愚神と愚僕の再生譚
3.故郷の幻影② 風すら吹かない沈黙の地
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◇ ◇ ◇  雲があるわけでもないのに、空は暗く閉ざされている。踏みしめる赤地は固く、なんの命も芽吹かせていない。  じっくり観察する機会を得たので眺めてみれば、感慨深さとはほど遠い景色がそこにはあった。  風すら吹かない沈黙の地。 「ここが元始世界……俺たちの、故郷?」  リュートはぼうぜんとつぶやいた。  なにか明確な世界をえがいていたわけでも、大きな期待をいだいていたわけでもない。ただ、ここまで荒廃しているとも思っていなかった。  しかし、それを見るためにここに来たわけではない。 (タカヤはどこだっ?)  リュートはぐるりと辺りを見回した。  確か彼は遠くにあるなにかに向かって、坂道(?)を上っていたはずだ。 (! あれか!)  右方向に坂道と、それを越えた先にのぞく、建物らしき物を見つける。そして、坂道を進む人影も。  後を追おうと足を踏み出しかけ、める。  リュートは右の胸ポケットからハンカチを取り出し、地面へと投げ置いた。 (たぶん無駄だろうけど)  身体からだを巡る電流の影響を受けているのか、このハンカチも今は元始世界に存在している。が、そこから離れれば箱庭世界に存在が戻るだろう。  それでも目印として、置いておいて損はない。  この地点の座標を頭にたたき込み、リュートはタカヤの後を追った。 「タカヤ! おいタカヤっ!」  音のない世界であることが幸いした。遠くからでも、タカヤはリュートの呼びかけに気づいたようだ。立ち止まってこちらを振り向いている。 「そこでまれ! そっち行くから!」  指で足元を指すジェスチャーをしながら、ポケットからスマートフォンを取り出すリュート。短縮ダイヤルでセラへと電話をかける。  これもまたハンカチと同じで、あわよくばという期待ではあったが…… (……やっぱ通じねーか)  鳴らない電話に見切りをつけ、リュートはスマートフォンをしまい込んだ。  この分だと、フリストのリモコン操作も届かないだろう。それに関しては装置を外せばなんとでもなるから、さしたる問題はないだろうが。  ヘッドギアに重心を揺さぶられながら、タカヤのもとまでたどり着くと。 「リュート先輩? いらしてたんですね」  心配して追いかけて、返って来たのはこの言葉。 「なに勝手に歩き回ってんだよ! 普通その場で待機だろ!」 「すみません……でもここ元始世界なんですよ?」  叱るリュートに反省の色は見せつつも、タカヤは譲れぬものがあるとばかりに拳を握った。 「俺たちしんぼくの故郷、女神様が本来おられるべき世界。それをかいれるチャンス、逃せるわけないです! それにほら、見てください!」  タカヤがびしっと指さした先には、石造りの建物があった。  まだ距離があるのではっきりとは分からないが、だいぶ老朽化が進んでいるようだ。壁の周囲は多数の石柱で囲われており、入り口と思われる場所にはけんろうそうな石扉がはまっていた。  女神教書の表紙絵になっている、飽きるほど見たデザインだ。  タカヤはぐぐっと詰め寄ってきて、 「あれは恐らく女神様の神殿です。絵画でしか見ることのできなかった神殿が、今目の前にあるんです! 黙って待機なんてできるはずがありません!」 「分かった! 分かったから! せめて装備は身に着けろ!」  リュートは暴発する情熱から身を守るように、持ってきた荷物を突き出した。 (これだから女神狂いのやつらは!)  口には到底出せぬ愚痴を、内心で吐き出す。  タカヤはいまだ興奮に目を輝かせていたが、荷物を受け取ると素直に身に着け始めた。  とがった腕輪が袖口に引っかかり難儀しているようであったが、なんとか強引に腕を通した。その後剣帯とけんを装備し、聞いてくる。 「それで先輩。どうするんですか?」 「どうするもなにも、さっさと帰るって選択肢しかないだろ」  即答して歩きだす。  なんとなく分かってはいたが、タカヤは続いてこなかった。  振り返ると、子犬のような目。  リュートはついと視線をそらした。  しばしの間を置いて目を向けると……やっぱりそこには子犬の目。 「……あそこ見て回ったら、とっとと帰る。いいな?」 「はい!」  純粋なおもいほど厄介なものはない。  リュートはこめかみを押さえながら、そう痛感した。 ◇ ◇ ◇
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