作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 気がつくと彼は、夏のような分厚い雲が漂う青空と、美しい草原を見ていた。  磯の香りがするため、近くに海でもあるのだろう。  そして座っている尻の感じと目線の高さからして恐らく椅子に座っている。  しかし特筆すべきはそこではない。目の前に杖を持った怪しげな男――というよりはおっさん――がいるのだ。 (俺は……助かったのか。という事はさっきのはひどい悪夢? じゃあここは天国で目の前にいるのは……神様?)  様々な疑問が頭を巡るが答えは出てこない。  さらに体が思うように動かない。左右を見ても周りは相変わらずの草原だ。完全にどうしようもない。 (なんとなく話しかけたくないんだけどなぁ……) 「あぅ、ぁ!?」  神様(仮)に話しかけようとしたが何故か上手く発音できない。しかも若干声が高い。  だが声の高さ違和感を感じる時間もなく、おっさんは伺うように彼に語りかける。   「今の自分の状況わかるか?」  彼は首を振る。今わかっているのはおっさんが神様にしては小汚い事くらいだ。 「まぁ期待してなかったが……よし、では単刀直入にお前の状況を説明しよう。……お前はこの地球で死に、この世界――アベルヘインに転生した。そして今お前は赤子だ」 「!?」  だがいきなり「転生した」と言われてもにわかには信じられなかった。  彼が疑うような視線を向けると、おっさんは冗談めかしたように肩をすくめた。   「まぁそりゃあそうだな。よし! ちょいと転生したことを実感させるか《念話》」 『あーあーどうだ? 聞こえるか?』 「うぇ⁉︎」  おっさんが頭の中に直接話しかけてきた。口を一切動かしていない事からも実際に念話をした事が分かる。 (死んで、目が覚めると念話をするおっさんに出会うとは……いや、念話ができるしやっぱり神様か?)    そんなどうでもいいことを考えていると男が――今度は口で――語りかけて来た。 「赤子とは言え元成人した人間だ。慎重に口を動かせば「念話」と言うくらい簡単だろ。念話と唱えてみろ」  何をこいつは言っているんだ? そう思いながらも舌と唇を丁寧に動かす。 「《ね、ん、わ》」 「じっくり言い過ぎだが問題はないだろう。ほら、なんか念じてみろよ。当ててやるから」 『そんな訳ないだろ』 「そんな訳ないだろ、と念じたな?」 「ぇ!?」  思わず素っ頓狂な声で叫んでしまう。自分にも念話ができた? 唱えるだけで? そんな疑問が駆け巡り、思わず1つの感想を念じる。 『そんなの魔法の世界じゃないか……』 「よく分かったな。ここは地球とは全く違う、いわゆる“剣と魔法のファンタジー世界”ってやつだ」    急展開すぎて聞き逃しそうになったが、かろうじて“剣と魔法のファンタジー世界”という言葉が耳に入った。ずっと働いていた彼の前世――康弘――だってその言葉を聞いたことくらいはある。今時のラノベはそういうものが流行っていると。ドラゴンクエストのようなものだとは知っているが読んだ事は無かった。   (こんな事になるなら少しくらい読んでおくべきだった。読んでいなくても大丈夫か?)  だが彼の心配は神様(仮)によって杞憂となる。 「なんか戸惑ってるみたいだし、この世界について説明するか」 『! よろしくお願いします!……あの、その前にあなたは神様なんですか?』 「たしかに、自己紹介がまだだったな。俺の名前はヴァージル・デルモンドだ。神様ではないな」 『で、俺様が強欲の賢王ワイズキング・オブ・グリードだ! グリードと呼べ!』  彼は突然杖が話したため、驚いたものの、すぐに納得したような顔に戻る。先程のような――唱えるだけで念話ができる――経験をしたのだから当然と言えば当然である。二度は驚かない。 (なんか俺、胆力上がった?)   「見ての通り、いや聞いての通りか? どっちでも良いがこいつは自我がある杖だ。まぁ俺の相棒だわな」 『なるほど、僕の名前は鈴木康弘です。こっち……アベルヘインでの名前は分かりませんが』 「お前のアベルヘインでの名前はエインズ・ニールセンだ。俺の養子ということになっている」 『なるほど……1つ気になるんですが僕は孤児院出身、ということですか?』 「………………そうだな。俺が孤児院からうけとった」  転生した後も孤児院出身という数奇な運命に感心していると、ヴァージルは改めてエインズに向き直る。   「まずは魔法だ。体の中にある魔力というエネルギーを消費し、様々な現象を起こすものだな」 『へぇ、じゃあさっきの念話も魔法ですか?』 「いや、それはスキルというものだ。スキルってのは“魔力を消費せず、技名を言うだけで使える。しかし、回数制限がある魔法”ってところだな。この世界の神様が他種属よりも弱い人間に与えた能力だ」 『じゃあこの世界には神様が存在するってことですか?』 「ああ、他にも神は人間に“天職”というものを与えた。たとえば【戦士】なら身体能力が高く、近接戦関係のスキルを手に入れやすい、とかな」 『じゃあ僕にも天職はあるんですか?』 「そうだな……強い不快感を感じるが調べるか?」 『はい!』 「じゃあ……いくぞ《鑑定》」  次の瞬間、激しい不快感と不安感に見舞われる。目の前にいるヴァージルに怒りが湧いて来そうになるレベルだ。 (まさかこんな直に来るとは……) 「大丈夫か?」 『ええ』  緊張して少し前のめりになってしまう。これでこの先の人生が決まるともなればなおさらだ。   「じゃあは読み上げるぞ。  種族は人間。  個体名、エインズ・ニールセン。  天職は【黒砂師くろすなし】  スキルは《転生者》《念話》《呪い―魔法使用不可―》《黒砂生成》《黒砂操作》」 『今、魔法使用不可と言いませんでした?』 「あ、あぁ……」 『黒砂師とはな! はっはっはっはっは!』 『グリードは知っているんですか?』 『あぁもちろんだとも! その天職はな、魔法が使えない代わりにビー玉1つ分程の黒い砂を生み出し、フワフワと浮かせる能力だとな!』  エインズは驚愕で口を無意識に開いていた。当然である。 『僕は農業でもしますか……モンスターとのバトルみたいなのを歳不甲斐も無く期待していたんですけどね……』 「ちょ、ちょっと待った!」  先程までのヴァージルとは思えないほどの大声を出していた。さらにはイスを倒して立ち上がっている。ヴァージルは明らかに焦っていた。若干汗もかいている。 「グリードが言っていたことには少し誤りがある! ばビー玉1つ分だ!」 『それがどうしたんですか?』 「私の下に付いていただけるのであれば、冒険者として大成する程の実力者にして差し上げます!」  側から見れば美しい草原で赤子にひざまずくおっさん、という思わず二度見するような光景が広がっていた。  しかも赤子に対し敬語で話している。   『おい、ヴァージル!』 「ハッ! いや、これはなんでもない。で、どうだ? 俺の元につくか?」 (酷く焦っていたな。そんなに焦らなくても大丈夫なんだが……だって) 『僕はそもそもヴァージルさんの養子なんですから、僕を育てるも育てないもヴァージルさんの自由ですよ?』 「あ……えっと、じゃあ今日から俺たちは師弟関係ってことだ」 『わかりました』 『よかったな、エインズがいい奴で。まぁ当たり前だが』 『えっと、じゃあよろしくお願いします』 『あとなんで俺様は呼び捨てで、ヴァージルはさん付けなんだ?』 『…………様付けにします』 『お前ぇ! 良くわかっているな!』 「あと、俺にさんは付けなくていいぜ」 『わかりました。ヴァージル、グリード様』 『じゃあよろしくなエニ坊!』 『エニ……え?』

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません