愚神と愚僕の再生譚
3.ある家族のかたち③ 感心しないな。
「残念だったな」
「別に残念じゃない」
形だけとはいえ父が――あの父が――慰めの言葉をかけてきたこと自体が余計に惨めに感じられて、リアムは前方を見つめたまま口早にごまかした。
「でも来れないんだったら、もっと早く教えてくれればいいのに。母さんってば」
「知らせは早く届いた。ただ忙しくてな。伝えるのが遅くなってしまった」
「はあ⁉ なんだよそれ! 早く教えろよ!」
凍える冷気に耐えた1時間が全くの無駄だったと分かり、怒りのあまり立ち上がるリアム。
ぎっ、と父をにらみ上げるが、
「神僕の長であり、初等・高等訓練校学長である私が、いち生徒の君への言づてを、わざわざ伝えに来てやったのだ――これ以上、なにか不満でも?」
感情を宿さない目で見返され、足がすくむ。
「……ありません」
目をそらして答えながら、ふと思うことがあった。
父は外面のため、リアムとは他人に近い距離を取っている。だけどそんな必要がなかったとしても、この関係は変わらないのではないか……
「落としたぞ」
「え?」
地面に落としていた視界に、セシルの指先が入り込んでくる。それはリアムの足元、右後方を指していた。
導かれて首を回すと、地面の上に、見覚えのあるものが確認できた。
縁を白いもわもわで飾られた、赤い靴下。中には飴やキャラメルが詰め込まれていたが、いくつか地面にこぼれ落ちている。
「あっ」
リアムは小さく声を上げ、しゃがみ込んだ。コートのポケットに無理やりねじ込んでいたのだけれど、どうやら立ち上がった拍子に落ちてしまったらしい。
こぼれたお菓子をかき集めて砂を落とし、同じく砂を落とした靴下へとしまって立ち上がる。
顔を上げると、父がじっと靴下を見ていた。
聞かれたわけではないけど説明を求められた気がして、リアムはしどろもどろに口を開いた。
「母さんにあげようと思って。明日はクリスマスだから……」
「感心しないな。神僕がクリスマスを祝うなど」
「祝うわけじゃないです。でも……母さんはサンタの話が好きだから」
遠慮がちに、最後の言葉を付け加えるリュート。
父は口を丸く開けて息を吸い込むと――たぶん、ため息をつこうとしたのだと思う――出しかけた息を押し込むように口を閉じ、苦い顔をした。
「まったく親子そろって。サンタクロースなど、いもしないのに」
「そうですけど。もしかしたら」
勢い込んだところで言葉が詰まる。口に出したら急に、馬鹿げたことに思えてきた。
だけどそれでも、
「もしかしたらいるかもしれないって、そう思って待ったり、話したりするのは、結構楽しくて……」
うまく言い表せないけれど、母とそういう話をするのは好きなのだ。
それに……もしかしたらいるかもしれないとなにかを信じるのは、悪いことではないのではないか。
これら全てを、どうすれば父に伝えられるのか。
リアムが悩ましげにうめいていると、上から頭を押さえつけられた。
力強いが、乱暴さは感じない。
「グレイガン先生から課題が出ているらしいな。はしゃぐのは構わないが、やるべきことは忘れないように」
そのままリアムの髪をくしゃりとかき回して最後の一押しをすると、父は校舎へと引き返していった。振り返りもしない。
「…………」
くしゃくしゃになった頭を押さえ、立ち尽くす。
なんとなくだが。ちょっとだけ。
(今、父さんって感じがした)
ちょっとだけうれしかった。
◇ ◇ ◇
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