愚神と愚僕の再生譚
7.女神の因子と従僕の意志④ リュート様……
◇ ◇ ◇
動きを止めたテスターに、リュートは再び頭を下げた。
「悪い……」
テスターも入り口で倒れていた守護騎士同様、意識を失っただけで命に別状はないようだった。神経系にも異常はなさそうだ。模擬戦の時に使用された麻酔薬と、同じ類いのものを打ち込まれたのだろう。
額の汗を拭い、息を整える。
今、なにが起きているのかは分からない。状況把握から自分の立ち位置。全てを判断するには時間が足りない。もしかしたらテスターの邪魔をしたのは、間違いだったのかもしれない。
「でも俺は、ちゃんと確かめたい」
言うと同時に身を翻し、立ち塞がる。テスターが意識を失うや否や、近くに落ちていた包丁を引っつかみ、明美の元へと駆けだそうとしていたセラの前に。
「リュート様……」
一瞬、裏切られたような顔を見せた後――セラはリュートへと、包丁の切っ先を向けた。冷めたまなざしと共に。
「どいてくださいリュート様。私は女神に用があるんです」
「少し見ない間に、随分と女神離れが進んだもんだな」
皮肉を飛ばして時間を稼ぐ。とにかく会話がしたかった。
分からないことだらけだ。狂信的ともいえる女神の信奉者が、女神に刃を向ける理由が見つからない。
「私はずっと前からこうでしたよ。ただ隠していただけです」
「……さっき堕神を召喚してたな。襷野高校での幻出は、お前の仕業か?」
「確かに探りを入れるため、ここに来てから少しは召喚しましたが……ほとんどは女神に引き寄せられて、自然発生したものですよ」
セラがしゃべるたびに包丁の切っ先が揺れる。利き腕でないため、扱いづらいのかもしれない。
肩から腕を伝い、指先から滴り落ちる血。
それが、彼女が右腕を使わない理由を暗示していた。恐らくテスターにやられたのだろう。
リュートは問いを重ねる。少しずつ、慎重に。小さな事実を重ねて、大きな真実を探っていく。
「今日午後の堕神は? お前が須藤を狙うよう仕向けたのか?」
「あれも違います。ただ、須藤明美が堕神と接触しそうだったから、どうなるのか様子は見てました」
「だから姿を見せなかったのか」
「リュート様が堕神の体液を浴びた時はさすがに焦って、学長に手当を求める連絡を入れましたけど……あれが駄目でしたね。動揺したおかげで、言わなくていいことまで口走っちゃいましたよ」
痛恨の面持ちで、リュートからその背後――明美へと視線をずらすセラ。本当ならセシルに発覚する前に、事を終わらせたかったということか。
「なぜ堕神の召喚などした?」
分かっている答えを否定してほしい気持ちで、尋ねる。
恐らくセラの目的は、セシルと同じ。
だけどセシルとはその先にあるものが、決定的に違っている。
セシルは女神を見つけ、護るため。セラは護るのではなく――
「女神が神室にいないことは知っていました。だから襷野高校における、堕神の異常幻出が気になったんです。その原因が女神なのか知りたくて。もしそうなら、女神は誰に同化してるのか……知りたかったんです。知って……女神を八つ裂きにしたかった」
静謐な狂気をたたえた瞳は、同時に、誠実な願いも宿している。
そう思えるくらい、セラの目はもの哀しく、切なげに潤んでいるように見えた。
「リュート様こそ、女神への憎しみはどこへ行ったんですか? あれだけのことをされたのに」
「知ってるのか?」
片眉を跳ね上げ、問い返す。
「知ってますよ、全部。ずっと、ずっと耐えてきました。あなたが苦しみ、憎悪を募らせていた間、私もずっと苦しんでいました」
「なに?」
セラが包丁を持つ手を下ろし、いら立たしげにこちらを見据えた。
「まだ気づかないの? リアムお兄ちゃん!」
「なっ……」
目をむき、凍りつく。思考が停止する。
手から滑り落ちた鞄を拾い直す余裕もなく、リュートは愕然と返した。
「そんなっ……まさかお前……セルウィリア――なのかっ……?」
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