愚神と愚僕の再生譚
4.学校ウォーズ② 心配してくれんのか? 珍しい。
◇ ◇ ◇
「月島先生、今少しよろしいですか?」
「ごめんね天城君、今ちょっと授業の準備で忙しいの」
「月島先生、筆箱落としましたよ」
「ありがとう天城君」
「いえ。ところで少々お話が――」
「また今度ね」
「月島先生。マジでどうしようもなく緊要な問題なんですけど――」
「守護騎士って大変だものね。よければこの番号に電話してみて」
「……よい子の悩みSOS……?」
「じゃあ私急ぐからまた」
「いや待てよでなきゃマジでお前のことバラす――痛っ!」
「あら大丈夫? どうして棚から重たいファイルが落ちてきたのかしら」
「……俺の足先に落ちるよう、なんらかの恣意的な力が働いたせいじゃないですかね」
「まあ超能力?」
「傲慢な物理力だよ!」
◇ ◇ ◇
「あの女、徹底的に避けやがって……」
机の上にぐったりと身を投げ出しながら、しかめっ面でぼやく。
未奈美から緋剣を返してもらうため、朝から何度も話し合いを試みたものの、結局成果は出ぬまま放課後になってしまった。
今教室にいるのはリュートとセラ、そして訳あって衛護対象となっている明美だけだ。残りは――堕神の排除に向かったテスターは除いてということだが――全員、劇の準備のため外に出ている。
「私やテスターさんのことも、あからさまに避けてます。こちらが事を大きくしたくないのを、察したみたいですね。彼女、完全になかったことにするつもりですよ」
左隣に座るセラが険しい顔つきで、採血キットを机上に並べる。その顔から、痛罵してやりたいという思いがありありと伝わってくる。外面を維持するため、自制心を総動員しているのだろう。
「天城君と水谷さん、月島先生と知り合いなの?」
セラとは反対側の隣で、黒髪の少女――明美が小道具の剣先を振りつつ聞いてくる。
彼女は舞台上での照明反射を抑えるため、剣身に艶消し剤を塗布する作業を行っているところだった。
「ああ、ちょっとな」
リュートは疲弊の相で半身を起こした。ぐだりながらも上着を脱いで、左腕をセラの前へと差し出す。
ゴム手袋をはめた彼女はいつも通り、無駄のない動きで採血を進めていく――と思いきや、
「大丈夫ですかリュート様? 今朝もだいぶ採りましたけど……」
こちらの腕に添えようとした手を、遠慮がちにさまよわせる。
リュートはからかうように目を光らせた。
「なんだ? 心配してくれんのか? 珍しい」
「人を冷血人間みたいに言わないでくださいよ。私だって本当に心配すべき時は心配しますっ。大量に出血してから、まだ日も浅いですし……」
台詞が後半に行くにつれ、その声から後ろめたさがにじみ出す。どうやら先日のリュートの怪我に関しては、彼女なりに気にしていたらしい。
こちらがフォローを入れるよりも早く、セラは切り替えるように後を続けた。駆血帯をリュートの腕に巻きつけながら、
「それよりリュート様こそ、珍しいじゃないですか。自分から採血を求めるなんて」
「鬼の排除中に、邪魔が入る可能性が出てきたからな」
言いながら思い浮かべたのは、正義の光を目に宿した女の姿。
さすがに教育実習の真っただ中で、堂々と妨害してくることはないだろうが……念には念をというところだ。
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