愚神と愚僕の再生譚
7.女神の因子と従僕の意志② お褒めにあずかり光栄です。
◇ ◇ ◇
(電話の発信者は、そこのおっさんか)
須藤明美のそばで倒れている守護騎士を見て、ようやく状況がのみ込めた。
守護騎士の手は制服のポケットに入ったまま、中でなにかを握っているようだった。恐らくは倒れる前に、手探りで緊急用の直通ボタンを押したのだろう。セシルが持つスマートフォンのうち、片方はテスターに貸すということは、事前に伝わっていたはずだが。
(ふたつのボタンを押し分ける余裕はなかった、ってところか)
まあ入り口でぶっ倒れているだけの守護騎士よりは、よっぽど意義ある行為ではある。たとえ訓練生の子どもにしてやられるような、情けない守護騎士であったとしても。
「参ったね。いつからだ? 女神の間では、全然そんなそぶり見せてなかったらしいけど」
倒れたままこちらをねめ上げるセラに、テスターは疑問をぶつけた。
純粋に謎だった。女神の間におけるセラとリュートの動向は、監視カメラを通してチェックされていたはずだ。セシルからは、反逆の疑いがあるとは聞いてなかったが。
「そんなところでボロは出しません」
セラが痛みに顔をしかめながらも、鼻を鳴らす。矢の刺さった肩口を手で押さえながら身を起こし、
「あなたたちは、ずっとだまされてたんですよ――確かに昔の私は、女神様に心酔していました。物心つく前から、学長がきめ細やかな教育を授けてくださいましたから」
『女神様』と『学長』の言葉をことさら強調し、口角をつり上げる。
「でも、教育が行き過ぎたんでしょうね。9年前――私は女神様の姿を一目見たいあまりに、女神の間に忍び込んだ。閉ざされた神室の奥からは、時折叫び声が聞こえて……どこかで見た場所。どこかで聞いた声。どこかで感じた空気。全てに触れて私は……」
「そこで思い出したのか……あーあ、なんか馬鹿みたいだな。古くさいこだわりでカメラの設置を遅らせなきゃ、こんなことにはならなかったのか」
左手で頭をかき、クロスボウを構えていた右手を下ろす。もしものとき大怪我を負わせず捕らえるために持ってきたので、もう使う必要もなかった。どのみち矢は今撃った1本しかないので、使いたくてももう役に立たないが。
(でもま、あとは素手なり緋剣なりでなんとでもなる)
クロスボウを捨て、無造作に――ただしいつでも抜けるよう、手は緋剣の柄に添えて――一歩踏み出す。
「にしてもよくもまあ、こんな長いこと狂信的なふりができたもんだ。すごいよ」
「お褒めにあずかり光栄です」
慇懃無礼にセラが言う。
「セラ」
暗い怒りを宿した双眸を見つめ返し、静かに告げる。
「君はセラ。成績優秀なAR専科生。そうだろ? 馬鹿な真似はやめろ」
「あなたたちの望むように振る舞ってきたこれまでが、なにより馬鹿げた行いだっ!」
感情を爆ぜさせ、セラが立ち上がる。そして肩に刺さった矢を勢いに任せて引き抜き、投げ捨てた。飛び散った血が白い頰を汚す。
「私は女神を許さない! 邪魔をするならあなたもだ!」
右手にはまだ包丁を握ったまま、ぶつぶつとつぶやき始めるセラ。それは、耳を澄ませてよく聞けば。
《主よ、お応えください。私はあなたの僕です》
神僕の言葉で紡がれる、女神への祈りだった。訳が分からず顔をしかめる。
「おいおい、今更女神様に祈るのか?」
テスターはカートリッジに触れながら、さらに足を踏み出した。
《私が求むは、あなたのみ。私の力を捧げます》
「なんのごまかしなのかは知らないが、そんなことで――」
《お応えください……フラングドゥスっ!》
「なっ⁉」
セラが呼んだのは女神ではなかった。
その名は神僕の言葉で、堕ちた神を表す――
(まさか、そんなことがっ……⁉)
しかし事実はそうだった。テスターとセラの間に立ち塞がるように、突如として堕神が出現した。
「まさか――堕神を召喚したのか⁉」
驚愕に目を見開く。祈りの言葉にそんな意味があるとは初耳だったし、神僕が堕神を拝する光景自体が異質過ぎるしで、頭が追いつかない。
イレギュラーは言い訳にならないと散々リュートをなじっておいて、正規の守護騎士を馬鹿にしておいて、自分はセラを甘く見てこの失態だ。
(俺駄目過ぎるだろ!)
「セラ、馬鹿やってくれたな!」
胸中で自分を罵倒し、緋剣を発動させる。
「そんなの見せられたら、手加減できねーじゃん!」
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