愚神と愚僕の再生譚
4.学校の怪談④ 夢かうつつか区別のつかない景色の中
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◇ ◇ ◇ 「出てこねーな」 「そーね」  ずらっと並ぶトレーニングマシンを眺めながら、リュートとセラは感情希薄に言葉を交わした。  現実でも夢でもない、もっと別の場所に飛んでいきそうな意識をなんとか押しとどめて、腕時計を見る。  午前2時すぎ。眠くなるはずだ。  リュートは少しでも目を覚まそうと、身じろぎした。壁際のベンチに座る身体からだは、少し動くのをやめただけで、ぎちぎちとこわばる。入眠を拒む意識を無視して、身体からだの部位ひとつひとつが強引に休もうとしているかのようだ。 「先輩とテスター君、なかなか戻ってこないわね」  淡泊な口調でセラが言う。  隣に目をやると、彼女は船をこぐ一歩手前まで来ているようだった。半分下りかけたまぶたを震わせながら、なんとか眠気に耐えている。 「じっくり見て回ってるんだろ。意味があるのか知らねーけど」 「……そうね」 「お前って徹夜弱いんだな」 「お兄ちゃん、こそ……」  頭を揺らしながら、セラ。  起こしてやろうかとも思ったが、曖昧な現象の監視に、無理に付き合わせることもない。  リュートは彼女が寝入るに任せ、考えを巡らせた。 (怪奇現象にかち合ったとして、どうするかだよな。誰かの悪戯いたずらならその場で問いただせるが……)  万が一、ざんこんその他が絡んでいるなら厄介だ。 (まあそこは、仮にもざんこん研究会会長様がいらっしゃるんだ。なんとかしてくれる……よな、たぶん)  自信なく胸中でつぶやき、結局は情報が少なすぎて、考えても意味がないというところに帰結する。そうなると、本格的に暇を持て余すことになり―― (あ、やべ……)  リュートはぼんやりと、自分の脳が入眠体勢に入ったのを自覚した。知らぬ間に壁に預けていた背は重く、ぴくりとも動かない。  夢かうつつか区別のつかない景色の中で、セラの身体からだから白いもやが出ているのが見える。 (……ん?)  なにか引っかかるが、その違和感を拾い上げられない。睡魔に引きずり込まれるように、意識が沈んでいく。発生した白いもやが、なんらかの形となっていくその横で―― 「って、はあ⁉」  なんとかすくい上げた違和感にしがみつき、リュートは真横を振り向いた。  が、その際に身を引いたのがいけなかった。  リュートが座していたのはベンチの端。後ろへ伸ばした手を支えてくれるものはなにもない。しょうていはただ空気を下へと突っ切って、そのまま身体からだごと、リュートはベンチから転落した。ツクバに言われて持ってきていたけんが床にぶつかり、硬質な音が深夜のジムに響き渡る。 「な……なんだ今のはっ……⁉」  打ちつけた背中をさすりながら、慌てて身を起こす。すると、 「だ、大丈夫お兄ちゃんっ? なにやってんのよ」  リュートの転落で目が覚めたらしいセラが、心配とあきれの入り交じった顔で聞いてくる。 「それはこっちの台詞せりふだ! お前こそなにやってっつーかなに出してんだよ⁉」  どう聞けばいいのかすら分からず、リュートはもやの辺りをざっくりと指さした。  やはりというかセラは気づいていなかったようで、 「え? な、なにこれっ?」  完全に動揺した様子で、虚空に漂う白いもやを見上げる。 「分かんねえ。今さっきお前から出てきたんだ」  もやを見ながら、リュートは分かる事実だけをセラに伝えた。  リュートたちが見ている前で、もやは空気に溶けるようにして消えていく。そしてそれと入れ替わるようにして、もやのあった辺りから声が聞こえてきた。最初はただのすすり泣きだったが、次第に意味をもつ言葉へと変わっていく。 「……あさん、お母さん……会いたいよぉ……うさん。なんで私の大切なモノ、全部奪っちゃうの? おさなんていらないのに。お父さんでいてくれれば、それだけでいいのに……さびしいよぉ」  舌っ足らずな女の子の声。  一通り聞いてから、リュートは自信なくつぶやいた。 「……絶望幼女?」  そしてふらふらと上げた右手で、声のした空間とセラとを、交互に何度も指さして、 「お前が元凶かよ⁉」  言わなきゃ後悔するとばかりに叫んだ。
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