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8.― PORNO DEMON ―  何度、気を失ったか。何度、苦痛に叫んだか。  感覚は麻痺しても全身が脈打っていた。もう、残っているのは恐怖となけなしの 意地だけだった。  こんなにボコボコにされたのは何時以来だろうか。多分“ナバン”が消えてから はなかった筈だ。  皮膚の弾ける音が部屋にこだまして、ギャラリー共が煽っている。呻き声を出す のが精一杯だった。背中から全身にビリビリと激痛が巡り、身体が震える。  一体何を使っているのか、打ち付けられる度に皮膚が裂けて生ぬるい流血を感じ た。  痛みと恐怖が増していく中、散らばっていく思考を掻き集めようと歯を食いしば る。今の自分に何が出来るのか、すべき事は何か。痛みから逃れたい一心がせめぎ 合っている。 「オカマ野郎にしては根性あるじゃないか……」  此処に連れて来られる間、途切れ途切れの意識の中でテツに渡していた“インセ クト”を起動させる事は出来た。断片的な情報でも、テツなら状況を理解できる筈 だ。  足を引っ張ってしまった。あと少しってところでしくじった。テツに助けを求め た事が後ろめたい。  雅樹は裏切り者だし自分で蒔いた種でも、巻き込んでしまったと言う罪悪感が胸 を締め付けていた。だから――もっと思考しないと。 「こんな奴が腕利きのハッカーとはな、ハッカーなんて白豚みたいな奴だと思って たのにな」  頭の後ろで喋っている奴が縄を引き、崩れかけてた身体を無理矢理立たせる。縄 が軋み、腕が折れてしまいそうだ。  上は全て剥ぎ取られて、両腕は後ろで縛られ吊し上げられている。  何が目的なのか、何かを聞かれる事もなくリンチにあっていた。  このまま、なぶり殺しになるのだろうか。やっぱり、死ぬって苦しいな。かとい って一瞬で死ぬのも酷く恐ろしいって事を知っているから厄介だ。  まだ、この心は死を拒絶していた。正直、苦痛に堪えられなくなってきてる。だ からって楽になろうなんて思うな。テツが来るかもしれないんだ。 「おい、大分辛くなってきたろ? 目を見れば分かるぞ。考えてるんだろ? どう すれば楽になれるかって……。まだまだ終わらないぞ」  煙草の煙を吐きかけられ、再びリンチが始まる。踏ん張って痛みに堪える力も残 っていない。  みぞおちを殴られ息が詰まり、背中も何度も打ち付けられる。もう無理だやめて くれと、思考を遮り全身が悲鳴を上げている。――早く終わってくれ。  気を失いそうになる寸前で、やっと息が出来る様になる。何もかもがかき乱され ていく。――もっと思考しないと。今、出来る唯一の抵抗はそれだけだ。  目の奥に表示されるタスクを正しくは把握できないが、無線が遮られてる状態な のは理解できた。此処が地下だからだろう。外部には届かず何にもアクセス出来な かった。  アクアセンタービルの地下エリアのボイラー室。この場には七人。  テツに預けて“インセクト”ならこの地下に来れば、俺の居場所を伝えるぐらい は出来る筈だ。  唐突に髪を掴まれ、顔を上げられる。相手の目を直視できなかった。完全にビビ っていた。僅かな動きにもビクついてしまう。 「殺してもいいって言われてるんだ。皮を剥がしたり、指を落としたり、やろうと 思えば何でもやれるんだけどな、服従させてこっち側の駒として使う価値もあるっ て、上は言ってるんだけどなぁ……。どう思う? インプちゃん……」  煙草を胸に押し付け様として来る。反射的に身体が萎縮した。ガキの頃、何度と なく味わってきた苦痛だった。ハッキリ覚えている。クソな父親が笑いながら煙草 を押し付けて来るのを。  そうか、諦めさせて屈服させるのが目的だったのか。  “ナバン”に買われた未成年の子達や、クソな父親が俺に使っていた手段と同じ だ。絶望させて諦めさせて、そんなものだと思う様になって逆らわなくなる。  俺は何時も、心の中で唱えていた。ほんの少しの辛抱、早く終われ、早く終われ と。そうやって耐えて来た。俺には――それしか術がなかった。 「何が狙いなのか知らねぇけど、このビルのシステムに随分ウィルスをバラ撒いて くれたそうだな、たがそれも無駄に終わる。あと数日で全て除去できるそうだ。上 には上がいるって事を弁えないとなぁ。お前よりも数段格上がいるんだ。そいつか らは二度と逆らわない様、しっかり痛め付けてから利用すべきだとさ、奴隷の様に な……」  あれだけのマルウェアをこの期間で、それも初期化もせずに個別に除去するなん て不可能だ。ハッタリだと思いたい。  そんな芸当が出来るとすれば、何度となく戦ってきたセキュリティAIの“ガー ディアン”ぐらいだが、“そいつ”って言い方が気になる。コイツ等はAIの指示 で動いていると言うのだろうか。それとも。 「まだ反抗的な目をしてるな……」  熱いのか痛いのかハッキリしない、不快で耐え難い感覚に口元から血の混ざるよ だれが漏れ出る。潤んでいく視界、蔑みほくそ笑む奴等。辛い、情けないと感じて しまう感情すら心を蝕む毒になっている。挫けてしまいそうになる。  何かで繋ぎ留めないと、苦しいけど正気を失う訳にはいかない。ましては屈服す る事だって許されない。俺のしてきた事の先には、助けを待つ人とそれを追い求め てる人達がいる。だから、ここで砕ける訳にはいかないんだ。  この瞬間、何か出来る事はないか、しくじった分をどう挽回するか、ここの連中 を上手くかわすにはどんな会話が良いか。思考すべき事は沢山ある筈だ。  いや、何をしても無駄なんだ。俺の心が完全に砕けるまで、コイツ等はこのリン チを止めないのだろう。適当な嘘は通じない。  俺に残っている手段はたった一つ。心を閉ざして諦めて、時が過ぎるのを待つ事 だった。  ガキの頃に覚えた防御策。ほんの少しの辛抱だからと、自分に言い聞かせて、早 く終われ、早く終われと。それだけに集中する。 「おい、コイツ輝紫桜町の男娼だよな? 田畑お前、男イケる口だったよな? 可 愛がってやれよ。そうしたら少しは素直になるかもな」  ベルトを外されて、下腹部まで下げられる。嘘だろ、どうして。どうしてこんな 所で。嫌だ、嫌だ、嫌悪感が心を侵食していく――真っ黒に染まっていく。 「そいつはいいな、ガリは好みじゃねぇけどよ……」  ほんの少しの辛抱、早く終われ、早く終われ。腕は縛られたまま、吊り上げから 解放され、田畑に支えられる。  周りの連中から煽る声が飛び交い、卑猥で醜い視線が注がれる。  嗚呼もう、どうしようもない。――ほんの少しの辛抱だから。  地面に押し倒される。もう、全身の痛みすら、どうでもよくなる程の諦めが心を 満たして閉ざされていく。  されるがままに脱がされた後は、自ら姿勢を上げて、受け入れる姿勢に入る。  下手に拒んだり暴れると、必要以上に身体が傷付く事になる。すんなり受け入れ て早く終わらせてしまえばいい。手慣れたものさ。――悔しいな。  大した事じゃない、ただのセックスだろ。数日前まで、当たり前に誰とでもして た事じゃないか。だから大丈夫。  心も思考も閉ざされた。今はあの人の名前や姿を思う自分に嫌悪感が込上げて来 た。ほんの少しの辛抱。早く終われ、早く終われ。  下唇を噛み締める。覆い被さってくる田畑を他所に煙草を押し当てたクソッタレ を見上げて睨む。  どうなるかなんて分からない。恐怖や苦痛に負けて別人にならないなんて保証は 何処にもない。自分を信じられる程――俺は強くなんかない。 「お前等、高くつくぞ……。俺は安くないんだ……」  このクソみたいな地獄を、ただひたすら過ぎ去るのを待つ事しかできない。

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