愚神と愚僕の再生譚
1.鬼神の少女⑨ お前はどこまで貪り喰う気だ?
誰よりも早く、テスターが険しいまなざしを送ってくる。
「リュート、そうなのか?」
突然話の中心となったことにたじろぎながらも、リュートは努めて冷静に答えた。
「いやまあ確かにちょっと疲れてるけど、それは今朝からいろいろあったからで……」
「小娘。お前は無意識のうちに、こいつの神気を喰っちまってる」
一歩足を踏み出し、グレイガン。
「お前はどこまで貪り喰う気だ?」
「違う! あたしはそんなことしないっ!」
なじるグレイガンをはねのけるように、アスラが声を荒らげる。次いでこちらを振り向くと、彼女は必死な形相で訴えてきた。
「ごめんねリュー君、あたし知らなかった。ほんとに知らなかったの! これからは気をつけるから!」
「あ、ああ。俺は別に大丈夫……」
実際差し迫った感覚もないものだから、こうまで深刻にこられると逆に後ろめたい気がしてくる。
「もしその下僕を生かしたいのであれば、慎重に喰らうことだな。神気を少しずつ分け与えるなら死ぬこともあるまい。もしくは、血液を取り入れるという手もある。直接摂取する分、効率良く補給ができるだろう。まあ私としては、その生意気な下僕が神気を吸い尽くされて干からびようと、知ったことではないがな」
腕を組んで相変わらずな女神を軽くにらみつけると、グレイガンが割り込んできた。
「次はイカ墨小僧、てめえに質問だ。この小娘が地球人に認識されなかったってのは本当か?」
それはセシルから呼び出しがあった際に報告したことなのだが、セシルを通してグレイガンも聞かされたのだろう。
リュートが「はい」と答えると、グレイガンは念を押すように聞いてきた。
「衣類も含めて丸ごとか?」
「……! はい、確かにそうでした」
問われてようやく気づく。
テスターも同様だったようで、口元に手を当てながら、考えをそのまま出すようにグレイガンに聞く。
「アスラ本体だけでなく、彼女の自己延長や所有意識によって、地球人の認識範囲が変わってくる……ってことですか?」
「大まかにはそんなとこだろ。その辺もおいおい追究してく事案だな」
グレイガンはざっくりとまとめると、女神の方を一瞥した。女神はおもむろにうなずく。
「っつーわけで、落としどころは対処案Bってとこだな」
「なんなんですか、その対処案Bっていうのは」
リュートが思わず一歩踏み込むと、グレイガンは歯をむき出した。怒りではなく、獲物を嚙み切る楽しさを示す所作だ。
「なんだなんだイカ墨ぼーや。場合によっては――って顔してんぞ。俺に斬りかかるか? 昔やったみたいに」
「まさか。場合によっては説得を試みるだけです」
言うとグレイガンはつまらなそうに片頰を上げつつも、大袈裟に口角をつり上げた。
「実はな。小娘を閉じ込める部屋はもう決まってんだ」
◇ ◇ ◇
「閉じ込めるって……ゲストルームじゃねーか」
目の前に広がる贅沢な内装――一般的な水準なのかもしれないが、狭い寮室で暮らすいち訓練生にとっては十二分に贅沢だ――を前に、リュートは肩をこけさせた。
無論ゲストルームをあてがわれたからといって、それに応じた扱いがされるわけでもない。アスラの正体は少数の者を除いて、神僕にも秘匿されることになったのだから。
訓練校の敷地内をアスラがうろついても、AR専科の制服を着た彼女の正体を怪しむ者はそういないだろう。しかし総代表執務室そばのゲストルームに居住していることなど情報の端々から、いぶかしむ噂が流れ出る可能性もある。
それを回避するため、ある程度行動が制限されることは否めない。もしかしたら軟禁状態とさして変わらないかもしれない。
しかしリュートはもっとあからさまな拘束・監禁を想像していたため、拍子抜けしてしまったのだ。
からかわれたことへの不服と、穏便な対処への安堵がない交ぜになった顔で、部屋の入り口に突っ立っていると。
「え? え? ほんと? この部屋あたしが使っていいの? うっれしい! あたしの部屋だー♪」
アスラが歓声を上げ、靴を脱ぎ捨て室内へと飛び込んでいく。
「ほんと元気な娘だな」
「ただ元気なだけならいいんだけどな」
苦笑を漏らすリュートの横で、テスターがぽつりとつぶやく。
見やると彼は、当然だろとばかりに肩をすくめた。
「気にかけるのはいいけど、あんま入れ込み過ぎんなよ。いざというとき斬れなくなるぜ」
「分かってるよ」
リュートは改めて、室内のアスラへと視線を転じた。
堕神の少女。
警戒、敵意、困惑、動揺、興味、期待……
あらゆる感情をかき立ててくる未知の存在。
突然現れた鬼神は神僕の気も知らないように、部屋を無邪気に駆け回っていた。
◇ ◇ ◇
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