愚神と愚僕の再生譚
5.立場の選択③ 私の中には堕神がいる。
◇ ◇ ◇
「ふぁ~ぁ……」
明美が手で隠しながら、大口を開ける。こちらもつられてしまうような立派なあくびだ。
「また夜更かしですか?」
「うん。面白くって、どうしても読むの中断できなくて……」
壁掛け時計を見上げ、二度目のあくびを嚙み殺す明美。
彼女の眠気は夜更かしもあるだろうが、この教室に漂う空気も一因であるように思えた。
セラと明美だけの、放課後の教室。特に雑談に花が咲くわけでもなく、お互いの作業を淡々とこなすだけの時間。
なぜふたりきりなのかというと、リュートは劇練に、テスターは大道具の修理に駆り出されているからだ。
大道具は本来リュートの担当であったが、役者との兼務が難しいことと、「なんでお前なにもやらねーんだよ俺ふたつもやってんのにしまいには殴んぞ1個引き取りやがれ優等生」とリュートが半ギレしたことで、テスターが引き継ぐことになったのだ。
(本当は、私と須藤明美をふたりきりにするのは、よくないんだけどね)
自分でいうのもなんだが、監視役のリュートもここにいるべきだろう。
(まあもちろん、今更彼女をどうこうする気はないけれど……)
装飾用のボタンを縫いつけながら、隣の席をちらりと見やる。
明美は一抱えほどもある木箱の釘打ちをしていたが、目は半分閉じており、手元の作業もどこかおぼつかない。見ているこっちが不安になるほどだ。
(……彼女はどう思ってるのかしら。女神が同化していること)
戸惑っているのは確実だろうが、面と向かってきちんと聞いたわけではない。
(自分の身体に違う存在が内包されてるなんて、普通は発狂ものだと思うけど)
胸に手を当て、セラはわずかに顔をしかめた。
(私の中には堕神がいる)
女神がセラから離れた時、女神がかつて取り込んできた堕神がその身に取り残された。故意か事故かは不明だが。
それは個というよりは取り込まれた堕神たちの残留思念に近く、ひどく曖昧模糊としたものなのだが……
(それでも、ひどくざわつく。お兄ちゃんには相談しづらいし……たぶんこの子が、一番私の現状に近いのよね)
女神が自身に宿っていること。それに関してどう感じているのかを聞いて、参考のひとつにでもしたいとは思っていた。
考えてみると、兄とテスターがいないこの状況は好都合だ。
「須藤さん」
意を決して明美の方に顔を向けると――
「あらら」
明美は木箱を抱え込んだまま、うな垂れるようにして伏せていた。額が机の端に食い込んでいるようだが、反応はない。
どうやら寝落ちしたらしい。
(相当な寝不足みたいね)
額に跡がつくこと必至の体勢に、起こしてあげようかとも思う。が、居眠りするほど眠いなら、寝かせてあげた方がいいような気もする。
セラは取りあえず、股の上に力なく放り出されている明美の右手から、今にも抜け落ちそうな金槌を取り上げた。
「さて、どうしたものかしら」
金槌の先端でくるくると弧を描きながら、首をかしげる。
「どうする必要もない」
「そういうわけにもいかな――」
なんの気なしに返答しかけたところで、はっと気づく。
見ると明美はとっくに身を起こし、セラへと視線を注いでいた。
が、彼女ではない。
明美はこんな権高な笑みを浮かべない。
「女神っ……⁉」
驚倒と憤怒が入り交じった声を上げ、セラは飛びのくように立ち上がった。
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