愚神と愚僕の再生譚
6.友達のつくり方⑦ 子どもが飲んでいいわけねーだろ!
健吾はにまにまと笑みを浮かべて言葉を切った。ボリューミーな羽毛布団へと肉厚な手を伸ばし、そこに埋もれたなにかを取り出す。出てきたのは、
「……ってそれ酒じゃねーか!」
リュートは顔を引きつらせて、健吾の抱えた一升瓶を指さした。
「なんだよ慌てて。まさか飲んだことないの?」
「当たり前だ! つか『まさか』って、お前は飲んだことあんのかっ?」
「当然だよ、酒は社交の飲み物なんだから。まあ父さんに見つかるとうるさいから、時たまこっそりだけど」
やれやれとばかりに、頭を左右に振る健吾。
リュートは大股数歩でベッドまでたどり着くと、健吾の手から一升瓶を引ったくった。
「あのな! アルコール摂取は発育に影響を及ぼすんだよ! 子どもが飲んでいいわけねーだろ!」
「なんだよ、つまんないな」
「お前の身体の話だろ!」
リュートが詰め寄ると、健吾は疑わしげに眉を上げた。
「僕様のことを心配してるとでも?」
「ああ。だから――」
「じゃあ君たちが飲んでよ」
「……あ?」
間髪容れずに返された言葉に、一瞬言葉を失う。
見下ろされたのが気に食わなかったのか、健吾はベッドの上でドスンと仁王立ちになった。腕を組んでこちらを見下ろし、偉そうに言ってくる。
「僕様の身体が心配で、飲ませたくないんだろ。でもそれだと、せっかく持ってきた酒が無駄になるし、僕様はつまらない。だから君たちが飲んでよ」
「話聞いてなかったのか? 未成年は酒飲めねーんだよ!」
「だったら僕様が飲んで、君らに無理やり飲まされたって学長に言おうかなー」
「くっだらねえことをっ……」
ギリギリと歯をきしませるリュート。その様をにやにや眺める健吾。
「せっかくのお泊まり会だよ? 楽しませてよ」
リュートはぎろりと健吾をにらみ上げると、
「……分かった」
見せつけるように、深く息を吐いてから承諾した。
「リュートっ?」
「ちょっ……リュート様なに言ってんですか! こんなこと知れたら厄介なことになりますよ!」
背後から上がる不服の声。
リュートは振り向き、ローテーブルの上にどんと酒瓶を置いた。そして近寄ってきた仲間ふたりの腕を両手に握り、部屋の隅へと彼らを引きずっていく。
健吾に聞かれないよう限界まで声を潜めながら、
「心配すんなって。セラとテスターは飲まなくていいようにもってくから。お前らは未成年でも、俺の本当の年は19――渡人の成人年齢だ。もし飲酒がバレたとしても、セシルに直談判すればなんとかなる」
「屁理屈だなー……」
「ていうかお兄ちゃん、お酒飲んだことあるの?」
「ねえけど、あの鈍臭坊ちゃん黙らすにはこれしかねーだろ」
「そうはいっても……」
「なんだよみんなで内緒話? 感じ悪いんじゃない?」
作戦会議の外側から、不機嫌さを隠そうともしない声が送られてくる。
リュートはテスターとセラの背中をぱしんとたたくと、
「な、任せとけって」
とだけ告げて健吾の元へと舞い戻った。
「悪い悪い。さっきの話だけど、セラとテスターは駄目だ。その代わりに俺が飲む。それと」
棚の上に伏せ置かれたグラスのひとつを手に取り、
「酒は社交の飲み物、だっけか? てことは俺が飲んだら、俺とお前は友達か?」
顔前に掲げながら、健吾へと確認する。グラス越しに映った健吾が、疑問符を返してくる。
「え、なに、君は僕様と友達になりたいの?」
「まーな」
「なるほどね。確かに君、友達少なそうだもんねえ」
「……まーな」
「いいよ、考えてあげる」
「よし」
健吾の返事に――多少引っかかるところはあったものの――満足し、リュートはどさっと座り込んだ。ローテーブルにある一升瓶の栓に指を掛け、不敵に笑う。
「で、将来の夢だっけか? 語ってもらおうじゃねえかお坊ちゃま」
◇ ◇ ◇
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