愚神と愚僕の再生譚
4.学校の怪談③ 神僕が怪談を信じるなよ!
反応からリュートが一番話しがいがあると判断したのか、ツクバは立ち上がってリュートへと身を寄せてきた。
「ある女子学生が、深夜廊下に出た時のことよ。苦しげにうめく声に気づき、耳を傾けて声の主を探したらしいの。姿が見えない中、声を頼りに歩き……少しずつ、少しずつ近づいて、だんだん声が大きくなって……」
「なって?」
「突然イカ墨をぶっかけられたの」
「……は?」
「もちろん女子学生は逃げたわ。でもそいつはどこまでもどこまでも追いかけてきて、ひたすらに口からイカ墨を吐き続けてきた。ついには女子学生は真っ黒になった。彼女は泣きべそをかいて洗面所へと行ったわ。だけど鏡に映る自分の顔を見て気づいたの。なんと彼女には1滴のイカ墨も付いていなかった!」
拳を握って力説するツクバに、一応の相槌を打っていたリュートは、ぽつりと質問した。
「えと……なんでそれがリアムの呪いに?」
「いい質問ね!」
ノリノリのツクバが、リュートの額を指で突く(結構痛かった)。
「これは私よりも、数学年上の訓練生の話なんだけどね。昔リアムっていう黒髪の訓練生がいたらしいの。まだ幼いのに謎の事故で亡くなってしまったらしいんだけど……その子クラスではイカ墨イカ墨とからかわれていたらしいわ。きっと相当嫌だったんでしょうね。かわいそうに、妖怪イカ墨男に成り果ててしまうなんて」
「いやちょっと!」
「まあ年端も行かない子だったみたいだしね。さぞや無念だったんでしょう。それで魂が生命の循環に乗ることもできず、こんなことに……」
「ないですよ絶対ないですっ! そんなくだらない理由でこの世に残るわけないじゃないですか!」
「なによ知ったふうに! ちょっとはイカ墨君の気持ちになって考えたらどうなの⁉ 心をえぐられたイカ墨君の気持ちに!」
「いやそれはっ……つかそう思うならやめたげましょうよイカ墨って呼ぶの!」
詰め寄るツクバに逆に詰め寄り返し、リュートは視線を感じて振り向いた。
セラが口を真一文字に引き結んで、こちらのやり取りを見ている。
よくよく見れば唇はぷるぷると震えており、つまりはセラは、必死に笑いをこらえていた。
まさかと思い反対側を振り向くと、テスターが口を覆うように手を当て、考え深げにあさっての方向を見ていた。
つまりは絶対笑っている。
――笑うな!
口の動きだけでそう伝え、リュートはツクバへと向き直った。
彼女の中では議論が済んだということなのか、ツクバが腰に手を当て胸を張る。
「そういう訳で、残魂研究会会長としては動かないわけにはいかないじゃない? 本当に訓練生の残魂なら、おいそれとは霊媒師に頼めないし、なにより初の事例として調査する意義があるわ。これは私欲を超えた未来への貢献よ」
「意義があるならなおさら、事務局辺りに報告すべきだと思いますけど」
「そんなことしたら、私が調査できなくなるじゃない」
私欲むき出しに言い切ると、ツクバはステップを踏むようにぐるぐると歩き回った。
「あーもう、早く会いたいわ。ここで待ってるだけなんてもどかしい――そうか、そうね。こちらから動くべきだわ。てことで私ちょっと見回り行ってくるから。えと、君。テスター君?」
「はい?」
突然の名指しに、きょとんと自分を指さすテスター。ツクバは小刻みにうなずいた。
「テスでいいよね? 一緒に来てくれる? リューとセラはここで待機してて。確か特別貸与だとかで、スマホは持ってんのよね? なにか聞こえたら連絡して」
怒濤の勢いで言ってのけると、ツクバはテスターを引き連れて、すたすたとジムを出ていってしまった。そして、
「――なんなんだよリアムの呪いって! でたらめにもほどがあんだろ!」
ツクバが消えたのをこれ幸いと、リュートは両手をわきわきさせて地団駄踏んだ。
笑いの発作が収まったらしいセラが、なだめるように言ってくる。
「落ち着いてお兄ちゃん。ただの噂よ」
「お前はいいよな普通のパターンなんだから! つかなんでお前はちょっと上品な感じで、俺だけなんかばっちい感じなんだよ⁉」
「私に言われても……怪談ってそんなものでしょ」
「神僕が怪談を信じるなよ!」
「みんなノリで言ってるだけよ」
「くそなんなんだよ! 名誉毀損もいいとこだ!」
しかもちょっと事実にかすっている辺りが、余計に腹立たしい。
「それより、気にならない?」
トーンをがらりと変えて、セラが真面目な調子で聞いてくる。
「なにがだよ?」
がらりと変えるには不服が残るリュートは、すねたまなざしでセラを見返した。
「学長の娘と思われる幼女に、謎の死を遂げた幼い訓練生。一応別口みたいになってるけど……なんで私たち兄妹が、セットで怪奇現象になってるわけ?」
「そういえば、確かに……」
とんでもない風評被害に気を取られてしまったが、確かにそもそも、そこがおかしい。
(残魂が模したにしても、なにを模したんだ?)
なんであれ、自分たちの存在を模されるのは都合が悪い。巡り巡って、リュートとセラがセシルの子であると周りにバレる可能性がある。
「となると怪奇現象の正体を暴かなきゃいけないのは、ツクバよりもむしろ俺らってことか」
「そうなるわね」
うなずくセラに視線を返し、リュートは手のひらに拳を打ちつけた。
「よし。どこのアホだか知らねーが、正体暴いてとっちめてやる」
◇ ◇ ◇
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