愚神と愚僕の再生譚
6.友達のつくり方② もっとへりくだるべきじゃないかな。
◇ ◇ ◇
「あー、つまらない。なんで僕様がこんな所に来なきゃいけないんだ。市長の息子も楽じゃないよね。貴重な時間を、警備員との交流に割かなきゃいけないんだから。まあ僕様は良い人だからちゃんとお務めは果たすけど。警備員の学校も、もしかしたらほんの少しは面白いかもしれないしね」
(誰か助けてくれ……)
駐車場でべらべらとまくし立てる小太りの少年を前に、リュートはうんざりと空を見上げていた。中天にかかった太陽がまぶしい。
ここの地区の市長は、比較的渡人に寛容だ。渡人と積極的な交流ももとうとしてくれる。地球人――それも愛息子を訓練校にお泊まりさせるなど、全国初の試みではないだろうか。素晴らしい。進歩的だ。どっかよそでやってほしい。
少年の口上は続く。
「まあ僕様たちのお金を使って建てた学校だしね。有意義じゃないと金返せって感じになるよね。そういや、君らは警備員になるために訓練してるんだろ? まあ市長の息子という重圧がある僕様よりは楽とはいえ、それでも同情はするよ。大変だよねえ、渡来人は」
(渡来人じゃねーし。渡人だし)
昨夜――というか今日というか――の幽霊騒ぎで寝不足な上にこれでは、身も心も1日もちそうにない。
市長の息子に気に入られれば、なにかと都合が良くなる。
端的にいえば、それが学内バイトの内容だった。市長の息子――林田健吾のお守りをした上で、彼と友達になること。が、
(市長はどうだか知らねーが、こいつどう見ても俺らを見下してんじゃねーか。友達になんてなれんのかよ。つかなんだよ警備員って)
リュートは助けを求めて、両隣に視線を送った。リュート同様セシルからこの学内バイトを提示された、テスターとセラに。
彼らはなんとか立ち姿勢だけは模範的に保ち、死んだ魚のような目で少年の話に耳を傾けていた。そしてリュートと目が合うと、「こちらこそ助けてほしい」と言わんばかりのまなざしだけを返してきた。
いや、心なしか恨みがましさも感じ取れる。恐らくはリュートのとばっちりで、この学内バイトを回されたと思っている――そしてその予想はたぶん的中している――のだろうが、そんな視線こちらに向けられてもどうしようもない。
(まあ雰囲気的に、俺が率先して頑張るべきか……しょうがねーな)
しなびたやる気をしなびたなりに奮い立たせ、リュートは林田少年を改めて観察した。
林田健吾は一目見ただけで、エリート階級ということがうかがえる少年だった。
といっても育ちの良さが垣間見えるとかではなく、聞かれてもいないのに「僕エリートです」と吹聴するような見た目をしているという意味でだ。
高級そうな子ども用のスーツ一式を着込んでいるが、サイズが合っていないのか、ボタンが今にもはじけ飛びそうだ。整髪剤でガチガチに固められた髪は、どれだけへらへら頭を揺らしても、全く形を崩さない。首を締めつけている細い蝶ネクタイは、自分の気道をあえて塞ごうとしているのかとすら思う。光沢のある革靴は、セシルの靴の何倍も高価であるに違いない。
(あるところにはあるんだなー、金。しかも無駄なところに)
自分の経済状況が逼迫しているだけに、ついつい飢えた目で見てしまう。
と、他者の介入を良しとしない一方的な会話を続けていた健吾が、ようやく会話のボールをこちらに投げてきた。
「で、君たちが僕様の案内係? 何歳?」
「14だけど。今年で15」
リュートが答えると、健吾は訳知り顔でうなずいた。
「同い年を当てたってわけか。ここの学長も安直だね。14歳には僕様の相手は荷が重いと思うよ。僕様は早熟だからね。少し年上くらいがちょうどいい」
(要所要所でいらつくやつだな……)
セシルが馬鹿にされるのは極めてどうでもいいことだが、絶妙に不快なツボを突いてくる健吾に、リュートは早くも辟易していた。
「えーっと。林田君」
頭をかきながら、手を差し出す。
「渡人の学校にようこそ。改めて、俺がリュートでこいつがテスター。で、彼女はセラ。よろしくな」
「よろしくな?」
差し出された手を不服そうに眺め、健吾がねっとりとした口調で返してくる。
「さっきの返答もそうだけど、君ちょっと偉そうじゃない? もっとへりくだるべきじゃないかな。君たちはいってみれば、奉公人のようなものだろ。特に僕様は市長の息子なんだし、そういったところはわきまえてもらわないと」
(う……うぜえ)
握られることのなかった手を差し戻し、リュートは顔をひくつかせた。
それを見てリュートの限界を感じたのか、セラとテスターが助け船を出してくる。
「そうですよね、すみません。私たちみたいなただの訓練生には、エリート階級の方と接する機会がないものですから、緊張してしまって……」
「そうそう。浅学非才な俺たちには、こうしてあなたと話せるだけでも、この上もなく光栄なことですからね。な、リュート」
「そうそう、そう。そうですね。ほんと光栄です」
引きつった笑みを浮かべながら、頭の中で警告音が鳴る。この方向性はよろしくない。
案の定、健吾は使用人の無礼を許す主人の面持ちで、
「まあ、そういうことなら多少は仕方ないね。育ちというものは、いきなり変えられるものでもないし」
ウザさ大爆発で寛容な判断を下してくれた。
(友達どころか、交流相手とすら認識されてねえ……)
友達になるなど、すでに達成困難な状況であった。こうなれば、適当にへりくだりながらも徐々に親近感をもってもらえるよう、それとなく誘導するしかない。
それを即行動に移したのは、笑顔の仮面には手慣れたセラだった。ぱんと手のひらを合わせ、
「じゃあ早速、敷地内を案内させていただきますね。まずは――」
「まずはあそこがいいかな。ここに着いたときから気になってたんだ」
健吾はマイペースにセラの言葉を遮り、ある施設を指さした。
◇ ◇ ◇
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