愚神と愚僕の再生譚
1.極めて健全かつ堅実身近な資金調達方法すなわち学内バイト⑥ 残念だよリュート君。
「ツクバ先輩っ?」
「香害男に常識は通じないわ!」
リュートと堕神との間に分け入ってきたツクバが、敏活な動作で緋剣を振るう。
加勢しようにもカートリッジがないリュートの逡巡を察したのか、彼女は鋭く後を続けた。
「武器がないなら下がってなさい! これくらいひとりでやれる!」
宣言通りツクバの排除は完璧だった。舞うように動いて鬼を翻弄し、力強く巨体をえぐる。
彼女が数太刀も浴びせると、鬼はこの世界から姿を消した。
(結構すごいんだな、彼女……)
目の前で模範的な排除を見せられ、リュートは舌を巻いていた。いつぞやの模擬戦トーナメントで、決勝まで残ってこなかったのが不思議なくらいだ。もしかしたら、元々参加していなかったのかもしれない。
と、緋剣を収めたツクバが、こちらにつかつかと歩み寄ってくる。
「で、どーいうことリュー。なんで君が、芳香剤なんかと一緒にいるわけ?」
不愉快そうに顔をしかめるツクバを見返しながら、リュートは必死に頭を巡らせた。彼女のギジケンへの対応を考えるに、馬鹿正直に話すのは得策ではない。
「これはその――」
「リュート君、僕が説明しよう。変に誤解されるとこじれるからね」
こちらの肩をガシッとつかみ、フリストが前に出る。
「リュート君は、僕の助手を務めてくれてるんだ。疑似質量応用科学研究会の理念に熱く賛同してくれてね」
「いえ金のためです」
「ゆくゆくは入会し、ギジケンの副会長に就任する予定だ」
「そんな未来いつまで経っても来ないですよ」
「分かるか? 会員のいないどこぞの低俗研究会とは違うんだよ」
「実はこじらせる気満々ですよね先輩」
白い目でフリストを見上げると、リュートは訂正のため再度口を開いた。
が、ツクバは端から、フリストの話を信じていなかったらしい。ふんと鼻を鳴らし、
「なーに戯言言ってんのよ。リューは残魂研究会の副会長よ」
「なにっ⁉ そうなのかリュート君⁉」
恐らくはこの日一番の仰天顔で、フリストがリュートからぱっと飛びのく。
「え? いや、えーと……」
「どうなんだ⁉」
「まあ、はい……そうらしいです。一応」
「ほうらね、見なさい」
ご機嫌取りのリュートの回答に、ツクバはどうだと胸を張り、
「それでさリュー」
フリストが退いた分を埋めるように、こちらの肩に肘を置いてくる。
「残魂研究会の一員が、ギジケンなんかの助手をしていいと本気で思ってんの?」
「えーと……駄目? でした、かね……?」
「危うく最終封殺兵器が発動するところよ」
一瞬据わったトーンで答えてから、嘆息するツクバ。
「まったく、しょうがないわね……仕方ないから今回は見逃したげる。でもまた、私の実験にも付き合ってもらうからね」
「ありがとうござ――へ?」
「詳細は後で。今日の午後5時、残魂研究会室に来て。いーわね?」
「え? や、その、えと」
「じゃ」
戸惑うリュートに目もくれずに短く告げて、ツクバは去っていった。
(……また実験かよ。面倒くせえなぁ……)
自然とため息が漏れる。
握ったままだった緋剣を収め、リュートは先ほど投げ捨てた装置を拾い集めた。
「フリスト先輩。取りあえずクラブ棟に戻りますか?……先輩?」
呼びかけると、長いこと呆然としていたフリストが、はっと目の焦点を取り戻した。こちらから装置と緋剣をひったくると、警戒心をむき出しに、じりじりと後退する。
「残念だよリュート君」
「?」
「君が残魂研究会の一員だったなんて……とんでもない裏切りだ」
手のひらを額に当て、悲劇のポーズを取る。
「なんて仕打ちだ。丹念に築き上げてきた僕らの信頼関係を、君は一瞬にして打ち砕いた」
「今日が初対面だし、そんな関係築ける兆しすらなかったじゃないですか」
「言い訳は見苦しいよ屑人君」
「リュートですけど」
「本当に残念だ。薄汚い裏切り者には、謝礼なんて出せない」
「え?」
予想外の展開に、リュートは目をしばたたかせた。
「さて、僕はもう部屋に戻るよ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! やることやったんだし謝礼はくださいっ!」
「触るな金の亡者」
慌てて伸ばした手を、フリストが冷たく打ち払う。
「さようなら屑人君。次に会うとき君は敵だ」
なにやら特大級の覚悟を決めて、クラブ棟に戻っていくフリスト。
あとにはリュートひとりだけが残った。風が運動場の砂を舞い上げる。
勝手に約束を取りつけられ、学内バイトの謝礼はもらえず。おまけに身体はまだ重い。
「……いや、ひどくね?」
当然ながら、答えなんてどこからも返ってこなかった。
◇ ◇ ◇
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