愚神と愚僕の再生譚
2.くすぶる憎悪⑩ あんたが愛を語らないで。
頭痛やら吐き気やら目まいやら。色んなものに一挙に襲われ、身体を丸めてひたすら耐え忍ぶ。
数十秒ほど経ってから頃合いを見計らうかのように、明美が口を開いた。
「先ほどの残魂、だいぶあらぶっていたな。晴らせない恨みの捌け口に、あの娘をいたぶる気か……?」
いまだ悶絶中ではあったものの聞き捨てならないことを言われ、リュートは女神――だろう、たぶん――に聞き返した。
「それ、どういうことだ?」
「残魂は角崎凜に恨みがあるんじゃなかったの? お兄ちゃんが確かに、角崎だと聞いたって」
セラも、戸惑うような視線を女神に向ける。
女神は教えてやるという優越感にでも浸っているのか、大仰にうなずき、腕を組んで答えてきた。
「具現化した時に伝わってきた。あの残魂は幼少期から度々、いわゆるいじめにあっていたようだな。社会に出てからも、本人としては不遇な毎日を送っており、数週間前に交通事故で死んだようだ」
「それが、なんで角崎につながるんだよ」
「本当は自分をいじめた人間に復讐をしたいが、怖じ気づいているようだ。それで生前出会った中で記憶に新しい、似たようなタイプの人間を狙っているとみえる」
いつまでも寝てはいられないため、リュートは片肘を突いて身を起こした。
「みえる……って、それで狙われる方も、たまったもんじゃねーけど……」
「いいんじゃない別に。角崎凜だし」
あっさりと容赦なく、セラ。
「まあよかったではないか。望み通り除魂はできたのだから」
「え?」
女神の言葉に虚を突かれる。
女神は意外そうに腕を解くと、
「気づいてなかったのか? 貴様の左腕に、もうやつはいない」
「還元されたってこと?」
「まるで話を聞いていないな。愚鈍もここまで来ると希少価値か」
口を挟むセラに、女神がふんと鼻を鳴らす。
「言っただろうが、捌け口にするつもりだと。別のやり方で、あの娘を追い詰める気なのだろう」
ギリギリと歯をきしませるセラの形相から目をそらし――怖かったのだ、割と本気で――リュートは女神を見上げた。
「お前はだいぶ落ち着いてるんだな。地球人が危険だってのに。大切な『子どもたち』じゃなかったのか?」
「そうだ。子ども『たち』だ――個々人にまで構ってはいられない」
「……そーかよ」
「どうした? もっとうれしがるかと思ったが」
「うれしがる?」
よろよろと立ち上がりながら、不機嫌に片眉を上げる。
恐ろしいことに、女神は本気で説いてきた。
「地球人に私の愛を奪われた神僕としては、彼らが妬ましいだろう」
「お前を巡って嫉妬なんかするかよ。つーか――」
「あんたが愛を語らないで。虫唾が走るわ」
セラが端的にリュートの気持ちを代弁する。
異論もないので無言で女神を見ると、女神はどうでもいいとばかりに肩をすくめた。それで終わりということらしい。
「しっかしあれだな」
リュートは解放された実感を味わうように、左手で髪を鷲づかみにした。
「自業自得ってわけでもないなら、ほっとくわけにもいかねーか」
「私的には全然オッケーだけど」
「お前っていっそすがすがしいな……」
微塵もぶれないセラに、リュートはおびえ半分うらやみ半分のまなざしを送った。
◇ ◇ ◇
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