愚神と愚僕の再生譚
2.くすぶる憎悪⑤ どうして理解できないのかと。
◇ ◇ ◇
30分後。
「どう? なにか身体に変化あった?」
頭の鉄輪に突き立つ三本の蠟燭に手を触れ、山羊の髑髏を模した対価の首飾りを胸元で揺らし、フェースペインティングで浄魂の陣が描かれた顔を、左手のミトンに縫いつけられた封魂の鏡に映しながら。
リュートは半眼でうめいた。
「そうですね。なんかこう、ふつふつと込み上げてくるものはあります」
「本当? じゃあも少し待てば、もっとなにかあるかしら」
「ないですよ! こんなんどれだけ時間置いたって無駄ですから!」
気づかれない皮肉が風にとける前に断言し、鉄輪を外して地面へとたたきつける。砂埃を上げ転がる蠟燭を踏み砕き、リュートはツクバへと詰め寄った。
「俺マジで困ってるんですから、真面目にやってくださいよ!」
「失礼ね、あたしは真面目よ。真面目に知的好奇心を満たしてる」
「メイン俺じゃなくて好奇心⁉」
愕然と頭を抱えようとし、指が不自由なことを思い出す。リュートはミトンから手を引き抜きながら、ぶつぶつとこぼした。
「だいたいこの封魂の鏡、でしたっけ? 百均で買えそうなくらい安っぽいですよ。ミトンに貼りつけてる意味も分からないし。なんの通販で入手したのか知らないですけど、こんなパチモンじゃなくてなにかないんですか。ほら、仰々しい儀式道具とか。それか印を結ぶとか呪文とか、それっぽい還元術」
「そんな力があったら、こんな道具に頼らないっての。別に還元術学ぶために研究会つくったわけでもないし。というか君、仮にも助力を求めてる身で文句多過ぎ」
腰に手を当て、すねたように息を漏らすツクバ。封殺兵器使おうかしら、と小さく続けるのが聞こえた。
(やべ)
慌てて口をつぐむ。知り合ってまだわずかな時間だが、リュートはすでに察していた。彼女の機嫌を損ねるのは非常によろしくない。
「あ、いやその……そういや、普段はどんな活動を?」
傍らにある道具の山にミトンを投げ置きながら、機嫌を取ろうと話題を変える。
リュートが研究会に興味を示した――ふりだが、もちろん――のに気をよくしたのか、ツクバはぱっと顔色を変えた。ここが一押しとばかりに指を立て、
「主だっては、契約霊媒師から提出された、報告文書の閲覧よ。残魂の未練や、生前の人物像などを調べるの」
「面白いんですか、それ」
レポート課題でもないのに好き好んで報告文書――しかも自分の適性に関係のない――を読み込むなど、リュートには理解できない行為だ。
しかしツクバには自明の理だったようで、こちらが眉をひそめたことに、逆に戸惑いの視線を返してきた。どうして理解できないのかと。
「もちろん。だって生命の循環から外れた、ひねくれ者の魂よ。未練という強い思いだけで、存在のルールすらねじ曲げてしまう。それってあたしたちには、決してできないことじゃない?」
憧憬にも似た色をにじませ、天を仰ぐツクバ。まぶしそうに細められた目は、空を越えてなにを見つめているのか。
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