愚神と愚僕の再生譚
5.立場の選択⑥ もしかして君は
◇ ◇ ◇
「失礼します、月島です」
扉を閉め、黒い大机が並ぶ生物室内へと足を踏み入れる。
ここを拠点としている生物部は、今日は活動日外らしい。生徒はおらず、先客はひとりだけだった。
「やあ。わざわざ悪いね」
窓際に立っていた鈴井が、こちらを振り向く。
「いえ、大丈夫です」
未奈美は足早に鈴井の元まで行くと、緊張した面持ちで続けた。
「なにかご用でしょうか?」
あえての呼び出しだ。仕事ぶりに問題があったのかもしれない。
そんな未奈美の考えを見透かしたかのように、鈴井は、ふっと破顔した。
「まあそう緊張しないでくれ。別に叱りたいわけではない。ただ、そうだな――」
鈴井が上着のポケットからスマートフォンを取り出し、未奈美の方へと画面を向ける。
「教師をめざすのであれば、こういった行動は、控えた方がいいだろうね」
「な……」
画面に映っていたもの。それは先日、街で未奈美が守護騎士の少年――龍登ともめた時の一幕を写した動画だった。
「それは……」
予期せぬ爆弾に口ごもる未奈美。
鈴井はそれも想定済みとばかりに、話を続けた。
「私もたまたまその場にいてね。仮にも天城君は我が校の生徒だ。後々彼が不利な事態に陥ったときのため、録画しておいたのだが……いやはや驚いた。まさか彼に絡んだ相手が、私が担当する実習生だったとはね。この過激な言動――もしかして君は、DAGの一員なのかな?」
「いえ、私は……」
否定すべきだ。だが思想を偽ることへの抵抗が、反射的に言葉を止める。
せめて穏便に済ませてもらえるよう、請願すべきか。
脳内で必死に落とし所を探っていると、鈴井はさらなる爆弾を落としてきた。スマートフォンをポケットにしまいながら、
「マスクを着けているが、見る人が見ればすぐに分かる。今の時代、ネット上に流せば一発で君は終わる。就活もうまくいかないだろうね」
「なにを……」
嫌な予感に、未奈美はじりっと後ずさった。
ただ担当しただけの実習生を、社会的に抹殺する理由はない。なのに鈴井はそれをにおわす。
今度は未奈美が鈴井の考えを見透かし、逃げ場を探して視線を這わせた。
鈴井はそれを許さず、肩へと手を置いてくる。その手つきはあくまで優しいが、ぞっとする優しさだった。
「私はね、君とはもっと深い付き合いをしたいと考えている」
「……脅してるんですか?」
未奈美は軽蔑を隠さない目で、鈴井を見上げた。
「それは君次第だ」
ねっとりとした笑み。
(気持ち悪い)
肩に置いた手に、鈴井がわずかに力を込める。
「どうかね、今夜あたり食事でも」
「そんなこと――」
「実習生との業務外交流は、控えた方がよろしいですよ。変な誤解を招きかねない」
当然のごとく分け入ってきた第三の声に、未奈美は目を見開いた。
鈴井も驚き、未奈美から手を離す。
ふたりして声のした方を向くと、教壇上にある大机の後ろから、ひとりの少年が姿を現した。
「天城君……?」
龍登は大儀そうに教壇を下りると、ゆっくりこちらへと歩いてきた。左手で腹部を押さえながら。
「聞いていたのかね?」
強く非難するような鈴井の言葉に、うなずく龍登。
「体調が優れなくて、ここで休ませてもらっていました。結果的に盗み聞きすることになってしまい、申し訳ないとは思っています。あと、音声データを記録させていただいたことも」
「――っ!」
龍登が掲げた右手に握られたスマートフォンを見て、鈴井が息をのむ。
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