愚神と愚僕の再生譚
1.共生暴力③ そっちパターンの批判かよ……
視認すると同時に、リュートはベルトに取りつけられている携帯ブザーを鳴らした。人の行き交う往来では、まず人払いするのが鉄則だ。
内臓からすくみ上がるような不穏な音が、澄んだ空間に亀裂を生じさせる。
不快さに自身も顔をしかめながら、リュートは声を張り上げた。
「幻出です! 次元生物排除法にのっとり、守護騎士が対処します! 近くにいる方は退避してください!」
テスターとセラも示し合わせたかのように、手分けして声がけを行っている。
幻出を察知した守護騎士が到着するまで、5分ほど。
特別な事情でもない限り、リュートたち訓練生が街中で堕神を狩ることはないが――無権限者による武器の保持・使用など、批判の種を自分からまくようなものだ――、地球人が堕神に近づかないよう、見張ることはできる。
といってもこの場にいる地球人は、比較的まともな反応を示してくれており、万が一のリスクを冒そうと堕神に近づく者はいないようだ。
テスターらと3人、堕神に気取られないよう遠巻きに様子をうかがいながら、安堵の息をついていると――
「サボってんじゃねえよ、くそ守護騎士」
やけに大きい舌打ちの後、それと同じくらい聞こえよがしな声が、そばのテーブルから耳に届いた。
肩越しに振り返ると、スーツ姿の若い男が、いまいましげにこちらを見ていた。
(そっちパターンの批判かよ……)
リュートは胸中でげんなりとうめき、彼としっかり目を合わせてしまう前に顔を戻した。
鬼の駆逐は渡人の義務で、直接的な排除は守護騎士が担う。
今のリュートは守護騎士の装いをしている。しかし厳密には、リュートは守護騎士ではなく、特定の場所で、例外的にその仕事もこなす訓練生――という特殊な立場なのである。
なので地球人に危険が及ばぬ限りは、堕神の排除は正規の守護騎士に任せるのが無難だし、なにより塞がりかけた傷口を開くような行為は、できることならしたくない。
外見年齢からして本職には見えないであろう自分に、職務放棄の声はさすがに突きつけられないだろうと高をくくっていたのだが……どうやら考えが甘かったようだ。
「だから言ったのに」
声の大きさからして、聞かせるつもりはなかったであろう小言を耳ざとく聞きつけ、リュートはセラへと視線を転じた。
「なんだよその目は。本はといえばお前のせいだろ、俺が守護騎士の制服を着てるのは」
「それこそなによ。伏せってたお兄ちゃんのためを思って、せっかく学生服を洗濯してあげたのに」
「だからって丸ごと全部洗濯するか普通?」
「ちょっと張り切り過ぎちゃったのよ、仕方ないでしょ」
「おーいお気楽兄妹。今はそんな場合じゃないだろ」
自分こそお気楽な調子で、けれども目だけはしっかりと堕神を捉えたまま、テスターが割り込んでくる。
「……そうだな」
先の青年の言葉にあおられるようにして、突き刺す視線の数が増えていた。
ここで狩らねば苦情の電話が本部に寄せられ、世界守衛機関総代表であるセシルの耳にも届くだろう。それはあまりぞっとしない。
リュートは腰の剣帯に手を添えた。
「セラ、対応済みの連絡回してくれ」
「大丈夫なの?」
言われた通り無線機に口を寄せながらも、やや陰った顔をこちらに向けるセラ。怪我を案じてくれているのだろうが。
「ああ。俺が狩る」
安心させるようにリュートはきっぱり言い切った。
決めてしまえば、いざ動くのにためらいはない。
飛び出すと同時に緋剣を抜き、カートリッジを柄へと挿し込む。
カートリッジの封が破れ、柄内部に流れ出た血が、剣身にうがたれた複数の穴からこぼれ出す。それはリュートの意思干渉により剣身へとまとわりつき、瞬時に固形化し血の刃となった。
歩道とテラスとを分ける植え込みを跳び越え、着地した足を軸に向きを変える。さらに足裏で地面を強く蹴り、リュートは堕神へと一直線に斬り込んでいった。
その時にはさすがに、堕神もこちらの存在に気づいている。
互いに相手を、攻撃対象としてその目に捉え――
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