愚神と愚僕の再生譚
5.丑三つ時の狂乱⑤ 妥当な条件だったしな。
◇ ◇ ◇
簡易ジムに戻ってみると、意外にも誰もいなかった。
「あれ? テスターたちは?」
部屋の電気をつけ、室内を見渡すリュート。やはり誰もいない。
「絶望幼女はどうなったのかしら。声は聞こえないけど……」
「そのふざけた呼称がこの部屋で起きた怪現象を指しているのなら、テスターらがとっくに消したようだぞ」
セラの疑問に答える形でセシルが言う。
その口ぶりから想像はついたが、リュートは念のために確認した。
「テスターとツクバに会ったのか?」
「ああ。彼らには、騒動の後始末をするよう言いつけておいた」
「後始末?」
「どうせどこかの愚か者が、廊下を汚しているだろうからな」
「そうやっていちいち皮肉ってると、最後にはぐちぐち小うるさいだけのじいさんになっちまうぜ」
「じいさんになれぬまま終わる者もいるのだ。そうなれるだけで僥倖だろう」
「そんなことどうでもいいわ。早く本題に入りましょうよ」
セラがぴしゃりと告げて、セシルをにらみつける。
「なんだって学長がここにいるわけ?」
「君は自分の立場が分かっていないようだな」
冷厳としたまなざしで、セラの視線を受け止めるセシル。
「かつて反逆の意思を見せた者が、深夜にこそこそ部屋を抜け出したのなら……事実確認はすべきだろう?」
「あんた、私を見張って……!」
「そうしない理由もないだろう。安心しなさい。プライバシーを侵害するような場所に、監視カメラは仕掛けていない」
セラは明らかに安心しかねる表情を浮かべていたが、リュートは話を進めるために先を促した。
「じゃああんたは本当に、怪談話とはなんの関係もないんだな?」
「そうとも言えるし、違うとも言える」
「あ? 意味分かんねーよ。はっきり言え」
「口が悪い」
セシルは短く言うと、リュートのすねを蹴りつけた。
「……っ⁉」
「セラ。君の身体に押し込まれている、堕神の魂……その動向が以前から気になっていてね」
「……ってことはやっぱり、あれは堕神の魂なの?」
かがみ込んでもだえるリュートの代わりに、セラが質問を引き継ぐ。
「魂そのものというより、堕神の力が漏れいでている……といったところか。だから緋剣で斬ることができる」
「漏れいでてって……大丈夫なのかそれ?」
立ち上がりながらもふらついている――ように見せかけて、リュートはセシルのすねに足を突き出した。
しかしセシルはさっとかわし、持て余していた手で拳を握る。
「ああ、大した害はない。むしろ体外に排出した方が、彼女にとってはいいだろう。恐らくはそろそろ――」
セシルの言葉を遮り、扉がガチャリと開く。
「あー疲れた。リューってば、豪快に廊下汚すんだから。なーんで、廊下に灰なんてまき散らすかなぁ?」
「先輩があいつに渡したんですよね」
「そりゃそうだけど――」
会話が途絶えた。
半歩引いて迎え撃つ体勢のセシルに、攻撃態勢全開のリュート。どう控え目に見ても不穏な空気に、ツクバが戸惑いの声を上げる。
「ええっと……何事?」
問われ、リュートは腰を落としたままセシルを見やった。距離を挟んで対峙するセシルが、攻撃のそぶりを見せないことを確認すると――
「いえ別に」
構えを解いて短く答える。
まだ釈然としない様子のツクバとは対照的に、場慣れしたテスターは欠片も動じていない。彼はセシルの元へと歩み寄ると、最敬礼をした。
「後片づけの方、終わりました」
「ご苦労」
リュートも輪の中へと入り、ツクバに頭を下げる。
「すみません。なんか掃除させてしまったみたいで――テスターも、悪い」
「いいわよ別に」
「妥当な条件だったしな」
「条件?」
飄々と応えるふたりを見て、リュートはいぶかしんだ。
「そ。後片づけでおとがめなし」
親指を立てるツクバにセラが問いかける。
「おとがめって――」
「騒ぎをいたずらに大きくした件と、深夜に女子寮に侵入した件だ」
セシルが先んじて答えを吐き出し、
「さて、君たちにはどういった処罰を下したものか」
困ったものだと言いながら、口調は実に楽しげだ。
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