ヘリコプターが東京ドームの頭上を撮影していた。 これから起こる催しに向けて、テレビ局が中継をしているのである。 東京ドーム中にかつてナックが制作していたアニメ、『まんが水戸黄門』の主題歌である『ザ・チャンバラ』がかかり、軽快なムードを醸しつつこれからのイベントへの期待が会場中で広まっていた。 「何?この馬鹿みたいな催し」 隣で彼女が呟いた。 「馬鹿とはなんだい、国民全体がこの儀式のために盛り上がってるんじゃないか。」 あほらし、とまた彼女は呟く。 「現代に過去の人間を甦らして何が嬉しいんだか。 そんで何、水戸黄門の昔のアニメやらドラマやらの主題歌を合唱して、 果てには水戸黄門歴代キャスト、関係者インタビュー? いつから日本は水戸黄門フリーク国家になったんじゃい。」 「別にいいじゃないか、水戸黄門は国の宝。 国民みんなが水戸黄門の復活を待ちわびているんだぞ?」 「少なくとも私は待ちわびてない。」 「水戸黄門への愛が足りない奴じゃて。」 僕は彼女とともに東京ドームに向けての列を横切り、ファストパス用の道を歩いてゆく。 「それに、こんなに早く水戸黄門復活祭の会場に行けるのは僕が水戸黄門ファンクラブの会員だからじゃぞ?」 「気持ち悪」 「気持ち悪とはなんだい。」 会場に通され、指定された席を目指した。 やはりというか警備は頑丈で、みんなの水戸黄門への思いの強さが伺える。 僕たちは指定座席に着いて、開催を心待ちにしていた。 「あと数十分かぁ・・・待ち遠しいなぁ。」 「来るんじゃなかった。」 「なーんでそんな不服なの。」 「あんさんがどーしてもっていうから来てやったけど、 本来こーゆー人がいっぱい集まるトコロは苦手なの。 ノイズキャンセリングの耳栓と古典文学で時間潰すしか無いでやんすー。」 「待て待て待ってよ、水戸黄門復活祭なんてもう二度と見れないかもしれないんだから。 チケットも運良く二人分取れた訳だし、ほらきっと水戸黄門が復活した暁にはみんなが水戸黄門好きになってるはずだって。」 「ジジィ復活させて何が楽しいんだか。」 「何を、水戸黄門はただのジジィじゃないぞ。実は日本で初めてラーメンを食べた人間と言われているんだ。」 「知りませんわい。あと助さんと格さん未だにどっちがどっちか分かんない。」 「なんだと、それは日本の常識だぞ。 まんが水戸黄門では助さんには流星十文字斬りとゆー必殺技があるのだ。」 「そーいえばあんさんその流星十文字斬りって書いたTシャツ持ってたよね。 前からクソダサいと思ってたんだよね。」 「ちょまッ、そんなこと言うなよぉ。 まるで僕がクソダサいみたいじゃないかぁ。」 「存在そのものがクソダサいよね。」 「ひ、人の感性次第じゃッ。あれ限定生産で持ってるの他の人に羨ましがられんだぞ。」 「デートの日に着てきたら速攻別れるわ。」 「何をッ」 と、その時。 会場のBGMが『ザ・チャンバラ』から『あゝ人生に涙あり』に変わった。 水戸黄門復活祭開催の合図だった。 「始まるぞ!!」 僕は無償にウキウキしていた。 そして、東京ドームのディスプレイに映像が流れ始める。 流麗な画像に観客席全体がワッと盛り上がった。 やはり水戸黄門復活祭。 隅から隅まで豪華な祭りだ。 この祭りには水戸黄門の復活を祝して豪華アーティストも参加している。 彼女がこの祭りに来た理由は実は好きなアーティストの演奏を聞くためだけだったりする。 「ねえ、」 と突然彼女が僕に問うてきた。 「何?」 「水戸黄門ってどうやって蘇るの?」 「へ?」 「だーかーらー、水戸黄門はどーゆーロジックで現代に蘇るワケ?」 「それも知らないの?水戸黄門はクローン技術やAI技術・・・ 様々な科学技術や医療技術を結集させて今まさに生き返ろうとしているんだ。 人間の進歩を示す場でもあるんだ。」 「それ水戸黄門じゃなくても良くね?」 「いやッ水戸黄門じゃなきゃダメだねッ。何故なら国民みんなが水戸黄門が好きだから。」 「それ水戸黄門からすれば失礼じゃない?余計なお世話っていうか・・・ 自分が死んだ何百年もあとになって蘇らされるのを想像したら暴れたくなるわ。」 「うーむ・・・そこまで考えてなかった。けど政府もマスコミもみんなみんなこの祭りが素晴らしい催しだって言うから。」 「それただ単に政府とマスメディアの手の平で転がされてるだけよ。 人の気持ちをもっと良く考えることねー。」 「なんだかぐうの音が出ない。」 刹那だった。 会場のディスプレイの映像がプツンと切れ、銃声のようなものが二発会場に響いた。 噓だろう? だってあんなに警備頑丈だったのに。 拡声器のキーンとした音に続いて怒号のような声が会場に響いた。 「「水戸黄門の体を出せぇッッ」」 遠くて上手に見えないが、おそらくマシンガンを持ったテロリストが現れたのだろう。 「だから来たくなかったのに。」 彼女はまだ呟いていた。 「よく落ち着けるね、この状態で。」 僕は彼女の感性にやや引いていた。 「これが価値観の差よ。 水戸黄門復活祭などと祭り上げて人類の為と謳って、きな臭いったらありゃしない。 分からない?泣いているのよ・・・水戸黄門が。」 「水戸黄門が・・・泣いている?」 銃声がまやドンドンと鳴った。 「「聞けェッ、我々は反水戸黄門復活祭集団『悪・代・官』だッ。 我々は既に日本全国を裏で掌握しているッ。 日本は水戸黄門復活を利用し独裁国家を建国を企てているんだッ!! 水戸黄門とは実在の人物『徳川光圀』に脚色を重ね描かれ続けた偶像に過ぎないッ!! 少年時代は遊郭に頻繫に通ったり辻斬りだってしていた案外ワルだったのだッ!! 実在の歴史を虚構で塗りつぶし祭り上げプロパカンダに利用するとは断じて許されることではないッッ!!」」 拡声機で声が会場中に響いた。 水戸黄門ギークの人間なら気づかされていた筈なのだ。 確かにドラマやアニメを始めとしたメディアミックス作品の水戸黄門は、あくまで実在の人物をモデルにしたフィクションに過ぎない。 「要するに、コンテンツを娯楽の範疇を超えて使用してはいけないという警告ね。」 彼女は言った。 「パブリックドメインを始め、偉人や古典作品をアレンジや改変を進め広めたりするのは良いことね。 二次作品を通して原作を知る機会を得ることができ、コンテンツを長く続かせることが出来る。 だけど行き過ぎた使用は原作の顔に泥を塗りかねない。 有名コンテンツの人気に便乗して自分の活動を律する正義の為に利用したり、 娯楽活動の利用を逸脱し凶器として使用してはいけない。 コンテンツは生み出され、受け手に利用されるのが摂理だと思う。 でも、受け手も正しく利用する心構えを持つことこそコンテンツを守るために必要なことなのよ。」 そうかもしれない。 確かに、コンテンツの使用は様々な形がある。 コンテンツを利用して何かを広めることが出来る。 しかし自らの価値観を押し付ける為に利用するのは間違っている。 コンテンツを使用するにはオリジナルへのリスペクトを忘れず、正しく使わなければいけない。 「かと言ってあのテロリスト集団のように武力を使って脅すのは論外ね。 取り敢えず逃げましょう。世紀末万々ざ~い」 「ノリノリッ!!」 僕らは走って、会場の外へ出た。 しばらくして背後で爆発が起こった。 東京ドームから煙が上がっていた。 ニュースによれば、日本中の水戸黄門復活祭支援箇所が攻撃を受けたらしい。 「みんな水戸黄門シンドロームにかかっていたのよ。 水戸黄門ディストピアの次は水戸黄門世紀末かしら。」 「草葉の陰で恐らく・・・水戸黄門が泣いている・・・。」 「知らないわ。だって私水戸黄門興味ないもの。 じゃあ私、これから葛飾北斎の春画を現代風にリメイクする予定があるから・・・バイビー。」 そういって彼女は家路に向かった。 僕は一人取り残されてしまった。 すると・・・どこからか『あゝ人生に涙あり』が聞こえた。 水戸黄門に罪はない。 コンテンツの存在は我々にかかっているのだ。 歌詞がメロディーに乗り、耳に届いた。 ―――――自分の道を、踏みしめて。
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