に上下する。後ろから飛び交う 銃弾がカツカツと車体に穴を開けた。――何とか逃げ切れた。  数分ほど走り続けたところで、ユーチェンは面を外し息を荒げた。俺もマスクを 外したかったが、まだ緊張が解けないままでいた。 「ユーチェン、パソコンにデータが送信されてきた。彼が手に入れてくれたみたい よ、海楼商事の全ての情報を」  彩子から手渡されたノートパソコンをユーチェンは開いた。俺には彩子とユーチ ェンのやり取りを理解する事が出来ず、混乱の前兆を見せていた。一体何を手に入 れたと言うのだ、俺達と同じ物をか。彼とは何だ。  パソコンのモニターを見つめるユーチェンも同じだった。欲しかった海楼商事の 情報。普通なら喜ぶべきなのに、硬い表情と戸惑い。その目が俺に向けられる。 「そんな……。鵜飼! さっきの人達は? あの怪我をした人は?」  胸倉を掴まれて揺さぶられる。俺達は――同じ方向をむいている。  ここまで来て、俺達が今手に入れた情報が、別ルートで手に入るなんて、そんな 偶然や奇跡はあり得ないんだ。だから。 「ちょっと待て、それじゃ……。お前達の情報源と言うのはCrackerImp だったのか?」  依然、動揺したままのユーチェンから視線を彩子へ移す。バックミラー越しに見 える彩子の左目は俺を見て、点と点が繋がった。なんて事だ。 「こんな、こんな事って……」 「どうやら、命懸けで手に入れてくれた様ね」  彩子の言う通り、命懸けだ。俺も鉄志も勢い任せに不可能に挑んだ。やはり無謀 だった、絶望だと言う思考を何度となく殺しながら。  そして蓮夢も、気に入らないヤツだが、アイツが最も命を削って戦っていた事は 認めざるを得ない。 「彼は、彼は大丈夫なの? 鵜飼、説明しろ! 何があったんだ、輝紫桜町で何を していた!」  掴まれたままの胸倉を再び揺らして来る。いい加減、鬱陶しかったが、抵抗する 気にもなれず力も入らなかった。 「落ち着けよユーチェン、全て話す。アイツなら大丈夫だ、優秀な相棒が付いてる から……」  こんなにも無力で無責任な気休めもあったものだと、我ながら呆れてしまう。そ れでも、俺もユーチェンも今は信じる事ぐらいしか出来なかった。  夜明け前が一番暗いと言われている。答えを手に入れたと言うのに、僅かな光す ら霞んでいた。  これから数時間後、数日後に何が起きる。まるで見当がつかない。  俺達も、あの二人も――まだ闇の中にいる。

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