愚神と愚僕の再生譚
6.守護騎士失格② 俺たちはただ、そう在る者として生まれたんだ。
「やっぱり私のこと、報告とかするんだよね? 私どうなるの? 実験対象とかにされちゃうのかなぁ」
同じようなことをリュートが聞いて、セラが困っていたのを思い出す。
今度はリュートがその立場になり、やはり言葉を濁すしかなかった。
「……実験はともかく、保護はされるかもな。可触体質ってことだろ? 単純に危ない」
言いながら、『明美の安全』という理由を免罪符に使う自分に嫌悪感を覚える。
神僕は、地球人個人の事情など気にも留めていない。ただ女神の魂をもつから必死に護っているだけだ。それは見返りを求めない無償の奉仕なのかもしれないが、結局は神僕の都合で、勝手に護っているだけともいえる。
一方的な主張の押しつけという意味では、過激な排斥派も神僕も、大して変わらないのかもしれない。
「そっか」
リュートの葛藤を知ってか知らずか、明美は短くうなずくにとどまった。なにを考えているのか、その表情からは読み取れない。
(この感じだと、須藤が意図的に堕神を呼んでいるわけではなさそうだな……あとは須藤の体質が、堕神を呼び寄せているのかどうかだが……)
その可能性について、明美は思いついてもいないようだ。なら安易に聞いて、怖がらせたくはない。
(やっぱ一度、須藤のこと報告した方がいいのか?……っ!)
胸がうずく。収まりかけてはやってくる、突き刺すような痛み。
あれほどの体液を浴びたのだ。リュート自身、早いところ訓練校に戻って診てもらった方がいいかもしれない。効果的な治療ができなくとも、なにかしらの対処はしてもらえるだろう。
「ねえ天城君」
「ん?」
また自分のせいだと心配されてはかなわない。リュートは極力平静を装って聞き返した。
「天城君たちは、どうしてそう、無条件に私たちを護れるの? 生まれる前に、勝手に決まった義務なんかのために」
それは純粋で単純な問いだった。単純過ぎて悲しくなるほどの。
リュートは明美の視線を受け流すようにして、天井の一点だけを見据えて答えた。
「俺たちは、そういう役割をもった存在だから。権利だとか義務だとかは関係ない。俺たちはただ、そう在る者として生まれたんだ」
何度も自分に言い聞かせてきた言葉を、ここでもまた反復する。そうしていけば、いずれ本当の言葉になる。
「でもだからといって、天城君が割を食うこともないんじゃない? 生まれた時から人生が決まってるなんて……理屈では分かっていても、なんかそれって悔しくない?」
「それが現実だ」
よどむことなく言い切ると。
「……っはぁー」
明美が大きく伸びをし、息を吐いた。感嘆するように。
「天城君って達観してるよね。同い年とは思えない」
「まあ実際年上だしな」
「え?」
伸びをした体勢のまま、明美が目を丸くしてこちらを見てくる。
それが無性におかしく感じ、リュートは笑みを返して続けた。
「俺はこう見えて、もうすぐ20歳になるんだよ。5年ほど――まあトラブルがあって、身体の成長が遅れてる。これまたいろいろ事情があって、公式には今年で15ってことになってるけどな」
「そ、そうなんだ」
いまだ目を丸くしたままの明美。
余計なことを話したかもしれない。正直痛みのせいで、細かな配慮が抜けてしまっていた。
「――さて。悪いけど、一緒にセラを捜してもらえるか? あいつ本当どこにいるんだか。俺がばっちりクロスボウを使いこなした話、聞かせてやらないと」
リュートはうそぶいて机から腰を上げた。そのまま教室を出ていこうと歩きだし――
「そうか。貴様、あの時の子どもか」
「――っ⁉」
突如として膨らむ気配に、呼吸が止まる。
声は明美のままだが、その物言い、その言葉……
明らかに明美とは違っていた。圧倒的な存在感、のみ込まれてしまいそうな感覚……
リュートはかすれた声でつぶやいた。
「お前、まさか……」
恐る恐る振り向き、確かめる。そこにいるのは明美なのか。それとも――
「久しいな。貴様ごときに、あそこまで手こずらされるとは思わなかったぞ」
「――女神、なのか……?」
問いに対する返答はない。
しかし机上で足を組み、リュートに向けるその不遜な笑みを見れば、答えなど不要であった。
◇ ◇ ◇
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