「魔王の迷宮と聞いたからもっと禍々しいものを想像していたんですが……まさかただの森にあるとは思いませんでしたよ」 魔王の迷宮は、エインズ達が住む熱大陸付近の海底にあるダンジョンだ。 そもそも、魔王の迷宮と言う名前はヴァージルが考えたものであり、まだ公には知られていないダンジョンである。 「お! そうだよな、名前と雰囲気が合ってないよな。このダンジョンの名前の由来はだな……」 『聞いてないわ! とっとと行くぞ!』 「そ、そうですね」 そもそもダンジョンとは最奥に魔界門――魔大陸とつながるワープゲートのような物――がある遺跡や洞窟などを指す。そして魔界門の大きさに比例して魔大陸から渡って来る魔物の強さも変わってくる。 また、特に大きな魔界門であれば極稀に魔人が渡ってくる時もある。 「俺たちは本当にやばい時しかお前を助けない。それでいいよな?」 「はい。ダンジョン難易度100までのうち、7なんですよね。だったら心配いらないと思います」 『ヴァージル以外と一緒に戦うなんて何百年振りだろうな! 楽しみだぜ!』 荷物の確認を終え、エインズたちはダンジョンへと足を踏み入れる。ダンジョンの中は少しひんやりとしており、少し糞の匂いが漂っている。 「《光玉生成》」 エインズがスキルを唱えると、光玉が生まれ、ふわふわと浮き始めた。 光玉のおかげでダンジョン内にある程度の明るさが生まれる。 それにより前方にスライムを確認。光に気が付いたのか、スライムが光る玉に向かって突進してきた。 エインズは若干格好つけた感じでグリードをスライムへ向ける。 「座学のときにこっそり考えていた技ぁ! 〈砂砲弾〉!」 するとグリードの先端に黒い砂が発生し、一つの塊となる。その塊はスライムめがけて飛んで......行かなかった。 「え!? うわっ!」 エインズが外したことに驚いている間に、スライムに光玉を破壊されてしまった。 ヴァージルが笑いをこらえている音が聞こえるため、恥ずかしさは倍増だ。 エインズはスライムに対し、若干理不尽な恨みとグリードを向ける。非常に暗いがこの距離ならば見える。 「〈砂圧縮〉」 すると今度は、スライムの上に円盤状の黒いモノが生まれた。それは瞬く間に地面と激突。 そしてダンジョンに響くグチャリという汚い音によって、スライムを倒した事を確認した。 『手際がわりぃなぁ』 「すいません......」 『お、向こうから三匹来てるぞ。挽回してみろ』 「はい!」 同胞が殺されたためか、光玉がないからか、今度はエインズに向かって突進してきた。 「あんまり見えないな......」 先程の〈砂砲弾〉は重い一撃を与えるものだ。しかしこの技は“ビー玉一つ文ほど”の小さな塊を無数に相手にぶつける技である。 先程の失敗から学び、今度は狙う力を要求しない技を選んだ。 二度は失敗しない。 「〈砂乱撃〉」 今度はダンジョンの壁が削れる無数の音と、スライムが削れる音がダンジョンに響いた。 『倒したは倒したが......その技はコスパが悪すぎやしないか?』 「四分の一ほど使っちゃいました……」 『はぁ……スライムに対して火力が高すぎる。もっと節約しろ。それにその技が通用するのも恐らく強いゴブリンまでだろうし……』 「まぁまぁ、とっとと先に進みましょう! 《光玉生成》」 一行はスライム、ゴブリンなどの魔物を倒しながら、ダンジョンの最奥――魔界門を目指してすすむ。 出発からそろそろ一時間が経とうとした頃、ようやく最奥に到着した。 「ここが最奥ですか……」 最奥の部屋の前には巨大な扉がそびえ立っていた。道中はただの洞窟であったのにこの扉だけ異様に豪華である。 ここを見れば誰しも魔王がいるのではないか、そう思うであろう華やかさだ。実際、彼がそうであった。 「本当に難易度7ですよね? その割にはゴツいというかなんというか、魔王でもいそうと言うか……」 『この先の魔力の感じ……どうやらこのダンジョンを実質的に支配している奴がいるらしいな。そこまで強くはないが』 「俺が一応この先にいるやつも確認している。そのうえでお前にちょうど良い難易度なんだから大丈夫だ。あ、あと俺は《不可視化》で隠れてるからな」 「……わかりました。本当は嫌ですけどね」 そう言いながら扉をゆっくりと押す。すると中にいたのは…… 「え?」 ただのスライムだった。 『違う、そいつじゃねぇ!』 グリードの大声がエインズの頭に響く。頭痛がするかのような衝撃だ。だがエインズはそんな事にかまっている暇はなかった。 魔界門の横の暗闇の中からオーガが現れたのだ。 オーガは苔むした岩のような汚い体で、白く輝く大剣を担いでいる。体の汚さと剣の美しさがはっきり言って不格好だ。 だが恐怖によってその不格好ささえも、オーガの恐ろしさを際立たせるものへと変わっている。 「こんなの、僕が勝てるわけ無いじゃないですか!」 「本当にやばかったら助けるから大丈夫だ! そのまま続けろ」 「スパルタすぎる……うぅ、しかたねぇ! やってやりますよ!」 大声を出すことで恐怖を紛らしながら、グリードをオーガの方へと向ける。 「〈砂砲弾〉」 今度はオーガの右腕を削る。道中での戦闘経験が役に立ったようだ。 (よし! いけ……) だがその自信はオーガの咆哮によって、霧のように消え去る。 「ガァァァァァァァ!」 「ひぃ!」 空気が揺れるほどの衝撃だ。 その恐怖で自分が醜態を晒している事など気づいていない。いや、気づくべきは目を閉じてしまったことだろう。 次の瞬間、空を切る音が耳をかする。 「あああああああああああ」 腕が放物線を描きながら宙に舞った。 痛みで最早立つことができず、うずくまってしまう。 幸運にもオーガは「最早こいつは警戒の必要がない」とでも言うかのように、剣で遊び始めた。 「あのっ」 「助けないぞ」 腕を切り落とされた痛みに耐えながら助けを求めたというのに! そんな思いと怒りが湧き上がる。 (いや、俺が油断したせいだ。怒りを向けるべきはオーガ! あいつは絶対にぶっ殺す!) 決意をしたは良いが痛みで立つことすら叶わない。しかしエインズは魔法使いだ。立てないところで問題はない。 更に相手は油断しきっているうえ、距離は目と鼻の先。砂砲弾は嫌でも外さない、いや、外せない。 なくなった利き手ではなく、普段は使わない左手を向け一言。 「死ねぇぇぇ!」 「がああああああああ」 オーガの腹に風穴が開く。最後にはオーガの血が垂れるポタポタという音と生臭い匂いだけが残った。 「やるじゃねぇか。まぁグリードでとどめを刺さなかったのはちと問題ありだがな」 「すみませ……あああああ!」 『今更になってまた痛くなったのか! 面白いやつだな!』 「とりあえず応急処置をするか」 ヴァージルの手際は非常に良いものであった。回復薬を塗り、包帯をしただけだが。 ダンジョンの最奥に着き、目標を達したため、三人は出口に向かう。 もう一度来た道を戻らないと考えると憂鬱であった。 しかしあの恐怖の打ち勝った自分にはもう何も怖いものは無いという自負がもあった。 「この腕、どうにかならないんですか?」 「そうだなぁ……腕を生やすとなると王都に行かなきゃいけないが……」 『あ、そういやお前王都に知り合いの剣聖がいるとかいってなかっ……』 突如ヴァージルが後ろを振り返る。 それに釣られるようにしてエインズも後ろを向く。 「なっ……!」 声を出したのはヴァージルかエインズか、いや、両方だろう。 「魔界門が巨大化!? しかもあのデカさ……おいグリード!」 『わかってる! 《不可視化》』 エインズの体が透明になっていく。 「お前はグリードを俺に渡して、物陰に隠れてろ!」 グリードを渡している間に魔界門に隙間が生まれる。 空気が重い。ここまで焦っているヴァージルをエインズは初めてみた。 「グリード、爆弾を床一面にやることはできるか?」 『もちろん《遅化爆発》』 「じゃあ俺も……スゥーッ《筋力強化》《心眼》《肉体硬質化》《風の加護》」 ヴァージルがスキルを準備を終えた時、それを待っていたかのように魔界門が完全に開かれた。
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