愚神と愚僕の再生譚
5.立場の選択⑧ パステルピンクに盛り上がる。
◇ ◇ ◇
なんなのだ、一体。
「うーん……私なら、こっちの歌なしの曲の方がいいかなあ。歌詞があるとそっちに意識いっちゃうし……あくまで私の意見では、だけど」
「そっか、参考になるよ。ありがとう」
「ううん、私が役に立てることならなんでもやるよ」
桃色の空気を漂わせている明美(のふりをした女神)と男子生徒――山本銀貨を、セラは教室の隅から半眼で眺めていた。
(なんなのよ。用事って山本銀貨なわけ?)
意外に足の速い明美――中身は女神だが――を追いかけ、たどり着いたのは4階の音楽室だった。そこでなにをするのかと思えば、音響機材を借りた銀貨と合流し、再び教室へと戻ってきた。
自分はといえば、ふたりの空間に分け入ることもできず、こうして教室の隅に座り、破損した木箱を修復している。
(馬っ鹿みたい)
力任せに金槌を振るう。木箱は元々が、分厚い板を適当に組み合わせた雑な造りなので、修復もさほど難しくない。
また一振り。八つ当たり気味にたたきつけているため、治りかけていた肩に響く。
(馬鹿みたい、ほんと、なんで私がっ……)
痛みに喧嘩を売るように、がんげんがんと打ち続けた。
やさぐれるセラをよそに、銀貨たちはパステルピンクに盛り上がる。
「でも迷惑じゃなかった? 劇伴を選ぶ手伝いなんて」
「そんなことないよ。だって私山本君のこと――」
「すっっっどうさん! ちょっと小道具のことでご相談が!」
ばきぃっと金槌で木箱を砕くと――動揺で手元が狂ったのだ――セラは女神の元まで飛んでいき、
「ちょっとすみませんっ」
机上のCDプレーヤーの音量を豪快に上げ、女神を自分の席まで引っ張っていった。
「あんたさっきからなにやってんのよ!」
先ほどまでのいら立ちを全てぶつけるかのように、小声で女神に詰め寄る。音楽に遮られて、銀貨には聞こえないはずだ。
「なにって、明美の恋を護っているだけだ。明美がそこの少年と約束していたのに、寝てしまったからな。私が約束を代行してやった」
どうということもなく答えてくる女神に、セラは内心驚いていた。宿主の恋愛事情を女神が気にするなど、セラの常識ではあり得ないからだ。
「だ……だとしても、須藤明美の気持ちを勝手に伝えないでよね!」
「駄目なのか?」
「駄目に決まってんでしょどう考えても!」
「ふむ……明美がなかなか言わないから、私がついでに伝えてやろうかと思ったのだが」
「そういうのは自分で伝えるものなの!」
「ほう、そうなのか」
興味深げにつぶやく女神に頭痛を覚え、セラはこめかみを押さえた。
「まったくあんたって……」
「そういうことなら、ここからは明美に戻った方がよいな。さっさと起こしてやれ」
「え?」
聞き返すと同時、明美の身体が崩れ落ちる。セラは慌てて彼女を支えた。
「瀬良さん、須藤さんどうしたのっ?」
聞こえなくても様子はうかがっていたのか、銀貨が焦った顔で駆け寄ってくる。
「大丈夫です。寝不足で寝落ちしただけですから」
明美の身体を椅子に座らせてやりながら、セラは胸中で繰り返した。
なんなのだ、一体。
◇ ◇ ◇
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