愚神と愚僕の再生譚
1.共生暴力⑨ 心配するだけ損だって。
◇ ◇ ◇
つまらないことに時間を取られてしまった。
舌打ちしたくなる気持ちを抑え込み、セラは急ぎ足で歩を進めた。
(まったく、地球人はいちいち鬱陶しいんだから!)
幻出が原因で被った損害は、世界守衛機関に一定限度まで補償請求することができる。ただしその請求書には、現場にいた渡人の署名が必要だ。
そのためセラとテスターは、「幻出騒ぎで高価なインテリアが損壊した」と主張するカフェ店員に捕まり、被害状況の確認やら承認やらをせざるを得なくなったのだ。
おかげで兄を追うのに出遅れて、聞き込みながら足跡をたどる羽目に。
「まったくもう!」
今度は声に出し、風で顔に張りついてきた髪を乱暴に払いのける。
いら立ちが先行したため、痛みは後追いでやって来た。なにかしようとするたびに右肩が悲鳴を上げ、先日の事件を否が応でも思い起こさせる。
「落ち着けよセラ。リュートがちゃんと追ってるって」
隣を歩くテスターが、なだめるように言ってくる。
その目が一瞬ではあるがこちらの右肩を捉えたことに、セラは気づいていた。
迂闊に痛がるそぶりすら見せられず、
「別にそういう心配してるわけじゃないわよ」
眉間に皺を寄せ、セラは進行方向を見据えた。
守護騎士の少年が沿線に向かっていった、という情報は得たのだが、まだそれらしき姿は見えない。
「まだ怪我治りきってないのに……大丈夫かしら。あの女、結構攻撃的だったし」
「大丈夫だろ。本調子じゃないとはいえ、地球人相手に突っ伏すようなことにはならないさ」
「親友でしょ? もっと心配しなさいよ」
「いやーだってあいつ、殺しても死ななそうじゃん? 心配するだけ損だって」
気楽に構えるテスターをひとにらみし、兄の追跡へと意識を戻すセラ。
テスターとふたり連れ立って、線路下の地下道を下りていく。
「お、あれじゃないか?」
先に気づいたらしいテスターが右手を掲げ、
「おーいリュー……」
ぶつりと声を途切れさせる。その理由は、言われなくともよく分かった。
テスターに並び、セラが見た光景は。
ひくひくと痙攣しながら――なぜか地球人の男児にのしかかられるようにして――地面に突っ伏しているリュートの姿だった。
◇ ◇ ◇
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