愚神と愚僕の再生譚
2.不干渉の境界線⑦ こっちは真剣なんだけど。
◇ ◇ ◇
目的の家には、5分ほど歩けばたどり着けた。
没個性な建売住宅が立ち並ぶ中、おしゃれな洋館(ただし小さめ)をイメージした造りの家がたたずんでいる。
リュートたちは、道を挟んだ砂利敷きの月極駐車場で、その家を見張っていた。メールで知らせを受けたテスターも、こちらへと向かっているはずだ。
先ほど勇人にインターホンを鳴らしてもらったが、反応はなかった。近所の子どもに対しても居留守を使うような家でなければ、家族全員不在ということだ。
「疑うわけじゃねーけど、本当にここなんだよな?」
車の陰に身を隠しながら、問う。
「うん。名前は知らないけど、あの家の人だよ」
勇人の自信たっぷりの返事に満足し、リュートは大きくうなずいた。
「よし助かった。ありがとな」
勇人の肩に手を置き、やんわり押しやるように力を込める。勇人はそれをじとっと眺めると、同じ視線をリュートの顔へと向けてきた。
「なんだよこの手は」
「だから、助かった。もう帰っていいぜ。セラが送ってくれるから」
勝手に指名されたセラが、顔に不服の色を浮かべる。
が、不満を言葉に表したのは勇人の方が先だった。肩を怒らせながらリュートの手をはねのけて、
「なんだよそれ! 一番おいしいところは取り上げるのか⁉」
「おいしいって……こっちは真剣なんだけど」
まあ部外者――加えて子どもの認識など、その程度なのだろうが。
「なら、ますます僕が手伝った方がいいじゃんか!」
渋面を作るリュートに、勇人が必死に食らいつく。
「僕ならもし見られても、近所の子どもが遊んでると思われるだけだろっ」
「だからそういう問題じゃ――」
「いいじゃない、手伝ってもらいましょうよ」
リュートは目をむき、声の主の顔を見た。
こいつはなにを言っているんだ。
そんな思いを込めて見据えられても、セラは全く動じなかった。むしろ、兄こそなにを言っているんだとばかりに片眉を上げ、
「私たちがびくびく車の陰から顔をのぞかせるより、道端で遊んでるふりでもしながら、勇人君に見張ってもらった方が無難じゃない? もちろん事故が起きないよう配慮し、暗くなる前に、自宅まできちんと送り届ける前提だけど」
「いや、そういう問題じゃ――」
「地球人の子どもに手伝わせるのが問題って言いたいのかもだけど、正直、ここまで付き合ってもらったなら同じよ」
リュートは口を閉じた。ギリギリ取り繕っていた建前を、身も蓋もなく投げ出されたら反論のしようもない。加えて、
「それともお兄ちゃんは、不祥事が学長にバレて、きっっつい処分を下されるのがお好み?」
嗜虐的な笑み――ああ確かにこいつは学長の娘だなと、再認識できるほど学長を彷彿とさせる笑み――で意地悪な言葉を吐かれたら、保身に走るしかないではないか。
「……分かったよ」
不承不承にうなずくと、勇人が歓声を上げて、車の陰から飛び出した。
「じゃあ早速、僕行ってくる。トシュクニンムに!」
「特殊任務な。特殊でも任務でもねーけど」
聞こえてないだろうが、一応訂正を入れておく。
と、思い出し、小さな背中に向かって声をかける。今度は聞こえるよう、手を口に当ててはっきりと。
「車気をつけろよー、あと通行人の邪魔にならないようにな」
「言われなくても分かってる! シモベが命令するなっ」
「心配してやってんだろーが」
堂々とやり取りしてたら隠れている意味がないので、ひとりで愚痴る。
そのさまをくすくす笑って見ていたセラが、仕切り直しとばかりに息をつき、聞いてくる。
「それでお兄ちゃん。教科書の受け取りはいつ行くの?」
「取りあえずは、テスターがこっち来てからだな。そっから受領と見張りの二手に分かれ……ん?」
飛び出した時と同じく、足をばたばた動かして勇人が駆けてくる。
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