愚神と愚僕の再生譚
7.ストロベリーバニラアイスクリーム
◇ ◇ ◇
身体にまとわりつく生暖かい空気に、不快さを感じてリュートは目が覚めた。
開けたはずの視界はなぜかまだ暗く、その疑問を追求しようと思う前に、見開きの台本を顔にかぶっているからだと自己完結に至る。
台本をどかすと、斑の天井が目に入った。夏も近づき熱量を帯びてきた日差しから、リュートの身を守ってくれている。
(寝ちまってたのか)
校舎裏の木の上で休憩していたはずが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。投げ出されていた手や、枝からずり落ちていた左脚を引き上げ、太い枝の上で座り直す。と、
「リュート様」
下方から届く声に顔を向けると、セラがこちらを見上げて立っていた。
「おう」
「なんでこんな所にいるんですか?」
「ここなら江山に見つからないかと思って」
答えてリュートは、台本を指ではじいた。
今日は月曜日だが、創立記念日のため学校は休みだった。しかし学校祭まで残り1カ月を切っているということで、朝からずっと劇練の嵐。
ただでさえ土日いろいろあってきついのに、そこへ江山悦子の鬼のような指導。正直今は無気力状態で、昼休憩を幸いに抜け出してきたのだ。図書館棟の裏なら、そうそう見つかりもしまい。
「……なあ」
意を決して、木の上から身を乗り出す。
「俺、お前に謝らなきゃいけないことがあるんだ」
「なんですか?」
「一応、俺なりに頑張ってはみたんだけどよ。結局駄目だった」
「だからなんなんです?」
話が見えてこないらしく、セラはもどかしげに見上げてきた。
リュートは枝から飛び降り、彼女の目の前へと着地した。せめて申し訳なさは示そうと、真っすぐにセラの目を見つめる。
「今日だろ、お前の誕生日。だからなにか渡したかったんだけど……金がなくて結局なにも買えなかった」
その言葉にセラは――口を半開きにし、なにかを言おうとした。しかし間際で踏みとどまると、周囲を見回し、
「あのねお兄ちゃん」
頭痛を感じているようにこめかみを押さえながら、妹としてゆっくりと言葉を重ねてきた。
「私の誕生日、2カ月前」
「……へ?」
「だから、私の誕生日は4月22日。2カ月ずれてる」
「……マジで?」
「マジで」
沈黙。暗黙。緘黙。しじま。そして罵声。
「信じらんっない! 妹の誕生日間違えるだなんて!」
「わ、悪い!」
リュートは両手のひらを合わせて謝罪した。セラは相当頭にきているのか、誰かに会話を聞かれる恐れも忘れてがなっている。
「私はお兄ちゃんの誕生日一度たりとて忘れたことないのに、それってあんまりじゃない⁉」
「いや、ほら俺長いこと不安定な状態だったじゃん? だからちょっと記憶に混濁がっ――」
「私の存在ってその程度っ⁉」
「いやいやでも、間違えたとはいえ祝うつもりだったんだって! その気持ちが大事だろ⁉」
「それすら祝えてないじゃない!」
「う……」
痛いところを突かれてうめく。
そっぽを向くセラの前へと回り込み、リュートは必死で言い訳を並べ立てた。
「だから悪かったって! 本当、ちゃんとした物渡すつもりだったんだよ。久々の誕生祝いだし!」
完全に許しを乞う流れが、延々と続き――
セラは片目を開けて、組んでいた腕をほどいた。
「……本当に一文無しなの?」
「いやまあ、本1冊くらいなら買えるけど……」
僕様坊ちゃんのお守りによって得た報酬――健吾のへまにより損壊した物の補塡として大部分を理不尽に差っ引かれた、わずかな報酬――を思い浮かべながら、答える。
セラは感情の読めない目でこちらを見返すと、切り替えるようにあっさり言った。
「じゃ、帰り付き合ってよ。買ってほしいものがあるの」
「本っつったって文庫本だからなしかもめっちゃ薄いやつ。つかマジで金ねえからな本当にないぜ? 悲しいくらいないぜ? 自販機やコピー機の下まであさってこれかよってくらいないぜ? 緋剣のみ込む大道芸でもやってみようかなって真剣に悩んだくらいないぜ?」
「そんな情けないこと必死にアピらないでよ」
「見栄を張るのはよくないって、身に染みて感じたばかりだからな」
しみじみと返す。
「大丈夫よ、そんな高い物じゃないから」
「じゃあなんなんだ?」
聞くと、ここにきてセラは口ごもった。
「えと……」
「なんだよ? 言ってくれなきゃ買えないだろ」
今度はリュートが攻める側になる。
セラはもじもじと口を開いた。
「私が欲しいのは――」
《第4章》マネー! マネー! マネー!――了
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