愚神と愚僕の再生譚
2.くすぶる憎悪② 偏見はよくないよな。
◇ ◇ ◇
……とは言ったものの、状況打開の可能性を、感情だけで排除できるほどの余裕もない。
結局リュートはセシルの勧めに従い、第2運動場の片隅へと足を運んでいた。
目の前に、ひっそりと建つプレハブ小屋。各階4部屋ずつの2階建てで、傷んだトタン屋根が風に揺れている。
「本当に、こんなたまり場がうってつけなのかよ」
偏見だとは知りつつも、思わず正直な感想が漏れる。
そこはいわゆる、同好会の類いが集まる場所だった。
形としては地球人学生の部活動に近いが、その種類は圧倒的に少ない。
これは新設の際のセシルの審査基準――渡人の本分を侵さないか、渡人の未来に貢献できるものか、必要経費の補助なしでの継続的活動が可能か――を満たせる申請が皆無に近いのと、わざわざ煩雑な手続きを取って体裁を整えずとも、それなりの活動は可能なことに起因する。例えばバスケットボールがやりたければ、今朝の訓練生たちのように有志で集まればいい。
結果としてセシルの審査を通った申請は、有益かもしれないが非常にとがった方向性の、ニッチな活動ばかりとなった。
多くの訓練生は興味をもつどころか距離を置いており、リュートもその例に漏れず、なんとなく今までもこの建物は避けていた。
(まあ、偏見はよくないよな。近寄り難いってだけで、学術レベル高い活動もあったりするらしいし)
気を取り直して、リュートは足を踏み出した。
セシルに告げられた部屋は、プレハブ1階の、左から二番目。その扉の前に立ち、でかでかと張られた紙を黙読する。
『騒音止めろ無理なら息の根止めろ』
「え……っと」
言うべき言葉も相手も見つからず、音だけを出す。
スタートラインに立つ前に退場を食らったような心地だが、再び気を取り直し、リュートはノックのために右手を上げた。
そして突然なんの前触れもなく、扉がこちらに向けて勢いよく開いた。
「……っ⁉」
反射的に、ノックのために握っていた拳を前に突き出す。それを後悔するような音と痛みを生じさせながら、扉が拳に押しとどめられる。
拳から伝わるしびれに顔をしかめていると、半開きの扉の隙間から顔がのぞいた。
「よっす。学長から聞いて待ってたよっ」
女生徒だった。にっと笑みを浮かべながら、髪とそろいの緋色の瞳を、楽しそうに輝かせている。
リュートは取りあえず拳を引っ込めて、適切な言葉を探した。
「あ、えと……息の根止めろ研究会の方?」
「いきなり喧嘩売ってんの君?」
大きな瞳をやや鋭くして、女生徒。
が、リュートが困惑したまなざしを扉に送ると、思い当たったように扉の隙間を抜け出てきた。そして張り紙を目にした途端、髪の毛を逆立たせる。
「あーっ! ギジケンの仕業ね!」
「ギジケン?」
「疑似質量応用科学研究会。隣の部屋。ったく、ちょっと分刻みで爆発音奏でたくらいで気が短いんだから」
右の部屋をひとにらみすると、女生徒は張り紙を乱暴に引き剝がした。下にはもう1枚張り紙があり、ポップな筆跡で『残魂研究会』という文字が書かれている。
彼女は剝がした紙をくしゃくしゃに丸めて、疑似質量応用科学研究会の扉へと思いきり投げつけた。そのまま勢いを利用して振り返り、手を差し出してくる。
「あたし残魂研究会会長のツクバ。G専科7回生よ。んでここは、残魂のより効率的な還元を調査・研究する場――っていっても半年前に出来たばっかだけどね。でもまあ意気込みは十分よ。ってことでよろしく」
「あ、俺はG専科の――」
「5回生のリュート君でしょ、知ってる。処罰数歴代トップを独走するリュート。リュートって長ったらしいからリューでいいよね」
「減ったの1文字だけですけど」
そもそもそんなに長くもないし。
後半の言葉は、言っても無駄な気がしてのみ込んだ。感情や言動の切り替えが早いツクバに、リュートはすでに置いていかれそうになっていた。
応援コメント
コメントはまだありません