愚神と愚僕の再生譚
3.爆ぜる理不尽① 私悪くないってのに!
◇ ◇ ◇
休講により自習時間となった1限目だが、課題はしっかり与えられていた。
だから生徒たちは机に向かい、課題のプリントを黙々と仕上げていく――はずもなく、自習時間はただの雑談飛び交う休憩時間になりつつあった。
それでも一応、課題を片づける気は皆あるらしい。相談しながら一緒に解く者たち、大問ごとに割り振って解く者たち、ひとりで地道に解く正統派。さまざまなタイプがいた。
そしてリュートは――早々にシャープペンシルを握る手を止めていた。
(どこにいるんだ、残魂は……?)
教室内に目を走らせる。
左腕から出ていってくれたこと自体はうれしいが、所在が不明になった分だけ気がかりが増えたので、あまりありがたみが感じられない。
右方向に顔を向けると、隣に座った男子生徒が、机に突っ伏し居眠りをしていた。別にそれに関してはどうでもよく、確認したかったのはその先だ。
凜が横からでも分かるような渋面を作り、プリントを凝視している。こういってはなんだが、意外にも真面目に課題に取り組んでいるようだ。
彼女の周りに特に異常がなさそうなのを確認し、再び教室内を目だけで探る。そして視線をまた凜に、それが終われば教室全体に。何度も繰り返していると。
「ちょっとあんた」
居眠り生徒をまたいで、凜が声を投げかけてくる。明らかに不機嫌な顔をしている。
(やべ、バレた)
ごまかすのは無理と悟りつつも、きまり悪げに目をそらすリュート。
凜は席を立ってリュートの机の前まで来ると、こちらの胸倉をつかんで強引に立ち上がらせた。
「来なさいよ」
「いや、俺課題のプリント仕上げないと――」
「いいから!」
どすのきいた声に、教室中の視線が集まる。
リュートは後ろを振り向いた。目が合ったテスターが隣の席の明美へと一瞬視線を移し、再びこちらを見返してうなずく。
「分かった、出よう」
観念して両手を上げる。どのみち凜に伝えるべきかどうか、迷っていたところだ。
リュートは、凜に付き従って教室を出た。
凜は廊下に出ると一度口を開き、リュートの背後を見てその口をつぐんだ。
彼女の視線を追って振り向くと、開いた窓からクラスメート数人――中にはセラも混じっている――が、こちらの様子をうかがっているのが見て取れた。
「こっち来て」
顎をしゃくり、返事も待たずに歩きだす凜。
彼女は隣にある1年2組の教室前で立ち止まると、軽く左右を確認し、ためらいもなく扉を開けた。
「あ、おいっ」
「大丈夫よ誰もいないから」
リュートの制止も聞かず、凜が教室内へと足を踏み入れる。リュートも仕方なく続いた。
彼女の言う通り、移動教室の授業中なのか、教室内には誰もいなかった。
凜は手近な机の上に座ると、
「で。あんたはさっきから、なにジロジロ私を見てんのよ」
腕と脚を組み、最大限偉そうなポーズで聞いてくる。
リュートがどう言おうか迷っていると、彼女は、じとっとしたまなざしで眉をつり上げた。
「まさかそれも、左腕の幽霊だかなんだかのせいにする気じゃないでしょーね」
「いや、まさにその『幽霊だかなんだか』が絡んでるんだけど」
結局は、分かっていることを全て話した方が面倒がないというところに落ち着き、リュートは自信なさげに続けた。
「実は幽霊が、俺の身体から出ていっちまったらしいんだ」
「……で?」
「次はなんらかの方法で、お前を狙うんじゃないかと思われる」
「今度は私が憑かれるってこと?」
「幽霊に憑かれる体質の地球人はめったにいないし、お前がそういう体質ならとっくに憑かれてるはずだ」
「じゃあどう狙われるのよ」
いらいらと、凜。
リュートは開き直って腕を組んだ。
「だから、それが分からなくてずっと見張ってる」
「はあ? なにそれ役立たずね。ていうかなんで街でちょっともめた程度のことで、おやじに付きまとわれなきゃなんねーのよ? 幽霊ってことは死んでんでしょ? それが私のせいだとでも言いたいわけ?」
凜が、リュートが避けていたところを的確に指摘してくる。
そこを突かれるとリュートも困ってしまい――なにせ女神から聞かされただけで、自分自身が確信をもっているわけではないのだ――答えを探して天井を見上げた。
「あの幽霊、生前は度々いじめにあっていたらしい。んでその恨みを、お前で晴らしたいんだと」
「……は? 私あのおやじは、いじめてないわよ」
「同類っつーことで、取りあえずお前で間に合わせることにしたらしい」
理解が追いつかなかったのか、凜はきょとんと顔を傾けた後、
「……はあっ⁉」
素っ頓狂な声を上げる。
「冗談じゃないし! なんだって、そんな理不尽な理由で狙われなきゃいけねーのよ⁉」
リュートはきゃんきゃん鼓膜に突き刺さる声に顔をしかめつつ、
「そうかもしれないが、実際狙われてるんだから仕方ないだろ」
「仕方ないで済ませないでよ! 八つ当たりなんてひどいじゃんっ、私悪くないってのに!」
凜の主張は、少なくとも残魂に関しては、もっともであったのかもしれないが。
バンッ、と凜の座った机に手を突き、リュートは彼女に向かって身を乗り出した。
「その台詞――須藤や山本の前でも言えるのか?」
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