愚神と愚僕の再生譚
6.守護騎士失格⑨ まるで自分の主張のように頼りない。
「須ど……女神と同化している女子生徒はどうなった?」
聞いてはみたものの、教えてもらえるとは期待していなかった。テスターの言う通り、女神を襲ったのだから。
ただ、明美にしてしまったことを謝りたい。そんな思いからつい滑り出た言葉だった。
だがテスターは、本当に信用してくれているのだろう。逡巡することなく口を開いた。
「ひとまずは体育館にいる。学長としては女神様をすぐにでも連れて帰りたいんだろうけど、宿主が地球人だからな。交渉やら手続きやらで時間を食ってるんだ」
「そうか……」
女神の口ぶりからすると、明美は贄ではなく、ただ事故として同化してしまっただけみたいだが。
(セシルは女神を手放さない。死ななくとも、今後歩むはずだった須藤明美としての人生はなくなる……)
どうにかしたい。でも自分にはどうもできない。
(俺はただ文句を言ってるだけで、都合が悪くなると謝るだけだ。自分が心地良い立ち位置にいたいだけで、結局なにもできていない……)
うつむくと、布団の皺は消えていた。まるで自分の主張のように頼りない。
「……さっき、妹の夢を見てたのか?」
「え?」
「ごめん、ごめん。って、ずっとうわ言言ってたぜ」
どうして分かる……と聞こうとして、その前に答えが出た。
テスターは全て知っている。リュートとセシルの関係も。もちろん妹のことも。
「……セルウィリアはまだ3歳だったんだ。俺が身代わりになったことで、助けられたと思ってた。でも、俺が解放された時……」
「聞いたよ。あの時、一瞬ではあったけど女神と同化した。その時の負荷がもとで、亡くなったって……適合性が高いとはいえ、幼過ぎたんだ」
「俺がもう少し早く身代わりになれてたら、妹は助かったんだ!」
そんな気はなかったのに、突然感情が爆発した。今まで吐き出せなかった言葉と共に、想いが外へと飛び出した。
「母さんの次に適合性が高いのがセルウィリア。その次が俺だった。なら兄として、我先にでも女神に身を捧げるべきだった……最初から俺が贄になっていれば、妹は死ななかったかもしれない。悪あがきをして女神を追い出しなんかしなければ、須藤も女神と同化しなかった。女神が行方知れずになるなんていう、無駄なリスクも生じなかった――俺は中途半端に手を出して、結局事態をややこしくしただけだ!」
横隔膜が大きく震え、傷口を刺激する。突き刺さるような痛みが、過去の愚行への贖罪となるならば甘んじて受け入れる。でも、
「どんなに悔やんだって、母さんとセルウィリアは戻って来ないんだっ!」
振り上げた拳が、布団の上から股を打ち据えた。
荒らげた呼吸が整った頃、テスターがぽんと肩に手を置いてきた。
「気を張り過ぎだ。お前が妹のために身を捧げたのは確かだろ? 女神様が地球人と同化したのも、意図せずの結果だ。もとよりひとりじゃどうにもできないことを、自分には無理だったと嘆いても意味はない」
テスターが慰めようとしてくれているのは分かっていたし、感謝もしていた。それでもこの件については、割り切るには時間が必要だった。
場を支配し始めた沈黙を破ったのは、バイブレーションの音だった。
反射的に胸元に手をやり、服を脱いでいたことを思い出す。
いや、そもそもスマートフォンは教室に置いたままのはずだ。
紛失の可能性に思い至るが、その懸念はすぐに払拭された。
申し訳程度に用意されたサイドテーブルの上に、スマートフォンが、畳んだ制服と共に置いてある。テーブルの脚元には緋剣や、予備のカートリッジを詰めた鞄まで置いてあった。ここに堕神が幻出したときのために、テスターが集めておいてくれたのかもしれない。
なんにせよ、鳴っていたのはリュートのスマートフォンではなかった。
すでにテスターが、懐からスマートフォンを取り出し確認している。リュートに支給されたものとは違うが、どこかで見たようなデザインだ。
「もしもし。学長はここにいませんけど。もう1台のスマホに連絡していただけますか?」
応答するテスターの言葉に合点がいく。
セシルは2台のスマートフォンを所持している。一時的な連絡手段として、セシルから片方を借り受けたのだろう。
「? もしもし? 聞こえてますか?」
テスターがいぶかしげな声を上げる。どうやら相手との疎通ができていないらしいが……
「――っ!」
一瞬の変化だった。ばっとリュートに顔を向け、なにかに気づいたかのように目を見開く。
「どうした?」
表情から、なにかがあったのは明白だ。問い詰めたい心を抑えて尋ねるが。
テスターは答えの代わりに舌打ちを返すと、スマートフォンを懐にねじ込んだ。そして足元のクロスボウを拾い上げると、少なくともこの場において、まったく関係ない言葉を返してきた。
「俺はお前を親友と思ってるし、お前にも同じように思っていてほしい。それは嘘じゃない。本当なんだ」
「? なんだよ急に」
こんなに神妙な顔で訴えるテスターは、初めてだった。
「――ごめんな」
「あ、おいっ」
言い捨て、テスターは振り向きもせず飛び出していった。
◇ ◇ ◇
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